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「鉄旅日記」2001年祇園会【京都の女性に恋をしていた頃がございました。そんなある宵宵々山の記憶でございます。】

公開日: : 旅話, 旅話 2001年

鉄旅日記2001年7月15日

2001・7・15の記憶(京都編)

今頃は店に入って彼女と再会していた頃だろうか。一週間前の話だ。

今回の京都行きも事前に彼女との連絡を満足にとれず、不安を抱えたまま部屋を出た。ただ目的が決まっていると自然に背筋も伸びるようで、気になることを挙げればきりがないが、しばらく会っていない好きな女性に会いに行くという行動に満足していたし、遠距離という特殊な事情を抱えた愛を続けようとしていることに胸を張りたい気持ちでいた。

あの日も暑い日だった。もっともここのところはずっとそんな日が続いている。

西日暮里駅の「みどりの窓口」ではずいぶん待たされた。オレを含め、列を作っている人々の不満や苛立ちが目に見えた。あの時間は最悪だった。とめどなく汗は流れてくるし、その汗を拭うという行為だけを20分間延々と続けていた。

JRのシステムはうまく機能していないのじゃないか。最近はそんなことにばかり目がいき、結論を急ぐ。それを得て慰めにするのか、ポジティブなことを考える材料にするのか理由は分からないが、ひとつ確かなことはストレスやら失意やら、おおよそマイナスなものをいくつも抱えていることを自覚していることだ。

東京駅では最初に土産を選んだ。「東京バナナ」を売っていた店の女性の笑顔にオレは顔を伏せた。そうさせた理由はかけていたサングラスだったと思う。イマイチしっくりいっていなかったから。

ホームは意外に閑散としていて、座席をとるのに苦労するだろうという予想は見事に外れた。新幹線の中で彼女に電話したけど、出なかった。新横浜を通過するあたりでメールも送ったけど、反応はなかった。

結構落ち込んだよ。気の済むまでそのまま乗っていたくて、京都に近づいていくにつれて落ち着かなくなってきた。停車駅の静岡、浜松での記憶はない。そんな状態でも眠気は所を選ばない。

彼女に会いにいくために京都駅に降りるのは3度目だけれど、そんな回数じゃ済まないくらい乗降しているような錯覚を持った。八条口に烏丸口。京都に疎い連中には何がしかの案内をできるくらいにはなっている。

宿をとっていたのは中心部からは大きく外れた堀川下長者町。京都での移動は圧倒的にバスが主役だ。乗ったバスはひらすら北に進む。五条、四条、蛸薬師、御池、二条城。案外近かった。

堀川は掘り下げられた立派な水路に、一本のどぶが走っているだけの味気ない流れでがっかりしたけど、堀川下長者の町並はちょっとしたものだった。御所や二条城が近いから以前はそれなりに栄えていたのだろう。ちなみに酒屋のご夫婦に祇園祭のことを尋ねたら、よくは知らないとのことだった。

オレが三社祭や神田明神祭のことをよくは知らないようなものだけど、京都は東京とは比較にならないほど人も古いから、意外な返答ではあった。

部屋からの眺めは気に入った。遠くに見えたなだらかな稜線はどこのものか。その背後で徐々に陽が沈んでいく。東京で眺めるより赤が際立つ。暑い国で眺める太陽はあんな色をしている。

部屋には有線が引かれていて、いくつか回し、結局最近のヒット曲を流しているところに決めて、部屋を出るまでずっと流していた。ビールを2本飲んで、できることなら何事かを記そうとメモ帳を出しておいたけど、何も記す気にはならなかった。彼女との連絡はまだついていなかったんだ。

今日は店に行って彼女の顔だけを見て帰ることになるだろう。そのうちベッドに横になってしまった。風を頼りに目を閉じた。平井堅が切なげに悶えながら歌うバラードが流れていた。

18:00頃に彼女に電話をしたらあっさりつながった。不機嫌そうな声だった。数分の間つながっていたけど、うまく噛み合わなくて悲しい気持ちで電話を切った。彼女と夕食をとりたいと思っていたけど、まずその望みから絶たれたわけだ。

夕食をどうにかしたくて京都駅に出ることにした。バスの中では浴衣姿の女性を何人か見かけ、彼女たちは蛸薬師あたりで降りていった。

駅に着いてふらふらと新幹線改札の方に歩いていき、適当なそば屋に入って鰊そばを注文した。旅行者が大半を占める店内で、大声で話している中年の男女がいて、場末の食堂やスナックにいるような気分にさせられた。やけに昭和的な光景だった。

彼女が働く祇園まで歩いていくことにした。烏丸通りを四条へ。そこで暮らしている人々には当たり前の風景だが、オレにしてみれば価値ある風景が続いていた。申し分ない。やはり京都の魅力は測り知れない。

四条烏丸交差点に近づくと警官の姿が見えだして、四条通りが歩行者天国になっていることが見てとれた。通りは人であふれ、道端では多くの若者やカップルが座り込んで、祇園祭をそれぞれに楽しんでいる。

あんな中に身を置いたのは初めてかもしれない。人波は延々と続いているけど、あの大波の構成員たちは一体どこへ進んでいたのだろう。途中で道を外して八坂神社まで歩いたオレにはよく分からなかった。あの大波に紛れ込んでいることが、祇園祭の宵宵々山に参加していることを意味するのだろうけど。

逸れて歩いた通りは錦市場へとつながっていた。ちょうど歩きたいと思っていたから都合がよかった。11月の京都を思い出す。祭の輪はそのあたりまで及んでいたけど人通りは少なく、客引きの若者の声はどことなく空しい。

新京極、河原町通り、木屋町、高瀬川、風俗街を抜けるとようやく鴨川に出た。話に聞いていたが、多くのカップルが一定の距離を保ちながら河原に並ぶ。秩序美とでも言おうか。

四条大橋を渡れば祇園。祭の余波はここまでは及んでいないけど、多くの観光客が京都に押し寄せたせいか、人通りはやはり多かった。

彼女に教えてもらった裏通りをしばらく歩いて本通りへ。5月に彼女と朝まで楽しんだカラオケ屋はすぐその先にあった。

彼女がいる店に真っ直ぐに行くのにためらいがあった。京都駅のそば屋で彼女から電話をもらっていたけど、オレの感覚ではよそよそしかった。とりあえず八坂神社で煙草を一本吸おうと思った。

さすがに祇園祭の祭神がおわすだけあって、いくつもの出店が出ていて賑やかにやっている。かつて彼女と待ち合わせた石段下では多くの人々が記念写真に興じている。道を逸れて円山公園に向かった。そこのベンチに用があった。煙草で気持ちを落ち着ける必要があったんだ。

やがておもむろに立ち上がり、来た道を逆にたどり彼女の店に向かった。どこの路地かは覚えていたけど、あえて一本先を入り、裏側から店に入った。彼女の姿を最初に探し、カウンダ―に座ると彼女から近寄ってきた。敬礼のようなポーズをとりながら。

諦めかけていた最高の夜と、かけがえのない時間はそんなふうに始まった。

今日は祇園祭の最終日。一昨日、彼女と暮らしたあたり。四条烏丸は今朝の9:00から山鉾巡行が始まり、約15万人の観光客で賑わったという。

オレも古都の儀式にほんの少しでも参加していたのだと思うと、彼女との甘美な時間とともに興奮が蘇る。今日もメールで愛してると何度も伝えた。あきれるほど、愛してると。

オレと彼女は恋人同士。古都を歩けば手をつなぐか、彼女の肩を抱くか。京都駅では改札を挟んでキスをして別れた。

4月に彼女に送った手紙にこう書いた。だんだんよくなってきた。オレの人生は長かった低迷期を過ぎて、だんだんよくなってきたんだよ。

友が長いこと一緒に暮らしてきた女性と籍を入れたと伝えてきたのは先々週。そんな彼もオレに頑張れと言う。

そうさ。だんだんよくなっていっているんだよ。

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