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「鉄旅日記」2022年皐月 最終日(磐梯熱海-東京)その2 ‐国定(両毛線)/国定忠治墓(養寿寺)【日光線全駅乗降を果たし、猪苗代湖畔に遊び、磐梯熱海の湯につかり、国定忠治を訪ねた旅でございます。】

公開日: : 旅話, 旅話 2022年

鉄旅日記2022年5月8日・・・国定駅(両毛線)/国定忠治墓(養寿寺)

14:06  国定(くにさだ)駅(両毛線 群馬県)

歴史に名を残す人名や古戦場、城跡。そうした駅名には以前から引かれていた。人名で言えば乃木、九鬼、穴山、鳥居、名和など。安田財閥創業者の安田善次郎を略した安善駅も挙げられる。

古戦場は関ヶ原、本長篠、川中島、平泉、後三年、厨川、倶利伽羅。田原坂には未だ降りていない。

城跡は安土、春日山、新府、野田城、長篠城、用宗、上月、天竜二俣、佐久海ノ口といったところ。

ここ国定は国定忠治ゆかりの地。降りるだけでいいと思っていたところ、周辺地図には墓の場所が記されている。

到着13:17。狭い駅前風景を写し、この上なく愛する日本家屋風の古い駅舎を愛でて跨線橋を渡る。

国定忠治の芝居に登場する名月上る赤城山を左手に見て歩くこと約15分。

小川をまたいだところに養寿寺がある。門前を通りすぎて右手には鳥居がある。金城尼夫宮とある。由来を記したものはなく、スマホで検索してみたが結果は出なかった。

養寿寺をくぐる。

国定忠治の墓は柵に囲われ、墓地の中央に大きな石碑を従えてこじんまりと立っている。

墓前で手を合わせたら自然に「親分」との言葉が口をついて出て、絶句した。あるいは彼の手下という前世をもオレは持っているのかもしれない。何度も頭を下げてその場を離れたが、何らかの磁力が働いているかのように去りがたかった。

「ギャンブルに強くなれますように」との願掛けから、墓石を削り持ち帰る行為が後をたたず、柵に囲われていた稀代の侠客の墓。

10代で人を殺し無宿となり、以来関所破りをはじめ数々の罪を犯したものの、天保の飢饉に苦しむ民への施しがあったとの伝説を持ち、芝居に描かれる。

一時は警察権も及ばないほどの勢力を誇ったが、中風を病みお縄に。すべての罪を認め、子分をかばい、獄では模範囚だったという。

刑場には2000もの衆が集まり、刑吏への態度は紳士そのもので、磔柱にくくられ、ひと突きごとに目を見開き、大見得を切るように観衆を見回し、14突き目で絶命したと伝わる。

「赤城の山も今夜を限り、生まれ故郷の国定の村や、縄張りを捨て国を捨て、可愛い子分の手めえ達とも、別れ別れになる門出だ」 。芝居を観たことはないが、目にすることの少なくなかったこのセリフ。

時はペリー来航前。大飢饉があり、大塩平八郎、生田万の乱があり、上州は博徒大国になっていた。江戸幕府の権威はゆるみ、大きく時代が変わる前兆に満ちていた。

再び跨線橋を渡り、駅へ。

やはりこの型の駅舎が何より好きだな。

黒を基調としているのもいい。

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