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「鉄旅日記」2001年如月誕生日【京都の女性に恋をしていた頃がございました。その日に京都にいたのでございます。】

公開日: : 旅話, 旅話 2001年

鉄旅日記2001年2月16日

2001・2・16の記憶(京都編)
金曜日。
オレの32回目の誕生日。
天は味方してくれた。

天とは、あの日の場合オレに余計な用事を持ちこまなかった得意先を指すのかもしれない。

築地のデザイン事務所を出たのが17:00過ぎ。
東京駅には18:00少し前に着いた。

金曜日の夕方。
西へ向かう新幹線の需要はオレの想像を遥かに超えていた。
自由席を求める列は限りなく続き、新幹線の旅に不慣れなオレを大いに戸惑わせた。

やっとのことで18:38発ひかり257号の席を確保して、コートに入れっ放しにしていたチケットをとろうと席を立った時に、その前に開けて窓辺に置いていた缶ビールを落としてしまった。

思ったより大きな騒ぎにならなったけど、それから京都駅に着くまでシートを濡らしたビールは上着とズボン、シャツ。果てはボクサーパンツまで冷たく浸し続け、隣に座る初老の男の視線までをも冷たく感じながら、多くの時間を不貞寝しながら過ごした。
そんな時は無性にトム・ウェイツを聴きたくなる。

名古屋では乗客が通路にまであふれ、車内は落ち着きを失っていた。
優雅な旅を思い描いていた目論見は完全に外れ、ビールをこぼした時点で、もしかしたら京都に着いたオレは、彼女には会いに行くことをやめるのではないかと漠然と思った。

あるいは彼女は会ってはくれないのではないかとも考えた。
低調だったんだ。
とてつもなく低調だった。

四方からは関西弁が聞こえてくる。
みんなは家に帰る旅。
オレだけがたぶん違った。

ひかり257号は21:20過ぎに京都駅に着いた。

ゴミの入ったビニール袋を手にして隣の男性の前を通り過ぎた時、やけに袋の中身が少ないことに気づいた。食べ終わった中華弁当の箱を足元に置き去りにしていたんだ。
オレの後に席に座った男性に詫びを入れながら拾ってもらうという醜態を最後に晒して、ようやく京都駅のホームに降り立った。

あの巨大な駅ビルを右に見て階段を上がる頃には、なぜだか気分が落ち着き始めた。
キヨスクでビールと煙草を買った時には異国に下りた旅人の誇りが蘇り、疲れた表情でホームに向かう関西人とすれ違うオレにはほんの少しの威厳が備わっていた。

京都タワーホテルは定宿になる予感がある。
チェックインは簡単だった。
11月に泊まった時の記録がホテル側に残っていて、その確認が済んだら部屋のキーを受け取ればよかった。

エレベーターで9階まで上がり、918号室に入る。
ラジオをつけて、新幹線車内でこぼしたビールが服にどれほどのダメージを残しているのかを確かめる。

ほぼノーダメージだったことに安心して、ビールと煙草。
正確に言えば、その時点まで彼女に会いにいくかどうか迷っていた。

自分を客観視して尋ねる。
「わざわざお前は京都まで何しに来たんだ?」。
するとオレはおもむろにPHSを手にして店に電話した。

ラジオからは「安心な僕らは旅に出ようぜ♪思い切り泣いたり笑ったりしようぜ♪」という流行歌。
電話に出たのは彼女だった。
オレが送ったメールは彼女に届いていなかったようで、オレが京都に来ることを知らなかったんだ。
とてもびっくりした声だった。

話はスムースにまとまり、これからタクシーで向かうと告げて電話を切った。
部屋を出るまでに飲み残しのビールを飲み干すのと一本の煙草を吸う時間が必要だった。

部屋のキーを手にすると、ここまでの道中に起こったイヤな出来事のことはどうでもよくなっていた。
タクシーの運転手さんはとても気さくな方で、明るい声で様々な話を聞かせてくれる。

彼は京都を巨大な田舎と表現する。
対するオレは京都は独特な風格と威厳を持った都会だと応じる。

タクシーを下りる場所として、彼女が教えてくれた適切な表現は八坂神社石段下。
11月を懐かしく思うことはなかったけど、戻ってきたとの感慨はあった。

交番前で電話してくれれば迎えにいくと彼女は言ったけど、どうにか店を探し出す手段を選び、結果迷わずに着けた。
ドアを開ける。
二人の客とマスター、そして彼女。
彼女の姿が目に飛び込んできた。

きちんと彼女の顔を覚えていたよ。
11月からは少しふっくらしたようだ。

オレが真っすぐにやってきたことで少し興ざめしたようだけど、静かにドアを開けて再会を楽しみたかった。
オレの知るダンディな男はいつもそうする。

先客が二人。
京都市役所の部長さんと彼が接待で連れてきた客。

常連の部長さんは早くも彼女を引き寄せ、腰に手を回しながらデュエットを決め込む。
かなり昔の楽曲。
彼女はきれいな声でパートを歌い終えた。

店に入るまでは不安があったけど、腰を落ち着けてしまえば京都祇園のスナックで飲んでいることに必然性すら感じていた。

さっきの部長さんと話を始めるのに時間はかからなった。
接待で多少気疲れしていたのだろう。
若いオレに好きなだけ言いたいことを言う。

マスターと彼女は、オレが絡まれているのじゃないかとの心地でいたようだけど、あの手の話はキライじゃない。
「アンタの会社はそのうち潰れますワ」との彼の話をにこにこしながら聞いていたよ。

彼は再三握手を求めてきて、その度に彼の手を握ったけど、とても力強くて面食らった。
普段はどうか知らないけど、熱い心の持主なのだろう。
そして気のいい人なのだろう。
店を出るまで若いオレを気にしてくれていたよ。

この店では素敵な出会いがある。
11月には同窓会で立ち寄られた老紳士に大坂の北新地とはどういう場所なのかを教えてもらった。

部長さんが帰った後に入ってきた初老の男性は、話を総合すると近くの社長さんらしい。
滑らかな京都弁を話す紳士だった。

彼とマスターとオレと3人。
少しムズカシイ話を面白おかしく話をした。

やがて社長さんも帰り、残ったのはオレひとり。
それから先はどんな話をしたのか覚えていない。

「今日誕生日でしょ」と彼女が言ってくれたのは部長さんがいる時。
うれしかったな。
心に想う女性がオレの誕生日を覚えていてくれたんだ。
思ってもいなかったよ。

店での彼女との会話を覚えていない。
それでも翌日に彼女と会うこともなく東京に帰ったとしても満足できる心地でいたから、きっと素晴らしい時が流れたのだろう。

そして記憶の中と同じように、8歳年下の彼女はとても素敵な女性だった。
店を出ると四条通りまで見送りにきてくれた。

そこで翌日会う約束をしたんだ。
そして彼女の柔らかい手を握る。
指切りにした方がよかったと思ったのは確か翌日のことだった。

彼女はタクシーの運転手さんに行先を伝えて、オレに手を振る。
すべてがベストな方向に進んでいることを確認し、思い描いていた物語の順調な進行に感動し、それから先のことは忘れてしまった。

ホテルでビールを買い、何かを思い出そうとしたけど、かなり酔っ払っていた。
そのままビールを残し、歯も磨かずに寝てしまった。

とても幸せな気持ちだった。
それが32回目の誕生日に起こったこと。

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