2001年クリスマス 【前夜、京都へ。イブは奈良へ。聖夜、クリスマス・エキスプレスで東京へ。】
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最終更新日:2024/06/05
旅話 2001年
鉄旅日記2001年12月23日
2001・12・23 16:022 東京発15:26ひかり219号
京都に向かう時の気分が好きだ。
夕暮れにはまだ時間がある車内。
黒っぽく幾重にも着重ねした人々が乗り込んでいる。
あの風体が歳末を感じさせる。
不景気そうな表情がそこに紛れ込むこともなく、人々は皆どこか浮かれ出ているような印象を受ける。
東京駅の土産物売場では売り子たちが行き交う人々に威勢のいい声をかけていた。
東京駅限定「東京ばな奈」をひとつ購入する。
ピークとは無縁の時間帯に走る新大阪行ひかり219号は空いていて、車窓を楽しめる3人席を罪悪感を持たずに確保する。
小田原熱海間の景色に用がある。
あのどこかひなびた風景はいつも郷愁を連れてきて、例えば長野の祖母の家で迎えた晩餐を再現したりする。
オレに限った話かどうか知らないが、幸せに過ごした時は、そんな風にして風化を免れる。
ひかり号は湯河原の印象を強く残して富士市に差し掛かっている。
今年は海を見ることはもうないだろうと思っていたところに、トンネルの隙間から覗いた。
今年見た海はどれも青かった。
今また伊豆半島をバックに茜を帯びて現れた。
これだけでも幸福な気分には浸れるが、それが目的じゃない。
今日は寝ないよ。
京都に着くまでにどんなところを通ってきたのか、しっかり覚えておきたいんだ。
今年オレはいつも京都を夢に見ていた。
彼女に会いにこの車中に身を置くのも今日で6度目になる。
今日のことは2週間ほど前に伝えてあるが、今日はまだ連絡していない。
彼女も何も言ってこない。
伝えてから何も反応がない。
そして互いに沈黙を通した。
京都への道筋をよく覚えておきたいとさっき言ったのは、今回で区切りをつけなきゃならないかもしれない。
そう思ったからだ。
大井川を渡った。
金もかかったけど、東京では得がたい経験だった。
こんな人生になって面白かった。
昨夜の夢の中じゃ、彼女はオレの子を身籠っていたんだ。
夢には今まで散々裏切られてきた。
でもそろそろいいんじゃないか。
ずっと耐えてきて、彼女は運命の人だと思えた初めての女性なんだ。
さっきのイヤな予感は忘れて、今度こそきちんと人生をまとめてみないか。
京都で暮らす覚悟は、ないこともない。
20:02 京都ホーユウコンフォルト二条城前402号
有線のJ-POP番組はクリスマス特集。
今夜はなんだかビートルズがしっくりこない。
クリスマスを楽しもうとしてるわけじゃないが、無関心でいられるほど強くもない。
街のクリスマス色に唾をはくつもりもない。
だって、あんなにきれいだろ。
去年のメールで彼女が教えてくれた京都駅のクリスマスツリー。
あぁ、きれいだったよ。
たくさんの人々が記念写真を撮っている。
きっと彼女の部屋にもあんな風に友達とふざけあって収まった写真があるだろう。
京都に着いて電話をしたけど通じない。
適当なカフェで暖かいコーヒーでも飲もうかと思ったけど、やめたよ。
賑やかなクリスマスの京都駅は独り者には向いていない。
恋人たちの日に、好きな女性が暮らす街に着いたのに、オレはひとりで道に迷ったように歩いている。
淋しくて、2度目のコールの後、50系列のバスに乗った。
いつもビールを買う堀川下長者町の酒屋ではクリスマスを通り越して正月の歌を流している。
祇園祭とも距離を置いていたご主人だ。
ちょっぴり笑った。
この部屋に入っていろんなことを考えた。
主に悲観的なことを。
でもこうして面白味のない部屋でクリスマス・ソングを聴いていてもどうにもならない。
行こうか。
きっと店に出てるさ。
店への確認はいいだろう。
行こうか。
そのためにきたんだ。
2001・12・24 15:25 奈良東大寺南大門
京都駅で思いきって近鉄電車に乗ってから今日はまったく違う意味を持つ一日になった。
行き着いた近鉄奈良駅は、田舎という表現が適当かどうか分からないが、言ってみれば現代社会とは一線を引く街だ。
駅を出て数分も歩けば鹿がうろついているような街は世界を見渡しても極めて稀だろう。
外国からの客が感嘆の声を挙げている。
ここは偉大な文化都市だ。
京都でもそうだったけど、世相に毒されたオレが探したのは、クリスマス化された場所だった。
だけど、ここ奈良にはそんな場所はどこにもない。
猿沢池に添う猿沢商店街はごく普段通りにたんたんとしている。
確かに京都も奈良も寺社の街だが、そもそも東京の価値観には付き合わない態度を明確にしている。
クリスマス・イブ?
それが一体どうしたというのか?
奈良の街全体が、他の街じゃ持ち得ない荘厳なる静けさをまとって、この国に問うている。
オレには居心地のいい街だったよ。
東京葛飾金町
クリスマス・エキスプレスは京都ですでに満員。
タバコの煙に濁った車内にはメリークリスマスの声もない。
名古屋に到着する頃に深い眠りに落ち、ひかり号には珍しく小田原に停車したことも、隣に座っていた無愛想な女がいなくなっていることにも気づかなかった。
やがて新横浜。京都に着く前から乗車していた右隣の美しい女性が降りていく。
あの人は、この夜にどんな事情があって関西から横浜に移動していたのか。
それぞれのクリスマス・イブ。
東京駅に着いてホームの喫煙所に向かう。
何とはなしにぼんやりとタバコを吸っていたら、クリスマスに好きな女に会いに京都にまで行った事実がやけに感動的に思えて、しみじみと昨日からのことを思い返す。
クリスマスという祭典はあっさりと幕を引くが、オレにとって今年は、珍しくいい一年だったと後で思えるだろう。
今朝の話だ。
いつもの神明神社に祈ろうと烏丸通りを左折する。
でも正月準備に数人の男達が集まり手入れをしていて鳥居を潜れない。
心で祈り離れ、再び烏丸通りへ。
随分と見慣れた風景になったものだ。
四条烏丸交差点に目を向ける。
5月には深夜そこで彼女と待ち合わせ、明石海峡に向かった8月には車を止めて、今日のように神明神社に向かった。
すぐ側に彼女が暮らしている。
なんだか迫ってくるものがあって、陽気な涙が目元まで。
この街には今年たくさん世話になった。
奈良から近鉄で京都へ。
そのまま新幹線ホームに向かわずに烏丸口へ。
ゲートを出て京都タワーを仰ぐ。
オレにはそうする理由がある。
特別な存在になったあの場所にしばし立って、そして中腹にあのクリスマスツリーが待つ長い階段を上がって街を離れる。
昨夜彼女に聞いたよ。
このまんまで来年に行って構わないかと。
そしたら、頷いてくれたんだ。
「でも来年はお姉ちゃんのいるルーマニアにいるかもしれないよ。」
そんな背景を持つ女性にオレは初めて出会った。
外を見ればいつも以上に月が輝いている。
今年もずっと独りで月を見て暮らしていた。
彼女はそんなオレに少なからず共鳴してくれるかもしれないけど、まだ若い彼女にそんな話をしたことはない。
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