Generated by All in One SEO v5.0.0.1, this is an llms.txt file, used by LLMs to index the site. # 駅旅を重ねる男のブログ 鈍行列車に乗って、あるいは国道を走って、旅をしてきた者でございます。 ## Sitemaps - [XML Sitemap](https://kazushiaruga.com/sitemap.xml): Contains all public & indexable URLs for this website. ## 投稿 - [「鉄旅日記」2023年新春最終日(彦根-東京)その3 ‐中津川、塩尻、辰野、上諏訪(中央本線/中央本線辰野支線)【南海各支線、水間鉄道、泉北高速鉄道、阪堺電気軌道、信楽高原鐡道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/22039.html) - 落合川の絶景、坂下の川辺集落のたたずまい、野尻に積まれた木材、積雪はちらほら見えるが、木曽谷の両側に連なる山には見えない。大桑では川向こうの集落の暮らしを思う。藪原には積もっていたが驚くほどではない。塩尻はワインの町。確かにそうだった。駅にはワインbarがあり、そばを中心に提供するレストランがあり、「駅そば」も健在。 - [「鉄旅日記」2023年新春最終日(彦根-東京)その2 ‐近江長岡、木曽川、枇杷島、勝川(東海道本線/JR東海交通事業城北線)【南海各支線、水間鉄道、泉北高速鉄道、阪堺電気軌道、信楽高原鐡道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/22010.html) - 柏原~近江長岡間は霧深い。その霧の果てに伊吹山が浮かぶように頂を見せている。ホームからの景色と霧の中の太陽を写す。ホームのコンクリートの隙間で健気にも生きて、今は冬枯れてしまった名も知らぬ植物。そしてススキ。部屋でオレの帰りを待つ「みどり」と「ぐりーん」を愛でるように触れながら、これから到着する大垣行へと歩いていった。 - [「鉄旅日記」2023年新春最終日(彦根-東京)その1 ‐彦根、鳥居本、米原、柏原(近江鉄道近江本線/東海道本線)【南海各支線、水間鉄道、泉北高速鉄道、阪堺電気軌道、信楽高原鐡道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21988.html) - 霧の中を列車は進んでいた。朝日が霧に溶けると世界は幻想的になる。何もかもを隠すように。そのまま隠してほしい手合いが世界には散見される。柏原も中山道の60番目の宿場。垂井、柏原と狭隘かつ豪雪地帯の関ヶ原を挟むように宿場がある。関ヶ原もまた58番目の宿場。そんな宿場町が壬申の乱と合わせて2度も天下分け目の決戦場となった。 - [「鉄旅日記」2023年新春 2日目(泉佐野-彦根)その6 ‐信楽、安土、彦根(信楽高原鐡道/草津線/東海道本線)【南海各支線、水間鉄道、泉北高速鉄道、阪堺電気軌道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21968.html) - 低い山並みをトンネルを使うことなく登りあげる信楽高原鐵道。山中を縫うように敷かれた線路に秘境を感じる。 最初の紫香楽宮跡駅までに全所要時間の半分を費やした。紫香楽宮跡をはじめ雲井、勅旨、玉桂寺前と古都を連想させる駅名が続き、終点の信楽までは24分の旅。たぬきの置物の列を見たのは街道でのことだったのだろう。 - [「鉄旅日記」2023年新春 2日目(泉佐野-彦根)その5 ‐関、柘植、貴生川(関西本線/草津線/信楽高原鐡道)【南海各支線、水間鉄道、泉北高速鉄道、阪堺電気軌道、、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21952.html) - キース・リチャーズが歌う「Slipping Away」が流れる中、駅前に車を止め、宿場を連想させる駅舎をくぐり、ホームに出てみればススキの群生。旅に出るとこんな場所に出くわすのか。今のオレにはありふれた光景だが、当時は東京以外ろくに知らない頃。離れがたかった。若山牧水が残した一文がそんな旅情に合う。そして無常に慣れる。 - [「鉄旅日記」2023年新春 2日目(泉佐野-彦根)その4 ‐住吉、天王寺駅前、天王寺、大阪阿部野橋、大和小泉、奈良(阪堺電軌阪堺線/阪堺電気上町線/関西本線)【南海各支線、水間鉄道、泉北高速鉄道、信楽高原鐡道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21923.html) - 奈良の駅に降りたくてここにいた。大和という旧国名がつく駅に降りた記録が欲しくてここにいた。「国の始まりは大和の国、島の始まりは淡路島、泥棒の始まりは石川五右衛門・・・」。車寅次郎の啖呵売が脳裏に蘇る。たんに田舎なのだと自嘲するかもしれないが、この静けさと落ち着きこそが奈良なのだろう。そう思えばすべてが腑に落ちる。 - [「鉄旅日記」2023年新春 2日目(泉佐野-彦根)その3 ‐中百舌鳥、和泉中央、岸里玉出、天神ノ森、恵美須町(南海高野線/泉北高速鉄道/阪堺電軌阪堺線)【南海各支線、水間鉄道、信楽高原鉄道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21904.html) - 列車はダイナミックに下っていった。ニュータウンはすり鉢の底にある。清潔な駅は未来型。北口への階段を上がれば住宅街へ出て、正面に出れば街へとつながる。バス停に並ぶ列が去るところに居合わせた。この駅の開業は新しく、21世紀を目前に控えた1995年。新たな街には鉄道が必要。そう思わせる沿線風景。それが未来への答え。 - [「鉄旅日記」2023年新春 2日目(泉佐野-彦根)その2 ‐貝塚、住吉大社、粉浜、岸里玉出、汐見橋、桜川(南海本線/南海高野線)【南海各支線、水間鉄道、阪堺電気軌道、泉北高速鉄道、信楽高原鉄道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21866.html) - 桜川は大阪難波の次の駅。そんな場所柄だと概ね認識していたからこそ汐見橋駅も地下駅を想像していたが、まるで奇跡に遇ったかのような姿を心から愛でた。1900年の開業時は道頓堀駅で、1年後に改称され、現駅舎には壁面アートが描かれている。道頓堀川を見に行く。憂歌団が歌った「大阪ビッグリバーブルース」。オレにとっての大阪原風景。 - [「鉄旅日記」2023年新春 2日目(泉佐野-彦根)その1 ‐泉佐野、貝塚、水間観音(南海本線/水間鉄道)【南海各支線、水間鉄道、阪堺電気軌道、泉北高速鉄道、信楽高原鉄道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21844.html) - 連絡通路を降りていくと昭和的な味わい深さが徐々に迫ってくる。このレトロ感は並大抵のものではない。駅事務所からはけたたましい笑い声が聞こえる。てっきり朝まで飲み明かした酔漢が騒いでいるのかと思った。声を出したいほどに懐かしげな駅前風景の上にはお月さま。大坂夏の陣の緒戦で塙団右衛門が樫井へと駆けた紀州街道が貫く街。 - [「鉄旅日記」2023年新春 初日(東京-泉佐野)その4 ‐加太、和歌山市、泉佐野(南海加太線/南海本線)【南海各支線、水間鉄道、阪堺電気軌道、泉北高速鉄道、信楽高原鉄道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21822.html) - 泉佐野は関空への玄関口としてのターミナル駅。かつてJR線から眺めた街明かりが記憶に残っていた。街の規模は地元の葛飾金町と変わらない。古くから残る駅前の商店のたたずまいには郷愁を覚え、並びのクラブからはディープな昭和歌謡が流れ、大阪名物のたこ焼屋では3人が鉄板に向かってる。恋人は札幌にいて、今日もお互いの動静を共有した。 - [「鉄旅日記」2023年新春 初日(東京-泉佐野)その3 ‐みさき公園、多奈川、紀ノ川(南海本線/南海多奈川線)【南海各支線、水間鉄道、阪堺電気軌道、泉北高速鉄道、信楽高原鉄道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21805.html) - 大阪湾に面した岬町。わずか4名を乗せた2両編成の列車が、2.6キロの旅路を終えて終着駅に着く。行き止まりの駅を出れば車通りの多い道。岬加太港線に古街道を感じてスマホを向ける。鐘の音が聞こえる。厳かな音。駅前を車が通りすぎる。その音もなぜだか静かに聞こえる。過ぎ去っていったものを見送ったあとのような、夕暮れ時の静かな時。 - [「鉄旅日記」2023年新春 初日(東京-泉佐野)その2 ‐豊橋、大垣、大阪、新今宮(東海道本線/大阪環状線)【南海各支線、水間鉄道、阪堺電気軌道、泉北高速鉄道、信楽高原鉄道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21794.html) - 大津では去年の夏を。京都では遥か20年前を想った。鴨川の流れを眺めて思う。しばらく帰っていないと。祇園に居場所があった。あそこへ帰っていない。もっとも、帰る場所はもうない。同じ20年ほど前になくなっている。高槻に着いた記憶はない。大阪は雨上がり。駅周辺の巨大さは東京のどの駅をも凌ぎ、まさに圧巻。この街で恋がしたかった。 - [「鉄旅日記」2023年新春 初日(東京-泉佐野)その1 ‐金町、東京、三島、沼津(常磐線/東海道本線)【南海各支線、水間鉄道、阪堺電気軌道、泉北高速鉄道、信楽高原鉄道、、、関西乗り鉄旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21783.html) - 駅に着くと車掌さんに毒づく男を見る。気持ちは分かるが、とてつもなく不毛だ。そうした三島から乗り合わせた苛立つ人々を乗せた列車をやり過ごして駅前に出る。いいんだよ。次のに乗れば。30年前の想い人とのたったひとつの思い出と、映画「男はつらいよ」第7作『奮闘編』に登場した約50年前の沼津駅の記憶と共に街にスマホをかざす。 - [「鉄旅日記」2001年祇園会【京都の女性に恋をしていた頃がございました。そんなある宵宵々山の記憶でございます。】](https://kazushiaruga.com/21776.html) - 諦めかけていた最高の夜と、かけがえのない時間はそんなふうに始まった。今日は祇園祭の最終日。一昨日、彼女と過ごしたあたりは今朝の9:00から山鉾巡行が始まり、約15万人の観光客で賑わったという。オレも古都の儀式にほんの少しでも参加していたのだと思うと、彼女との甘美な時間とともに興奮が蘇る。今日も愛してると何度も伝えた。 - [「車旅日記」2001年黄金週間 最終日その2(京都-東京)-朝日村栄荘、道の駅親不知ピアパーク、道の駅能生、小千谷駅、月夜野情報サービスセンター、道の駅おかべ、葛飾金町【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/21768.html) - 次に書く彼女への手紙は少しばかり長くなりそうだ。最後までタフでいられたことを喜びたい。そして彼女にありがとうと言いたい。「おはよー、Yさん。いまいましい東京の道もスムーズに流れて無事に着いたよ。素晴らしい一日を!」。「何にもできなくてごめんねー。今お嬢迎えに関空行く途中です。GBアドバンスやってます。遠いのだ・・・」。 - [「車旅日記」2001年黄金週間 最終日その1(京都-東京)-八坂神社石段下、志賀、道の駅河野、福岡の湯、道の駅ウェーブパークなめりかわ【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/21766.html) - 倶利伽羅谷あたりから風景に変化が生じて、湯に浸かった。ずいぶんいろんなものが汗と一緒に流れたようで体がかなり軽く感じる。湯から上がって番台のご主人と少し話をして煙草を吸う。自由を取り戻したような気がしたよ。少しばかり恋にしばられていたから。今夜も月が出ている。あとどれくらい走れば海に出るだろうか。本当の自由はこれから。 - [「車旅日記」2001年黄金週間 2日目その2(京都-志賀-京都)-祇園まで彼女をさらいに行ったのでございますが・・・【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/21761.html) - 二人は自然に手を握り、軽く抱き寄せた。右頬、次に左頬にキスをして、触れるように唇を合わせた。「じゃあ」と歩き出す。「明日も仕事なのだー」と彼女は両手を大きく振る。振り返ったオレも大きく手を振る。それがこの旅で見た彼女の最後の姿。次に振り返った時にはもう彼女はそこにいなかった。かなり酔っていることに気づいたのもその時。 - [「車旅日記」2001年黄金週間 2日目その1(京都-志賀-京都)-祇園まで彼女をさらいに行ったのでございますが・・・【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/21755.html) - 考えることは何もなく、夜の行動に備えようと思った。どれほど眠っただろう。起きると外はすっかり暗くなっている。鏡を見るとひどい顔をしていた。シャワーの使い方に苦心しながら長かった一日の垢を落とす。ひげを剃るとようやく満足できる顔に戻った。出かけよう。彼女に会いにいくために。彼女をさらってここに連れてくるために。 - [「車旅日記」2001年黄金週間 初日その4(東京-京都)-四条烏丸~祇園~桂川PAラブストーリー。【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/21749.html) - ムリをすることは普段あまり考えないが、彼女の存在はオレをやすやすと対岸へと導いた。川を越えたらそこに何が待っているのかを知っていた。そこではオレに会うために清潔な服に着替えた彼女が待っている。そんな彼女のためなら何でもできる。深い喜びの中でそう感じた。そしてさらに今まで気づいていなかったオレの可能性を知った。 - [「車旅日記」2001年黄金週間 初日その3(東京-京都)-桂川PAから四条烏丸へ。恋焦がれた女性に会いにいく男の話でございます。【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/21740.html) - それならオレはこれから君に会いにいく。1時間は要するだろうけど、それでも構わないか?全然構わない。シャワーだって浴びなきゃいけないでしょ。わかった。じゃあ待っていてほしい。四条烏丸の交差点に着いたら電話する。彼女は明るい声でフフフと笑う。話し言葉は京都弁。今に始まったことじゃないけど、彼女の声がとても好きだ。 - [「車旅日記」2001年黄金週間 初日その2(東京-京都)-初狩PA、諏訪湖SA、恵那峡SA、養老SA、多賀SA【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/21734.html) - 一宮IC周辺を彩っていた明かりは、妙な形をしたラブ・ホテル群が発しているものだった。ここで遅い夕食をとり、誰も座っていないベンチで煙草を吸い、風に吹かれる。人の帽子を飛ばすほどの風だったけど、オレには気持ちのいいものだった。ただ茫々とした気持ちで目に映るものを眺めている。こうしているのが好きなんだ。その時そう思った。 - [「車旅日記」2001年黄金週間 初日その1(東京-京都)-金町、高円寺駅、調布駅、日野駅、弁天島温泉天下茶屋 【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/21729.html) - 雨の中、東京は静かに混みあっている。いつものようなざわめきが聞こえてこない。20号国道にはただただ静かな車列が続いている。雨具に身を包んだウォーキングの一団、葬儀の準備をしている男たち。そして町を出る人々。すべてが黄金週間後半を静かに迎えている。一番大きな音は雨音。オレの耳は外の音をそんなふうに聞いている。 - [「鉄旅日記」2001年初桜【京都の女性に恋をしていた頃がございました。そんなある3月の記憶でございます。】](https://kazushiaruga.com/21721.html) - ベッドに座り眠そうに彼女を見つめていると、彼女はオレに近寄り瞼にそっと口づけて洗面所へ。それからしばらくして荷物を手にして部屋を出る際、ソファに座っていた彼女の唇にオレもそっと。あれから人生を悲しく感じた理由。やがて東京へと帰らなければならない事情はあまりにも無情だった。二人はそんな事情を抱えて京都で出会った。 - [「鉄旅日記」2001年如月誕生日その2【京都の女性に恋をしていた頃がございました。その日に京都にいたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/21716.html) - 新宿では「最後の時」だった。でも京都では「始まりの時」。しばらくしてから彼女からメール。「観光案内とか全然出来なかってアレやけど「日本語って便利」、楽しかったデス。気ィつけておかえりやす」。かけがえのない記憶のすべて。さっきは会いたくて会いたくて、たまらなくなった。今夜も彼女は店に出ているのだろう。明日手紙を書く。 - [「鉄旅日記」2001年如月誕生日【京都の女性に恋をしていた頃がございました。その日に京都にいたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/13008.html) - 「今日誕生日でしょ」と彼女が言ってくれたのは部長さんがいる時。うれしかったな。心に想う女性がオレの誕生日を覚えていてくれたんだ。店での彼女との会話を覚えていない。それでも翌日に彼女と会うこともなく東京に帰ったとしても満足できる心地でいたから、きっと素晴らしい時が流れたのだろう。8歳年下の彼女はとても素敵な女性だった。 - [2022年歳末【SNSへの投稿より】今年も暮れゆく東京-金町、柴又の冬枯れ情景をお楽しみいただきたく存じます。](https://kazushiaruga.com/21673.html) - 大雪が伝えられております昨今。お変わりはございませんでしょうか。東京も厳しい冷気に包まれております。愛しきものとの3年ぶりの再会、コロナ罹患などございました2022年。心穏やかに大晦日を迎えております。一番ツラい頃をどうにか持ちこたえることができましたのも、皆様からいただきましたご友情のおかげでございました。 - [「鉄旅日記」2022年師走 最終日(会津宮下-東京)その5 ‐南千住、北綾瀬、綾瀬(常磐線/東京メトロ千代田線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】](https://kazushiaruga.com/21651.html) - 唯一いつかの師走、同僚の結婚式から流れて友人と共に彼の当時の恋人が働いていたフィリピンパブに行ったことがあるのみ。忘れがたい夜ではあるが、この町とは関係がない。近くて遠い綾瀬。オレのように次の亀有より先に家がある者は、次に来る列車が綾瀬行か北綾瀬行だと軽く残念な気持ちになる。だけど、それもこの町とは関係がない。 - [「鉄旅日記」2022年師走 最終日(会津宮下-東京)その4 ‐大宮、尾久、三河島(高崎線/常磐線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】](https://kazushiaruga.com/21633.html) - 東口に降りる。駅構内と同じく凄まじい人波。あの飲み屋街を歩こうとも思ったが、人波に引いた。西口では路上ライブが行われていて、否応なく耳にする。感染者数も第8波も関係ないようだ。それでいい。30年前に当時の想い人と甲斐よしひろさんのライブを観たソニックシティは駅前にあったと思い込んでいたが、そこには違う商業施設があった。 - [「鉄旅日記」2022年師走 最終日(会津宮下-東京)その3 ‐高崎、籠原、北本、北上尾(高崎線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】](https://kazushiaruga.com/21616.html) - 寒々とした空だが、時に日差しが届き、列車で丸まるオレを包むようにあたためてくれた。まるで母の胸のような。まるで父の手のような。オレのこの手もいつか愛しきものをあたためるだろう。そんな風に思いながら眠りに落ちていた。15:36発小田原行はすでに発車している。ふと振り返れば赤城山が神々しいまでに見えていた。 - [「鉄旅日記」2022年師走 最終日(会津宮下-東京)その2 ‐越後湯沢、水上、津久田、岩本(上越線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】](https://kazushiaruga.com/21604.html) - 上州空っ風。路上に残されたプラスチックごみが音をたてて転がる。利根川を眺めに橋まで。川が蛇行する様に龍を見る。龍とはつまり流。龍を感じた時にひときわ強い風を浴びた。沼田方面にトンネルを見る。旅先ではそこかしこで見るものだが、日常にはない。何か雄大なものを目にした気がして、トンネルに近づくべくホームの端まで歩いていった。 - [「鉄旅日記」2022年師走 最終日(会津宮下-東京)その1 ‐会津宮下、会津川口、只見、小出(只見線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】](https://kazushiaruga.com/21582.html) - 会津川口~只見の鉄路を11年ぶりに列車が走る。沿線では手を振る人が見られ、2匹のお猿が跳ねた。お猿に気づいたのはどうやらオレのみ。会津塩沢~会津蒲生の川辺では心が浮き立った。只見では20分以上の停車。毎回違った印象を受ける駅。町に向かうが、食料を売る店はなく、龍神を祀る神社に詣る。このご縁。乗客はむしろ増えたようだ。 - [「鉄旅日記」2022年師走 初日(東京-会津宮下)その3 ‐会津水沼、会津宮下(只見線)/宮下温泉ふるさと荘【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】](https://kazushiaruga.com/21554.html) - ただひとり縁も人気もない食堂で食事するのはなかなかにシュールなものだった。ご縁に救われて最愛の存在と3年ぶりに再会した霜月。その者が生まれたのも、その者にまつわる喜怒哀楽も霜月に起こる。4年前のオレを救い、ものも言わずに去った未だ見ぬかつての心の恋人。彼女は最愛の存在の一日前を誕生日とする極めてご縁の深い女性だった。 - [「鉄旅日記」2022年師走 初日(東京-会津宮下)その2 ‐郡山、会津若松、会津坂下、会津中川(磐越西線/只見線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】](https://kazushiaruga.com/21533.html) - そのたばこ屋さんを探したけど、もうなかったよ。ここ坂下近くの戦場で会津藩の女傑、中野竹子が命を落としている。会津は今後も会津藩の記憶と共に生き続ける。悲劇からの立ち直りは誇りを生む。現在のウクライナにもあてはまるようになるだろう。罪深さをはじめとした人類が生まれ持つ複雑さを思うと、この星に一体何をしに現れ出たのかと思う - [「鉄旅日記」2022年師走 初日(東京-会津宮下)その1 ‐金町、水戸、常陸大子(常磐線/水郡線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】](https://kazushiaruga.com/21519.html) - 明け始めた車窓に筑波山を見る。あの山に登ったのは2年前。一緒に登った相方との日々は来春で丸4年になる。 いろいろあった。そして世界をコロナ禍が覆った。それもこの冬の波を過ぎれば潮も引くだろう。東京より寒い水戸の朝。金町で眺めたお月さまの姿は煌々として神々しい。でも誰も気にしちゃいない。そしてお月さまが隠れていく。 - [「鉄旅日記」2022年神無月 ツレと訪ねた佐原~銚子~香取旅でございます。最終日(銚子犬吠埼-東京)その2 ‐津宮鳥居河岸から香取神宮へ。/香取駅/水郷駅【Facbookへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/21405.html) - 利根川に沿った国道をしばらく歩きますと津宮鳥居河岸に出ます。利根川に向いて香取神宮一の鳥居が立ちます。さらにひと山越えた先に武道に縁の深い神様は祀られておりました。やはりヘナチョコではございましたが、かつては剣士だった身でございます。2月に訪ねた鹿島神宮とあわせまして、一度は手を合わせるべき場所でございました。 - [「鉄旅日記」2022年神無月 ツレと訪ねた佐原~銚子~香取旅でございます。最終日(銚子犬吠埼-東京)その1 ‐銚子で過ごした記録でございます。/犬吠埼灯台/銚子駅【Facbookへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/21403.html) - 10日の満月に向けて満ちていく月明りに照らされた海岸はとても美しゅうございました。広い空には雲へと姿を変えた龍が時折現れます。お恥ずかしゅうございますが、そのように信じているのでございます。日本一の漁獲量を誇る銚子港。ご年配の方には漁師言葉のような訛がございます。利根川が太平洋に行き着く街。銚子大橋は茨城県とを結びます - [「鉄旅日記」2022年神無月 ツレと訪ねた佐原~銚子~香取旅でございます。初日(東京-銚子犬吠埼)その2 ‐銚子、笠上黒生、外川、犬吠(銚子電鉄)【Facbookへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/21401.html) - 銚子駅から終点の外川駅まで6.4㎞を走る銚子電鉄。慢性的な赤字に泣いた過去。窮余の一策として、醤油どころの銚子ならではの名物「ぬれ煎餅」を生み出し、さらにまずい棒(マズいです!経営状況が・・)を送り出し、乗った車両はきゃりーぱみゅぱみゅさんとのコラボ企画「問題だらけの‘’もんだいがある‘’きゃりー電車」でございました。 - [「鉄旅日記」2022年神無月 ツレと訪ねた佐原~銚子~香取旅でございます。初日(東京-銚子犬吠埼)その1 ‐成田、佐原(成田線)/佐原の大祭【Facbookへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/21399.html) - 10月8日のことでございます。銚子に向かう旅の途中で下総佐原に降りました。水郷、あやめパーク、伊能忠敬ゆかりの地として現在も栄える雅な町でございます。行きの成田線は満員。珍しいな?と改札を出ますと、「佐原の大祭」の最中でございました。そうとは知らずにおりましたが、関東三大祭りに数えられる秋祭りとのことでございます。 - [2022年秋【SNSへの投稿より】秋の江戸川堤の景色をご堪能くださいませ。](https://kazushiaruga.com/21380.html) - 神々が出雲に集い、土地の神々が留守にするため神無月。そのように教わりましたが、無とは実は当て字で、神の月なのでございます。梅雨時の6月を水無月と書くのも所縁を同じくしております。路上から離れた月日の中でそのようなことを知りました。広い空にはお日さまと、明日に上弦を迎えるお月さま。再び路上に戻りましてございます。 - [2022年初秋【SNSへの投稿より】両国散歩-両国駅、吉良邸跡、回向院、鼠小僧供養墓、国技館、旧国技館(日大講堂)跡、隅田川、両国物語](https://kazushiaruga.com/21337.html) - お得意先を訪ね、お昼時に町に着きました。ランチ明けまでしばらく時間がございます。勝海舟生誕地、芥川龍之介文学碑。そして赤穂浪士討ち入りの吉良邸跡。狭い敷地には吉良上野介の座像と首洗い井戸が残されております。隅田川に出まして両国橋の往時を偲び、町歩きを堪能いたしました。3日後には大相撲秋場所が始まります。今場所はいかに。 - [「鉄旅日記」2022年晩夏 「ツレとの房総日帰り旅」鋸山に登り、木更津で夏の名残を惜しんだのでございます。 ‐浜金谷、君津、木更津(内房線)/鋸山ロープウェー【Facbookへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/21298.html) - 上総安房国境に広がる低い山並と浦賀水道の青は、夏の名残と表現するには鮮やかすぎるほどの夏色。暑うございましたが、望んだ休日となりました。帰りに降りた木更津では登り龍のような飛行機雲。街を離れる頃には海辺で打ち上げられる花火の音。これこそ夏の名残でございました。明けた日曜日。東京の雨は上がり、再びの曇天でございます。 - [2022年晩夏【SNSへの投稿より】写真をお楽しみいただけますと幸いでございます。ー金町夕景~金蓮院、葛西神社、江戸川堤](https://kazushiaruga.com/21281.html) - 拙宅の裏には弘法大師ゆかりの金蓮院というお寺がございます。2年前のコロナ禍。ふと気が向きまして、仕事に出かける前に祈りを捧げて以来、毎朝参るのが習慣となりました。南無大師遍昭金剛。夏草茂る頃はすでに終わり、耳を澄ませば蝉の声に混じり、秋の勢力の台頭に気づきます。夏の終わり。なぜでございしょう。寂しいものでございます。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 最終日(大津-東京)その4 ‐舞阪、高塚、静岡(東海道本線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21270.html) - 駅前に酒屋はない。ただし何某かを売る店が見える。酒を売る店には見えなかったが、念のため肉屋か酒屋か見分けがつくまで歩いたよ。お稲荷様のお末社に高塚熊野神社。手を合わせるオレに爽やかな風が吹きつけた。ご縁とお導きに感謝して心を強く持つ。これが守護龍、守護神の思し召し。さっきの風に乗せて教えてくれたんだよ。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 最終日(大津-東京)その3 ‐稲沢、名古屋、豊橋、二川(東海道本線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21252.html) - 東海道33番目の宿場町。県道に沿って本陣跡や当時の家並が残されているとのこと。歩いていこうと思ったよ。でも道は炎熱下。コンビニにはビールが売っている。やりたいことをしに来たんだ。反対側の出口には動植物公園。駅前には恐竜を緑で象ったオブジェが立ち、遠くに観覧車が見える。降りてみないと分からないこと。二川にはそれがあった。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 最終日(大津-東京)その2 ‐大垣、尾張一宮、清洲(東海道本線)/清洲城【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21232.html) - 清洲公園には織田信長、濃姫像が建っている。桶狭間に向かう若き日の信長の姿で、首に数珠をかけている様が味方を勇気づけたとのこと。後に神仏を敵に回した男の意外な一面と言える。だが当初からそうだったのではなく、次第にあの織田信長になっていく。大河ドラマ「麒麟が来る」では明智光秀がその成長に一役買ったとの解釈で描かれていた。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 最終日(大津-東京)その1 ‐大津、関ヶ原(東海道本線)/ホテルアルファーワン大津【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21209.html) - 初めて琵琶湖を見たのは28年ほど前のある日。夕暮れが降りた湖畔の道は混雑して、素敵な街灯りを見た。いつかあんな店で充実した時間を過ごしたい。夢を見るようにそう思った。あの頃描いた形はしていないが、似たようなことはしている。夏の音は街道を往く車の音を凌駕する。東京じゃ聞かない蝉の声。夏の多くを関西で過ごしてきたのだ。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 4日目(高松-大津)その5 ‐立木、船岡、園部、京都、大津(山陰本線/東海道本線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21182.html) - 2年ぶりか。かつての京都の恋よりも、3年続いている現在の恋人を想う。京都タワーはかつて愛を交わした場所。祇園で夜桜を愛でて二人酔っぱらって、明け方のことだった。もう20年も前のこと。当時24歳と若かった彼女も、そうか今じゃ四十路か。幸せに暮らしていることを願う。八条口にはそんな京都への望郷の思いが詰まっている。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 4日目(高松-大津)その4 ‐新井、和田山、下夜久野、上川口、石原(播但線/山陰本線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21157.html) - 蝉の声。夏の音と西日。通りの先には姿のいい山。夏空の下を緑色の列車に乗って京都に向かっている。「いさ」と詠むのか。さっきの新井といい難解。但馬、丹波地方にこうした変わった読み方が見られるのは興味深い。夏の音はここじゃヒグラシになった。今年初めて聞く。もっと盛大に鳴いてほしい。明日の彼岸が過ぎれば、この夏もあとわずか。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 4日目(高松-大津)その3 ‐野里、香呂、仁豊野、溝口、鶴居、寺前(播但線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21132.html) - 雨と夜で見分けのつかなかった13年前。駅前で中華食堂が営業している。ラーメンも餃子も入らない。申し訳なく思うオレ。せめてと土産物屋でゆずクーヘンを購入。確か恋人の息子くんが好きだったはず。そばを流れる市川を見に行くと空が鳴る。大丈夫とささやく声が聞こえたような。でも怖いよ。橋の上じゃ守るものもない。寺前橋で引き返す。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 4日目(高松-大津)その2 ‐法界院、野々口、津山、佐用、播磨新宮、姫路(津山線/姫新線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21107.html) - 見送りの風景に出会った。見送られる男は初老と言っていい白髪混じり。オレと同年輩だろう。いま隣に座ってスマホをいじくっている。1両の客車はほぼ席を埋めて緩やかに動き出す。見送りの母親は他の兄弟を置いて2、3歩を進めた。その行動に隣の男は気づいていない。きっと母親は客車が見えなくなるまで見送っていたのだろう。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 4日目(高松-大津)その1 ‐高松、鬼無、坂出、岡山(予讃本線/本四備讃線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21080.html) - 屋島、五色台、讃岐富士。海辺に行けばそうした姿が望める土地柄は得がたい。定宿のホテルは満室。やはりここが四国の玄関口。友は人生で大切なことを教え、帰宅を急かす恋人からの電話に耐え切れず、彼女のもとへ去った。情熱のあるヤツは必ずうまくいく。それを彼は力説していた。なるほど今のオレには仕事に対する情熱があるとは言えない。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 3日目-友と過ごす一日をFacebookへの投稿より振り返ります ‐東浜恵美須神社、北浜恵美須神社、片原町駅、三津浜駅、梅津寺駅、高浜駅、龍神社、三津駅【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/21014.html) - 友と向かいましたのは伊予松山でございます。観光港まで伊予鉄道が走り、終点の高浜駅には開業当時のものと思われますレトロな駅舎が健在で、目を楽しませてくれます。海辺には龍神社。謎の巨岩の造形。お城を取り巻くように路面電車が走る松山の街中を抜けて讃州高松に帰りますと、朝も夜もうどんでございます。おでんがつきものでございます。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 2日目(伊那市-高松)その3 ‐相生、岡山、坂出、高松(山陽本線/本四備讃線/予讃本線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20998.html) - 瀬戸大橋を何度も渡る人生。そんな例えもいいかもしれない。ホームで列車を待ちながら、やがて夏空と同化する讃岐富士を眺めている。昨日の信州が嘘のような熱気。開放的な空気は子供たちに伝わり、大きな声が聞こえる。じゃあねバイバイ。マリンライナーが行ってしまうとこうまで静まり返るものか。これから高松に出て、港で友を待とう。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 2日目(伊那市-高松)その2 ‐木曽福島、上松、大桑、大垣、姫路(中央本線/東海道本線/山陽本線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20984.html) - かつてこの駅を起点に森林鉄道が走っていたことを知った。1975年まで運行していたその鉄道の総延長は最盛期で400㎞にものぼっていた。数年前に降りた時には駅員さんがいたと記憶しているが、現在は嘱託員さんが詰め、ツバメが巣を作っている。大相撲で、上松出身の御嶽海関の大関昇進には沸いたであろう。町にはポスターを見かける。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 2日目(伊那市-高松)その1 ‐伊那市、辰野、岡谷、塩尻(飯田線/中央本線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20967.html) - 宿屋のご主人は爽やかな紳士。5時過ぎから愛猫コジマくんと遊んでいる。コジマくんはオレの足をなめてくれたよ。最近は猫にも好かれるようになった。何よりコジマ君が愛らしい。こちらの風呂は温泉。うれしい誤算もたまにはある。出かけにご主人が笑顔で淹れたてのコーヒーを勧めてくれる。その表情はかなりのコーヒー好きをうかがわせる。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 初日(東京-伊那市)その4 ‐岡谷、北殿、伊那北、伊那市(飯田線)/ホテル青木【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20952.html) - 下諏訪を出ると登り勾配になり車窓に諏訪湖が現れる。湖畔の記憶を多く持つが、最新のものは恋人と塗り替えた。岡谷駅前。楽しい記憶はあるが、そこにいた人々は今そばにいない。真っ黒になって遊ぶ愛しきものを写した画像が届いた。出会いがあり別れがあるが、オレと愛しきものの絆を信じている。二人で最適を探し、やがてたどり着く。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 初日(東京-伊那市)その3 ‐龍岡城、小海、青柳、下諏訪(小海線/中央本線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20930.html) - 涼しくなったが、西日が駅前を照らし、一緒に降りた運動青年は暑いとこぼす。愛しきものに送ったお盆玉の礼が届いた。ボロボロになったサッカーシューズの購入にあてるとあった。喜んでくれたのなら、それが喜び。オレの夏はこれから結びに入るが、すでに素晴らしい色や形をしている。夏の夕景を往く中央本線。車窓は懐かしく、そして美しい。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 初日(東京-伊那市)その2 ‐横川、軽井沢、平原、乙女、馬流(信越本線/JRバス関東碓氷線/しなの鉄道/小海線)/秩父事件戦死者の墓【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20895.html) - 秩父「困民党」に与した菅原文太さん演じる平沼銑次と、村井国夫さん演じる伊河泉太郎がいたのもここなのだろう。泉太郎は銃弾に斃れるが、銑次はひとり切り抜けていき、やがて。銑次の姿は消えて、彼が手にしていた「自由自治元年」の旗だけが血路に落ちていた。涼しい風が時折吹き抜ける。そしてこの風に乗って鉄路を伝う音が聞こえてくる。 - [「鉄旅日記」2022年盛夏 初日(東京-伊那市)その1 ‐金町、上野、籠原、高崎(常磐線/高崎線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20882.html) - 8:19籠原行に乗る。車額には「ありがとうそしてサヨナラ安倍晋三総理」。この盆前にかけて社内で重大なる決断を下さなければならないと思っていた。その決断は、あるいはオレの進退に及ぶ。でもそんな話にはならず、問題は棚上げされた。でもいい。もう話は進展しようもなかったから。恋人から便りが届いた。オレの旅を祝福してくれている。 - [「鉄旅日記」2022年文月 ツレと訪ねた佐久海ノ口温泉~諏訪湖旅でございます。最終日(佐久海ノ口-東京) ‐佐久海ノ口、茅野、上諏訪、山梨市、相模湖、中野(小海線/中央本線)/湯元ホテル和泉館/諏訪湖【Facbookへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/20862.html) - 【2022年文月 ツレと訪ねた佐久海ノ口温泉~諏訪湖旅でございます】諏訪に立ち寄りました。小生の人生の節目に登場する町でございます。また、遠いご先祖がかつて京都から下って土着した土地と聞いております。あぁ、こうしてまた戻ってきたのだとの感慨も束の間。多くの時間を持てず、上諏訪駅へ続く道を戻っていったのでございます。 - [「鉄旅日記」2022年文月 ツレと訪ねた佐久海ノ口温泉~諏訪湖旅でございます。初日(東京-佐久海ノ口) ‐甲府、小淵沢、清里、野辺山、佐久海ノ口(中央本線/小海線)【Facbookへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/20843.html) - 【2022年文月 ツレと訪ねた佐久海ノ口温泉~諏訪湖旅でございます。】猛暑と湿気に苛まれる東京を脱け出して高原にまいりました。八ヶ岳の麓には涼しい風が吹いております。冷房要らずの静かな夜。海ノ口温泉の湯もまた心地よく、湯上がりに厚い布団をかけて横になりますと、すぐに眠りに落ちたのでございます。 - [「鉄旅日記」2022年水無月 最終日(中山平温泉-東京)その4 ‐土浦、ひたち野うしく、亀有(常磐線)【鳴子温泉郷の湯を求めての旅でございます。】/葛西神社~江戸川堤葛飾情緒](https://kazushiaruga.com/20814.html) - この町に暮らしていた女性とロータリーで待ち合わせてディズニーランドに行ったのは遠い昔。彼女はそれからほどなくしてアメリカに渡った。今も名前は覚えている。顔も大体。お互いに触れることもせずに別れた若き日。今のオレならきっと抱き寄せている。そんな町の隣で今は暮らしている。人生とはやはり面白おかしい。月を写して、ひと駅戻る。 - [「鉄旅日記」2022年水無月 最終日(中山平温泉-東京)その3 ‐勝田、水戸、友部、宍戸(常磐線/水戸線)【鳴子温泉郷の湯を求めての旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20812.html) - 恋人への土産はここで。思いがけなく茨城産。昨日の石岡の記憶があるから矛盾はないが、今となれば浪江焼きそばという手もあったとほんの少し後悔。青空がうれしい。春は冴えないまま梅雨入り。コロナ禍はだいぶ下火になった。外国人旅行客の姿も徐々に見かけるようになるだろう。仙台駅の賑わいはすさまじかった。あの梅雨空が嘘のような青空。 - [「鉄旅日記」2022年水無月 最終日(中山平温泉-東京)その2 ‐小牛田、松島、高城町、陸前浜田、榴ヶ岡、仙台(東北本線/仙石線)【鳴子温泉郷の湯を求めての旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20786.html) - 降りることを待望していた駅にいる。辺鄙なところにポツンとある印象だったが、駅前には立派な旅館が立ち、浜田漁港には牡蠣売りの建屋。雨は激しく、寒々としている。時に東北本線や貨物列車が高台を往く姿を見る。あの光景を眺めたかったのだと合点がいくが、車窓からの眺めの方が魅力的だと感じた。海辺でスサノオから力を得て駅へ引き返す。 - [「鉄旅日記」2022年水無月 最終日(中山平温泉-東京)その1 ‐中山平温泉、鳴子温泉(陸羽東線)/旅館三之丞湯【鳴子温泉郷の湯を求めての旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20768.html) - このひどい時代もやがて終わる。それくらいの想像力なら持ち合わせもある。少し熱めの湯。この温泉生活を楽しんでいるよ。宿の方が言う。ゆっくりしにきたのだから何もしなくていい。その通り。ゆっくりするだけなら葛飾でもできるが、日常もまたそこにあり、心から寛げることなどない。日常を離れる。その効用にもまた初めて気づいた。 - [「鉄旅日記」2022年水無月 初日(東京-中山平温泉)その3 ‐小牛田、古川、上野目、池月、鳴子温泉、中山平温泉(陸羽東線)【鳴子温泉郷の湯を求めての旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20737.html) - おそらく100年先もこのままであろう朽ち果てそうなホームがある。夏草の匂いをかいでみたくなった。どうしてだか目を閉じたくなる。様々な声が聞こえてきた。鳥、蛙。名前も知らないような生物の声もあるのだろう。そしてここでそうした声を聞いている必然。空は曇り出した。別に雨でも構わなかったんだ。オレに向けて優しい風が吹いている。 - [「鉄旅日記」2022年水無月 初日(東京-中山平温泉)その2 ‐いわき、竜田、原ノ町、鹿島、新地、仙台(常磐線)【鳴子温泉郷の湯を求めての旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20723.html) - 田園にもやが立ちこめ視界を曇らす。どうすることもできない。支配しているのは宇宙とひと続きの自然。人間もまたその一部だが、鼻持ちならない存在に成り果てつつある。以前も言ったが、同じ立場ならオレも銃をとる。結局のところ、人間とはその程度のものと結論付けることもできる。その結論はオレを傷つけない。理想を見失うこともない。 - [「鉄旅日記」2022年水無月 初日(東京-中山平温泉)その1 ‐金町、石岡、友部、水戸(常磐線)【鳴子温泉郷の湯を求めての旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20705.html) - 仕事は喜べる状態にはほど遠い事態が続いて3年目に入る。祈りの時間は増え、仕事に向かう毎朝にはより多く。愛する2鉢「みどり」も「ぐりーん」も応援するかのように背筋を伸ばし、その姿は愛らしい。信じているよ。もとよりここでつまずくことは計算していない。あるいはつまずきなどではなく、次の成長に不可欠な時期にいるのかもしれない。 - [「鉄旅日記」2022年皐月 ツレと訪ねた下部温泉~富士宮~田子の浦旅でございます。最終日(下部温泉-東京) ‐下部温泉、波高島、身延、甲斐大島、内船、西富士宮、富士宮、東田子の浦(身延線/東海道本線)/富士浅間神社【Facbookへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/20647.html) - 富士宮はこれまでに何度も通っておりますが、富士山はいつも隠れておりました。富士浅間神社にお参りした後、田子の浦に出て、遥かなる太平洋を眺めたのでございます。浜では、どこからか流れ着いた白く美しい石を拾い上げましてございます。お守りにしよう。ツレも同じように拾い、お互いの記念にとカバンにしまったのでございます。 - [「鉄旅日記」2022年皐月 ツレと訪ねた下部温泉~富士宮~田子の浦旅でございます。初日(東京-下部温泉) ‐市川大門、下部温泉(身延線)【Facbookへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/20620.html) - 【武田信玄公隠し湯にて】まるで夏空でございます。弟子に担がれた晩年の高浜虚子、恋に疲れた若山牧水、「天と地と」を脱稿せんとする海音寺潮五郎が愛した湯宿におります。瀬音と呼ぶには激し過ぎる水の流れが耳を潤し、青と緑が目を休めてくれます。じきに入梅でございますね。 - [「鉄旅日記」2022年皐月 最終日(磐梯熱海-東京)その3 ‐駒形、前橋大橋、高崎、本庄(両毛線/高崎線)【日光線全駅乗降を果たし、猪苗代湖畔に遊び、磐梯熱海の湯につかり、国定忠治を訪ねた旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20604.html) - 当時は熊谷を過ぎると車内でタバコを吸えた時代だった。今からすればまるで冗談だ。あれから本庄早稲田駅が開業したりしたものの、バブルの余韻が残っていた当時からはだいぶ廃れてしまったという。駅も駅前もまるで覚えていないが、こんなにも閑散とした町だったのかという感覚は残る。少なくとも30年前にそうした印象は持っていない。 - [「鉄旅日記」2022年皐月 最終日(磐梯熱海-東京)その2 ‐国定(両毛線)/国定忠治墓(養寿寺)【日光線全駅乗降を果たし、猪苗代湖畔に遊び、磐梯熱海の湯につかり、国定忠治を訪ねた旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20583.html) - 墓前で手を合わせたら自然に「親分」との言葉が口をついて出て、絶句した。あるいは彼の手下という前世をもオレは持っているのかもしれない。何度も頭を下げてその場を離れたが、何らかの磁力が働いているかのように去りがたかった。一時は警察権も及ばないほどの勢力を誇ったが、すべての罪を認め、子分をかばい、獄では模範囚だったという。 - [「鉄旅日記」2022年皐月 最終日(磐梯熱海-東京)その1 ‐磐梯熱海、新白河、小山(磐越西線/東北本線)【日光線全駅乗降を果たし、猪苗代湖畔に遊び、磐梯熱海の湯につかり、国定忠治を訪ねた旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20567.html) - みちのくの風は冷たく、列車が停車してドアが開くたびに吹き込む風に肩をすぼめていた。車窓には雪を残した山が見える。みちのくの春はこれからが本番。群馬県にはブラジル・タウンが広く見られる。ホームにそうした人々の姿。以前ここで次に到着する電車の行先を聞かれたもの。列車は思川を過ぎて、じきに栃木駅へと高架を上がっていく。 - [「鉄旅日記」2022年皐月 初日(東京-磐梯熱海)その4 ‐関都、猪苗代湖畔、上戸、磐梯熱海(磐越西線)/志田浜~上戸浜/伊東園ホテル磐梯向滝【日光線全駅乗降を果たし、猪苗代湖畔に遊び、磐梯熱海の湯につかり、国定忠治を訪ねた旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20532.html) - 温泉効果に気づいたのは1月の湯瀬の湯。以来温泉宿を求めて近場を旅してきた。世界情勢もそうだが、どうにもならない現実を嘆き続けてきた。閉塞感を発しているのはオレ。つまらない大人なのだと自身に警鐘を鳴らす。オレはまだそっちの陣営に呼ばれていない。早々と現れた吸血一族に吸われた箇所がかゆい。また万能の湯に浸かってくるよ。 - [「鉄旅日記」2022年皐月 初日(東京-磐梯熱海)その3 ‐黒磯、泉崎、白河、郡山(東北本線) 【日光線全駅乗降を果たし、猪苗代湖畔に遊び、磐梯熱海の湯につかり、国定忠治を訪ねた旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20507.html) - 郡山の空が晴れ渡る。まだバブルの余韻が残る街で夜を明かし、友と語らい、三十路に入ってすぐには恋に似たものを味わった。定かなものは、もうないけれど。友とは四十路のはじめにやはりこの街で会っている。以来のご無沙汰。あれから何度も通っている。奥さん、娘さんと幸せに暮らしている様を思えば、今さら迷惑だろうと連絡はしていない。 - [「鉄旅日記」2022年皐月 初日(東京-磐梯熱海)その2 ‐文挟、鹿沼、鶴田、宇都宮(日光線) 【日光線全駅乗降を果たし、猪苗代湖畔に遊び、磐梯熱海の湯につかり、国定忠治を訪ねた旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20489.html) - ただ、少なからずは抱えたまま現在を生きている。駅を出て見渡せば餃子屋が目立つ。「食べていくか」と階段を下りれば、さすがにどこもまだ閉まっている。じゃあ行きのホームで見かけた「野州そば」でもと下りてみれば、これは謎なのだが営業は11:00から。仕方ないな。鉄道音に紛れて思わず声が出る。ビールとつまみ。黒磯までまた眠る。 - [「鉄旅日記」2022年皐月 初日(東京-磐梯熱海)その1 ‐金町、上野、宇都宮(常磐線/東北本線) 【日光線全駅乗降を果たし、猪苗代湖畔に遊び、磐梯熱海の湯につかり、国定忠治を訪ねた旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20480.html) - 最も愛する存在が桜の開花頃に卒園式を迎え、あたたかく爽やかな日和にランドセルを背負って入学式を迎えた。そんな報せを受け、乃木神社では風花が舞った。そして風薫る5月。会社じゃ全社員が帰ったあとに役員が集まって浮かない話。そう、浮かないんだ。オレもいい知恵が出ない。この旅を終えて、黄金週間を過ぎれば本番よ。そう思う。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 最終日(静岡-東京)その5 ‐東浦和、東川口、吉川、吉川美南、南流山(武蔵野線) 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】/江戸川堤菜の花絶景](https://kazushiaruga.com/20448.html) - 越谷レイクタウンを過ぎると、駐車場を出てきた車列が滞っている。かつてあの中にいたこともある。幸せは感じていたよ。きっと。特に特徴を見いだせないが、こうした時間に着いて改札へ向かう際にはホッとしたような気持ちになる。今住んでる町はもう少し明るいが、似たような町に暮らしていた。そんな駅前風景。武蔵野線のすべての駅に接した。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 最終日(静岡-東京)その4 ‐西国分寺、北府中、新小平、青梅街道、北朝霞、朝霞台(武蔵野線) 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】](https://kazushiaruga.com/20415.html) - 青梅街道駅の小さく枯れた風情に打たれた。その姿を目にするのが新小平駅に降りた大いなる目的。西武国分寺線は単線で地域性を映す。駅前商店街とも言えるラーメン屋をはじめとする街道沿いの店。駅と運命を共にしてきた姿に失礼ながらいじましさを感じる。みんな似たようなもんさ。いじましく生きてる。オレも例外じゃない。夢ならあるが。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 最終日(静岡-東京)その3 ‐南甲府、金手、甲府、八王子、京王八王子(身延線/中央本線)/甲府城跡 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】](https://kazushiaruga.com/20396.html) - 「夕焼け小焼けで日が暮れて」。八王子の発着音。都会に出た。思い出そうとすれば、記憶から引き出されるいくつかがこの街にもある。でも新たなオレがまたここにいる。大事なのはいつでもそっち。過去じゃない。再び中央線へ。日野を過ぎて多摩川に架かる橋で見慣れない光景に逢った。多摩都市モノレールが芋虫のように川を越えつつあった。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 最終日(静岡-東京)その2 ‐十島、鰍沢口、甲斐住吉、国母、常永(身延線) 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】](https://kazushiaruga.com/20374.html) - 富士川が大きく蛇行する姿は龍がとぐろを巻く姿を連想させる。川の流れとは龍の道。富士川の川幅も広いが、昨日の大井川のスケールをあらためて想う。行く手に南アルプスの壁が現れた。あの壁は富士へ向かう道にも立ちはだかるのか。駅前通りの先には八ヶ岳。県名に山がつく国らしく周囲は山。すでに甲府盆地に入っているようだ。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 最終日(静岡-東京)その1 ‐新静岡、静岡、由比、富士、芝川(東海道本線/身延線)/駿府城址 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】](https://kazushiaruga.com/20346.html) - SNSでは改憲が話題。何より優先すべきは綿々と築いてきたアメリカとの関係の継続が基本。その範疇であれば必要なものは改める。それが持論。珠賀美神社に参る。祈ることは昨日と同じ。徳川家康公隠居の地ということもあり、静岡にはおっとりとして平和な印象を持っていた。お堀にいた鴨にもそうした姿は象徴された。鴨とはなかなか愛らしい。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 2日目(焼津-静岡)その3 ‐尾盛、千頭、金谷、静岡(大井川鐡道井川線/大井川鐡道本線/東海道本線)/くれたけインプレミアム静岡駅前 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】](https://kazushiaruga.com/20332.html) - 尾盛駅の廃屋には明らかな生活の跡があった。相当昔の跡。木の切り出しで栄えた駅だという。ダムができて大井川の水運が使えなくなってからは廃れ、今じゃ何もなくなってしまった駅。そんな内容の車掌さんのアナウンスを聞いた。この静けさは得がたい。山間でそよかな風に吹かれて列車を待つ心地もいい。そんな男が3人もいることがおかしい。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 2日目(焼津-静岡)その2 ‐奥大井湖上、接岨峡温泉(大井川鐡道井川線) 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】](https://kazushiaruga.com/20295.html) - 恋人たちのメッカは観光のメッカ。中腹のカフェまでの狭い空間と長いホームに人の姿が絶えない。カフェは満席。次に来る列車がここに着くのは約2時間後。その列車にオレは接岨峡温泉駅から乗る。レインボーブリッジを渡りきると山路に入る。何度でも振り返りたくなる。右にいけばあずまや。左にいけば奥大井湖上駅を眺める絶景ポイントに出る。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 2日目(焼津-静岡)その1 ‐焼津、金谷、千頭、井川(東海道本線/大井川鐡道本線/大井川鐡道井川線)/焼津温泉やいづマリンパレス 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】](https://kazushiaruga.com/20256.html) - 千頭から約1時間強。大半は奥大井湖上駅で降りた。凄まじい人波が狭いホームを覆った。接岨峡温泉、尾盛、閑蔵。閑蔵から終点の井川までは約15分の鉄道旅。距離にすれば5kmでトンネルを20個くぐるとのこと。閑蔵に至る途中に鉄道橋の中では日本一の高さを誇る関の沢橋梁を通る。高さは70.8メートル。遥か下を大井川は流れていた。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 初日(東京-焼津)その4 ‐アプトいちしろ、川根小山、千頭、金谷、焼津(大井川鐡道井川線/大井川鐡道本線/東海道本線)/焼津温泉やいづマリンパレス 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】](https://kazushiaruga.com/20222.html) - ヤマトタケル東征にちなむ町、焼津。古代に戦場となり、焼け野となった海辺の町。日本有数の港町。黒潮流れる町。2005年1月には佐野元春さんが「THE HOBO KING BAND」を率いて訪れている。アーケード街を進み、青木神社、船玉浦神社に参り、港へ。いい湯が湧いている。報道で知ったが、甲子園のセンバツが今日開幕した。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 初日(東京-焼津)その3 ‐新金谷、千頭、アプトいちしろ、長島ダム(大井川鐡道本線/大井川鐡道井川線) 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】](https://kazushiaruga.com/20195.html) - 土本駅は土本さんの家の前。周囲には4軒しかなく、平成初期までは井川線が唯一の交通手段だった。若い車掌さんのユーモアに満ちた観光案内が流れる。アプトいちしろ~長島ダム間にはダム湖に沈んだ旧線跡があり、川根長島駅も運命を共にしている。「疎」からくる「苦」。不便な生活を強いられていた当時の住民に夢を見させたというダム建設。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 初日(東京-焼津)その2 ‐静岡、金谷、新金谷、代官町、日切、合格、門出(東海道本線/大井川鐡道本線) 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】](https://kazushiaruga.com/20166.html) - 富士川を過ぎる頃、にわかに雲が払われ空が青に染まる。光を得た東海の白い町並がまぶしい。清水ではまた曇り、今にも降りだしそうな空。静岡鉄道の鉄橋が見えてくると、しばらくして東海道本線と寄り添い、次の草薙までの区間に3駅を置いて別れていく。用宗~焼津間でわずかに海辺に出る。知らずにいた。探すように車窓を眺めるのも楽しい。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 初日(東京-焼津)その1 ‐金町、東京、三島(常磐線/東海道本線) 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】](https://kazushiaruga.com/20151.html) - この町に戻ってじきに丸4年。暮らしもオレ自身も大きく変わった。 改札で「おはようございます」と青春18きっぷを出す。若い駅員さんはちょうど手に消毒液をつけたところだったので、しばしの待機。互いに目で笑う。2週間前に泊まった熱海は煙っていた。三島に着くと雨の気配。ついさっきまで降っていたかのような路面の濡れ具合。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 最終日(熱海-東京)その6 ‐向河原、津田山、久地、宿河原、中野島、稲城長沼、府中本町(南武線) 【金沢シーサイドライン、根岸線、湘南モノレール、横須賀線、大雄山線、相模線、鶴見線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20125.html) - 記憶を掘り起こすことは簡単じゃない。でも楽しい思い出がある。若かりし頃の再現しようもない思い出。古い友人が今もこの近くに暮らしているはずだ。ずいぶんと腹の座った男で、今じゃ変わり者とも言える。しばらく会っていない。オレもまたひとりになったから、また飲む機会もあるだろう。若かった二人も今じゃ五十路。まるで冗談だ。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 最終日(熱海-東京)その5 ‐川崎新町、八丁畷、矢向、平間(浜川崎支線/南武線)/ガス橋 【金沢シーサイドライン、根岸線、湘南モノレール、横須賀線、大雄山線、相模線、鶴見線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20098.html) - 夕暮れの駅前。暖色の灯が人々を迎える。行き交う人々。通りすぎる車。列車には乗らずとも駅が持つ華やぎを求めて集い、すれ違う。美味しい物も売っているのだろう。踏切を挟んで人々もまた華やいで見えた。ガス橋へ。その名に惹かれたのはずいぶん前のことになる。そこには特に装飾もガス灯もなく、欄干は錆びて、野球少年が信号を待つ。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 最終日(熱海-東京)その4 ‐鶴見小野、弁天橋、国道、浜川崎(鶴見線) 【金沢シーサイドライン、根岸線、湘南モノレール、横須賀線、大雄山線、相模線、南武線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20065.html) - 鉄路の果てのような荒涼とした光景を眺めていた。感じるのは侘しさ。オレも人のことは言えないが、何の用があってここにいるのか分からない人相のよくない男たちが、改札口に固まり煙草に火をつける。鉄道おたくが喫煙場所に困った図なのだろうが、人の目をおそれる目付きに非合法な所業に陥っていく者たちの姿を見るような思いがする。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 最終日(熱海-東京)その3 ‐相原、相模原、東神奈川、京急東神奈川、鶴見、京急鶴見(横浜線/京浜東北線) 【金沢シーサイドライン、根岸線、湘南モノレール、横須賀線、大雄山線、鶴見線、南武線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20042.html) - 横浜線は桜木町まで乗り入れるのが標準化したようだが、以前は東神奈川行きだった。町田市の人口が増え始めた頃に成瀬、十日市場と新駅が誕生したのはもう40年近く前のこと。中学生の市民として、大きくなっていく街を感じていた。東神奈川は今もターミナル駅。ワクワクしながら横浜スタジアムに向かった頃の気持ちを思い出していた。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 最終日(熱海-東京)その2 ‐茅ヶ崎、南橋本、上溝、橋本(相模線) 【金沢シーサイドライン、根岸線、湘南モノレール、横須賀線、大雄山線、鶴見線、南武線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/20022.html) - この街出身の友人には想いを寄せていた。学生時代も社会に出てからもデートをしたもの。でも今じゃ消息が分からなくなってしまった。水着姿で自転車に乗り、海へ向かっていたという彼女の話に胸を高鳴らせていた当時。穏やかな日曜日の昼時。駅前に幼い少女の泣き声が響き渡り、バスの運転手さんも眠そう。オレもしばらく眠る。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 最終日(熱海-東京)その1 ‐熱海、五百羅漢、大雄山、緑町、小田原(東海道本線/大雄山線)/北条氏政・氏照の墓 【金沢シーサイドライン、根岸線、湘南モノレール、横須賀線、御殿場線、鶴見線、南武線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/19985.html) - 駅前商店街を抜けて、ひたすらに坂を下ってきた昨夜。かつても恋人とこうして坂を下りて、しばし愛し合える場所を街のはずれに見つけた。今朝は5時に一番風呂。昨夜やりたかったことを朝食までの2時間で行い、ホテルの窓から坂の街を愛でた。この楽園で。愛しい者たちとの時間も過去にあった。そんなことどもを呼び返しながら坂を上がってきた - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 初日(東京-熱海)その6 ‐谷峨、山北、足柄、沼津、熱海(御殿場線/東海道本線) 【金沢シーサイドライン、根岸線、湘南モノレール、横須賀線、大雄山線、鶴見線、南武線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/19942.html) - ひとつ手前の駿河小山では富士山が見えた。霊峰の姿は見えなくとも山合いには独特の落ち着きと「気」がある。中央高速道の大きな橋をくぐるように沼津行がやってくる。御殿場あたりから霊峰はぼんやりと姿を見せた。こんなに近いのにぼんやりと。なにがしかの教訓を導き出せそうな車窓風景だった。定刻通りに沼津へ。春一番は勢いを増したようだ - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 初日(東京-熱海)その5 ‐逗子、北鎌倉、平塚、国府津(横須賀線/東海道本線) 【金沢シーサイドライン、根岸線、湘南モノレール、大雄山線、鶴見線、南武線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/19944.html) - 駅前は古閑を保ち、古木の梅の実がほころんでいる。当時の恋人からは今も連絡があり、オレと同じように離婚して、去年の夏前から深く傷ついている。弘法大師のありがたい教えや、慰めの言葉をいくつも送ってきたけれど気分の向上にはつながらず、朝を空しく過ごしている。木漏れ日の今日。ほんの少しでも人生を肯定できていることを願っている。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 初日(東京-熱海)その4 ‐鎌倉、久里浜、京急久里浜、衣笠、東逗子(横須賀線) 【金沢シーサイドライン、根岸線、湘南モノレール、大雄山線、鶴見線、南武線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/19922.html) - 次の成田空港行きを待つ人々が集まってきた。平和な時。なぜプーチン大統領は戦争を欲したのか。凡人には知るよしもないが、また彼も凡人が身に染みて感じる幸せを味わったことがないのかもしれない。生い立ちにもよるが、あるいはロシアという自然環境や政情の厳しい国柄によるのかもしれない。ここ数日彼という男のことをよく思う。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 初日(東京-熱海)その3 ‐洋光台、港南台、本郷台、大船、湘南江の島、片瀬江ノ島、江ノ島(根岸線/湘南モノレール) 【金沢シーサイドライン、横須賀線、御殿場線、大雄山線、鶴見線、南武線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/19891.html) - 列車は海辺の国道に沿って進んでいく。海はまぶしく、人気は穏やか。東欧の戦場に赴く兵士や爆撃や砲撃に怯える人々。彼等からこうした穏やかな休日を奪った独裁者と、それに連なる連中が犯した罪は重く、連中にはもはや償う手立てもなく、今日もまた罪を重ねていく。雅な町は平和の大切さを示し続ける。コロナ騒ぎも戦争も、もうたくさんだ。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 初日(東京-熱海)その2 ‐八景島、金沢八景、杉田、新杉田(金沢シーサイドライン/京浜急行本線) 【根岸線、湘南モノレール、横須賀線、大雄山線、鶴見線、南武線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/19839.html) - 八景島が近づき、降りることを選んだ。シーパラダイスには一度遊んだことがある。一緒にいた女性は最も仲のいい友人といってもいい男と結婚して、オレは二人の披露宴の司会を務めている。華のない20代だったと、その頃をリアルに生きていたオレは思うが、思い起こしてみれば、それほど悪くない。人口島の入口でそんなふうに思う。 - [「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 初日(東京-熱海)その1 ‐金町、桜木町、関内、新杉田(常磐線/京浜東北・根岸線) 【金沢シーサイドライン、湘南モノレール、横須賀線、大雄山線、鶴見線、南武線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/19841.html) - 佐野元春さんを観にいった県民ホールはひとり。誰も誘えなくてひとりだった。旅だけがひとりじゃなかったか。伊勢佐木長者町では親父に連れられて「男はつらいよ第28作 寅次郎紙風船」。最愛の存在はこの春に小学校に上がる。御祝いと名入りの鉛筆を贈った。甘くも苦い思いが胸に込み上げる。磯子の浜にまん丸のお日さまが上がっている。 - [「鉄旅日記」2022年如月 最終日(常陸大子-東京)その3 ‐土浦、荒川沖、藤代、柏(常磐線) 【十二橋駅~潮来駅、鹿島神宮西の一之鳥居~鹿島神宮、棚倉を歩く旅。】](https://kazushiaruga.com/19818.html) - それに続く松戸。その松戸には約10分後。そして江戸川を越えれば葛飾金町。オレの部屋がある。ウクライナとロシアの軍事的緊張。ロシア中国の蜜月と台湾問題。北朝鮮はミサイルによる挑発をやめず、東西冷戦時代に戻ったかのような世界。そのような中、コロナ禍も去らず、北京での冬期五輪は開幕した。そんな如月。オレは53歳になる。 - [「鉄旅日記」2022年如月 最終日(常陸大子-東京)その2 ‐水戸、羽黒、稲田、福原、友部(水戸線) 【十二橋駅~潮来駅、鹿島神宮西の一之鳥居~鹿島神宮、棚倉を歩く旅。】](https://kazushiaruga.com/19793.html) - 今回の旅に多く登場した天狗党が挙兵したのも筑波山。筑波神社の御神体に攘夷を誓い、厳しい戦いの果てに流亡する。線路と平行する旧街道には風情が残り、常陸そばを売りにするシックなお店と呉服店が灯を保っている。共産党の宣伝車が通りすぎ、静かな町にいつまでも聞こえている。それにしても風が冷たく、凶器のように手を切り裂いていく - [「鉄旅日記」2022年如月 最終日(常陸大子-東京)その1 ‐常陸大子、磐城棚倉、東館(水郡線) 【十二橋駅~潮来駅、鹿島神宮西の一之鳥居~鹿島神宮、棚倉を歩く旅。】](https://kazushiaruga.com/19755.html) - 幕末には那珂湊で利を得なかった水戸天狗党がこの地で再集結して京都へ向かうべく流亡の道に入った。池田橋で久慈川を渡ると大子の町中に入る。芭蕉の句が刻まれた石碑の奥には古びたお堂。旧外池家呉服店、旧大子銀行。歴史のある家並は通りを2本伝って駅まで続く。駅横にはSLが保存され、駅舎を出ると「駅そば」が湯気を上げている。 - [「鉄旅日記」2022年如月 初日(東京-常陸大子)その5 ‐常陸鴻巣、下小川、矢祭山、常陸大子(水郡線)/矢祭山鮎の里公園 【十二橋駅~潮来駅、鹿島神宮西の一之鳥居~鹿島神宮、棚倉を歩く旅。】](https://kazushiaruga.com/19663.html) - 久慈川に架かるあゆのつり橋を渡る。空には久々のお月さま。週明け8日に上弦を迎える。うつくしま百名山も闇との同化をはじめ、駅には灯がともり、冷気は刺すようで、駐車場には北の車が運んだ雪の名残。手がまた割れ始め、血がにじむ。その手に最愛の存在がほほ笑むスマホを握って月に祈る。景勝地でのひとりきりのそんな時。冷気が厳しい。 - [「鉄旅日記」2022年如月 初日(東京-常陸大子)その4 ‐鹿島神宮その2、大洗、水戸(鹿島臨海鉄道)/塚原卜伝生誕地 【十二橋駅~潮来駅、鹿島神宮西の一之鳥居~鹿島神宮、棚倉を歩く旅。】](https://kazushiaruga.com/19652.html) - 彼が生きたのは戦国時代。足利13代将軍義輝公も門弟に数えられている。将軍はその剣で刺客と呼ぶにはあまりにも大勢を相手に暴れ狂い、最後には果てる。先の紙芝居では剣聖の思いは将軍に伝わらなかったとあるが、オレはそうは思っていない。これも歴史の面白さ。盛大に裂けた手に血がにじんでいる。列車がディーゼル音を響かせて入線してきた - [「鉄旅日記」2022年如月 初日(東京-常陸大子)その3 ‐鹿島神宮(鹿島線)・・・その1‐天狗党墓/鹿島神宮西の一之鳥居/大船津稲荷神社/鎌足神社/龍神社/鹿島神宮 【十二橋駅~潮来駅、鹿島神宮西の一之鳥居~鹿島神宮、棚倉を歩く旅。】](https://kazushiaruga.com/19623.html) - そこにひっそりと龍神社。2柱の龍神を祀っているとのこと。新たに生まれた龍神「信龍」と虎神「望虎」を守護に持つ身。他にも多くの守護龍に守られている身。まさにご縁とお導きに深く感謝。剣はオレにも縁がある。もっとも、剣の奥義などは知るよしもなく、心が研かれることはなかったが、この年齢になり、ようやく一端に触れ得た心地でいる。 - [「鉄旅日記」2022年如月 初日(東京-常陸大子)その2 ‐十二橋、潮来(鹿島線) 【十二橋駅~潮来駅、鹿島神宮西の一之鳥居~鹿島神宮、棚倉を歩く旅。】](https://kazushiaruga.com/19548.html) - 鵜と思われる黒い大群が水面を走るように移動していく。やがて飛び立ち編隊を組む。その集団についていかずボーッと浮かんでいた数羽も編隊には加わったようで、気づくと姿がない。かつて絵葉書を購入した駅の観光案内所は開いていなかった。あるいはもう2度と開かないのかもしれない。水辺の廃墟群は何か重要な事実を示しているように見えた。 - [「鉄旅日記」2022年如月 初日(東京-常陸大子)その1 ‐金町、我孫子、新木、成田、佐原(常磐線/我孫子支線/成田線) 【十二橋駅~潮来駅、鹿島神宮西の一之鳥居~鹿島神宮、棚倉を歩く旅。】](https://kazushiaruga.com/19533.html) - 「あの人に会いたい」は今年亡くなった千葉真一さん。憧れの老い方をされたアクション・ヒーローだった。部屋から眺めた空にはたくさんの星が見えたが、地上からは星に気づくほど空は広くない。珍しく酔い騒ぐ姿を見ない明け方の町。昨日立春を過ぎて、日も徐々に長くなっていく。「オミクロン株」の拡がりは脅威。でも人々は冷静に家を出る。 - [「鉄旅日記」2022年新春 最終日(三沢-東京)その3 ‐鹿島、原ノ町、いわき、常陸多賀、勝田(常磐線) 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】](https://kazushiaruga.com/19519.html) - 水戸でグリーン車に乗り込んで3つ先の友部で降りた若者がいた。何者だろう。間違いなく違う価値観の中で生きている人だ。これがこの旅の最後の記録になる。次は2月。それが終わればオレも53歳。まだまだこれから。その前には最愛の存在との再会も予定されている。 土浦着20:31。ホームの「駅そば」もまだ明かりを消していない。 - [「鉄旅日記」2022年新春 最終日(三沢-東京)その2 ‐一ノ関、松山町、鹿島台、仙台(東北本線) 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】](https://kazushiaruga.com/19500.html) - 前も後ろも雪原。後ろの果てには雪をかぶった奥羽山脈。隣の乗客はふと気がついたように背に広がる光景を写し、片一方の隣じゃ娘夫婦と二人のお孫さんを連れたご婦人が「雪しかない」と笑う。一ノ関にも泊まったことがあるが、念のため街の地図を見て、駅弁と土産、昼食のビールとハンバーガーを購入。「NEWDAYS」の女性が気さくに笑う。 - [「鉄旅日記」2022年新春 最終日(三沢-東京)その1 ‐三沢、八戸、滝沢、巣子、盛岡(青い森鉄道/IGRいわて銀河鉄道)/薬師神社/岩手山 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】](https://kazushiaruga.com/19478.html) - 駅周辺には何もなく、市役所をはじめとする市の中心は米軍および航空自衛隊三沢基地、三沢空港近くにあり、かつて上北町駅で降りて湖畔へと歩いた小川原湖が市の面積の多くを占める。会津藩が拓いた明治初期の斗南藩。三沢もその藩領にあたるらしい。下北半島に限った話かと思いきや、三沢から続くあたり一帯は広大な荒れ地だったのだと知る。 - [「鉄旅日記」2022年新春 2日目(湯瀬温泉-三沢)その5 ‐青森、三沢(青い森鉄道)/ホテル天水 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】](https://kazushiaruga.com/19370.html) - 多くを望まずこうして静かに過ごしている。こんな雪の中も月が出ていた。明日に上弦を迎えるお月さま。青森では、青森とオレの仲という表現を使った。その意味するところは、東京で暮らす何者でもないオレが、青森にいることに特別感を持たないことを指している。だから新装なった青森駅をやがて目にするだろう。月との関係はそれどころじゃない - [「鉄旅日記」2022年新春 2日目(湯瀬温泉-三沢)その4 ‐板柳、川部、撫牛子、大釈迦、鶴ヶ坂(五能線/奥羽本線) 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】](https://kazushiaruga.com/19347.html) - 今聞こえたのは鶴の声。5羽が鶴の里に向かう姿を目撃できた。空が明るくなったけど、また雪が落ちてきた。手に触れるとすぐに蒸発する。ここなら雪景の津軽平野が望めるかもしれない。そう思い、ここ撫牛子駅で青森行を待つことにした。若干朱を帯びているように見えるのは、あのあたりじゃ日が射しているのだろう。この雪は積もるな。 - [「鉄旅日記」2022年新春 2日目(湯瀬温泉-三沢)その3 ‐川部、五所川原、木造(五能線)/神武食堂 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】](https://kazushiaruga.com/19330.html) - 津軽平野は銀世界。降雪は激しくなり、車窓からは吹雪いているように見える。ところどころに雪捨て場があり、カラスが一羽所在なげにたたずんでいた。大雪は彼等の世界も戸惑わせているのだろう。これじゃ岩木山は望めないな。目には発光体が埋め込まれ、列車の発着の際には点滅する「シャコちゃん」と呼ばれる巨大土偶。この駅舎は確かに奇跡の - [「鉄旅日記」2022年新春 2日目(湯瀬温泉-三沢)その2 ‐東大館、大館、弘前(花輪線/奥羽本線) 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】](https://kazushiaruga.com/19242.html) - その機会は大雪が上がった朝に訪れた。東大館駅で降りても街は分からない。駅前にはちらほらとスナックが見えるのみ。ホテルは見える。やがてスナック街。そして長く続くアーケード街。その様には驚かされた。大館の繁栄はここにあったかと、昭和50年代に全日本プロレスがこの街でテレビマッチを組んだ合点がいき、 - [「車旅日記」1995年5月【26歳、初めてひとりで旅に出た理由】その2-東北道を郡山まで、一般道で日本海、酒田、そして帰京](https://kazushiaruga.com/39.html) - 初めてのひとり旅、塩川駅、阿賀野川、徳沢駅、瀬波温泉、酒田駅、白糸の滝サービスエリア、山形霞城、郡山アンジェロ、日本海の夕日、男はつらいよ、車寅次郎、高倉健・・・恋人よ、眠れないんだ。悲しいわけじゃないけど、涙が出てくる。さっきまで泣いてたよ。目が疲れたんだな。ムリもないさ。巡回のお巡りさんは素朴で質問も的を得ていた。 - [2017・6・25 眠る前に思うこと-練馬区70周年、長野県南部地震、ヒョードルK.O.負け、反米闘争の日、モスルでの戦闘、パキスタンのタンクローリー事故-](https://kazushiaruga.com/74.html) - ブームが去るとオレも去った。彼はまだファイターでいることを続けていたんだな。偉大かつ冷酷なファイターの笑顔はとても優しかった。父親になったオレは、どんな者にも親がいることを思い知った。そして子を持つ者もいる。公な場で殴り倒される可能性を持つ職業を選んだ強き者たちに敬意を。。彼の家族はとても悲しい思いをしたことだろう。 - [2017・6・26 眠る前に思うこと -「Rainy Days And Mondays」、印刷業界の苦境、オールスターファン投票、大相撲名古屋場所目前。](https://kazushiaruga.com/90.html) - 雨の日と月曜日は憂鬱。カーペンターズの名曲が書かれた季節は知らないが、たいてい月曜日は憂鬱で、そこに雨が降りゃ日曜日の幸福は相当効力を失なう。オレは聞いたことがあるんだ。羽振りの良さそうな大手広告代理店勤務の男にさ。月曜日はどんな感じだって。うん、変わんなかったよ。年明け前後から商業印刷物の需要が減っている。用紙問屋は - [2017・6・28 眠る前に思うこと-現在の世相、選挙秘話、東京都議会議員選挙予測、小池旋風は?-](https://kazushiaruga.com/133.html) - 東京都議会選挙の投票日が近づいている。自民党には義理がある。仕事でお世話になっている。議員、秘書、支援者。接した人々の中にイヤな人間はいないんだ。この選挙戦、候補者の家族もまた死ぬような思いで闘っている。どこの党が後ろだてになろうと候補者本人そして家族は劇的な日々を生きている。ある支援者が話してくれたことがある。 - [2017・6・29 眠る前に思うこと-今年上半期の景気、TOKYO FMスカイロケットカンパニー、マンボウやしろ本部長、浜崎美保秘書、総務省推進「地域おこし協力隊」、10月21日(土)開催「くりはらマルシェ」-](https://kazushiaruga.com/147.html) - 17:00からの「明日への、のろしを上げるラジオの中の会社・スカイロケットカンパニー!」で昨日のオレの問いに対するリスナーからの答えをたまたま流していた。今年上半期の景気調査だよ。最終的によかった42.8%、悪かった38.7%だったようだ。今さら持ち出すまでもなくオレは悪かった組だ。でも結果はよかった。みんな悪くて慰め - [「車旅日記」1995年秋【恋に病んで・・・西へ。1号国道をひたすら、大阪の友に会いにいく。】その1-箱根関所跡、片浜駅、静岡駅、中田島砂丘、尾張大橋、伊勢大橋、関駅、近江大橋、南茨木駅-](https://kazushiaruga.com/188.html) - 11・3 1:13 箱根関所跡 緊張は続いている。一本目の煙草はそれ程うまくない。これから山下り。他のドライバーはとてもラフだ。たまに怯えるよ。テープはボブ・ディラン30thライヴ。R&Rがオレを救ってくれそうな気がする。この箱根を越えれば気持ちも落ち着くだろうか。まだオレにはこの道が大阪まで続いているとは思えないんだ - [2017・7・3 眠る前に思うこと-東京都議会議員選挙の結果について-](https://kazushiaruga.com/193.html) - 自民党には驕りが見られた。その通りだ。でも政治集団はやがて同じ轍を踏んでいく。そこには法則が成り立つ。こうなった以上、都民ファーストの会に期待するしかないけど、歴史は、ああいった新興勢力が次の選挙の時には形をなしていないケースが多いことを教えている。それでもさらに国政進出に含みを持たせてもいるという。民主党政権は結果的 - [2017・7・4 眠る前に思うこと-米国独立記念日、ブルース・スプリングスティーン、台風3号、菅原一秀先生、北朝鮮のミサイル発射に際して-](https://kazushiaruga.com/218.html) - ・まずアメリカに北朝鮮に対して先制攻撃をさせないために全力を尽くす。・ミサイルが発射されたら防災無線ならびにスマホ、ケータイにも情報が入る。速やかに建物または地下に避難して建物の中では窓辺から離れる。・日本近海には常時日米のイージス艦が9隻(?)浮かんでおり、北朝鮮で発射されたミサイルは90%打ち落とすことができる。 - [2017・7・5 眠る前に思うこと-九州北部、島根県豪雨、「都民ファーストの会」新人研修、須藤美貴さん-](https://kazushiaruga.com/251.html) - 都民ファーストの会が新人を集めてセミナーを行った。報道された会の要点は紳士たれ。「古い都議会」はお役人を呼びつけて思う様怒鳴りつけていたらしい。小池知事がそう言ってた。そりゃよくないよな。国民から支持を受けて当選した皆さんは選民意識を濃厚に持っている。「このハゲ~」もそこからきてる。でも他人事じゃない。ちょっと偉くなり - [2017・7・7 眠る前に思うこと-九州豪雨、久大本線花月川橋梁崩落、ISからのモスル解放状況、無情の雨-](https://kazushiaruga.com/304.html) - 凄まじい光景に暗然となる。かつてオレを大分まで運んだ久大本線花月川橋梁は崩落して復旧の見通しはたたないとのこと。毎年のようにこの時期に鉄路が流され只見線、山田線の不通はもう長い。夏休みを前に人々を故郷へと誘う美しい道が、今年もまたこうしてひとつ塞がれてしまった。悲しいけれど、被害を伝える報道は明日も続くのだろう。 - [「鉄旅日記」2022年新春 2日目(湯瀬温泉-三沢)その1 ‐湯瀬温泉、鹿角花輪、十和田南(花輪線)/和心の宿姫の湯 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】](https://kazushiaruga.com/18965.html) - 窓から見える景色は白く凍りついている。空の色もまた同じ。見ようによっては空もまた銀世界。なるほど銀を表現するのに多くのケースでグレーで代用する。そうした銀世界の駅前はかつての記憶を曖昧にする。何かを思い出したかったわけじゃない。雪に駅名標さえ埋まった十和田南駅は、冬に映える駅だった。ここまでたどってきた線路が離れていく - [「鉄旅日記」2012年夏【青春18きっぷで、新潟・みちのくひとり旅】初日(東京-横手)-郡山、津川、亀田、さつき野、水原、坂町、村上、あつみ温泉、鶴岡、余目、刈和野(東北本線、磐越西線、信越本線、羽越本線、陸羽西線、奥羽本線)](https://kazushiaruga.com/457.html) - 日本一の大綱引き、月山山頂のまち、余目ホテル、狐の嫁入り、会津藩、会津磐梯山は宝の山、ロンドン五輪サッカー三位決定戦、川上健一、祭り囃子がきこえる・・・オレが独り者のままだったら寄りつかなかったであろう刈和野。孤独という言葉は今のオレにはない。夜更けの異郷の寂しい駅にひとりでいた経験はさすがのオレにもなかったよ。 - [2017・7・10 眠る前に思うこと-キース・リチャーズのひとこと、今朝の西武線、ISからのモスル解放、そして・・・-](https://kazushiaruga.com/480.html) - 一分、意地、誇り。人間に備わっている気高い性質だ。「暴れん坊将軍」でも誰でもいいけれど、英雄にバサバサ切られて倒れていく悪の組織の先兵にもオレはずっとシンパシーを感じていたよ。彼らにも家族があるだろうに。目に砂でも投げつけてやれよ。キース・リチャーズがTVインタビューの最後をこう締めた。Be Alive!生き残れよっ - [「鉄旅日記」2012年夏【青春18きっぷで、みちのく・北海道途中下車旅】2日目(横手-室蘭)-横手、土崎、八郎潟、大館、弘前、青森、泉沢、久根別、七飯、仁山、渡島沼尻、森、八雲、長万部、伊達紋別(奥羽本線、江差線、函館本線、渡島砂原支線、室蘭本線、室蘭支線)](https://kazushiaruga.com/485.html) - 津軽線、津軽海峡線、伊達紋別駅、亘理伊達藩、秋田美人、北の大地、ジャイアント馬場、大木金太郎・・・去年に続く八郎潟。ドンツキが一日市商店街か。席を移った先で秋田美人が瞳を閉じている。その背後に2色の秋田平野。とてもステキだ。去年干潟だと思った水の流れは米代川かもしれない。どっちにしろオレの土地勘などいい加減なもんだ。 - [2017・7・11 眠る前に思うこと-大相撲名古屋場所稀勢の里2敗目、ヤクルト9連敗、稲葉篤紀氏が東京五輪野球代表監督へ-](https://kazushiaruga.com/507.html) - ヤクルト9連敗。。山田哲人選手までオールスターに洩れて、あ~あだよ。朝日新聞には他球団から戦力外通告を受けた選手たちが輝く理由を、生え抜き選手の育て方に問題があると書いてたけど、それよりもそういった選手が力を発揮できる場であることを喜びたい。坂口選手、大松選手、鵜久森選手がスタメンに名を連ねた日もあった。泣けたな。 - [「鉄旅日記」2012年夏【青春18きっぷで、北海道途中下車旅】3日目(室蘭-岩見沢)-室蘭、苫小牧、鵡川、静内、様似、追分、夕張、新夕張、清水沢(室蘭支線、室蘭本線、日高本線、石勝線、夕張支線)](https://kazushiaruga.com/513.html) - 龍谷大平安、ロンドン五輪、地球岬、旭川工業、ミスター・ビーン、白川道、「天国の階段」、紅葉山、鉄の町・・・孫を連れた老婆がおばんですと。酒屋の亭主はお盆が過ぎたら涼しくなるからねえと。人懐っこい夕張人に触れて足取りも軽く祭の音がする方へ歩いていった。きっと車寅次郎も何度となく商売をしに訪れたことだろう。そんな町だったよ - [2017・7・12 眠る前に思うこと-荒廃したモスル、九州豪雨、サッカー天皇杯、ヤクルト10連敗・・・-](https://kazushiaruga.com/536.html) - 100年は残ると言われる過激思想の元に少年兵が敵対国として名を挙げたアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、トルコにテロを警告する。凛々しい少年だった。彼の親は何をしているんだ。なぜ黙っている。あるいはこれまでの戦闘で倒れたのか。あの少年にマトモな人生は望めないのか。大人たちは何をすべきなのか。。九州豪雨の爪痕はモスルの - [「鉄旅日記」2012年夏 【青春18きっぷで、北海道途中下車旅】4日目(岩見沢-羽後本荘)-岩見沢、札幌、銭函、小樽、倶知安、蘭越、長万部、中ノ沢、五稜郭、上磯、釜谷(函館本線、江差線)](https://kazushiaruga.com/541.html) - ジャイアント馬場、妖獣バロン・フォン・ラシク、羊蹄山、駒大岩見沢、空知炭鉱群、かに飯弁当、函館山、石狩挽歌・・・ランプに彩られた重厚な小樽駅を出た時の風景に心を奪われケータイをかざす。海へと伸びる坂道の先に帆柱が見えた。こんな晴天は年にいくらもない。人生でもそうはないと思わせる空だ。小樽にも泊まりにこなきゃならないな。 - [2017・7・13 眠る前に思うこと-仕事の話あれこれ、よもやま話あれこれ-](https://kazushiaruga.com/568.html) - 仕事とはストレスがあってこそなのかもしれない。久々にそんな案件に出くわした。明日を想うと焦燥が先にたつ。現在とはスピード社会。でも先頭にいたヤマトも佐川も日本郵政グループもみんな疲弊している。これは間違いなく答えだ。電通事件で業界は深夜残業撲滅に動きだした。でもせっかちになった社会は鬼のままなんだよ。今日のオレのダメー - [「鉄旅日記」2012年夏【青春18きっぷで、みちのくひとり旅】最終日(羽後本荘-東京)-羽後本荘、古口、袖崎、天童、漆山、かみのやま温泉、山形、左沢、寒河江、長町、太子堂、南仙台、名取、館腰、船岡(羽越本線、陸羽西線、奥羽本線、左沢線、東北本線)](https://kazushiaruga.com/572.html) - 車寅次郎・・・上山士族はよく闘った。小藩ながら戊辰戦争最終局面までその名は戦線に刻まれている。城跡、武家屋敷。会津が筆頭に上がるが、必見に値するのは、武士の世が終わる最後まで一分を守り通した武人が拠った場所だ。テレビでは甲子園の実況。倉敷×松阪。街へと続く道を眺めながら夏を満喫していることに果てしない幸せを感じていた。 - [2017・7・14 眠る前に思うこと-オールスター第1戦、大相撲名古屋場所6日目、浜崎伝助、車寅次郎・・・-](https://kazushiaruga.com/598.html) - 金曜日には暑気払いでもという話が挙がれば、その組織は平気だ。言い出しっぺは見合うだけの仕事をしたと思っているだろうし、仮に浜崎伝助のような第一級の趣味人がいれば、みんな手放しでついていくさ。景気は上向かない。人の暮らしとは地道なものだ。山田洋二監督が作品の中で訴えるのは一貫してそれで、オレは車寅次郎的な英雄がこの時代 - [2017・7・15 眠る前に思うこと-清瀬駅探訪そして猛暑列島-](https://kazushiaruga.com/602.html) - 駅前のパチンコ屋では新台が入ったPRにピエロを呼んでピアノを弾かせている。レパートリーは夏に聞きたい曲ということで改札を抜ける頃にはもう風に乗っていた。脇では女性ピエロが子供たちに風船を配っている。間違いだらけの演奏だったけど納涼効果は多いにあった。南北口に店舗を構える佐賀屋という焼鳥屋が盛大に芳ばしい煙を上げていて、 - [「鉄旅日記」2022年新春 初日(東京-湯瀬温泉)その3 ‐盛岡、渋民、八幡平、湯瀬温泉(IGRいわて銀河鉄道/花輪線) 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】](https://kazushiaruga.com/18932.html) - 一定程度の乗客を確保したまま列車は北へ北へ。ターミナル駅の北上、花巻での乗降は多く、メジャーリーグの大谷選手、菊池投手を輩出した花巻東高校の女子生徒も乗客に含まれる。花巻東、三沢、東北、仙台育英、金足農業、八戸工大。甲子園の優勝旗に手をかけながらも決勝で散ってきた東北健児たち。あと少し。オレの人生も同じ。あともう少し。 - [「鉄旅日記」2012年夏 初日(東京-富山)-大垣、田村、近江塩津、敦賀、越前花堂、美山、九頭竜湖、越前大野、福井、美川、金沢、津幡(東海道本線、北陸本線、越美北線) 【青春18きっぷで、福井・石川途中下車旅】](https://kazushiaruga.com/614.html) - 西武池袋線、山手線、長浜ドーム、金ヶ崎、水戸天狗党、足羽川、手取川、七間朝市、美川温泉観光ホテル、北陸の小京都、恐竜街道、金森長近・・・美味かった今庄そばの営業は23:30まで。ひっきりなしに客を迎え、福井駅の夜は遅くなった。すれ違いにケータイを落とした女性をはじめ、越前娘はかわいかった。恋がしたくなったよ。この街で。 - [2017・7・18 眠る前に思うこと-引き続き猛暑列島、東京に降った雹-](https://kazushiaruga.com/649.html) - やかましい音がして外を見れば身の危険を感じるような降雨に、赤ん坊の拳並みの氷の塊が悪意を伴って天からドサドサと落ちていた。初めて見る凄まじい光景に呆然となった。騒ぎが収まって街を歩けば無抵抗な街路樹が叩きふせられて多くの葉を無惨に散らせていた。でも数時間後に見たそれぞれの木々は瑞々しく泰然としていた。 - [「鉄旅日記」2012年夏【青春18きっぷで、富山・岐阜途中下車旅】最終日(富山-東京)その2-美濃太田、可児、姫、下切、南木曽、田立、勝沼ぶどう郷(太多線、中央本線)](https://kazushiaruga.com/638.html) - 14:43下切駅。姫で時間を潰せずに一駅戻る。さっき通り過ぎた何もない駅だ。それでも列車はやってきて止まり、また人を乗せて終着駅に向かう。ある意味崇高な営みだ。乗客はオレとあとひとり。これは秋の風だよ。そして虫の声も秋の勢力が奏でるものに変わりつつある。でも不思議だな。蝉の声が聞こえだすと秋の勢力はなりを潜める。 - [2017・7・19 眠る前に思うこと-BNI銀座Anchorチャプター、ギバーズゲイン、朝活精鋭集団、横綱白鵬に土、ヤクルト13連敗-](https://kazushiaruga.com/682.html) - BNI銀座Anchorチャプターという集まりに参加した。毎週水曜日の午前中に集うビジネス集団だ。ギバーズゲイン「与えるものは与えられる」という理念の元に様々な生業を持つ精鋭が集まって大きな声でビジネスの可能性を論じている。朝活という言葉を聞いたことはあったが、言ってみれば自由人の集まりで会社員には無縁の世界と思っていた - [「鉄旅日記」2012年晩秋【休日おでかけパスで、相模線途中下車旅】保土ヶ谷、大船、香川、北茅ヶ崎、厚木、社家、相武台下、原当麻、下溝、片倉、八王子、猿橋、西八王子、武蔵小金井、東小金井(横須賀線、東海道本線、相模線、横浜線、中央本線)](https://kazushiaruga.com/686.html) - 日本三奇橋猿橋・・・踏切トラブルで中央線ダイヤは乱れている。大垂水峠の手前、西八王子。関東平野のへりには冬の寒気が張り付き、人々の装いもすっかり冬に変わっている。いつの間にかだ。あっという間にだ。Hさんは62年の人生を長く感じていたのだろうか。涙雨は激しくなっている。西八王子の商店街を歩かなかったことを少しだけ後悔して - [2017・7・22 ほんの少しだけ遠回りして故郷に帰る。そんな他愛のないお話です-中央林間駅(小田急江ノ島線・東急田園都市線)・東急田園都市線つきみ野駅、田奈駅](https://kazushiaruga.com/711.html) - 駅で眩しい女子大生を見かけて、あぁ夏休みが始まったんだと、何だか楽しい気持ちになった。一本のビールなんざオレにとっちゃ水だが、やっぱり水なんかじゃなくて、楽しい記憶を連れてくる仲間みたいなもんなんだ。他の季節に比べて思い出す過去が多いのもオレの場合やっぱり夏。そんなに悪くない人生だったと思えるのも、例えばこんな時だよ。 - [鉄旅日記」2012年初冬 最終日(長野-東京)その2-小諸、岩村田、佐久平、中込、臼田、小海、野辺山、清里、大月(小海線、中央本線) 【週末パスで、甲信越途中下車旅】](https://kazushiaruga.com/739.html) - 武田信玄軍記、旧中込小学校跡、「すくらっぷ・ブック」・・・凍りついた町で寒さに震える電信柱の声を聞いた。本当だよ。確かに聞いたんだ。大雪の降った高原リゾートを訪れる者はなく、駅前の灯は消え、営業している店は僅かに1軒を数えるのみ。外では風が荒れ狂い、また何かの泣き声が聞こえた。18:00のメロディーは夕焼け小焼け。 - [「鉄旅日記」2012年初冬 初日(東京-長野)-吹上、北鴻巣、長野、豊野、新井、高田、春日山(高崎線、長野新幹線、信越本線) 【週末パスで、上越途中下車旅&高田で友人の結婚式に参加】](https://kazushiaruga.com/728.html) - 長野電鉄、善光寺、飯山線、妙高高原、御親藩、軍都高田、会津士魂、上杉謙信公・・・春日山という駅で下りてオレが見たものは、行き交う車のライトと某大型店が営業を終えたあとの光景だった。英語を操る外国人たちがあの狭い待合室に居合わせていた。よくぞこんな場所へ。随分と奇特な連中だ。そして今やしんしんと雪は降り続いている。 - [「鉄旅日記」2009年皐月【四国へ、途中下車の旅】初日(東京-三ノ宮)-金町、東京、静岡、浜松、弁天島、大垣、美濃赤坂、石山寺、膳所、尼崎、西宮、芦屋、三ノ宮(東海道本線、美濃赤坂支線、京阪石山坂本線)](https://kazushiaruga.com/1811.html) - 深田恭子、下妻物語、関ヶ原合戦、徳川家康・・・浜名湖は縦横に手足を広げ、風はほんの少しだけ冷たいが、湖畔はあたたかな光に照らされ、うららかな風景が続いている。サザンオールスターズが大規模な野外Liveを行った場所は駅のムコウか。弁天島の大鳥居が見える船着き場で、同じような皺を顔に刻んだ男たちが無言のまま座っていた。 - [「鉄旅日記」2009年皐月【四国へ、途中下車の旅】2日目(三ノ宮-琴電琴平)-三ノ宮、元町、和田岬、兵庫、須磨、西明石、加古川、網干、上郡、和気、高松、志度、琴電屋島、瓦町、一宮、琴平(山陽本線、和田岬支線、瀬戸大橋線、予讃本線、高徳本線、琴平電鉄志度線、琴平電鉄琴平線)](https://kazushiaruga.com/1834.html) - 楠木正成・・・歴史のある駅舎に人の姿はなく、山頂ケーブル駅も営業している気配はなく、扉のガラスが割られている。遥かな昔、源平合戦で歴史の表舞台に立った旧跡はひっそりと、しかし並外れた存在感を放ちつつ沈黙している。犬と一緒に軒先で涼む老婦人と挨拶を交わす。ふと風景に目を移すと間の抜けた富士山みたいな讃岐特有の山が見える。 - [「鉄旅日記」2009年皐月【四国へ、途中下車の旅】3日目(琴平-高知)-琴平、讃岐財田、阿波池田、大歩危、土佐山田、後免、後免町、安芸、奈半利、高知、桟橋通五丁目(土讃本線、土佐くろしお鉄道阿佐線、土佐電気鉄道桟橋線)](https://kazushiaruga.com/1866.html) - 中岡慎太郎、阪神タイガース、金毘羅さん、特急しまんと号、ちりめん丼、川之江高校、浦和学院・・・見上げれば随分高いところまで集落がある。ここには平家の落人伝説が残る。祖谷渓にもあるようだ。吉野川に架かる橋を渡り、川に沿った国道を歩いていると伝説の里入口というのがあり、行ってみると僅かな時間でまさに伝説のように道が絶えた。 - [「鉄旅日記」2009年皐月【四国へ、途中下車の旅】4日目(高知-宇和島)-高知、朝倉、伊野、斗賀野、須崎、窪川、中村、宿毛、宇和島(土讃本線、土佐くろしお鉄道中村線/宿毛線、予土線)](https://kazushiaruga.com/1890.html) - 長宗我部元親、夏草の賦、明徳義塾、伊野商業、渡辺智男、坂本龍馬首切り地蔵、孝徳秋水、高知線の歌、中村高校、四国の終着駅、太刀魚巻・・・旧中村線区間は出会いより別れの一帯だった。見送られる者は例外なく若く、都会風の洗練さを身につけた男女で、見送る者は母親に親戚、友人一同。まるで今生の別れで、双方の涙はオレに伝った。 - [「鉄旅日記」2022年新春 初日(東京-湯瀬温泉)その2 ‐竜田、原ノ町、鹿島、仙台、小牛田、一ノ関(常磐線/東北本線) 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】](https://kazushiaruga.com/18909.html) - 駅そばの客も絶え間がない。その混雑は小牛田行の車内にも及び、珍しく立っている。正月明けの3連休。コロナ騒動で生まれた言葉だが、人流は盛ん。でもこれでいい。2年にわたった騒動のオチは、殺人ウイルスの進化系は感染力こそ旺盛だが、毒性を弱めたもの。それ以外になく、そうした人類の共通認識が待たれる。今やもうその段階に入っている - [「鉄旅日記」2009年皐月【四国へ、途中下車の旅】5日目(宇和島-観音寺)-宇和島、卯之町、八幡浜、千丈、伊予大洲、伊予市、松山、伊予北条、今治、伊予小松、伊予西条、新居浜、関川、伊予土居、箕浦、観音寺(予讃本線)](https://kazushiaruga.com/1915.html) - 「男はつらいよ」第19作、車寅次郎、郡中港駅、特急宇和海、特急しおかぜ、来島海峡大橋、石槌山・・・彼女からの返信で知ったけど、東京はどしゃ降りらしい。半分の月を見てきて、箕浦あたりでも同じような月を見たけど、おでん屋を出て駅に向かう途中鼻を濡らすものがあった。四国に雨が降る。そして明日東京に帰る。 - [「鉄旅日記」2011夏【みちのくひとり旅】2日目(秋田-函館)-秋田、男鹿、追分、八郎潟、北金岡、大館、浪岡、新青森、青森、中沢、郷沢、蟹田、三厩、五稜郭、函館(男鹿線/奥羽本線/津軽線/津軽海峡線/江差線)](https://kazushiaruga.com/1949.html) - 日本の道100選、堀端広小路、小説「津軽」、忠犬ハチ公、土方歳三最期の地、八郎太郎の伝説・・・外ヶ浜街道に暮らしは続いていた。津軽線最果てはここ三厩。観光は竜飛崎を謳っている。ここにも義経伝説が残り、義経寺がある。廃墟と化したスナックのネオンサインは現役を思わせた。雪に埋もれるとたいていの塵埃がこそげ落ちるのだろうか。 - [「鉄旅日記」2011年夏【みちのくひとり旅】3日目(函館-鹿角花輪)-函館、木古内、湯ノ岱、江差、津軽新城、川部、深浦、能代、東能代、十和田南(江差線/津軽海峡線/奥羽本線/五能線/花輪線)](https://kazushiaruga.com/1952.html) - 咸臨丸まつり、勝安房守、松前街道、矢沢永吉、津軽平野、岩木山、風待港、新湊旋風、東洋大姫路・・・江差追分流れる駅。去りがたい思いにかられる町もまた久しぶりだ。本当に僅かだが少しでも金を落としたくて最後にビールと煙草を買った。江差の5月は江戸にもないと言われ、かつて繁栄を謳歌した町。日本海側には鰊で栄えた今昔物語がある。 - [「鉄旅日記」2011年夏【みちのくひとり旅】初日(東京-秋田)-保谷、高崎、長岡、新津、新発田、村上、鼠ヶ関、酒田、上浜、秋田(西武池袋線/高崎線/上越線/信越本線/羽越本線)](https://kazushiaruga.com/1943.html) - 義経上陸地伝説、健大高崎、龍谷大平安、蘇った新湊旋風、堀部安兵衛、戊辰戦争、北越戦線、新発田藩・・・日本海は遠かった。だから足軽長屋から城址公園まで。寄る辺ない男たちがラジオで高校野球中継を聞いていた。この街にも強豪校がいて幾度か甲子園に姿を見せていた。ここと村上は圧倒的な上杉勢力に反抗してきた土地。阿賀北地方という - [「鉄旅日記」2011年夏【みちのくひとり旅】4日目(鹿角花輪-花巻)-鹿角花輪、荒屋新町、盛岡、北上、和賀仙人、横手、大曲、角館、田沢湖、雫石、小岩井、花巻空港、新花巻、花巻(花輪線/東北本線/北上線/田沢湖線/釜石線)](https://kazushiaruga.com/1957.html) - 能代商業、イーハトーブ、宮沢賢治、銀河鉄道の夜、ベジタリアン・サミット、花輪ねぶた、花輪ばやし、横手城・・・多くの秋田美人と乗り合わせている。新幹線で帰ってきたように見受けられる若者が多い。夏はまだ続くがいったん終わりになる。東京に帰ったオレがそうなるし、24年前に剣道の合宿を終え、あの娘に会いに行った時もそうだったよ - [「鉄旅日記」2011年夏【みちのくひとり旅】最終日(花巻-東京)-花巻、平泉、一ノ関、仙台、白石、福島、郡山、矢吹、黒磯、宝積寺、古河、蓮田、西川口(東北本線)](https://kazushiaruga.com/1962.html) - 義経、弁慶、奥州藤原一族、小沢一郎、花巻東、片倉小十郎、奥羽列藩会談、渡良瀬遊水地、松尾芭蕉、世界遺産、夏草や兵どもが夢の跡、蔵王白石駅・・・思いがけず小さな町で終点を迎えた。4号線に向かってメイン・ストリート。この町でも神社脇にスナック街があり蝉時雨の中を暑い夏の日が続いていた。埴輪を象ったような駅には役場機能以外が - [「鉄旅日記」2009年皐月【四国へ、途中下車の旅】最終日(観音寺-東京)-観音寺、宇多津、岡山、瀬戸、高槻、山崎、名古屋、豊橋、掛川、熱海、金町(予讃本線/瀬戸大橋線/山陽本線/東海道本線)](https://kazushiaruga.com/1969.html) - 大山崎駅、特急しおかぜ、瀬戸の花嫁、高槻の仇討ち、秀吉光秀、天王山トンネル、楽天快進撃、忌野清志郎、四国の雪・・・この旅の道連れは矢作俊彦さんの「悲劇週間」。堀口大学とメキシコ革命を扱った長編小説。大好きになった男たちが最後に次々と死んでいった。パンチョ・ビリャという英雄はその後どんな人生を辿ったのか。続きがあってもい - [「鉄旅日記」2011年秋【再びみちのくひとり旅】初日(東京-長井)-保谷、宮内、柏崎、小島谷、内野、関屋、早通、豊栄、佐々木、坂町、小国、羽前小松、今泉、長井(西武池袋線/上越線/信越本線/越後線/白新線/米坂線/山形鉄道)](https://kazushiaruga.com/1979.html) - 宮脇俊三、スイングガールズ・・・潮風ロードを市役所まで。後ろを歩く地元青年が廃れていると呟き、片っ方がその発言を非難する。呟いた青年は塩沢産のようで弁解のためか自虐で返した。市役所あたりには人が集まれる大型施設があり、駅に向かう通りには夜の街があった。潮風公園に海の大花火大会。日本海に面したところの多くが風の町を謳う。 - [「鉄旅日記」2011年秋【再びみちのくひとり旅】最終日(長井-東京)-長井、荒砥、赤湯、羽前千歳、作並、東照宮、槻木、角田、福島、飯坂温泉、本宮、宇都宮、雀宮(山形鉄道/仙山線/阿武隈急行/福島交通飯坂線/東北本線)](https://kazushiaruga.com/1986.html) - 会津士魂、最上川、あやめ公園、山寺、面白山公園・・・十綱の渡しを眺めている。十綱橋はライトアップされ、袂を芭蕉が歩く。温泉街は先かと思っていたが、その真ん中に突っ込む形で線路は絶えた。素敵な終着駅に着いた。ここじゃパチンコ屋までが粋だ。このまま留まりたいと思わせる町だ。温泉街のたたずまいに何かを感じるのが日本人なのかもしれないな。 - [「車旅日記」2004年誕生月 【沖縄ひとり旅】初日-那覇国際通り、コザ、万座ビーチ、名護城址、辺戸岬、楚洲、東村ふれあいヒルギル公園](https://kazushiaruga.com/2135.html) - 嘉手納基地、読谷村、楚洲、尾崎豊、米軍キャンプ、佐野元春、ノラ・ジョーンズ、レイモンド・チャンドラー、憂歌団、田端義夫、十九の春、「男はつらいよ」第25作、松岡リリー、宜野座、キャンプ・ハンセン、オリオンビール・・・オレと同じ年の頃と思しき米兵を見かけた。ほぼ行き違いで入ってきた松葉杖をついたGIカットの大男。 - [「車旅日記」2004年誕生月 【沖縄ひとり旅】最終日-ひめゆりの塔、具志川城址、喜屋武岬、那覇空港](https://kazushiaruga.com/2144.html) - 喜屋武岬平和の塔、那覇国際通り、夏川りみ、さとうきび畑、1927年リンドバーグ大西洋横断、芥川龍之介賞、綿矢りさ、金原ひとみ、コザ、嘉手納基地・・・史跡がさとうきび畑に埋もれるようにして存在している。駐車場はなく路傍に車を止める。風がさとうきびを揺らす音が聞こえ、他に聞こえるのは近くでシャベルカーが岩を砕く音のみ。風は - [「鉄旅日記」2009年初夏【上信越ひとり旅】初日(東京-十日町)-上野、高崎、大前、渋川、沼田、水上、越後湯沢、六日町、越後川口、十日町(高崎線/吾妻線/上越線/飯山線)](https://kazushiaruga.com/2150.html) - 途中下車の旅、北越急行、海音寺潮五郎、司馬遼太郎、夏草の賦、真田氏、天狗の面、豪雪地帯・・・「男はつらいよ」第25作。朝丘ルリ子さん演じるどさ回りの歌手松岡リリーは、執念谷のバス停で車寅次郎と再会し、映画は終わる。その後彼女は水上でのステージをこなし、清水トンネル潜ってここ六日町のステージに立つと寅次郎に伝えている。 - [「鉄旅日記」2009年初夏【上信越ひとり旅】2日目(十日町-長岡)-十日町、戸狩野沢温泉、長野、松本、信濃大町、南小谷、直江津、柿崎、長岡(飯山線/篠ノ井線/大糸線/北陸本線/信越本線)](https://kazushiaruga.com/2169.html) - 途中下車の旅、姨捨駅、野沢温泉スキー場、信濃川、姫川、松本駅弁ぶり寿司、飯山日赤病院、あずさ2号、JR最高積雪地店・・・蜩が鳴いた。柿崎に着く頃に日没が重なった。その時刻に海を感じる場所にいたくて何もないこの駅に降りた。駅前旅館と洒落た飲み屋が一軒。海からの強い風と激しい波の音が轟いている。大荒れの日本海上空に重たい雲 - [「鉄旅日記」2009年初夏 【上信越ひとり旅】最終日(長岡-東京)-長岡、東三条、吉田、新潟、新津、会津若松、郡山、磐城石川、磐城塙、玉川村、常陸大宮、金町(信越本線/弥彦線/越後線/磐越西線/水郡線/常磐線)](https://kazushiaruga.com/2189.html) - 北越戦争、長岡大空襲、ジャイアント馬場、天地人・・・松戸で乗り換えなきゃならないが、あとひと駅。快適な旅の終わりだった。たいして話したいことがあるわけじゃない。強いて挙げれば彼女のことになる。この旅でよく口ずさむ歌があった。クレイジーケンバンドの「メリメリ」というソウルナンバー。オレと結婚してくれっていう歌なんだ。 - [2001年クリスマス 【前夜、京都へ。イブは奈良へ。聖夜、クリスマス・エキスプレスで東京へ。】](https://kazushiaruga.com/2979.html) - クリクリスマス・エキスプレスは京都ですでに満員。タバコの煙に濁った車内にはメリークリスマスの声もない。名古屋に到着する頃に深い眠りに落ち、隣に座っていた無愛想な女がいなくなっていることにも気づかなかった。やがて新横浜。右隣の美しい女性が降りていく。あの人は、この夜にどんな事情があって関西から横浜に移動していたのか。 - [「鉄旅日記」2009年晩夏【近くまでぶらっと】金町、新松戸、西国分寺、立川、青梅、奥多摩、御岳、武蔵五日市、拝島、高麗川、川越、武蔵浦和、南浦和(常磐線、武蔵野線、青梅線、五日市線、八高線、川越線、埼京線)](https://kazushiaruga.com/3090.html) - 松田聖子、風立ちぬ、RealBvoice、天才赤塚不二夫、西武ライオンズ、山崎裕之、大正浪漫ロード、時の鐘、内田有紀、丸広・・・来てよかったと心から思う。熊避け鈴を売っている駅前から氷川渓谷に架かる橋を渡り青梅街道を次の橋まで歩く。ご婦人が渓谷を眺め、オレは東京の涯の空を眺め立ち止まる。何か爽やかなものに心を満たされ、 - [2018・1・14 眠る前に思うこと-習志野シンフォニックブラス(NSB)第20回演奏会、本八幡駅・船橋駅探訪、津田沼へ-](https://kazushiaruga.com/3224.html) - 習志野シンフォニックブラス(NSB)、本八幡、船橋、京成八幡、鬼越、トランプ大統領、葛飾八幡宮、津田沼、アンジェラ・アキ、手紙、習志野文化ホール、須藤信也、ギヴ・ア・プレイズ・ウィナー!!、清水大輔、「ひと夏の恋」~けやきの気に抱かれて、八木澤教司、バレエ音楽「ガイーヌ」、「小組曲」、小舟にて、バレエ音楽「三角帽子」、 - [「鉄旅日記」2012年春 その1-保谷、稲毛、都賀、四街道、久住、下総神崎、松岸、銚子(総武本線、成田線) 【青春18きっぷで、銚子へ、房総へ。】](https://kazushiaruga.com/3702.html) - 西武池袋線、ジョン・レノン似の男、千葉都市モノレール、利根川堤防、銚子大橋・・・だけどやはり風が冷たい。角に廃墟になったいくつもの料理屋が入っていたビルが見える。去年の震災の影響によるものか、あるいはこの街が抱えた必然だったのか。かつてのありふれた週末。いくつもの家族が顔を綻ばせながらこのビルを目指した様に思いを馳せた - [「鉄旅日記」2012年春 その2-猿田、旭、八日市場、八街、成東、本納、茂原、千倉、佐貫町、姉ヶ崎、市川(総武本線、東金線、内房線、外房線) 【青春18きっぷで、銚子へ、房総へ。】](https://kazushiaruga.com/3705.html) - 東日本大震災、落花生の街、テネシーワルツ、貴乃花復活場所千秋楽、ボブ・サップの衝撃・・・市川では友人として付き合っていた男と待ち合わせたことがある。もう随分会っていない。もう会うこともないかもしれない。硬かった気持ちがいつしか和んでいる。多分あの風が止んで海が見え出した頃のことだろう。それにしても、どれもだいぶ昔の話。 - [「鉄旅日記」2012年春 その1-新子安、石川町、山手、磯子、根岸、大磯、二宮、鴨宮、早川、根府川、伊東、熱海、函南、東田子の浦(京浜東北線、根岸線、東海道本線、伊東線) 【青春18きっぷで、相模・駿河・甲斐途中下車旅】](https://kazushiaruga.com/3714.html) - 京浜東北線、京急新子安駅、曽我兄弟の墓、朝青龍最後の場所・・・初めて来た時には他に何人もいたけど、連中はたいして覚えちゃいないだろう。あの雄大な太平洋。多くの海岸線に出てみたが、ここが一番。本当にそう思うよ。そしてまたオレはここにひとりでやってきた。寂しい言葉など必要のない境遇を得て、ひとりで会いにやってきたよ。 - [「鉄旅日記」2012年春 その2-富士宮、身延、鰍沢口、市川大門、南甲府、石和温泉、山梨市、塩山、甲斐大和、四方津、梁川、上野原、国分寺、武蔵境(身延線、中央本線) 【青春18きっぷで、相模・駿河・甲斐途中下車旅】](https://kazushiaruga.com/3717.html) - NWA世界戦ジャック・ブリスコ☓ザ・デストロイヤー、一条信龍、武田家終焉の地・・・海から山へ。日本は美しい。そして今日が春初日。南アルプスに囲まれた駅前の温泉街をぶらぶらと歩く。「週末は山梨で」という色褪せたポスターに惹かれ、ああそれもワルくねえなと思う。まるでかくれんぼのように時折富士山が頭を出す。中央本線を辿る経験 - [「鉄旅日記」2012年春 その1-新宿、塩崎、韮崎、日野春、富士見、青柳、奈良井、木曽福島、須原、中津川(中央本線) 【青春18きっぷで、名古屋往復】](https://kazushiaruga.com/3722.html) - ジャンボ鶴田×アブドーラ・ザ・ブッチャーUN王座韮崎決戦、金峰山、甲斐駒ケ岳、木曽駒ヶ岳、島崎藤村「夜明け前」、水戸天狗党、名残雪、「男はつらいよ」、車寅次郎、木曽義仲・・・昨夜は雪だったのか。ホームの日陰に未踏の残雪がある。ドアは自動から手動になり、鉄道員の姿はなくなった。二人の山ガールはどの峰を恋人にするのか。 - [「鉄旅日記」2012年春 その2-恵那、瑞浪、土岐市、多治見、千種、鶴舞、金山、天竜川、袋井(中央本線、東海道本線) 【青春18きっぷで、名古屋往復】](https://kazushiaruga.com/3725.html) - 伊野川に小路がある。唯一の繁華街みたいなもんだ。セントラルホテルだったかの看板は割れていた。もう一軒の真っ青なビジネスホテルはもう少し他の色合いにした方がよくはないか。寒風。土岐川に架かる橋では霙に濡れた。その脇で青空市をやっていて、思わず甘い物を二つ手にした。「ありがとにいちゃん」とおばちゃん。開けるのが楽しみだ。 - [「鉄旅日記」2012年春 その1-上尾、桶川、鴻巣、行田、岡部、神保原、新町、群馬総社、中之条、郷原、長野原草津口、万座・鹿沢口(高崎線、吾妻線)【青春18きっぷで、ダム湖に水没する鉄路へ】](https://kazushiaruga.com/3728.html) - 健大高崎、「執念谷の物語」・・・食堂に土産物屋。駅前の道は145号国道。吾妻川の存在にも当時は気づいていなかった。当然駅の背後にそそり立つ丘陵にも。あんなことこんなこと、オレの過去から何がほとばしり出てくるかと期待していたが、ろくに顔も出さず、駅から見える嬬恋の春をただ眺めていた。その景色はとても美しいものだったよ。 - [「鉄旅日記」2012年春 その2-川原湯温泉、岩島、群馬藤岡、高麗川、拝島、昭島、中神、武蔵溝ノ口、武蔵中原、鹿島田、尻手(吾妻線、八高線、青梅線、南武線) 【青春18きっぷで、ダム湖に水没する鉄路へ】](https://kazushiaruga.com/3755.html) - 駅前で一杯。寒いから熱燗で。お通しの煮込みになす、マカロニサラダ。味のあるおばちゃんに客の男たち。オレの他に3人いたよ。早い時間なのにたいしたもんだ。「乗り遅れたらまた戻ってくればいいよ。」そう言ってオレを送り出してくれた。東京との県境だが、夕暮れの光景といい、立派な旅先での風景だ。西武線に乗ればオレの家も近いが、、、 - [「鉄旅日記」2012年春 その1-扇町、浅野、海芝浦、国道、大川、保土ヶ谷、東戸塚、網代、伊豆多賀、宇佐美、熱海(鶴見線、海芝浦支線、大川支線、東海道本線、伊東線) 【青春18きっぷで、鶴見線・伊豆・駿河途中下車旅】](https://kazushiaruga.com/3760.html) - 135号国道を多くのライダーが爆音を立てて通り過ぎ、遠浅の海岸ではこれまた多くのサーファーが波に挑んでいる。右手に見えるはサンハトヤ。あれがなくなっちまったらオレの世代は深い感慨を漏らすだろう。エロ雑誌の自販機がまだ置かれているような南の町。あの妖しげな卑猥さは北国にはない。風が止んで伊豆の気候が現れた。 - [「鉄旅日記」2012年春 その2-新清水、静岡、草薙、興津、裾野、御殿場、駿河小山、国府津、逗子、横須賀、田浦、新川崎(東海道本線、静岡鉄道、御殿場線、横須賀線) 【青春18きっぷで、鶴見線・伊豆・駿河途中下車旅】](https://kazushiaruga.com/3766.html) - 清水駅、新静岡駅、静鉄草薙駅、黒岩重吾、ヤマトタケル「東征伝」、金太郎発祥地・・・終着駅のような駅を出るとヴェルニー公園。肩を寄せ合っているのはどうやら男女だけではない。オレンジ色の灯に照らされた軍艦と対岸の工場群。駅前の前野食堂の灯は落ち、港の灯を除けば場末のたたずまい。ブルースが聞こえてきそうな駅前だったよ。 - [「車旅日記」1995年5月【26歳、初めてひとりで旅に出た理由】その1-東北道を郡山まで、一般道で日本海、酒田、そして帰京](https://kazushiaruga.com/3974.html) - 3:17 東北自動車道都賀西方PAあたり。GWに仕組まれていた罠にはまっている。阪神大震災にオウム騒ぎ、そしてこの渋滞。今年はきちがいじみた光景ばかり見てる。取り敢えず、こんな目に遭って高速料金を請求されるのは不当だと思うのはオレだけじゃない筈だ。さっきまで憂歌団をかけてて怒鳴るように「スティーリーン」って歌ってたよ。 - [「車旅日記」1995年秋【恋に病んで・・・西へ。1号国道をひたすら、大阪の友に会いにいく。】その2-東寺、五条大橋、琵琶湖湖岸道路、米原、関ヶ原・・・・-](https://kazushiaruga.com/3981.html) - 395年前にここで天下分け目の大決戦が行われた。インターチェンジを通過してオレはまだ中仙道を走っている。とても気分のいい道だ。まだしばらく走る。土地の人々は親切そうで、名古屋地区のように気持ちを尖らせずに済みそうでほっとしている。全国の軍団が天下を夢見た決戦場にできた駅は穏やかな晴天の下、静かな人の流れを作っている。 - [「鉄旅日記」2013年春 初日(東京-和歌山)その1-米原、弁天町、大正、芦原橋、今宮、杉本町、堺市、東羽衣、鳳(東海道本線、大阪環状線、阪和線、東羽衣支線) 【爆弾低気圧襲来日、青春18きっぷで西へ】](https://kazushiaruga.com/4071.html) - 関ヶ原からの桜前線が美しい。目で追うと佐和山城址に行き着いた。伊吹山麓を眺めていてちょうど石田三成の逃避行に思いを馳せていたところだった。彼が潜んだ413年前からさして変化を見せていなさそうな里山の風景だった。米原の駅前にも変化はなかった。人気の絶えたホームには雨が吹き込み、駅弁売りのオバチャンの声が空しく響いていた。 - [「鉄旅日記」2013年春 初日(東京-和歌山)その2-和泉府中、東岸和田、日根野、熊取、りんくうタウン、関西空港、紀三井寺、黒江、紀伊中ノ島、和歌山(阪和線、関西空港支線、紀勢本線) 【爆弾低気圧襲来日、青春18きっぷで西へ】](https://kazushiaruga.com/4079.html) - この国一番の喧嘩どころを自負する和泉の中心で優しい雨が降っていた。小説「岸和田少年愚連隊」に出てくる岸和田を体現するものは駅周辺にはなく、ただひとり、この電車に居合わせたオッサンがただならぬ威圧感を漂わせながらツレの男性との会話に顔を綻ばせていた。今回オレが見た唯一の岸和田だった。低気圧はまだ爆弾の投下をためらっている - [「鉄旅日記」2013年春 最終日(和歌山-東京)その1-打田、妙寺、高野口、橋本、五条、吉野口、法隆寺、平城山、木津、京田辺、四條畷、住道(和歌山線、関西本線、学研都市線) 【爆弾低気圧襲来日、青春18きっぷで西へ】](https://kazushiaruga.com/4085.html) - 古の里に降りた優しい雨が、斑鳩の里で冷たい雨に変わった。聖徳太子ゆかりの日本最古の木造建築物はここから約1.5キロの地点にあり、駅前にはチープな商店街がある。大学時代にしばし思いを寄せた女性に似た素敵な人を見かけ、かつてそんな女性をデートに誘っていた時代があったことを思い出した。何だか信じられないような気持ちになる。 - [「鉄旅日記」2013年春 最終日(和歌山-東京)その2-海老江、野田、吹田、摂津富田、向日町、西大路・・・(東西線、大阪環状線、東海道本線) 【爆弾低気圧襲来日、青春18きっぷで西へ】](https://kazushiaruga.com/4090.html) - 強風によって澄み渡った空と景色を眺めている。富士山は浜松の手前から見えて、浜名湖あたりはことのほか美しかった。旅の最中もさまざまなことが起こる。それが人生。18:26静岡駅。無風の中での狂騒曲。。ホームは人であふれ、希望は見えない。人々は押し黙って表情に疲労を漂わせながら、整然と並んでいる。 - [「鉄旅日記」2013年夏 初日(東京-徳山)穂積、姫路、英賀保、金光、福山、天神川、徳山(東海道本線、山陽本線) 【青春18きっぷで、鹿児島県志布志へ】](https://kazushiaruga.com/4100.html) - かつての記憶がいくつか浮かんで、今日の福山の人波にまみれた。再びの地は、感傷だけで何ら新しいことを伴わない再訪を常に拒む。街は生きている。ましてや福山は大都会だ。いつきても気持ちは昂ぶり、足も街へと向かうが、今回はそんな時間はとっていない。気持ちを抑えてケータイに記憶されていた写真を更新し、ビールを手にして列車に戻る。 - [「鉄旅日記」2013年夏 2日目(徳山-南宮崎)その1-徳山、長府、西小倉、城野、行橋、新田原、中津、中山香、高城、佐志生、熊崎、上臼杵、臼杵(山陽本線、日豊本線) 【青春18きっぷで、鹿児島県志布志へ】](https://kazushiaruga.com/4105.html) - 二王座歴史の道、龍原寺三重塔、上臼杵駅、臼杵城址。一級品の日本を歩いて回った。大林宣彦監督がこの街で撮った映画の看板が街角に架かっていた。彼の世界観は昔から好きで、代表作に登場する尾道を昨日通過した時も、オレ自身が登場する過去の映像とは異なる何か大切なものが脳裏を掠め、はるばる遠くの西の国までやってきたことを喜んだ。 - [「鉄旅日記」2012年夏 最終日(富山-東京)その1-富山、水橋、速星、千里、越中八尾、笹津、猪谷、飛騨古川、高山、久々野、下呂、白川口、上麻生、下麻生(北陸本線、高山本線) 【青春18きっぷで、富山・岐阜途中下車旅】](https://kazushiaruga.com/3993.html) - 12:27白川口駅(高山本線 岐阜県)飛騨川の雄大な流れとの道行はまだ続き、ここは美濃白川。白川郷の入口ということになるのか。この駅に降りてもよく分からない。岐阜に近づいているが峡谷はより狭く険しくなり、飛騨川はダムにより何度も寸断されているが、山水画の如き太古の姿を保ち寄り添う。名勝日本ラインに劣らぬ絵を見ている。 - [「鉄旅日記」2012年初冬【週末パスで、甲信越途中下車旅】最終日(長野-東京)その1-長野、信州中野、湯田中、安茂里、戸倉、上田、別所温泉、西上田、田中(長野電鉄、信越本線、しなの鉄道、上田交通)](https://kazushiaruga.com/4008.html) - 真田幸村像、戸倉上山田温泉、横綱雷電、海野宿・・・この旅はまだ続く。もちろん楽しみだ。でも早く家に帰りたい気持ちもある。冬枯れの中にいる意味があるとするなら、人をそんな気にさせることかもしれない。理由を特定できない寂しさや切なさに度々見舞われるのが人生だが、やはり生きていくという行為は素晴らしいと思える日々だよ。 - [「鉄旅日記」2013年如月【休日おでかけパスで、上総下総途中下車旅&習志野シンフォニックブラス(NSB)演奏会】その1-我孫子、東我孫子、新木、湖北、布佐、小林、木下、安食、下総松崎、成田空港、酒々井、物井、東千葉、本千葉、西千葉、新検見川、幕張、東船橋、津田沼(成田線、総武本線)](https://kazushiaruga.com/4018.html) - 習志野シンフォニックブラス(NSB)・・・昨日の強風の名残が関東平野に吹き荒れている。藍色に変わりつつある空。相変わらずぱっとしない手賀沼観光の街、我孫子。誰もが寒さに震え、あたたかな夜明けを待ち望んでいる・・・駅舎のない簡素な駅を出て新聞屋の灯に目をやる。寒くてたまらないよ。脇のバプテスト教会に駆け込みたくなる。 - [「鉄旅日記」2013年如月【休日おでかけパスで、上総下総途中下車旅】その2-久留里、上総亀山、横田、木更津、巌根、袖ヶ浦、長浦、姉ヶ崎、八幡宿、浜野(久留里線、外房線)](https://kazushiaruga.com/4020.html) - 関八州古戦録、里見一族、スタン・ハンセン全日本プロレス再登場・・・変わらない悠久の終着駅。ひとりになるにはいい場所だ。かつては1月だった。何年前かはもう忘れた。亀山湖を見ようと彷徨った挙句に辿り着けず、こうして再訪して暗闇に浮かぶ駅を眺める。酒を飲んで煙草を吸った。それだけだ。それだけをやりにここにきたんだよ。 - [「鉄旅日記」2013年春【青春18きっぷで、甲斐駿河途中下車旅】その1-新宿、初狩、笹子、酒折、善光寺、甲斐岩間、波高島、内船、芝川、西富士宮(中央本線、身延線)](https://kazushiaruga.com/4031.html) - 平維盛墓、織田信長首塚・・・酒折で降りて聞こえてきたのは駅前のFMステーションからの誰かへ贈るハッピーバースデー。車通りの多い県道を西へ行きヤマトタケル「東征伝」に登場する酒折宮を右手に過ぎると、ほどなくで善光寺通りに出る。その先には身延線の高架が見える。想像以上に近かった。善光寺の赤い山門が中央本線の高架先に見える。 - [「鉄旅日記」2013年春【青春18きっぷで、甲斐駿河途中下車旅】その2-源道寺、入山瀬、下部温泉、塩之沢、甲斐常葉、市川大門、甲府、新府、穴山、東山梨、東所沢(身延線、中央本線、武蔵野線)](https://kazushiaruga.com/4035.html) - 人気の絶えた15:00の温泉町を後にした。人が集まるべき場所で、人の姿を見かけない異様さに村上春樹さんの「1Q84」に登場する「猫の町」を思った。足湯がある下部川沿いの駐車場で休み、駅に戻る橋の上で、さっきの特急列車に乗ってきたリュックを背負う若い女性と擦れ違う。喜びに満ちた旅人。そんな感じのステキな女性だった。 - [「鉄旅日記」2022年新春 初日(東京-湯瀬温泉)その1 ‐松戸、神立、友部、水戸、いわき(常磐線) 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】](https://kazushiaruga.com/18877.html) - 大甕と日立で学生たちは席を立つ。海側に目を移せば青い太平洋。十王に着いて、ふと気づくと水戸まであった雪はない。それだけで景色が春めいて見える。磯原やがて勿来。再び三度の太平洋。寒空の下で波に乗る姿も見える。東京五輪で決まった大技が脳裏に浮かぶ。浜通りに雪はなく、東京から続く快晴。いわきFCのJリーグ昇格を祝う横断幕から - [「鉄旅日記」2013年春【青春18きっぷで、房総途中下車旅】その1-検見川浜、大貫、保田、那古船形、富浦、安房勝山、館山、太海、江見、勝浦、行川アイランド、東浪見、御宿(京葉線、内房線、外房線)](https://kazushiaruga.com/4045.html) - 風光明媚な気持ちのいい駅に降りた。酒屋の奥さんの愛想もいい。小径を辿って海辺へ。頼朝伝説が残る仁右衛門島を一望する。昭和の頃には皇太子はじめ皇族が来島したことがあるそうだ。砂浜を筋骨隆々な上半身裸の男たちが徒党を組んで走っている。上品なサーファーかとも思ったが、岡上の城西国際大学の学生だろう。美しい光景ではある。 - [「鉄旅日記」2013年春【青春18きっぷで、房総途中下車旅】その2-上総興津、安房小湊、安房天津、安房鴨川、和田浦、九重、若井、竹岡、上総湊、佐貫町、青堀、稲毛海岸、新習志野(外房線、内房線、京葉線)](https://kazushiaruga.com/4055.html) - 潮騒が聞こえる。通りすがりの女性の髪が風に香る。なんて星がきれいなのだろう。駅前通りは国道に通じ、かつては商店街で通ってた筈だが、出ていった者が多く、募集中のスペースが入居のアテを掴むことは、事によってはしばらくないかもしれない。国道に出てみればきれいな旅館があり、湊夕陽ヶ丘の赤い灯は切なげな光彩を放っている。そして - [「鉄旅日記」2013年春【青春18きっぷで、関東途中下車旅】その1-赤羽、岡本、烏山、大金、宝積寺、氏家、石橋、自治医大、小金井、小山(東北本線、烏山線)](https://kazushiaruga.com/4059.html) - 一番街に足を踏み入れ、明け方の酔客を見かけて一人だった頃を想った。女が男を待っていたよ。もうオレはあれに似たような情景の主役を張ることもないけど、その代わりに得たものが唯一無二の物だ。焦がれていた生活とは必ずしも言えないまでも、明かりのついた家のドアを開ける時はいつも幸福感に包まれる。外はしとしと雨。風がなきゃ雨の日も - [「鉄旅日記」2013年春【青春18きっぷで、関東途中下車旅】その2-結城、下館、川島、岩瀬、笠間、十王、小木津、磯原、湯本、内原、羽鳥、土浦、ひたち野うしく(水戸線、常磐線)](https://kazushiaruga.com/4064.html) - 跨線橋から海が見える。歩いていこうと思ったけど6号国道まで出たところで断念した。遠いし寒い。北茨城の佑都磯原。でも日曜日はやはり休みだな。いま寿司屋の電灯が点った。列車が走りだして2年前に津波が襲った海岸に出た。雨情の町で、あれ以上先には行けなかったけど、あったかい列車に乗ってオレはさらに北へと向かっている。 - [「鉄旅日記」2021年夏 初日(東京-上田)その2 ‐湯檜曽、水上、越後湯沢、六日町(上越線/北越急行ほくほく線) 【4度目の緊急事態宣言前。飯山線に乗りたくて旅を思い立ちました。湯檜曽駅で夏の第一声を聞き、信越路を歩いた記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/17590.html) - 2009年に歩いた道はすべてが廃れていた。駅前を除いて通りに面した店もホテルも閉まり、切ない風景にこの12年の中に過ぎた時代を想う。川辺の遊歩道も歩く人はまれなのだろう。夏草に覆われた道は整備の対照から外れて荒廃に任せている。恋人と初めて一夜を共にした思い出のホテルが対岸に見える。それを写す腕にトンボが休んだ。そんなトン - [「鉄旅日記」2021年夏 初日(東京-上田)その3 ‐しんざ、十日町、越後鹿渡、津南、戸狩野沢温泉(北越急行ほくほく線/飯山線) 【4度目の緊急事態宣言前。飯山線に乗りたくて旅を思い立ちました。湯檜曽駅で夏の第一声を聞き、信越路を歩いた記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/17611.html) - ひとつ手前の越後鹿渡駅から草木に愛を込めながら歩き、時に蛇行する信濃川を見る。途中の矢放神社では神域の厳かさに心打たれ、約80分をかけて津南駅に到着した。恋人はコロナ感染予防の2度目のワクチン注射で優れない日々を過ごしている。そんなリアルの中で、オレは旅を楽しんでいる。「ぜひそうしてきて」。思いが伝わってくる。少し眠っ - [「鉄旅日記」2021年夏 初日(東京-上田)その4 ‐長野、御代田、小諸、上田(信越本線/しなの鉄道) 【4度目の緊急事態宣言前。飯山線に乗りたくて旅を思い立ちました。湯檜曽駅で夏の第一声を聞き、信越路を歩いた記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/17651.html) - 大雨と居眠りに導かれて、またこの街で記憶をつないだ。先週から始まったことだが元カノが家庭の事情で泣いている。「何でよりによってオレなの?」「わからない。でも女友達には相談したくないし、あなたしか浮かばなかった」。いくつか着信履歴が残っていた。そんな話をこれから聞く。列車が動くまで気が済むまで聞いてあげよう。きっと上田に - [「鉄旅日記」2021年夏 最終日(上田-東京)その1 ‐上田、滋野、長野(しなの鉄道/信越本線) 【4度目の緊急事態宣言前。飯山線に乗りたくて旅を思い立ちました。湯檜曽駅で夏の第一声を聞き、信越路を歩いた記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/17670.html) - 街にも駅にも真田の六連銭が満ちている。そういう街になったことが上田の発展につながることを願う。軍陣に家康公の姿はなかったものの、徳川の大軍を2度まで押し返した上田は武勇の街。オレの一族が暮らす町も近く、従兄弟の結婚式ではこの駅に降りている。母方のご先祖は真田幸村の家臣で、大坂の陣で戦死。郎党が持ち帰ったと伝わる首塚が現 - [「鉄旅日記」2021年夏 最終日(上田-東京)その2 ‐北飯山、飯山、蓮、森宮野原(飯山線) 【4度目の緊急事態宣言前。飯山線に乗りたくて旅を思い立ちました。湯檜曽駅で夏の第一声を聞き、信越路を歩いた記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/17698.html) - 山門を上がったところに駅がある。さっきまではお坊さんの読経が聞こえていた。 蓮とは仏教の極楽浄土を連想させるが、駅名の由来は地名による。「どぶに落ちても根のあるやつは、いつかは蓮の花と咲く。」声を出さずによく口ずさむ「男はつらいよ」の一節。「男というものつらいもの。顔で笑って腹で泣く。」たまらないな。山門脇をまさに蓮の - [「鉄旅日記」2021年夏 最終日(上田-東京)その3 ‐十日町、越後川口、渋川、敷島(飯山線/上越線) 【4度目の緊急事態宣言前。飯山線に乗りたくて旅を思い立ちました。湯檜曽駅で夏の第一声を聞き、信越路を歩いた記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/17724.html) - 渋川もまた12年振り。当時駅舎は工事中で全容を見ていない。おそらく12年前と同じように駅前通りを歩き、同じように商店街の陣容を評価して駅へ戻った。ここからは妙義山に赤城山。天下の名山が望める。群馬総社で、八木原で、これまでも眺めてきた。上州は今日も晴れ。オレにはめでたい土地。駅のポスターで見た伊香保の石段を、恋人と歩く - [「鉄旅日記」2021年秋 初日(東京-飯坂温泉)その1 ‐金町、高浜、友部、水戸、いわき(常磐線) 【4度目の緊急事態宣言明け。これ以降そのようなものが発令されることはございませんでした。阿武隈急行、峠駅、立石寺。お宿は飯坂温泉。秋の東北を満喫すべく常磐線に乗りました。】](https://kazushiaruga.com/17746.html) - 西へ向かう一番列車が出たのは約1時間前。その頃は湿気がこもった部屋で筋トレに汗を流していた。全国で新型コロナウイルスによる緊急事態が明けて神無月。夜明け前の町に若者の酔態がちらほら。あの年代だった頃のオレに人のことをとやかく言うことはできないが、「朝をそんな風に過ごすものじゃないよ」とコロナ後のオレは言う。東から列車が - [「鉄旅日記」2021年秋 初日(東京-飯坂温泉)その2 ‐竜田、原ノ町、鹿島、新地、岩沼(常磐線/東北本線) 【4度目の緊急事態宣言明け。これ以降そのようなものが発令されることはございませんでした。阿武隈急行、峠駅、立石寺。お宿は飯坂温泉。秋の東北を満喫すべく常磐線に乗りました。】](https://kazushiaruga.com/17763.html) - 久ノ浜、末続。いわきの海が見える。東京の蒸し暑さはここにはなく、10月の雨降りの風景。みちのくの四季は今も正確なのかもしれない。駅に着く手前で真新しい住宅群を見た。復興を象徴する街区なのかもしれない。これより今も放射能の影響で閉ざされた区域を残す一帯に差し掛かる。海辺に目をやれば、ブルドーザーが空と大地の間に立ち、防潮 - [「鉄旅日記」2021年秋 初日(東京-飯坂温泉)その3 ‐槻木、角田、あぶくま、丸森、梁川(阿武隈急行)「鉄旅日記」2021年秋 【4度目の緊急事態宣言明け。これ以降そのようなものが発令されることはございませんでした。阿武隈急行、峠駅、立石寺。お宿は飯坂温泉。秋の東北を満喫すべく常磐線に乗りました。】](https://kazushiaruga.com/17779.html) - 周囲に民家の見られない秘境駅にいる。事前に地図を眺めて、阿武隈川に近いことから降りてみたが、川は眼下を流れ接近を許さない。さっきも触れたが、この線は一昨年の台風で寸断され、おそらく廃線もささやかれたのだろう。復興を喜ぶ関係者が掲げたものが沿線随所に見られる。自然は音を持つ。雨音、瀬音、鳥の声。オレが発する音もそのひとつ - [「鉄旅日記」2021年秋 初日(東京-飯坂温泉)その4 ‐福島、卸町、東福島、桑折、飯坂温泉(阿武隈急行/東北本線/福島交通飯坂線) 【4度目の緊急事態宣言明け。これ以降そのようなものが発令されることはございませんでした。阿武隈急行、峠駅、立石寺。お宿は飯坂温泉。秋の東北を満喫すべく常磐線に乗りました。】](https://kazushiaruga.com/17805.html) - そして跨線橋を越えた先、新幹線高架下に味わい深い赤屋根の古い駅舎があった。 よくぞそのままの姿で。様々な時を越えて、待合室ではひとりの高校生が寛いでいる。古い駅舎に未来ある若者。何だかいじらしいような気持になる。ホームに出れば信夫山が見える。街中に鎮座する福島市の象徴標高275mは、平安時代に書かれた伊勢物語にも登場す - [「鉄旅日記」2021年秋 最終日(飯坂温泉-東京)その1 ‐飯坂温泉駅、福島駅(福島交通飯坂線/奥羽本線) 【4度目の緊急事態宣言明け。これ以降そのようなものが発令されることはございませんでした。阿武隈急行、峠駅、立石寺。お宿は飯坂温泉。秋の東北を満喫すべく常磐線に乗りました。】](https://kazushiaruga.com/17857.html) - 早朝に散歩する女子高生運動部員。温泉街の風情にまさに花を添える。合宿も解禁になったのだろう。狂った時代は青少年たちから団体生活の機会を奪った。同情したよ。それじゃあんまりじゃないかと。摺上川に架かる十綱橋の由来は古く、平安時代にはすでに架かり、源頼朝による奥州征伐の際に一帯を守る領主によって橋が落とされた記述が見られる - [「鉄旅日記」2021年秋 最終日(飯坂温泉-東京)その2 ‐峠(奥羽本線)/力餅商店/峠の力餅売り/峠駅今昔物語 【4度目の緊急事態宣言明け。これ以降そのようなものが発令されることはございませんでした。阿武隈急行、峠駅、立石寺。お宿は飯坂温泉。秋の東北を満喫すべく常磐線に乗りました。】](https://kazushiaruga.com/17876.html) - 峠駅に降りて外に出れば、舗装がされていない道に大きな水たまり。まるで一年中そうなのだと思わせるような退廃的な水たまり。列車の到着時間が迫り、力餅売りが孤高にたたずむ。彼に近寄り、「さっきまでお店にお邪魔しておりました」と告げると言葉少なに頭を下げられる。そして列車が着くと「峠の力餅~」と朗々たる名調子をシェルター内に響 - [「鉄旅日記」2021年秋 最終日(飯坂温泉-東京)その3 ‐米沢、赤湯、中川、山形、北山形(奥羽本線) 【4度目の緊急事態宣言明け。これ以降そのようなものが発令されることはございませんでした。阿武隈急行、峠駅、立石寺。お宿は飯坂温泉。秋の東北を満喫すべく常磐線に乗りました。】](https://kazushiaruga.com/17898.html) - 峠駅限定の味と思っていたが、支店を持っていたとは。5月開催の「米沢上杉まつり」で川中島合戦が再現される松川河川敷はこの風景の中にあるのだろう。視界には公園化した河川敷と穏やかな流れ。改札を入ると、有名駅弁「牛肉どまん中」売場。当然というか気持ちが向くが、その先にある「米沢牛弁当」売場のおじさんの会釈に合い、近づくにつれ - [「鉄旅日記」2021年秋 最終日(飯坂温泉-東京)その4 ‐山寺(仙山線)/立石寺山門売店/高砂屋本舗 【4度目の緊急事態宣言明け。これ以降そのようなものが発令されることはございませんでした。阿武隈急行、峠駅、立石寺。お宿は飯坂温泉。秋の東北を満喫すべく常磐線に乗りました。】](https://kazushiaruga.com/17878.html) - 駅前に車を止めて、岩肌からせり出すように立つお堂を見上げて驚愕したかつての5月。そして10月の今日、願が叶い修行道に足を踏み入れた。標準的な登山時間を大幅に下回る時間で下山して、ゆとりの時間が生まれた。東京タワーやスカイツリーなどに登るより、よほどいい。おそらく他の巡礼者も分かっていて、そうしている。願いが叶う近道がそ - [「鉄旅日記」2021年秋 最終日(飯坂温泉-東京)その5 ‐仙台、鹿島、原ノ町、浪江、常陸多賀(常磐線) 【4度目の緊急事態宣言明け。これ以降そのようなものが発令されることはございませんでした。阿武隈急行、峠駅、立石寺。お宿は飯坂温泉。秋の東北を満喫すべく常磐線に乗りました。】](https://kazushiaruga.com/17950.html) - 駅舎は去年も写している。空は晴れて、昨日とも一年前とも違うが、構わない。亘理あたりから空きはじめ、酒を開けてもよかったが、目の前に3人の子供を連れた同世代の母親がいる。幼い妹を見守る二人のお兄ちゃんは賢く、彼等に酒を飲む姿を見せることをためらい、結局リュックにしまい込んだまま。時に眠り、お日様に照らされて息づく大地を - [「鉄旅日記」2021年師走 初日(東京-古川)その1 ‐金町、東京、くりこま高原(常磐線/東北新幹線) 【特急乗り放題の大人の休日倶楽部パスで冬の国へ。山田線完全乗車と鳴子温泉郷を始めとした陸羽東線沿線を歩くことが目的でございました。】](https://kazushiaruga.com/17967.html) - でもこの国のコロナ禍は明けたのだ。神無月、霜月と八百万の神々が収束に乗り出したのだという。科学的な説明がつかないのであれば、それも腑に落ちる。人様のことは知らないが、オレの場合はそう。借家裏の金蓮院で祈り始めてから1年半になる。弘法大師所縁のお寺だが、名刹であることを知ったのは、祈ること以外に思いつかなかった苦境下だっ - [「鉄旅日記」2021年師走 初日(東京-古川)その2 ‐水沢江刺、盛岡、上米内(東北新幹線/山田線)【特急乗り放題の大人の休日倶楽部パスで冬の国へ。山田線完全乗車と鳴子温泉郷を始めとした陸羽東線沿線を歩くことが目的でございました。】](https://kazushiaruga.com/17982.html) - 駅の発着音は大瀧詠一さんの「君は天然色」。宮沢賢治もそうだが、岩手にはそうした才能を生む土壌があるのだろう。あの「ナイアガラ音楽」を造り上げた音楽家が岩手県出身という事実に目を見開かれた思いでいる。アルバム「ロングバケーション」はそれこそ誰もが聴いていたよ。少なくともオレの周りじゃそうだった。あれが40年近く前のこと - [「鉄旅日記」2021年師走 初日(東京-古川)その3 ‐千徳、宮古、盛岡、古川(山田線/東北新幹線)/蛇の目寿司 【特急乗り放題の大人の休日倶楽部パスで冬の国へ。山田線完全乗車と鳴子温泉郷を始めとした陸羽東線沿線を歩くことが目的でございました。】](https://kazushiaruga.com/17995.html) - 海辺に達することなく、廃墟となった漁協の丘から宮古湾を望んだ。閉伊川河口には巨大な水門が建設中で、湾を囲うように立つ防潮堤が風景をグレーにしている。宮古の空も真似てグレー。細かな雨まで落としてきた。土方歳三率いる北方愚連隊が殴り込みをかけた宮古湾。おそらくその古戦場は目にしていたのだろう。土地のラジオ局が発する音が流れ - [「鉄旅日記」2021年師走 最終日(古川-東京)その1 ‐古川、岩出山、有備館(陸羽東線)/岩出山城址(城山公園) 【特急乗り放題の大人の休日倶楽部パスで冬の国へ。山田線完全乗車と鳴子温泉郷を始めとした陸羽東線沿線を歩くことが目的でございました。】](https://kazushiaruga.com/18014.html) - 新幹線高架橋が地平線のように見えた街。その先の空に茜の帯が広がっていた。高架橋は街のどこからでも見える。まるで中世の城郭都市のようで、印象的な風景と言える。道が濡れている。夜半にひと雨降ったようだ。冷気はさほどでもなく、手をズボンにしまわずに済んでいる。小京都を謳う雅な町に降りた。ここでは雪で、鉄路は詩情を放つ。 - [「鉄旅日記」2021年師走 最終日(古川-東京)その2 ‐川渡温泉、鳴子御殿湯、鳴子温泉(陸羽東線)/東鳴子温泉神社 【特急乗り放題の大人の休日倶楽部パスで冬の国へ。山田線完全乗車と鳴子温泉郷を始めとした陸羽東線沿線を歩くことが目的でございました。】](https://kazushiaruga.com/18049.html) - やがて左手に鳥居が現れる。神はどこにおわすやと見上げれば、陸羽東線の線路の先に神殿がある。線路もまた神域。東鳴子温泉神社とのこと。神厳な様に打たれて線路をくぐり、苔に覆われた石段を上がる。実は尿意をこらえていて、神域とはいえ草深くもあり、許しを乞おうとしたが、手を合わせると不思議と和らいでいった。祈りは焦りをも溶かす。 - [「鉄旅日記」2021年師走 最終日(古川-東京)その3 ‐瀬見温泉(陸羽東線)/湯前神社/山神社 【特急乗り放題の大人の休日倶楽部パスで冬の国へ。山田線完全乗車と鳴子温泉郷を始めとした陸羽東線沿線を歩くことが目的でございました。】](https://kazushiaruga.com/18092.html) - 彼の逃避行の軌跡を会津にも見たことがある。東北の日本海側にも伝説は残り、ここ最上地域は色濃い。確かに一行が目指した平泉に近づいている。遡る前九年、後三年の役は東北人にとって源頼義、義家親子に侵略された歴史。そうした複雑な事情が同じ源氏でありながら本家に抗せざるを得ず、この東北の地で最期を迎えた義経を英雄にしたのだろう。 - [2021年神無月~2022年如月【SNSへの投稿より】写真をお楽しみいただけますと幸いでございます。ー下高井戸商店街、辻清人先生、紅葉の頃、金町夕景、今年も暮れゆく東京、金町睦月如月、柴又](https://kazushiaruga.com/18152.html) - 母校を訪ねるのは卒業以来30年振りでございます。在校当時は思いもよりませんでしたが、この場所で、現在の私を生かす様々な出会いがあったのでございます。様変わりした構内に驚き、礼儀正しい生徒たちはただただ愛しゅうございました。52歳にもなってあらためて言うようなことではありませんが、私も大人になったものでございます。 - [「鉄旅日記」2021年師走 最終日(古川-東京)その4 ‐立小路、赤倉温泉、村山、さくらんぼ東根(陸羽東線/奥羽本線/山形新幹線) 【特急乗り放題の大人の休日倶楽部パスで冬の国へ。山田線完全乗車と鳴子温泉郷を始めとした陸羽東線沿線を歩くことが目的でございました。】](https://kazushiaruga.com/18118.html) - 通り過ぎた最上駅は、かつては羽前向町駅といったらしい。絵図を眺めて知った。赤倉温泉駅は1917年に富沢駅として開業して、途中で羽前赤倉駅に改称され、現駅名になったのは最上駅、瀬見温泉駅と同じく1999年とのこと。 買い置きのおにぎりと酒の昼食。寒さは気にならないが、岩出山、鳴子、瀬見と歩いた若干の疲労が酔いを深めていく - [「鉄旅日記」2008年初秋 最終日(福井-東京)-福井駅前、武生新、武生、大府、武豊、知多武豊、刈谷、安城、蒲郡、東京葛飾(福井鉄道福武線/北陸本線/東海道本線/武豊線) 【秋になると北陸に行きたくなるものでございます。能登半島をはじめ、いくつもの終着駅へと行き着いたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7813.html) - 北陸の空は3日にわたって晴れ上がり、今日は涼し気な秋の日和。起きる前の街にはどこか可笑しみがある。ふらふらと歩くおばちゃん。携帯片手に店のシャッターを開ける美容師。福井鉄道40分の旅。豊かな風景だったよ。鯖江、武生。福井鉄道はきめ細かに列車を走らせて奮闘している。運転士は若く、総じて感じがいい。その事情はえちぜん鉄道で - [2018年初秋 初日(東京-桑名)その4-新瀬戸、瀬戸市、高蔵寺、新守山、勝川、枇杷島、蟹江、桑名(愛知環状鉄道/中央本線/東海交通事業常北線/東海道本線/関西本線) 【JR東海&16私鉄乗り鉄☆たびきっぷ」でめぐる東海旅】](https://kazushiaruga.com/9417.html) - 城北線とは漠然と地下駅だと思っていたオレを、勝川という駅は存分に弄ぶ。線路沿いの矢印を信じて真っ直ぐに進めばよかったのだが、たぶんあの廃れた駐車場の先に鉄道の入口があるとは誰も思うまい。そんな鉄路へ続く階段は闇に浮いて、まるで選ばれた者にしか開かれていない道のように見えた。やがて名古屋城北を走るワンマンカーは走り出す。 - [2018年初秋 最終日(桑名-東京)その2-大垣、名古屋、金城ふ頭、豊橋、磐田、焼津(東海道本線/名古屋臨海高速鉄道あおなみ線) 【JR東海&16私鉄乗り鉄☆たびきっぷ」でめぐる東海旅】](https://kazushiaruga.com/9476.html) - 名古屋港にたたずむ。高架から出荷前の車両の列や税関を見下ろし、港を跨ぐ高速道路橋の雄大さに目を見張る。家族連れや若者たちは連絡橋でつながった施設に跳び跳ねるように進み、オレはひとり真っ正面の階段を下りて海に一番近い場所へと歩いた。風はなく蒸し暑い広場にはなぜか年老いた男たちの姿しか見られず、一様にうつむいていた。 - [「鉄旅日記」2015年春 初日その1(東京-岩倉)-蒲郡、三河鳥羽、吉良吉田、西尾、桜町前、新安城、知立、猿投、赤池、豊田市、新豊田(名鉄蒲郡線/名鉄西尾線/名鉄本線/名鉄三河線/名鉄豊田線) 【名鉄電車2DAYフリーきっぷで行く、中京旅】](https://kazushiaruga.com/4324.html) - とうとう三河湾に手が届く距離まで接近できた。念願といっていい。以前東海道本線の三河大塚駅で降りて試みてみたが、あまりに遠くて引き返したことがある。東海道本線中で圧倒的に寝ていることが多い区間だが、好きな風景が続く区間であることもまた事実だ。ひとつ手前まで古色蒼然とした駅が続きここでも期待したが、ここに駅舎はなかった。 - [「鉄旅日記」2015年春 初日その2(東京-岩倉)-三河高浜、碧南、高浜港、亀崎、半田、知多半田、内海、富貴、河和(名鉄三河線/武豊線/名鉄河和線/名鉄知多新線) 【名鉄電車2DAYフリーきっぷで行く、中京旅】](https://kazushiaruga.com/4332.html) - 最果てのターミナル駅に街灯が点った。雨降りの狭い駅前通りを車が行き交う。大衆食堂とお洒落なカフェ&キッチン「ジジ」にも灯が点った駅前。決して少なくない本数を運行する名鉄駅に人々が集まり、雨降りの中をどこかへと向かっていく。多くはひとりだ。オレもひとりで、そんな人々の営みを何だかいじらしく思う。弥生尾張の雨は冷たくない。 - [「鉄旅日記」2015年春 初日その3(東京-岩倉)-太田川、常滑、中部国際空港、上小田井、西春、岩倉(名鉄常滑線/名鉄空港線/名鉄犬山線) 【名鉄電車2DAYフリーきっぷで行く、中京旅】](https://kazushiaruga.com/4346.html) - 国際空港だけあってイメージしたのは漠然とした海外だった。外国人はアラブ系のみを見かけ、駅の売店のおばちゃんにビールを出してコンニチワと挨拶したら、彼女は自分の知り合いにこんな顔のヤツはいたかと一瞬怪訝そうな表情を浮かべた後、ただの挨拶だと分かって、バツの悪そうな表情を浮かべた。通り過ぎた常滑駅はより一層閑散としていた。 - [「鉄旅日記」2015年春 最終日その1(岩倉-東京)-岩倉、御嵩、犬山、新鵜沼、鵜沼、名電各務原、各務ヶ原、新那加、那珂、名鉄岐阜(名鉄犬山線/名鉄広見線/名鉄各務原線) 【名鉄電車2DAYフリーきっぷで行く、中京旅】](https://kazushiaruga.com/4589.html) - 世界は荒れ、テロリストが国家樹立を謳い、10歳の少女が本人の意志とは関わりなく市場を修羅場へと導く役目を負わされ、パリ市民の表情が恐怖で歪んだ冬を過ごした。人類の今後に対して希望を持ちづらい冬は取り分け寒く感じた。不安感が増幅されていく世界に生きているが、ここでこうして春の訪れを喜べる気持ちでいられることを幸福と思う。 - [「鉄旅日記」2015年春 最終日その2(岩倉-東京)-笠松、新羽島、岐阜羽島、羽島市役所前、西笠松、新木曽川、名鉄一宮、玉ノ井、萩原、日比野、弥富、近鉄弥富(名鉄本線/名鉄竹鼻線/名鉄羽島線/名鉄尾西線) 【名鉄電車2DAYフリーきっぷで行く、中京旅】](https://kazushiaruga.com/4629.html) - ここで2分の停車。いかつい顔をしたオッサンが腕組みをして目の前に座っている。月並な表現だが、切れ長の鋭い目は刃物を思わせる。気に入らないことだらけの世の中で、さらにこのあたりじゃあまり見かけない、軽薄な旅行者がひとり紛れ込んでいることを憤るかのような視線をオレに向けている。どうもそのように感じて落ち着かない。 - [「鉄旅日記」2015年春 最終日その3(岩倉-東京)-津島、須ヶ口、神宮前、豊明、岡崎公園前、中岡崎、東岡崎、国府、豊川稲荷、豊川(名鉄津島線/名鉄本線/名鉄豊川線) 【名鉄電車2DAYフリーきっぷで行く、中京旅】](https://kazushiaruga.com/4641.html) - ペンキの剥がれ具合から、いくつの時代を眺めてきた駅なのだろうとの思いにふける。駅前から伸びる天王通りは商店街。嬉しくなってしばらく歩いた。到着した街がどんな街なのか、駅を見ればたいてい解る。ただ、以前は軽喫茶が入っていて、今じゃ照明の消えた空間が駅構内にあり、その前で鎮魂に似た思いが湧き、しばし立ち止まった。 - [2018年初秋 初日(東京-桑名)その3-駅前、赤岩口、井原、運動公園前、駅前大通、豊橋、岡崎、三河豊田、尾張瀬戸(豊橋鉄道市内線/東海道本線/愛知環状鉄道/名鉄瀬戸線)【JR東海&16私鉄乗り鉄☆たびきっぷ」でめぐる東海旅】](https://kazushiaruga.com/9385.html) - 軌道が美しく延びる鉄道風景が撮りたくて「駅前大通」で降りる。さらに激しくなった雨は傘を持たない青年をずぶ濡れにして、安部首相に反対する市民者集団に毒づく男を生み出した。9月の雨に冷たさはなく、豊橋は遠い日の夕立を思い起こさせてくれた。車内広告で見たが、豊橋鉄道が運行する高速バスは三河田原から渋谷、バスタ、そしてなぜか練 - [「鉄旅日記」2017年春【近鉄に乗る日々】初日(東京-新大宮)その1-近鉄富田、富田、近鉄四日市、湯の山温泉、伊勢若松、平田町、鈴鹿市、鳥羽、賢島(名古屋線/湯の山線/鈴鹿線/山田線/鳥羽線/志摩線)](https://kazushiaruga.com/5369.html) - この線路沿いの道を往き来したよ。あまり思い出すこともない遠い過去のような気がする。新橋で恋をしていた頃だ。あの旅の最後には豪雨に遭い、長浜で想いは綴られた。あの時代は、もはや現在とつながるいかなる物も持たず、かつて車寅次郎がこの湯の町で3度目の恋をしたことを語るように、今じゃ完全な歴史の一コマになった。だから懐かしく思 - [「鉄旅日記」2017年春【近鉄に乗る日々】初日(東京-新大宮)その2-宇治山田、東青山、青山町、名張、大和八木、大和西大寺、新大宮(山田線/大阪線/橿原線/奈良線)](https://kazushiaruga.com/5389.html) - 国全体が峻険な山河で、神秘的な伊賀という一帯には、現代には消えてなくなりつつある太古からの闇がある。ここでは降りる客が散見され、それぞれを待つ迎えの車が放つ光が、深い闇に対して拳一つ分の抵抗を試みている。東京にいたんじゃ理解できないが、闇とは巨大な存在なのだと、人生で初めて知った気がする。とても敬虔な気持ちでいる。 - [「鉄旅日記」2017年春【近鉄に乗る日々】2日目(新大宮-大阪難波)その1-近鉄奈良、新田辺、三山木、JR三山木、狛田、下狛、新祝園、祝園、学園前、学研奈良登美ヶ丘(奈良線/京都線/けいはんな線)](https://kazushiaruga.com/5413.html) - 早朝から新大宮駅前を掃除する一団を見かけた。街路に目をやれば吸い殻空き缶。近鉄駅が地下だったことは忘れていた。地上へ出て、興福寺、奈良県庁へとつながる緩やかな上り坂を目にしたら、ふと突き上げてくるものがあった。忘れていた奈良をそこに見たんだ。あれから何度も通ったけど、奈良の真髄は知らずにいる。車窓から平城宮跡を眺めた。 - [「鉄旅日記」2017年春 最終日(JR難波-東京)その2-大曽根、勝川、春日井、中津川、上松、原野、広丘、みどり湖、相模湖、豊田(中央本線/篠ノ井線)【近鉄に乗る日々】](https://kazushiaruga.com/5553.html) - 木曽川の名勝「寝覚の床」と宿場の町は、駅の入口に入場門のように檜の大木を左右に並べ、何事かを有している事実を誇っている。地方駅の駅前にありがちな廃屋などはなく、商店街が形成され、子供は遊び、人は行き交う。まるで奇跡を目の当たりにしたよう。ここからじゃ見えないが、標高2900の木曽駒ヶ岳が近くから睥睨しているらしい。 - [「鉄旅日記」2008年初夏 最終日(松阪-東京)-松阪、鳥羽、伊勢市、宇治山田、亀山、名古屋、豊橋、浜松、熱海(近鉄山田線/参宮線/紀勢本線/関西本線/東海道本線) 【まほろばの路から紀州へ。紀伊半島で過ごした短い夏の記憶でございます。】](https://kazushiaruga.com/7705.html) - 鳥羽湾を眺める。この駅が海に面していたという記憶は削がれていた分、新鮮な気持ちでいられた。どれくらいそうしていたのか。満ち足りた時間だった。あんな気分になりたくて、生きて、またここまできた。土産物屋のお姉さんと親しく話した。気分よくあれこれ買い込んだ。「気ぃつけて。お元気で。」と見送ってくれる。人情のいい終着駅だった。 - [「鉄旅日記」2008年初夏 初日(東京-和歌山)その2-畝傍、高田、大和高田、近鉄郡山、郡山、王寺、五条、和歌山(桜井線/近鉄大阪線/近鉄橿原線/和歌山線) 【まほろばの路から紀州へ。紀伊半島で過ごした短い夏の記憶でございます。】](https://kazushiaruga.com/7648.html) - 不思議だが、一日中こうして関西地区をうろついていると、オレが東京から来た男などではなく、元々こっちの人間に思えてくる。人々が人懐こいのだろう。素朴な夕焼け空を眺めている。ホームには吉野川祭の提灯が揺れている。学生たちは高田方面に向かう列車に乗り込み、和歌山行を待つ姿は少ない。すでに過ぎ去った吉野口では多くの乗降があった - [「鉄旅日記」2017年春【近鉄に乗る日々】2日目(新大宮-大阪難波)その2-生駒、鳥居前、宝山寺、生駒山上、布施、俊徳道、JR俊徳道、河内山本、信貴山口、高安山(生駒ケーブル/奈良線/大阪線/信貴線/西信貴ケーブル)](https://kazushiaruga.com/5432.html) - 生業が掴みづらい大阪中高年が、でれっとした態度でベンチで寛いでいる。東京じゃ見られない。特殊な風景を形作るのは、たいていの場合人間であることが多い。駅前アーケード街では、古内東子のこれまた懐かしいバラードを流している。あの名曲がまるで演歌のように聞こえるコテコテ感。圧倒されるというよりもむしろ、オレも仲間に入れてほしい - [「鉄旅日記」2017年春【近鉄に乗る日々】2日目(新大宮-大阪難波)その3-橿原神宮前、六田、吉野、近鉄御所、御所、尺土、二上山(吉野線/御所線/南大阪線)](https://kazushiaruga.com/5465.html) - そしてあの日と同じように、駅前土産物通りを行ったり来たり。麓じゃそれくらいしかやることがない。あとは吉野という終着駅を感じるのみ。古くは大海人皇子、源義経、大塔宮護良親王、吉野朝廷。時代を彩る反抗分子がこもった聖域がケーブルを上がった地にある。そんな歴史的かつ地理的な宿命から解放されて、まさにこれから花の吉野の季節。 - [「鉄旅日記」2017年春【近鉄に乗る日々】2日目(新大宮-大阪難波)その4-柏原、道明寺、河内長野、古市、畝傍御陵前、田原本、西田原本、新王寺、近鉄王寺(道明寺線/長野線/南大阪線/橿原線/田原本線/生駒線)](https://kazushiaruga.com/5490.html) - 穏やかに暮れかかる日曜日の大阪郊外都市。タイガース的色彩の粉焼き屋が駅前に陣取り、たこ焼きと一緒にじゃんじゃん焼いてる。SPEED的顔立ちのお姉さんが鉄板相手に格闘し、オレと目が合うと、「さあいかがですかぁ」と声を張り上げる。JR職員は大阪的コテコテの善人だった。彼のような男はなかなか他の地域じゃ見かけないが、大阪では - [「鉄旅日記」2017年春【近鉄に乗る日々】最終日(JR難波-東京)その1-JR難波、八尾、奈良、笠置、伊賀上野、上野市、伊賀神戸、伊勢中川、近鉄長島、長島(関西本線/伊賀鉄道/近鉄大阪線/近鉄名古屋線)](https://kazushiaruga.com/5511.html) - 笠置絵巻が描かれた壁を辿って旧街道に出る。大海人皇子が笠を置いたという伝承からつけられた聖地。後醍醐天皇に楠公。楠木正成ははるばる金剛山から、一族にとっての重い決断を伝えにやってきて、金剛山に戻るとすぐに千早城で旗揚げをした。ここ笠置や、千早赤阪に関東から公称7万もの幕軍が押し寄せたという。やがて豪傑哀話を残して落城 - [「鉄旅日記」2020年文月 最終日(三次-東京)その4‐二条、大宮、四条大宮、北野白梅町、帷子ノ辻(山陰本線/京福電鉄嵐山本線/京福電鉄北野線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15480.html) - 列車は天王山を過ぎた。かつては枯れていたこともあった桂川を渡る。これから上流の嵐山へ。そうだ。嵐山に行こう。京福電鉄に乗ろう。でも四条大宮駅まではどう行こうか。関西に着くと、なぜか悲しいことを思い出す。その記憶はたいていの場合、関西とはまるで関係がない。京都から嵯峨野線で二条へ。この駅にはかつて一度寄ったことがある。 - [「鉄旅日記」2020年文月 最終日(三次-東京)その5‐京福嵐山、阪急嵐山、嵐電嵯峨、トロッコ嵯峨、嵯峨嵐山、京都(京福電鉄嵐山本線/東海道新幹線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15502.html) - でもやはり、京都では悲しいことを想う。切ないことを想う。いけないな。輝かしい未来を持つ愛しい存在に悲しい思いなど伝えてはいけない。家族を知って、いま愛する女性がいて。嵐山はそんな男がひとりで訪ねるところじゃない。リュックを背負っていかにも余所者然としたオレにきつい視線を向けてくる男がいる。オレをコロナの感染源のように思 - [「鉄旅日記」2020年盛夏 初日(東京-防府)その3‐三滝、横川、宮島口フェリー乗場、宮島フェリー乗場、広電宮島口、宮島口(可部線/山陽本線/JR西日本宮島フェリー) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15621.html) - 鹿の鳴き声を初めて聞いたよ。お腹を空かせていたのか切なくさせるような声だった。海の青は鮮やかで、厳島神社の舞台は潮が引き、能舞台は時代に錆びて、不意に人間国宝が現れたかのような空気をそこに生んでいた。恋人とあらためて来よう。最愛の存在も連れてきたい。暑さに疲れた船内で、ひとりデッキにもたれ、宮島口の船着き場を真っ直ぐに - [「鉄旅日記」2020年盛夏 2日目(防府-肥前鹿島)その4‐企救丘、志井公園、小倉、黒崎、黒崎駅前、筑豊中間(北九州モノレール/鹿児島本線/筑豊電気鉄道) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15844.html) - 「ちくてつ」はバスが走るように、バスが走りそうな生活道路を往く。この事情を知らずに車を走らせていて、不意にこの鉄道に出くわしたら驚くことだろう。もっとも江ノ電を思えば例のないことじゃない。北九州にもこのような地方鉄道があったのだ。スーパーの端やごく小さな路傍の切れ込みに鉄道へつながる階段がある。あまりの無造作感が鉄道と - [「鉄旅日記」2020年盛夏 3日目(肥前鹿島-門司港)その5‐肥前山口、久保田、西唐津、博多、門司港(佐世保線/唐津線/筑肥線/福岡市地下鉄空港線/鹿児島本線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16053.html) - 唐津線はこの駅で長崎本線から分岐する。真夏の日に焼かれた駅を写す。誰もいない気怠い午後。列車は唐津に向けて長崎本線を離れ、北上線のように真っ直ぐに山壁に挑むように見えたが、にわかに方向を転じてディーゼル音を響かせている。水を落としたオレに、前に腰かけていた老人が転がったペットボトルの行方を告げる。東京にも人情はあるよ。 - [「鉄旅日記」2020年初秋 2日目(高松)その1 ‐瀬戸大橋遠景、丸亀城、少林寺、津嶋神社参道、津島ノ宮駅、詫間海軍航空隊跡、箱浦(浦嶋伝説の地)、父母ヶ浜 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16386.html) - 朝早くに高松在住の71歳の友が車で迎えにきてくれました。20年を間に置いて同じ大学の同じ学科で学び、共通の師を持つことから彼は小生を時空の友と表現してくれるのでございます。知り合ったのはSNSで、2年ぶりの再会でございます。最初にお連れいただいたのがこちらでございます。奇しくも大槌島は昨日降りた際に知った児島の民話にも - [「鉄旅日記」2020年初秋 最終日(高松-東京)その1 ‐高松港3番乗場、直島宮浦海の駅、宇野港、宇野駅(高松→直島宮浦フェリー/直島宮浦→宇野フェリー) 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16593.html) - 彼は直島まで一緒に来るつもりでいたという。ただその手筈だと今日の内に東京には帰れないだろう。そのことを丁寧に告げて、彼の提案を断った。別れの朝は美しく、ちょっぴり切ない。波止場に車を止めて二人しばらく黙っていた。不思議なご縁ですね。その言葉に老友は感極まり目元を潤ませる。寂しいのう。その言葉を2度聞いて車を出た。オレの - [「鉄旅日記」2020年初秋 最終日(高松-東京)その2 ‐茶屋町、岡山、倉敷、倉敷市、水島、常盤、栄、三菱自工前(宇野線/伯備線/水島臨海鉄道)/倉敷センター街、阿智神社、倉敷美観地区 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16634.html) - 工場のサイレンが鳴り響く終着駅で列車を待ってる。ビールは生ぬるくなり、日差しは容赦ない。でも、これでいい。夏の名残が体に刻まれ、これは9月の四国の痕だといずれ分かるだろう。水島行に乗ってきたよ。列車は終着駅のひとつ手前で静かに止まり、同じようにひっそりとオレは駅を出た。水島商店街に沿うように歓楽街が続き、ひとつ手前の常 - [「鉄旅日記」2020年神無月【ツレと筑波山を訪ねたのでございます。関東に暮らす身にとりまして、高所に上がりますと平野の果てに浮かぶ筑波山はいつか登るべき山でございました。】-北千住駅、つつじヶ丘駅、女体山、男体山、筑波山頂駅、宮脇駅、筑波山神社、沼田バス停、つくば駅(つくばエクスプレス/筑波山シャトル/筑波山ロープウェイ/筑波山ケーブルカー)](https://kazushiaruga.com/16714.html) - 北千住~つくば間は約50分。つくばバスセンターから筑波山シャトルバスに乗り終点のつつじヶ丘まではこれも約50分でございます。車窓には早くも筑波山の姿があります。つつじヶ丘駅は標高542メートル。ここから女体山に向けてロープウェイが出ております。ようやくコロナにかかわる制約が消えた昨今。酒飲みの小生はビール片手に列に - [「鉄旅日記」2013年夏 2日目(徳山-南宮崎)その2-津久見、日代、浅海井、狩生、佐伯、直見、宗太郎、南延岡、南日向、東都農、佐土原、南宮崎(日豊本線) 【青春18きっぷで、鹿児島県志布志へ】](https://kazushiaruga.com/4108.html) - ここが伊勢正三さんの「なごり雪」の街。オレが子供の頃、この街から甲子園に行った少年たちがいて、彼らは確か歴史的な名勝負を残してその夏を終えた。それ以前には確か全国制覇もしているはずだ。以来、その遺伝子を甲子園で見る機会はなくなってしまった。海沿いの工業の街で、駅を出ると左手に昭和通りというささやかな商店街が伸びていた。 - [「鉄旅日記」2013年夏 3日目(南宮崎-隼人)その1-南宮崎、伊比井、北郷、飫肥、日向大束、志布志、油津、日南、木花、田吉、宮崎空港(日南線、宮崎空港線) 【青春18きっぷで、鹿児島県志布志へ】](https://kazushiaruga.com/4114.html) - 曲がりくねる民家の小径で懐かしい田舎の匂いを嗅いだよ。オレにとっては夏の匂いでもある。いつでも晴れていた。本当はそうじゃなかったのかもしれないけど、こうして蝉の声を聞いて遠い昔を思い出せば。そう、夏の日はいつだって・・・。遊泳禁止の海岸では二人の波乗りが手並みを競っていた。こんなに朝早くから、好きなんだな本当に。 - [「鉄旅日記」2013年夏 3日目(南宮崎-隼人)その2-宮崎、清武、田野、山之口、西都城、餅原、都城、京町温泉、えびの、吉松(日豊本線、吉都線) 【青春18きっぷで、鹿児島県志布志へ】](https://kazushiaruga.com/4118.html) - 周辺にも何もないことは分かっていた。でも駅から数段の階段を上がった先に見える原野のような風景に用があった。トウモロコシ畑と肥溜めの匂いが漂い、老農夫はのんびりと車を動かし、普段のオレの生活に見られるものは何もなく、普段想像もしていないものだけがあった。文明に見放されているという者もいるだろうけど、オレはそれを文化と呼ぶ - [「鉄旅日記」2013年夏 4日目(隼人-岩国)その1-隼人、鹿児島、鹿児島中央、上伊集院、薩摩松元、川内、出水、新水俣、新八代(日豊本線、鹿児島本線、肥薩おれんじ鉄道) 【青春18きっぷで、鹿児島県志布志へ】](https://kazushiaruga.com/4121.html) - 鹿児島駅から街中を歩く。マイアミ通りからドルフィンパークへ。まだ完成を見ない工事中の鹿児島中央駅へ。市内の至るところに幕末維新の偉人たちが銅像となって蘇っていた。明治維新と世界王座交代劇の街、鹿児島。ジャイアント馬場は昭和49年にこの街でジャック・ブリスコを破り、「世界最強の男」として称されるNWA世界王者になっている - [「鉄旅日記」2013年夏 4日目(隼人-岩国)その2-熊本、久留米、鳥栖、吉塚、長者原、古賀、東郷、赤間、幡生(鹿児島本線、山陽本線) 【青春18きっぷで、鹿児島県志布志へ】](https://kazushiaruga.com/4125.html) - 特に下関が懐かしい。 新山口行きに乗る。毎年8月13日が海峡花火大会なんだな。海峡に向かう列が長府でも続いている。浴衣姿の女子は筑州も長州もみんなキュートだ。褒めてあげたいよ。工場横の味気ない幡生駅に花が咲いたようだった。埴生の手前の空が夕焼けに染まった。海も時に覗いた。そして海峡に向かう列は埴生に着くと収束していた。 - [「鉄旅日記」2018年師走 初日(東京-津)その1-金町、西桑名、楚原、阿下喜、麻生田、丹生川(常磐線/三岐鉄道北勢線/三岐鉄道三岐線) 【伊勢のいくつもの終着駅に降りまして、神島で2018年最後の満月を眺めたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10123.html) - 多くの水溜まりを作った東海を濡らした雨。今頃はオレがいなくなった東京を濡らす頃。桑名では完全に雨は上がり、雲間から太陽も覗く。これから私鉄4線区の終着駅を目指す。1100円のフリー切符を購入して北勢線に乗り込んでいる。車両の幅は驚くほど狭く、列車が大きく揺れると吊革が一斉に荷台に当たり、木琴の調べのような音が響き渡る。 - [「鉄旅日記」2018年師走 初日(東京-津)その3-河曲、富田浜、河原田、津(関西本線/伊勢鉄道) 【伊勢のいくつもの終着駅に降りまして、神島で2018年最後の満月を眺めたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10128.html) - 客の到来を待ち望んでいたおかみさんにあたたかく迎えられる。「人とはいいな」と感じながら駅へ。すると階段に猫がポツンといる。スマホを向けても動じず、眠たげな目を開ければにゃーと甘えた声を出す。猫とは縁のない人生だが、情が移りそうだ。猫の後ろ姿と満月前夜の月を眺め、彼女を想って過ごした待合室。月は美しく、オレは祈った。 - [「鉄旅日記」2018年師走 初日(東京-津)その2-西藤原、あすなろう四日市、内部、日永、西日野、泊、南四日市(三岐鉄道三岐線/四日市あすなろう鉄道内部線/四日市あすなろう鉄道八王子線) 【伊勢のいくつもの終着駅に降りまして、神島で2018年最後の満月を眺めたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10126.html) - 阿下喜からも見えていた段々に削られた山は、鈴鹿7峰のひとつに数えられる藤原岳。その麓に太平洋セメントを冠した貨物列車の積載駅が、ふたつ手前の東藤原にある。長大な貨物列車の先頭が建屋に隠れる様は、龍の食事を思わせた。駅前は小さな鉄道公園になっている。以前訪ねた際は、子供連れの家族でそこそこの賑わいがあったその場所も今は冬 - [「鉄旅日記」2013年夏 最終日(岩国-東京)-岩国、海田市、岡山、西大寺、播州赤穂、山科、南草津、豊橋、愛野、菊川、熱海(山陽本線、赤穂線、東海道本線) 【青春18きっぷで、鹿児島県志布志へ】](https://kazushiaruga.com/4129.html) - 人様の顔のことを言えた義理じゃないが、決して器量良しとは言えない眼鏡顔の大柄な少女が表情に幸せを浮かべている。手には「きゃりーぱみゅぱみゅ」の写真と「にんじゃりバンバン」と印刷された袋。近くでイベントでもあったのだろう。先に降りていった二人の友達とさっきまで一緒だった。それを見て、人間という存在のかわいらしさを想った。 - [「鉄旅日記」2014年春 初日(東京-紀伊勝浦)その1-熱田、尾頭橋、八田、四日市、亀山、一身田、津、高茶屋、松阪(東海道本線、関西本線、紀勢本線) 【青春18きっぷで、紀伊半島へ】](https://kazushiaruga.com/4133.html) - 戦国の昔、安濃津の地名で外洋に開かれ、繁華な港だった頃の面影は、三重県の県庁所在地という地位を得ている現在には見られない。広大な駅前ロータリーには違法駐車の車すらなく、冷たい風が吹き渡っていた。独特の腰のない伊勢うどんを出す「駅そば」は他の店に替わっていた。8年前に駅に寄った際に、その黒い汁で服を汚したことを思い出した - [「鉄旅日記」2014年春 初日(東京-紀伊勝浦)その2-山田上口、宮川、川添、伊勢柏崎、尾鷲、新鹿、熊野市、紀伊勝浦(参宮線、紀勢本線) 【青春18きっぷで、紀伊半島へ】](https://kazushiaruga.com/4172.html) - 南総の町並に似た海辺の道。同じ黒潮の通り道。馴染みがあるわけじゃないが、懐かしい。18歳の頃に新宿で出会ったKは和歌山に戻っているのだろうか。実家がキャンプ場を経営しているとのことだった。オレには優しかったが、酔って街を歩いている時には危ないヤツだったと後で聞いた。オレが感じる懐かしさには例えば彼のような男も含まれる。 - [「鉄旅日記」2014年春 最終日(紀伊勝浦-東京)その1-紀伊勝浦、太地、湯川、那智、三輪崎、新宮、鵜殿(紀勢本線)/丹鶴城公園 【青春18きっぷで、紀伊半島へ】](https://kazushiaruga.com/4178.html) - 古い時代、このあたりがどういう経緯で神域になったのかよくは知らない。どれくらい昔の話なのかも知らない。新宮駅前に公園として整備されている徐福さんの話もそうだ。でもこうして外洋に開かれた街を眺めると、様々なことがあったのだろうという想像はつく。海洋民族でもあった日本人。南海道の知らざる歴史に思いを馳せる。 - [「鉄旅日記」2014年春 最終日(紀伊勝浦-東京)その2-神志山、賀田、九鬼、相賀、紀伊長島、多気、名古屋、豊田町、六合、由比(紀勢本線/東海道本線) 【青春18きっぷで、紀伊半島へ】](https://kazushiaruga.com/4185.html) - この入江を根拠地とした九鬼水軍は戦国時代をその腕ひとつで渡りきった。織田信長につき、大阪沖では瀬戸内勢力の毛利水軍を手痛い目に遭わせ、関ヶ原合戦の折には西軍に身を投じ、東海道に現れては東軍を脅かし、徳川家康をして悩ませ、激怒させた九鬼嘉隆。西軍の敗北後絶望して自刃して果て、東軍についた息子は幕末まで残った。 - [「鉄旅日記」2014年春 初日(東京-西舞鶴)その1-西岐阜、京都、二条、日吉、胡麻、下山、和知、綾部、高津(東海道本線/山陰本線) 【青春18きっぷで、丹後若狭から北陸、信州へ】](https://kazushiaruga.com/4194.html) - 新快速大垣行きに乗り、西岐阜駅に下りる。途中の三河の空は広く、さらにその前の行路では目の覚めるような遠州美人が目の前に立った。去年の爆弾低気圧を凌駕するような強風が吹き荒れている。空はよく晴れているが、時折どこかの町を濡らしてきたであろう雨粒の一団が流れてきて、ここ西岐阜をも濡らす。美濃人は寒さに震え、列車は遅れている - [「鉄旅日記」2014年春 初日(東京-西舞鶴)その2-東雲、宮津、天橋立、豊岡、国府、和田山、梁瀬、福知山、西舞鶴(北近畿タンゴ鉄道宮津線/山陰本線) 【青春18きっぷで、丹後若狭から北陸、信州へ】](https://kazushiaruga.com/4199.html) - オレはあそこにいた。岩見重太郎仇討ちの石碑を見て、さらに丹後の奥へと車を走らせていったんだ。最近見かけることが多くなった伊根の舟屋群で感嘆の声を上げたのもその日のことだ。夕暮れの駅前は暖色の灯を連ねて賑わい、駅ではホテルの迎えの人が二人競い立っていた。列車に戻ると客が入れ替わっていて、あの美人車掌さんの姿も消えていた。 - [「鉄旅日記」2014年春 2日目(西舞鶴-魚津)その1-西舞鶴、東舞鶴、若狭高浜、小浜、上中、十村、木ノ本、余呉、高月、永原、敦賀(舞鶴線/小浜線/北陸本線/湖西線) 【青春18きっぷで、丹後若狭から北陸、信州へ】](https://kazushiaruga.com/4205.html) - 西浅井の何もないところにいる。この風情はいい。高架駅の階段はどこかの神社の石段のように長く、また薄暗い。人工的構造物の代表格であることは紛れもないが、長い歳月はあの階段から人臭さを消して、まるで自然の中を歩いているような気にさせる。実際、人や鳥以外の気配を感じたような気もする。駅前のさらさら流れる小川の先に琵琶湖がある - [「鉄旅日記」2014年春 2日目(西舞鶴-魚津)その2-南条、今庄、北鯖江、鯖江、大土呂、福井、春江、丸岡、芦原温泉、動橋、石動、小杉、越中大門、魚津(北陸本線) 【青春18きっぷで、丹後若狭から北陸、信州へ】](https://kazushiaruga.com/4210.html) - 焼き芋屋の軽妙なトークが夕暮れの温泉口に響く。竹田川では少女が語らい、自転車を置いた少年がひとりたたずむ。もう辞めてしまわれたが、得意先の女性が芦原温泉のご出身だったことを思い出した。彼女はここで育ち、ここに戻って暮らしていくことを願っていた。駅近くのささやかな賑わいの中にいて、彼女の思いに対してなるほどと思ったよ。 - [「鉄旅日記」2014年春 最終日(魚津-東京)その1-魚津、生地、黒部、電鉄黒部、泊、親不知、越中宮崎、糸魚川、能生、梶屋敷、浦本(北陸本線) 【青春18きっぷで、丹後若狭から北陸、信州へ】](https://kazushiaruga.com/4215.html) - 能生駅には駅員がいる。品のいい女性だ。電話応対などそれなりに忙しそうだったが、ホームに上がろうとするオレに「寒いですよ」と気遣いをくれる。ストーブの置かれた待合室には顔に深い皺を刻んだ爺さんが所在なげに座っていた。彼の存在で、オレが入室を遠慮しているのじゃないかと気にする素振りを見せたので、ここに上がって日を浴びている - [「鉄旅日記」2014年春 最終日(魚津-東京)その2-有間川、谷浜、名立、直江津、犀潟、二本木、今井、川中島、姨捨、信濃境、すずらんの里、富士見(北陸本線/信越本線/篠ノ井線/中央本線) 【青春18きっぷで、丹後若狭から北陸、信州へ】](https://kazushiaruga.com/4220.html) - 町民の善意がほとばしり、名立川の日本海への流れ込みが見られる駅でもある。ひょっとしたら彼女も一役買っているかもしれない。そういう人だから。「名立ちっこ」か。頑張れ!梶屋敷からも、有間川からも、途中出くわしたサイクリングロードは北陸本線旧線の廃線跡だったことを知った。さっきくぐったトンネルにもかつて汽車が走っていたわけだ - [「鉄旅日記」2014年春-館林、佐野、葛生、西小泉、赤城、太田、伊勢崎、新伊勢崎、足利、足利市(東武佐野線/東武小泉線/東武桐生線/東武伊勢崎線)【ふらっと両毛 東武フリーパスで、両毛ローカル旅】](https://kazushiaruga.com/4225.html) - どういう人生とどういう経緯でここまで辿り着いたのか。そして今オレの隣りも異邦人。駅前の地図に新田神社を発見する。鎌倉を落とした新田義貞は京へ上がり、やがて各地を転戦。戦いに明け暮れる人生の果てに北陸戦線で死んだが、故郷に錦を飾る栄光の機会はあったのだろうか。車窓からは赤城駅では見えなかった赤城山が正面に見えている。 - [「鉄旅日記」2014年春 その1-水海道、三妻、下妻、大田郷、下館、久下田、茂木、真岡、大和、新治、水戸(関東鉄道常総線/真岡鐵道/水戸線) 【ときわ路パスで、常陸ローカル旅】](https://kazushiaruga.com/4229.html) - ここは鉄道の街。駅舎はSLを模し、改札口はざわめいている。茂木方面のホームもまたざわめいている。SL車が客車に満載の人を乗せて入線してきた。一時のざわめきが過ぎて、、、人々はカメラを置き、上げていた腰を下ろし、また列車に揺られていく。ここの「駅そば」は薄味だった。少し物足りない気がしたが、親爺さんの笑顔がよかった。 - [「鉄旅日記」2014年春 その2-瓜連、静、山方宿、袋田、西金、下小川、後台、常陸津田、常陸青柳、神立、高浜、牛久(水郡線/常磐線) 【ときわ路パスで、常陸ローカル旅】](https://kazushiaruga.com/4233.html) - 「男はつらいよ」第42作目の冒頭にこの駅は登場する。映画には登場した駅員の姿はなく、駅舎もまた当時のものとは違っていた。引き返す。オレと一緒に女性の二人連れが乗り込んできた。ここは袋田の滝で知られた「瀑布」の町だ。彼女たちが存在する列車内の景色もまたいい。ちょっとした小旅行でたくさん喋って、そして二人は街に帰っていく。 - [「鉄旅日記」2014年夏 初日(東京-津山)-尾張一宮、播磨高岡、太市、余部、播磨新宮、三日月、西栗栖、美作江見、林野、上月、津山口、津山(東海道本線、山陽本線、姫新線) 【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】](https://kazushiaruga.com/4236.html) - どこからか盆踊りの音が聞こえてきて179号国道まで出てみたけれど、会場もまた不明だ。タクシー会社と喫茶パチンコの廃墟が目につく駅前。川が落合う村の空に送り火が浮かんでいる。遠くからは「天」に見えた大文字は、ここでは「美」に変わっていた。ちょっとしたマジックだ。虫にまとわりつかれた美作の夜。古来夏の夜とはこういうものだ。 - [「鉄旅日記」2014年夏 2日目(津山-鳥取)その1-津山、坪井、久世、中国勝山、刑部、新見、総社、備中高松、吉備津(姫新線、伯備線、吉備線)/高松城址 【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】](https://kazushiaruga.com/4244.html) - 神の地の入口にしては粗末な駅で、無論駅前には何もなく、徒歩5分ほどの吉備津神社へ向かう。桃太郎のモデルとなった神話の舞台がこの地で、大和朝廷に雇われていた吉備津彦命も鬼役の温羅(うら)も、鵜をはじめ他の生命体に化身することができたという。西洋はじめ他の国々の昔話にもこういった事例は確認されているのだろうか。 - [「鉄旅日記」2014年夏 2日目(津山-鳥取)その2-金川、弓削、亀甲、美作滝尾、三浦、美作加茂、知和、智頭、用瀬、津ノ井、大岩、岩美、鳥取(津山線、因美線、山陰本線) 【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】](https://kazushiaruga.com/4250.html) - 鳥取に飲みに出るのであろう、野球つながりの壮漢たちが郡家から乗り込んできた。ひとりが車内で知人を見かけ声をかける。当時から目立つ者と、当時から目立たなかったであろう者との再会の儀は、言葉少なに終わった。線路は高架になっていく。その手前の駅は、知和駅ほど古くはないが懐しいたたずまいで、夕暮れの灯は好もしい色をしていた。 - [「鉄旅日記」2014年夏 3日目(鳥取-米子)その1-鳥取、由良、下市、御来屋、名和、伯耆大山、東山公園、博労町、境港、木次、亀嵩、宍道(山陰本線/境線/木次線) 【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】](https://kazushiaruga.com/4257.html) - 妖怪列車と化した境線の人気は高いらしい。ぎゅうぎゅう詰めの車内だったが、終点までとても楽しむことができた。米子空港まで一直線に延びる線路の先には富士のような美しい山が見えていた。美保湾と中海をつなぐ境水道のさらに先だと思うが、何という山だろう。終着駅に着いて、妖怪と新鮮な魚介類を求めて、人々が小雨の中を歩き出す。 - [「鉄旅日記」2014年夏 3日目(鳥取-米子)その2-電鉄出雲市、川跡、旧大社駅、出雲大社前、雲州平田、松江しんじ湖温泉、松江、乃木、東松江、玉造温泉、揖屋、荒島、米子(一畑電車北松江線/一畑電車大社線/山陰本線)【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】](https://kazushiaruga.com/4262.html) - 旧大社駅も立派な文化財だ。その価値は計り知れない。神社の風貌の内に宮殿風の内装を施している。何よりおそろしく大きい。あの駅から始めて、あの駅に帰ってくる一日を想像すると、ただそれだけの行為が荘厳なものに感じられる。ただし出雲大社へはかなりの距離を歩かなければならない。バスでは7分とあった。ここ一畑電車駅も素晴らしい。 - [「鉄旅日記」2014年夏 4日目(米子-呉)その1-米子、安来、来待、西出雲、弘南、温泉津、波子、浜田、石見川本(山陰本線/三江線) 【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】](https://kazushiaruga.com/4270.html) - 雷鳴轟く安来の空。壁に描かれた「どじょうすくい」のオッサンは満面の笑み。アホ面だ。戦国時代の山陰の覇者、尼子氏の本拠地だった街。3日前に立ち寄った滅亡の地、上月は同じ中国地方にあるとは言えここから遠い。人間の執念が引き起こしてきた数々の事件をふと想う。安来の由来は古人がこの地で安らかな心になれることを願ったことに拠る。 - [「鉄旅日記」2014年夏 4日目(米子-呉)その2-浜原、粕淵、明塚、石見簗瀬、口羽、宇都井、伊賀和志、三次、矢賀、水尻、かるが浜、呉(三江線/芸備線/呉線) 【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】](https://kazushiaruga.com/4275.html) - このビルの8階には安芸娘が出迎えるキャバクラがある。エレベーターに乗ってからそれを知って思わず苦笑したよ。ヤクザの街からカープの街へ。独特の文化が生まれる街、広島。カープファンの熱気が燃え盛るこの土地柄を過去にもさかのぼって想う。今夜は巨人戦。首位まで5ゲーム差で迎えた今夜だけど、車内の赤い軍団はおとなしかったな。 - [「鉄旅日記」2014年夏 最終日(呉-東京)-呉、広、竹原、安芸幸崎、松永、東尾道、相生、西相生、比叡山坂本、用宗、富士、沼津(呉線/山陽本線/赤穂線/湖西線/東海道本線) 【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】](https://kazushiaruga.com/4280.html) - あそこまで行けば駿河湾が望めたかもしれない。用宗の存在を知ったのは小説「武田勝頼」による。落日の甲斐武田家の晩年、徳川軍に攻められた用宗城が落城する件で登場するが、武田水軍の棟梁格も城に詰めていて奮闘の末に討死。海将、陸で死す。ベンチでパンを頬張っている11分の間、新幹線が何度か視界を横切り、ヒグラシが鳴いていた。 - [「鉄旅日記」2014年秋 その1-日進、宮原、加茂宮、北大宮、大宮公園、土呂、東鷲宮、鷲宮、栗橋、古河、新古河、野木、間々田、岩舟(川越線/東北本線/両毛線) 【休日おでかけパスで、関東ローカル旅】](https://kazushiaruga.com/4283.html) - 車内から稜線の端に突兀とした奇岩が見えた。上州へ向かうこの路線には東武伊勢崎線同様にブラジル人をはじめ様々な人種が乗り込んでいる。4月には太田で道を聞かれ、さっきの小山では年若い二人の女性に、今ここに停車している列車がどこまで行くのかを聞かれた。彼女たちは伊勢崎に行きたいらしいが、残念だが次のは桐生までしか行かない。 - [「鉄旅日記」2014年秋 その2-富田、佐野、佐野市、大平下、新大平下、栃木、思川、新白岡、白岡、東大宮(両毛線/東北本線) 【休日おでかけパスで、関東ローカル旅】](https://kazushiaruga.com/4288.html) - 食堂の屋上から下りてきた女将さんが挨拶をくれる。「寒いね」と。そうですねと応じるが、別に寒かない。広い空がひたすらに美しい。遠くに見えるのは筑波山。関東平野は本当に広い。背後に山の連なりが見えるが、まだ雪の気配はない。そう、寒くなんかないんだ。その山々に夕暮れが迫り全山群青色に染まっている。黄昏れるのにいい場所だ。 - [「鉄旅日記」2014年冬 初日(東京-鬼怒川温泉)-下今市、新藤原、川治湯元、川治温泉、湯西川温泉、龍王峡、鬼怒川公園、新高徳、鬼怒川温泉(東武鬼怒川線/野岩鉄道) 【まるごと日光・鬼怒川 東武フリーパスで、野州旅】](https://kazushiaruga.com/4292.html) - 会津西街道を往く。冷え込んだ山里の待合室にはストーブが置かれているが今日の出番はなし。しかしポケットに入れていた手は凍え、食事にもありつけない。温泉街に人気はなく、青かった空は冬を表す鈍色に変わり、通る車は疎らだった。だが温泉街に廃墟は見られず、町を守り抜いている最北の野州人に敬意を払い、在りし日の会津藩大名行列を想う - [「鉄旅日記」2014年冬 最終日(鬼怒川温泉-東京)-小佐越、大桑、大谷向、下今市、西新井、大師前(東武鬼怒川線/東武大師線) 【まるごと日光・鬼怒川 東武フリーパスで、野州旅】](https://kazushiaruga.com/4298.html) - 閑散とした境内にテキ屋が屋台を並べ、冬にしてはあたたかな日差しの下で、うまくいかない商売にうつむき、顔には皺を寄せている。こじんまりとした参道は好ましい。草団子を買って帰りたいけど、結局のところオレしか食わないからな。練馬では見かけることのない身なりの老人が行き交う下町。大師線は西新井との間を10分間隔で往復している。 - [「鉄旅日記」2014年冬 初日(東京-桐生)-小菅、五反野、梅島、田島、渡瀬、県、東武和泉、福居、野州山辺、韮川、東小泉、藪塚、阿左美、岩宿、新桐生、下新田(東武スカイツリーライン/東武佐野線/東武伊勢崎線/東武桐生線) 【ふらっと両毛 東武フリーパスで、両毛ローカル旅】](https://kazushiaruga.com/4303.html) - 桐生の街中へと足を踏み入れ、アーケードが架かる坂道を上がっていく。雷電神社を見かける。伝説の横綱は桐生生まれかと驚いたが、まったく関係はなく雷除けの神が祀られているらしい。商店街には新年の調べが流れている。両毛線をくぐると駅前通りになる。しめ飾り売のおじさんが歩道に店を出している。かつてはそこここで見かけたものだけど、 - [「鉄旅日記」2014年冬 最終日(桐生-東京)-間藤、足尾、通洞、神戸、水沼、大間々、相老、桐生、西桐生、新里、膳、大胡、江木、中央前橋、治良門橋、三枚橋、太田(わたらせ渓谷鐵道/上毛電鉄/東武伊勢崎線) 【フリー切符で行く、両毛ローカル旅】](https://kazushiaruga.com/4313.html) - リュックに酒が入っている。駅横の公園で開けて、ぼんやりと景色を眺めている。歴史に翻弄され打ちひしがれた町があったことを知って、何かの機会に訪ねてみることは悪くない。毒に冒された山には本物の緑が戻らず、そのことに対して声を上げる人々が貼ったポスターを見た。崇高な願いだと思う。そしてその事実を知ったことには大きな意味がある - [「鉄旅日記」2015年春 初日その1(東京-宇治)-東福寺、祇園四条、伏見稲荷、稲荷、男山山上、八幡市、枚方市、私市、河内森、河内磐船、交野市(京阪本線/男山ケーブル/京阪交野線) 【ひらパーGo!Go!チケットで行く、京阪旅】](https://kazushiaruga.com/4648.html) - この街で恋をしたことは思い出さないが、あの頃のことはよく思い出す。この街を心から愛していた頃のことを思い出す。京都駅新幹線ホームを見上げると甘酸っぱいような気持ちになる。あれから随分経ったけど、そんな過去を持っていることを誇りに思いたくなる時がある。恋という形でこの古都と縁を持てたことは、オレの歴史の中でも一際輝かしい - [「鉄旅日記」2015年春 初日その2(東京-宇治)-香里園、寝屋川市、門真市、守口市、淀屋橋、天満橋、中之島、樟葉(京阪本線/京阪中之島線) 【ひらパーGo!Go!チケットで行く、京阪旅】](https://kazushiaruga.com/4662.html) - 二代目ゴジラは大阪湾に上陸した。淀川は決壊し、当時から地下駅だった淀屋橋駅は踏み潰され水没した。モノクロの光景に震えたよ。 水上バス口から地上に出る。大阪にはやっぱりブルースが似合う。街中を川が流れる光景に出くわすといつも何事かを思いたくなる。それは大抵の場合、未来というより過去のことになる。土佐堀交差点にいただけだけ - [「鉄旅日記」2015年春 初日その3(東京-宇治)-中書島、伏見桃山、桃山御陵前、桃山、JR藤森、木幡、黄檗、京阪黄檗、京阪宇治(京阪本線/奈良線/京阪宇治線) 【ひらパーGo!Go!チケットで行く、京阪旅】](https://kazushiaruga.com/4672.html) - 案内されたのは宇治川に面した1階レジ横の部屋。様々な街で様々な部屋をあてがわれ寝てきたが、環境的にはここが一番素晴らしいと言える。でも部屋に鍵はついていない。主人によるとそれでいいらしい。なぜないのかと尋ねたら困った顔をされた。古都とはこういう佇まいを言うのかもしれない。コンビニの明かりは遠慮がちで街並は美しい。 - [「鉄旅日記」2015年春 最終日その1(宇治-東京)-宇治、山城多賀、玉水、上狛、木津、加茂、貴生川(奈良線/関西本線/草津線) 【朝に宇治を出て、近江鉄道に乗る一日】](https://kazushiaruga.com/4681.html) - 徳川家康はここを通過したのち、現在の学研都市線に沿って大坂夏の陣へと向かったようだ。木津は今に至るも交通の要衝に変わりはないが、渺々としたまま発展の計画から漏れ続け、最近改装された駅周辺も2年前と変わらず何もない。ただ、このあたりを流れる木津川は護岸工事が施されることもなく太古に近い姿を見せているのかもしれない。 - [「鉄旅日記」2015年夏 2日目(新南陽-鹿児島中央)その2-直方、新飯塚、彦山、豊前桝田、夜明、御井、川尻、住吉、三角(筑豊本線/後藤寺線/日田彦山線/久大本線/鹿児島本線/三角線) 【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】](https://kazushiaruga.com/4738.html) - 6世紀にこの地で大和朝廷軍と磐井反乱軍との大会戦が行れ、大将軍磐井は斬られたというが、一説には逃れて行方をくらましたという。磐井の乱は九州を戦場にしたことからローカルな印象を受けたものだが、磐井とは朝鮮半島や中国大陸とも手を結べるほどの巨大勢力であったことを黒岩重吾さんの小説で後に知った。筑後川を挟んでの攻防だったのだろうか。古代史にはロマンがある。 - [「鉄旅日記」2015年夏 3日目(鹿児島中央-西鉄柳川)その2-隼人、日当山、鶴丸、吉松、真幸、矢岳、大畑、人吉、坂本、玉名、西鉄柳川(肥薩線、鹿児島本線、西鉄本線) 【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】](https://kazushiaruga.com/4916.html) - 古い駅舎とD51。このふたつに郷愁を感じるのは万民共通のようで、一際賑わい、人々はスマホなりケータイをかざしている。コンセルジュ役の女性鉄道員がとても美しい。D51よりも彼女の写真を撮って帰りたい。日本一の車窓風景は確かに見事だった。韓国岳、京町温泉、川内川。九州的な響きを持つ地名を聞いて震えた。 - [「鉄旅日記」2015年夏 4日目(西鉄柳川-広島)その1-西鉄柳川、西鉄久留米、西鉄甘木、甘木、基山、けやき台、原田、桂川(西鉄本線、西鉄甘木線、甘木鉄道、鹿児島本線、筑豊本線) 【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】](https://kazushiaruga.com/4933.html) - 筑豊本線の名称は消えた。桂川までを原田線と称して0番線へと放逐されている。終着駅の若松、洞海湾は遠くなった。ともあれ草深い道を往くこの線に分け入るのを楽しみにしていた。原田は長崎街道の宿場町で、昔も今も国境。五郎山古墳が駅前通り正面に森を形成している。なるほど九州は民話の地だ。甘木での学説をより信じたくなる。 - [「鉄旅日記」2015年夏 4日目(西鉄柳川-広島)その2-田川後藤寺、糸田、糒、金田、門司港、厚狭、湯ノ峠、四郎ヶ原、南大嶺、美祢(平成筑豊鉄道糸田線、平成筑豊鉄道伊田線、鹿児島本線、美祢線) 【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】](https://kazushiaruga.com/4936.html) - 海峡には人を引きつける磁力がある。最後に訪れたのは10年も前の話だが、あれから平成筑豊鉄道による新たな観光鉄道が街中を走っている。その姿を目にすることはできなかった。九州とはこれでお別れ。高倉健さんがスクリーンの中で最後にいた場所がここだった。次に来る時には門司港駅も改修工事を終えて、元の姿に服しているだろう。 - [「鉄旅日記」2015年春 最終日その2(宇治-東京)-水口、水口石橋、水口城南、八日市、近江八幡、高宮、多賀大社前、彦根(近江鉄道本線/八日市線/多賀線) 【朝に宇治を出て、近江鉄道に乗る一日】](https://kazushiaruga.com/4687.html) - 道に塗り込められたかのようなバス停と旧東海道水口宿の遺構の前で立ち止まる。水口城は関ヶ原を境に所を変えていた。なんでも徳川三代将軍家光が立ち寄るにあたって建てられたのが一巡してきた城跡で、五奉行の長束正家が徳川家康暗殺を謀ったのは岡山城址と表示されているものらしい。町に彼と奥方の悲劇が伝わっていて、姫塚は石橋駅近くにあ - [「鉄旅日記」2015年春【浜名湖周辺で遊ぶ一日】その1-掛川、掛川市役所前、西掛川、天竜二俣、西気賀、寸座、浜名湖佐久米、三ケ日、新所原(天竜浜名湖鉄道)](https://kazushiaruga.com/4708.html) - 浜名湖の細江に沿うくねくねとした362号国道を歩く。概して眺めはいい。上り坂の途中にある寸座駅には坂上田村麻呂と徳川家康がちょっと腰掛けた伝説の石が残る。寸座峠の下りにかかり右手にあるドライブインで土産を求める。ソーメンを二束。愛する者への土産を選ぶという行為がとても尊いものに感じる。カモメ群れ飛ぶこの駅には「かとれあ」 - [「鉄旅日記」2015年春【浜名湖周辺で遊ぶ一日】その2-鷲津、新居町、浜松、新浜松、第一通り、西鹿島、遠州森、円田、遠江一宮、原谷、掛川、安倍川(東海道本線/遠州鉄道/天竜浜名湖鉄道)](https://kazushiaruga.com/4719.html) - 二俣城址と思しき緑を背景にした天竜川の撮影には見事に失敗したが、宮脇俊三さんもその著書に書いていたけど、山間を散々縫った挙句に大河が野に放たれる光景には息を呑む。凄まじい水量と迫力だ。かつて乗った太多線で、可児の手前で現れた木曽川もそうだったが、まるで虎が暴れてるところにふいに出くわしたような唐突感と非日常感を持つ。 - [「鉄旅日記」2015年夏 初日(東京-新南陽)-はりま勝原、阿品、島田、新南陽(山陽本線) 【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】](https://kazushiaruga.com/4729.html) - 古い駅舎を残す山里の駅が雨に濡れ夕闇に包まれる頃、駅灯に照らされた屋根のところどころが光っている。列車が到着して人が降りていく。もはや乗ってくる者はたいていの駅では見当たらない。そして今日も日が暮れる。岡山までの山路ではそんな風景が沁みて、海路では尾道水道が見え出すと座席を立ち糸崎までずっと瀬戸内海を眺めていた。 - [「鉄旅日記」2015年夏 2日目(新南陽-鹿児島中央)その1-新南陽、新山口、阿知須、宇部新川、小野田港、下関、八幡、陣原(山陽本線/宇部線/小野田線/鹿児島本線) 【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】](https://kazushiaruga.com/4734.html) - 海峡の街に涼しい風が吹いている。放火で失われた駅舎は現代的な駅ビルとなって街に埋もれていた。20年振りの出場という下関商業が甲子園に懐かしさを運んでいる。テレビで見た地元紹介で、下関市民が「下商ガンバレ」と言う姿に目頭が熱くなった夏。あの若者たちが甲子園で勝ち続けて、まだこの街に戻っていないことを願っている。 - [「鉄旅日記」2015年夏 2日目(新南陽-鹿児島中央)その3-宇土、松橋、八代、出水、牛ノ浜、草道、鹿児島中央(鹿児島本線/肥薩おれんじ鉄道) 【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】](https://kazushiaruga.com/4908.html) - 東シナ海との再会はとても素敵だった。穏やかに凪ぐ波の果てに天草諸島が見える。夕日が島々にかかり、沿線ではある家族がこちらに向けて手を振っている。理由もなく切なくなったり、人生を愛おしく感じたりする情緒が南国には残っている。東京にはもはやそんなものはない。あそこに行きさえすれば何度でも立ち上がれる。そんな場所だ。 - [「鉄旅日記」2015年夏 3日目(鹿児島中央-西鉄柳川)その1-指宿、枕崎、入野、開聞、山川、喜入、瀬々串、慈眼寺、南鹿児島、郡元(指宿枕崎線) 【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】](https://kazushiaruga.com/4912.html) - 薩摩藩の貿易港として栄えた過去を持つ山川港に雨が降る。あの尖ったのは竹山というのか。太古から台風や大風に削られてあんな面相になったのだろう。オホーツクにも似たようなのがいて、あっちじゃ神の名がついていた。開聞岳はもう見えなくなってしまった。再会というのは大抵束の間。人生を変えるような大それたものじゃないが、鹿児島の景色 - [「鉄旅日記」2015年夏 最終日(広島-東京)-広島、向洋、東岡山、高島、守山(山陽本線、東海道本線) 【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】](https://kazushiaruga.com/4939.html) - オレはきっとこの同じ関西のどこか別の場所で、今と似たような感慨に耽ったことがある。オレの人生が京都を中心とする地域と馴染みになってから15年になる。友達は作れなかったが、恋はした。愛も交わしたんだ。東京のどこかじゃなくて、こうして近江平野を眺めながら当時からのことを思い返せば、少なくともつまらない人生ではなかった。 - [「鉄旅日記」2016年春 初日(東京-水沢)その1-郡山、杉田、五百川、高城町、矢本、野蒜、陸前赤井、石巻、女川(東北本線/仙石線/石巻線) 【東日本大震災被災地へ】](https://kazushiaruga.com/4942.html) - 冷たい風だけど柔らかさを感じる。「北国の春」という昔の流行歌を思い出し、あの歌が売れていた時代の素晴らしさを想う。視界の果てに疎らになった防風林が見える。流された松の話は奇跡の一本松に限らず沿岸各地に残っているのだろう。あの日、この鉄路も波に飲まれて寸断し、少し内陸へと位置を移して人々を運ぶことを再開している。 - [「鉄旅日記」2016年春 初日(東京-水沢)その2-前谷地、柳津、気仙沼、一ノ関、水沢(石巻線/気仙沼線/大船渡線/東北本線) 【東日本大震災被災地へ】](https://kazushiaruga.com/4945.html) - 何を残せるか。まずはひとつの言葉を。人は逞しい。津波の跡を見てきた感慨だ。もうひとつ。人は老いる。当り前の話だが、人間(じんかん)に紛れて浮かんだのはそんなワードだった。三島由紀夫や尾崎豊が解決を目指さずに死を選んだ動機に踏み込もうとしている。古い旅館でこれを書いている。知らない街への憧れがここ水沢で呼び覚まされている - [「鉄旅日記」2016年春 最終日(水沢-東京)その1-水沢、花巻、遠野、陸中大橋、小佐野、釜石、恋し浜、盛(東北本線、釜石線、三陸鉄道南リアス線) 【東日本大震災被災地へ】](https://kazushiaruga.com/4948.html) - 沿岸に巨大な堤防が築かれつつあり、広大な更地となった街中にシャベルカーが点々としている。大船渡をさらっていく破壊的な津波の映像には言葉を失った。骨組みだけになったカラオケ屋が残されていた。かつて寄ったことのある大船渡駅は、ただのバス停のようになってしまった。あの日、水に沈んだ街をいま走っている。茫々。 - [「鉄旅日記」2016年春 最終日(水沢-東京)その2-気仙沼、一ノ関、小牛田、大河原、福島、安積永盛、久喜(大船渡線、東北本線) 【東日本大震災被災地へ】](https://kazushiaruga.com/4951.html) - 陸前高田の喪失は想像を絶した。かつて坂の上から望んだ美しい街は波に破壊され尽くして、生き残ったのは「奇跡の一本松」のみ。それを目当てに土産物屋ができていだ。背後の黄色い建物と気仙川を挟んで位置する中学校が、当時の被害を伝える役目を負わされ、痛ましい姿を残していた。現状から想像すると、復興には相当な時間を要するだろう。 - [「鉄旅日記」2016年春 初日(東京-下北)その1-郡山、安達、苦竹、東仙台、花泉、石越(東北本線、仙石線) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】](https://kazushiaruga.com/4954.html) - 乾いた風が吹いて町は古びている。映画に出てくるアメリカは、オレにとってこんな場所だ。寂れていて、角には男たちが集う酒場がある。ここには随分と古ぼけて渋いのが居座っていたよ。夜になったら、くたびれた男たちがどこからともなく歩いてやってくる。物悲しくも人間的な風景だ。かつてここから栗原へと向かう田園列車が走っていた。 - [「鉄旅日記」2016年春 初日(東京-下北)その2-村崎野、六原、盛岡、八戸、野辺地、下北(東北本線、IGRいわて銀河鉄道、大湊線) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】](https://kazushiaruga.com/4957.html) - 違和感の正体は想像していた情景との誤差に起因している。ここに特別な風景があるとは思っていなかったが、あってもおかしくない数少ない町だ。150年の昔に精強を誇った会津士族を哭かせ、霊場恐山の麓町として多分に土俗的な僻地だが、コンビニもマクドナルドもあり、はてはヤマダ電機さえ集う町角があることに安心と失望を感じている。 - [「鉄旅日記」2016年春 2日目(下北-石巻)その1-大湊、野辺地、浅虫温泉、小湊、東青森、上北町、小川原湖、下田、八戸(大湊線、青い森鉄道) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】2日目(下北-石巻)](https://kazushiaruga.com/4983.html) - 雪をまぶした釜臥山を見ながら荒涼とした北の街道を歩いた。荒れ果てた番屋のような棟が続いていた。先には常に釜臥山が立ちはだかっている。恐山はあの山の背後に位置している。何もない、まだ途中のような場所にある終着駅だった。でもこの先に集落はないのだろう。会津士族が開いた大湊。強靭な男たちを慟哭へと導いた風に当たりたくて、 - [「鉄旅日記」2016年春 2日目(下北-石巻)その2-金田一温泉、斗米、二戸、好摩、いわて沼宮内、厨川、矢幅、日詰、小牛田、涌谷、石巻(IGRいわて銀河鉄道、東北本線、石巻線) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】](https://kazushiaruga.com/4986.html) - 啄木も岩手だったか。東北出身の文学人には悲劇性が伴っている。花輪線と分岐する駅で、3度目でようやくオレの足跡がついた。姫神山は砂糖粉をまぶしたケーキのように雪をまばらに散らし、岩手山はどっしりとした偉容を曇り空の下に現した。岩手県民にだけ限られた話じゃない。あれは宝の山だ。山頂が雲に隠れている。いいさ。後でもう一度通る - [「鉄旅日記」2016年春 最終日(石巻-東京)その1-石巻、西塩釜、下馬、塩釜、岩切、利府、伊達、郡山、白河(仙石線、東北本線、利府支線) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】](https://kazushiaruga.com/4989.html) - 野蒜に差し掛かる地区が朝日に照らされ崇高な姿を見せた。松島も光に満ちて神々しい。またしばらくのお別れだ。旅行者を除いて石巻から乗り込んだ人々は、5年前にほぼ例外なく親族友人知己または己のために哭き、そして悲しみをこらえた人々だ。眠りこけていたあの女性もそうだ。そう思うと優しい気持ちになる。西塩釜で降りて線路に沿って歩く - [「鉄旅日記」2016年春 最終日(石巻-東京)その2-久田野、新白河、豊原、白坂、黒磯、西那須野、那須塩原、矢板(東北本線) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】](https://kazushiaruga.com/4994.html) - 黒磯とはこんな街だったかと、思いをあらためてもいる。宿場町の風情を残した奥州関門手前の街。白河を境にした戦乱の歴史はあまり伝わっていないが、多くの人々や軍隊の往来があったことを偲ばせる。「駅そば」の記憶はなかったが、去年閉店したという紙が貼られたスペースが店構えもそのままに残り、たくさんの箸が当時の姿のまま置かれていた - [2017・6・27 眠る前に思うこと-佐野元春さん、蝶野正洋さん、AED救急救命啓発活動、小橋建太さん、大谷晋二郎さん、KENSOさん、プロレスリング・ノア、三沢光晴さん、デビッド・フォン・エリックさん-](https://kazushiaruga.com/111.html) - 佐野元春さんが2003年に発表した朗読ライブ「in motion2003-増幅」を聴いている。佐野さんには申し訳ないが、ハッピーな気分でいる時にはあまりその存在を思いつかない。哲学的な気分の時には最高だ。仕事の出来がよくないんだ。頑張るという言葉にすら哲学的になる。病んではいないけど、例えば家族にはこんな話はしたくない - [「鉄旅日記」2016年夏 初日(東京-弘前)-福島、仙台、北山形、新庄、秋田、井川さくら、大館、弘前(東北本線/仙山線/奥羽本線) 【じきに廃線を迎える留萌~増毛に用がありました】](https://kazushiaruga.com/5218.html) - 奥羽本線車中、目の前で隣り合わせに並んだ二人のメガネ美人に目を奪われていた。まるで挑発するかのように惜しげもなくさらした美脚はとてつもなく艶かしく、眩しく、ずっと魅了され続けていた。ひとりは大曲、もうひとりは刈和野で降りていってしまい、残されたオレは彼女たちが去った風景をぼんやりと眺める。そこにあった空は青く美しかった - [「鉄旅日記」2016年夏 2日目(弘前-小樽)その1-弘前、蟹田、津軽二股、奥津軽いまべつ、木古内、札苅、桔梗、新函館北斗、大中山(奥羽本線/津軽線/北海道新幹線/道南いさりび鉄道/函館本線) 【じきに廃線を迎える留萌~増毛に用がありました】](https://kazushiaruga.com/5224.html) - ホームに置かれた太宰治の「風のまち」モニュメントにケータイを向ける。小説「津軽」は読んだ。まだ家の書棚にある筈だ。内容よりも最後の挨拶文が強烈で、太宰とはこんな男だったかと印象を強くした。「さらば読者よ、命あらばまた他日。元気でいこう。絶望するな。では、失敬。」津軽平野を眺めれば、この景色が好きだったことを思い出す。 - [「鉄旅日記」2016年夏 2日目(弘前-小樽)その2-赤井川、姫川、東森、渡島砂原、森、野田生、山越、八雲、長万部、ニセコ、小樽(函館本線/渡島砂原支線) 【じきに廃線を迎える留萌~増毛に用がありました】](https://kazushiaruga.com/5230.html) - 波打ち際に行く道が見つからず、しばらく歩くとお稲荷さんがあった。石段を上がるにつれて駒ケ岳が頭頂部から姿を現してくる。駒ケ岳がより身近に感じられた。石段を下りてビールを買う。商店の奥さんはやけにオレの来訪に驚いていた。他所の人間が降りる駅じゃないのだろう。海の先には大陸が見える。あれはどうやら室蘭で、その先は日高らしい - [「鉄旅日記」2016年夏 3日目(小樽-富良野)その1-小樽、発寒中央、琴似、石狩当別、石狩月形、新十津川、滝川、茶志内、美唄(函館本線/学園都市線) 【じきに廃線を迎える留萌~増毛に用がありました】](https://kazushiaruga.com/5240.html) - さっき駅に着いたら地元のかわいい子どもたちが出迎えてくれた。目の前に座っていた若くて仲のいいカップルはひとつ手前の鄙びた駅で降りていった。駅前に赤い車が止まっていた。たぶん女の子の家に行くのだろう。彼女は飛ぶように駅舎へ向かい、男の子は控えめな笑みを浮かべながら駅舎のドアをそっと閉めた。その姿はオレの顔にも笑顔を残した - [「鉄旅日記」2016年夏 3日目(小樽-富良野)その2-深川、増毛、留萌、北一已、深川、旭川、美瑛、千代ヶ丘、富良野(留萌本線/函館本線/富良野線) 【じきに廃線を迎える留萌~増毛に用がありました】](https://kazushiaruga.com/5245.html) - 駅前通りに暖色の灯が続いている。たいていの店は閉まっていて、歩道でちんまりと花火に興じる若い家族の姿がある。ふらふら歩いて駅に戻る途中、あるお宅から子供の笑い声が響いた。大人はあんなふうに笑えない。だから子供の声が必要なんだ。子供が心底無邪気に笑っているのなら、それを平和と幸福を意味する。美しい土地でそんなことを考えた - [「鉄旅日記」2016年夏 4日目(富良野-大館)その1-富良野、滝川、岩見沢、白石、新札幌、北広島、恵庭、千歳、新千歳空港(根室本線/函館本線/千歳線/石勝線) 【じきに廃線を迎える留萌~増毛に用がありました】](https://kazushiaruga.com/5250.html) - ホノルル、函館、旭川、山口宇部、高知、福岡、佐賀、長崎、熊本、那覇。空港もいろいろ行っているが、空はテリトリーじゃない。さしあたりどこに飛びたいという希望はないけど、それじゃあ羽田へ飛んで家に帰るという人生じゃない。青春18きっぷで北海道に渡って、利用するわけでもないのにわざわざ空港駅に寄ったのは、ここが終着駅だから。 - [「鉄旅日記」2016年夏 4日目(富良野-大館)その2-南千歳、苫小牧、登別、東室蘭、北舟岡、伊達紋別、長万部、森、新函館北斗、大館(千歳線/室蘭本線/函館本線/北海道新幹線/奥羽本線) 【じきに廃線を迎える留萌~増毛に用がありました】](https://kazushiaruga.com/5269.html) - 樽前山の山頂は珍獣の口や尻尾を思わせる。火山活動は活発とは言えないが、うっすらと煙が見える。同乗していた車掌さんに教えてもらった。室蘭本線は、左手に海を見ながらひたすら真っすぐに線路が敷かれている。ここ登別で9分の停車。ここにも中国人の集団がいて、みんな似たような肥満体型をしていて、似たような髪型をしている。 - [「鉄旅日記」2016年夏 最終日(大館-東京)-大館、十和田南、荒屋新町、前沢、一ノ関、愛宕、国府多賀城、陸前山王、北白川、東白石、蒲須坂、片岡(花輪線/東北本線) 【じきに廃線を迎える留萌~増毛に用がありました】](https://kazushiaruga.com/5297.html) - 列車の窓からきれいな田園を見ていた。美しくて見飽きることはない。たまに目を瞑ると心地よい眠りが訪れる。右手には3月には雪をまとっていた奥羽山脈。夏とはこんなにも美しいものか。かつてそう表現した記憶がない。「本家」の木札を掲げた薬屋、明治天皇行在所跡にある旅館、前沢牛を売る店。商店街は古く、夏が似合う。懐かしく感じる。 - [「車旅日記」2004年春 初日(東京-旭川-紋別)走行距離339㎞-深川駅、留萌駅、おひら鰊番屋、士別駅、にしおこっぺ花夢、紋別セントラルホテル 【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】](https://kazushiaruga.com/5304.html) - 小さな濁流が蛇行し、道は果てしない。すれ違う車は稀で、時はただ静かに過ぎて、着実にオホーツクの街に近づいていく。散発的に人の暮らしを見かけるが、絶えることなく雪に覆われていた239号国道。途中雪原が広がっていた。途方もなく広大な大地に放牧地と思われる丘。丘のムコウは空。あの丘に上がれば、地球すら見渡せそうな気になる。 - [「車旅日記」2004年春 2日目(紋別-釧路)走行距離367㎞その1-紋別港、サロマ湖三里浜オートキャンプ場、芭露駅跡、サロマ湖ワッカ原生花園、網走市鉄道記念館、網走監獄、網走駅、北浜駅、浜小清水駅 【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】](https://kazushiaruga.com/5310.html) - 網走を出るとオホーツク国道には鉄道線路が加わり、離れずに海沿いを往く。そして前面に知床の峰々が幻想的に現れる。雪をかぶった頂付近だけが空に浮かんでいるようだ。道路表示じゃ知床峠の通行は15:30以降は許されていない。知床斜里行ワンマンカーが通り過ぎた。番屋のような駅に、駅事務所の代わりに「停車場」という喫茶店が入ってい - [「車旅日記」2004年春 2日目(紋別-釧路)走行距離367㎞その2-止別駅、緑駅、裏摩周、摩周駅、塘路駅、釧路湿原駅、細岡駅、釧路パシフィックホテル 【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】](https://kazushiaruga.com/5316.html) - 3人の男が離れがたそうにしていた。釧路行の最終はここを20時に出る。他の町に比べれば、駅としての一日はとても短く、人間の手のつけられない時間がとてつもなく長い。展望台から釧路湿原を眺め、できれば湿原に下りてみたいと思った。でもすぐに考え直した。函館の夜景や摩周湖に触れたいと言っているようなもんだ。そっとしておくべきだ。 - [「車旅日記」2004年春 3日目(釧路-旭川)走行距離533㎞-釧路パシフィックホテル、阿寒丹頂の里、阿寒湖、足寄駅、池田駅、十勝清水駅、樹海ロード日高、夕張駅、熊追橋付近、藤田観光ワシントンホテル旭川 【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】](https://kazushiaruga.com/5324.html) - 廃墟になった駅の跡、閉鎖されたトンネル、錆びた鉄橋。この道に村はなく、鉱山物資を運ぶために造られた国道だということが分かる。今じゃ通る車もなく、風が様々を強く揺らす音だけが響いている。雲が切れ始めた。他に人の姿の見えない場所でひとり雄大な景観に接している。北海道開拓140年の歴史の中の、おそらく一番古いあたりに今いる。 - [「車旅日記」2004年春 4日目(旭川-稚内)走行距離428㎞その1-藤田観光ワシントンホテル、愛別駅、上川駅、白滝駅、丸瀬布駅、遠軽市太陽の丘公園 瞰望岩、遠軽駅、オホーツク氷紋の駅 【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】](https://kazushiaruga.com/5332.html) - 。「駅そば」でかかっていたラジオじゃ、Uターンラッシュの渋滞情報。オレは逆らうようにさらに北へ行く。自由な男ならそうあるべきだ。ラジオからはもうひとつ。この雨はじきに上がり、明日は晴れるという。石北本線はここから北見へと向かい、オレはかつて湧別方面に延びていた鉄路に沿うようにオホーツク海に出る。あと少しだよ。 - [「車旅日記」2004年春 4日目(旭川-稚内)走行距離428㎞その3-稚内サンホテル 【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】](https://kazushiaruga.com/5341.html) - 札幌行きの特急がホームを離れた。ドアはゆっくり閉まり、僅かな客を乗せて街を出ていく。街が発する音があることに気を止める機会は普段あまりない。でも特急が行っちまったら、何も聞こえなくなって、その存在を知った。この街にやってきた者は必ず帰っていく。自分なりに最果てを感じたら元いた場所に帰っていく。明日のオレも同じだ。 - [「車旅日記」2004年春 4日目(旭川-稚内)走行距離428㎞その2-雄武町日の出岬、マリーンアイランド岡島、千畳岩、神威岬、クッチャロ湖、さるふつ公園、宗谷岬、稚内駅 【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】](https://kazushiaruga.com/5342.html) - 夥しい数の白鳥は群れをなし、訪れてくる人間を無視。オレは風の音を聞いている。神の庭は先の神威岬に留まらず、この原始の湖もそんな場所なのだと強烈に感じる。北へ向かう者はとうとうオレだけになり、たまにすれ違う連中は北からの避難民のようにも思えてくる。「もうこれ以上先へは行かない方がいい」。そう言われているような気がしてくる - [「車旅日記」2004年春 最終日(稚内-旭川空港)走行距離353㎞その1-稚内サンホテル、稚内公園、ノシャップ岬、サロベツ原生花園、サロベツ河畔、パンケ沼、下沼駅、幌延駅、雄信内駅 【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】](https://kazushiaruga.com/5355.html) - サロベツ川は平地から窪んだ場所を流れるわけじゃなく、原野と水平に流れている。あの川の水もまたこの湿地帯に行き渡っている。稚内西海岸は素晴らしかった。サロベツが続き、稚内からは最初の町になる抜海が近づいてくる。小学校が入口にある小さな町だった。日本海とは別れて中央部に車を進めた。そしてここサロベツ原野にたたずんでいる。 - [「車旅日記」2004年春 最終日(稚内-旭川空港)走行距離353㎞その2-天塩中川駅、音威子府駅、美深駅、名寄駅、風連駅、和寒駅、比布駅、神居古潭、旭川空港 【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】](https://kazushiaruga.com/5363.html) - 「心ろこそ、心ろ迷よわす、心ろなれ、心ろに心ろゆるすな」ピンクに塗られた古い駅舎内に大きく墨書されている。旭川まであと6駅。オレの宗谷本線の旅はここが終着点になる。途中過ぎてきた塩狩峠は三浦綾子さんの小説でも描かれ、桜の名所でもあるようで、「夢ロード桜40号」との文字を街道上で見かけた。もうじき桜か。そう思った途端、 - [「鉄旅日記」2017年夏 初日(東京-大垣)その1-保谷、品川、三島、静岡、浜松、鷲津、豊橋、岐阜、蘇原、美濃太田(東海道本線/高山本線)【私鉄王国で過ごす夏】](https://kazushiaruga.com/5583.html) - ホント、さんざんだったよ。迫力に欠けた入道雲が浮かび出した。夏気分が目覚めだしている。鵜沼を過ぎると木曽川の景勝日本ラインを通る。車旅の頃に2、3度通り、舟下りの光景も見たし、変わらぬ感動を得てきた。食事をしたドライブインがどれだか忘れたが、ことごとくが廃墟になっていた。街に降りる時間はなく、長良川鉄道に乗り換える。 - [「鉄旅日記」2017年夏 初日(東京-大垣)その2-郡上八幡、北濃、美濃白鳥、郡上八幡、関、美濃太田、岐阜(長良川鉄道/高山本線)【私鉄王国で過ごす夏】](https://kazushiaruga.com/5587.html) - 中国人女性にシャッターを押してくれるよう頼まれた。彼女は写真に満足して謝謝。駅に戻ると人声は疎らになる。駅前でビールを買って、気持ちも穏やか。こんな風景の中で暮らしたことはないが、オレの頭の中にはいつもこんな風景があって、思い出す度に懐かしい気持ちになる。夕暮れ前に雲間から陽射しが。空にも青が戻って、いつしか心も上天気 - [「鉄旅日記」2017年夏 2日目(大垣-姫路)その1-大垣、能登川、栗東、草津、石部、三雲、甲南、油日、甲賀、柘植(東海道本線/草津線)【私鉄王国で過ごす夏】](https://kazushiaruga.com/5634.html) - FMラジオが大音量で流れ、若者達が騒いでいる。若いっていうのは、うるさいってことなんだな。電車好きの男の子を連れたじい様がやってきた。何でも、お孫さんが駅が好きで、近くの駅を巡っているとのこと。オレと同じじゃないか。もっともオレはあの時分にはたいして鉄道は好きじゃなかった。発着のメロディーが「春がきた」で、思わず口ずさ - [「鉄旅日記」2017年夏 2日目(大垣-姫路)その2-新今宮、天下茶屋、堺東、三国ヶ丘、上野芝、百舌鳥、百舌鳥八幡、金剛、千早口、高野山、極楽橋、新今宮、大阪、姫路(南海本線/南海高野線/阪和線/高野山ケーブル/大阪環状線/山陽本線)【私鉄王国で過ごす夏】](https://kazushiaruga.com/5666.html) - ケーブルカーで下りてきて、駅が近づくと蜩の声に包まれる。これが夏。ここは人が暮らす里では最早ない。集落は遥か下で、関ヶ原合戦の後に真田昌幸、幸村親子が流されたのが九度山なのが頷ける。つまりそこが集落の最高所で、監視制度が敷ける限界地点だったわけだ。高野山に上がればそこは聖地。俗界の掟は及ばない。 - [「鉄旅日記」2017年夏 (姫路-十三)その1-山陽姫路、山陽網干、飾磨、大塩、高砂、山陽垂水、垂水、滝の茶屋、山陽塩屋、塩屋、山陽須磨(山陽電車本線/山陽電車網干線) 【私鉄王国で過ごす夏】](https://kazushiaruga.com/5698.html) - 暮らすのに理想的な町だと思い、あれから生きてきた。海辺から住宅地へと上がる涼しげな道。蝉が鳴いてる。蜩が鳴いてる。2号国道を全国からの車が走ってる。JR駅は浜辺にある。この駅から見えるいくつかの坂道に、生きてきた48年を想った。ホントにいろんな場所にオレはいた。隣のオバチャンが大きな声で立て続けにくしゃみをする。 - [「鉄旅日記」2017年夏 3日目(姫路-十三)その2-新開地、湊川、鈴蘭台、三木上の丸、三木城址、三木、粟生、神鉄三田、ウッディタウン中央、横山、有馬口、有馬温泉、鵯越(神戸電鉄有馬線/粟生線/三田線/公園都市線) 【私鉄王国で過ごす夏】](https://kazushiaruga.com/5723.html) - 義経が降ってきた神戸。神戸の海岸線に沿って横長に陣取っていた平家軍は、崖から忽然と現れた騎兵部隊に仰天して、多くの命や悲話を残して海上に去った。その急坂がトンネルの先に見える。鵯越の険を進んだという義経。その鵯越が駅名として残っているとは思っていなかった。やってきた列車に乗って、義経の道を往く。見下ろす神戸の街が美しい - [「鉄旅日記」2017年夏 3日目(姫路-十三)その3-高速神戸、湊川神社、神戸三宮、甲陽園、夙川、西宮北口、宝塚、箕面、石橋、北千里、十三(阪急電鉄神戸高速線/神戸本線/甲陽線/今津線/宝塚本線/箕面線/千里線) 【私鉄王国で過ごす夏】](https://kazushiaruga.com/5760.html) - 阪急電車に乗って、高所から神戸を見下ろす。晴れ渡った空の下、港都神戸は白く美しい。夙川での乗り換えはすぐで、さらに六甲に分けいった先、坂の町に終着駅があった。奥行きはなく、左右へと家路をとる人々。品がよく、女性はお洒落で、大阪の喧しさはなく、みんなどことなく幸せに見える。どこも坂の町。六甲山が見える町は品を纏う。 - [「鉄旅日記」2017年夏 最終日(十三-東京)その1-十三、大阪梅田、大阪、東淀川、茨木、島本、桜井の繹跡、桂川、京都(阪急電鉄宝塚本線/東海道本線) 【私鉄王国で過ごす夏】](https://kazushiaruga.com/5787.html) - きざみうどん350円。関西ではこれに限る。天かすは盛り放題。素晴らしい。京都タワーホテル、当時から古かったが、随分古ぼけたものだ。ただ一度、二人で幸せな朝を迎え、ひとりの時は地下の銭湯にいった。あの中央改札を挟んで、軽く口づけを交わしたのは祇園祭の宵山。それらの記憶も手元に置いていたつもりが、いつの間にか奥にいっていた - [「鉄旅日記」2017年夏 最終日(十三-東京)その2-野洲、米原、神領、定光寺、中津川、塩尻、岡谷、日野(東海道本線/中央本線)【私鉄王国で過ごす夏】](https://kazushiaruga.com/5824.html) - ここで降りたのはオレを含め4人の男たち。ホームから長く湿った階段を下りていく。ひとりはオレと同じようにリュックを背負った初老の紳士。道端の草花に触れて歩いている。残り2名は知らずのうちに姿を消している。名古屋方面のホームに別の男が二人。こんな駅で見掛けるのは、たいていひとりで行動する男。男とは、そういう生き物か。 - [「車旅日記」2004年夏 初日(佐賀空港-別府)走行距離254㎞その1-葛飾金町、羽田空港、佐賀空港、佐賀駅、神埼駅、鳥栖駅、筑前内野駅【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】](https://kazushiaruga.com/5850.html) - 無限のように滑走路は広がり、地平線の先に、ぼんやりと大都会が見えた。薄曇りの東京上空を抜けると青空の中に浮かび、下界に目を向けると、国土の8割以上が山だという国が見えた。やがて機長のアナウンスで、九州上空にさしかかったことを知る。ANA機は高度を落とし、水田地帯や大河が見えて、そこにまるで根拠のない九州を感じていた。 - [「車旅日記」2004年夏 初日(佐賀空港-別府)走行距離254㎞その2-田川後藤寺駅、豊前川崎駅、宝珠山駅、日田駅、豊前中村駅、鳥栖駅、別府・ホテル清風屋上ビヤガーデン【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】](https://kazushiaruga.com/5864.html) - 象徴的な川が流れているはずだ。そこには、昔ながらの石造りの橋でも架かっていそうだ。東京の暮らしに疲れた男が、この街を故郷に持つ女性に魅かれて、新しい生活を始めた。そんな話が映画「男はつらいよ」に登場する。街に17時を告げるメロディが鳴り響いた。「カラスの子供」だっけな。夕暮れを迎えた夏の甲子園みたいに、どこか物悲しい。 - [「車旅日記」2004年夏 2日目(別府-宮崎)走行距離337㎞その1-別府日名子、大分駅、菅尾駅、三重町駅、豊後竹田駅、阿蘇駅 【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】](https://kazushiaruga.com/5873.html) - 岩窟に大穴を開けたトンネルを抜けると、時代を超えた鉄橋が架かる。豊肥本線の車窓からは見ることのできない、線路のある風景を眺めていた。原尻の滝に寄る。水量は多くなく、規模も壮大なものではないが、涼しげな場所だった。そして子守唄の町、竹田へ。近くの岡城址が「荒城の月」に詠われた場所だという。険しく狭い道が城跡に通じていて - [「車旅日記」2004年夏 2日目(別府-宮崎)走行距離337㎞その2-高森駅、高千穂駅、延岡駅、日向市駅、佐土原駅、アーバンキット宮崎 【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】](https://kazushiaruga.com/5880.html) - 日に向かう町。南国の待合室は開放的で、駅員も見送り客も乗客も、すべからく日差しを浴びている。沿道の椰子の木。真っ黒に日焼けした男たち。二枚目の野球部員が生真面目な表情で自転車を漕いでいる。彼が見ていたのは目の前の風景ではなく、来年の夏だったのかもしれない。また一日が終わる。その繰り返しを穏やかな気持ちで肯定している。 - [「車旅日記」2004年夏 3日目(宮崎-鹿児島)走行距離382㎞その1-アーバンキット宮崎、青島駅、油津駅、串間駅、志布志駅 【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】](https://kazushiaruga.com/5888.html) - サーフボードを抱えた男たちが海に向かって歩いていく。駅の反対側にはシャベルカーが2台。夏休みが終わったら本格的に掘ってやる。そんな気配を漂わせながら寝ている。宮崎との別れはちょっぴりツラかった。懐かしい音楽をかけたらどうもそうなった。国道沿いの街並。椰子の木が中央分離帯に続いていく県庁通り。オレは忘れないよ。 - [「車旅日記」2004年夏 3日目(宮崎-鹿児島)走行距離382㎞その2-隼人駅、枕崎駅、開聞駅、指宿駅、鹿児島東急イン 【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】](https://kazushiaruga.com/5895.html) - 南へ向かっていることを忘れていた。そう、この駅に着くまでは。無造作に丸太などが放置された寂しげな空地に、南の終着駅があった。駅舎はもう何10年も使用されているような年代物で、白壁に瓦屋根という懐かい造りで、潮に錆びている。列車はもうここにはやってこないのではないか。訝しそうな風情で、鈍い空の下、枕崎駅は南国の風に吹かれ - [「車旅日記」2004年夏 4日目(鹿児島-田原坂-長崎)走行距離384㎞その1-鹿児島東急イン、城山公園、鹿児島中央駅、出水駅、八代駅、熊本駅 【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】](https://kazushiaruga.com/5904.html) - 最後の鹿児島の記憶を求めて市内を走る。桜島ももう一度見たかった。今朝の桜島には雲がかかっている。昨夜友が言っていた。桜島に雲がかかると雨が降ると。降ってくるような蝉の声の下、人々がここに集まってきている。西郷さん最期の地、城山。最期の場所までは辿り着けなかった。城山から下りてきて鶴丸城址。有名な西郷さんの銅像を発見した - [「車旅日記」2004年夏 4日目(鹿児島-田原坂-長崎)走行距離384㎞その2-田原坂古戦場跡、大牟田駅、肥前山口駅、長崎ニューポート 【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】](https://kazushiaruga.com/5909.html) - 三の坂、二の坂、一の坂と史跡を辿りながら坂を下りていく。当時とたいして変わっていないと思わせる。やがて筑後、大牟田へ。この町を縦貫する道には三池道路の名がついている。大牟田に炭鉱町の風情はすでになく、煙った空に目を向けても男たちの山は見当たらず、南国の雨が落ちてきた。駅では多くの人々が雨を降らした空を見上げている。 - [「車旅日記」2004年夏 最終日(長崎-福岡空港)走行距離291㎞その1-長崎ニューポート、島原駅、沖田畷古戦場(龍造寺隆信戦死の地)、大村駅、千綿駅、高橋駅 【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】](https://kazushiaruga.com/5922.html) - 九州で覇を競った龍造寺隆信は大軍を擁して島原の有馬氏を攻め、援軍に駆け付けた薩摩島津軍との間で激戦となった。当時は胸まで浸かるほどので泥炭地だった古戦場を、今島原鉄道が走る。草をかき分け、石碑の前に立つ。佐賀の軍隊は散々な敗戦の憂き目を見て、佐賀の太守もまた島原で死した。哀悼の気持ちを込めて帽子を胸にあて、海を見ている - [「車旅日記」2004年夏 最終日(長崎-福岡空港)走行距離291㎞その2-厳木駅、西唐津駅、唐津駅、筑前前原駅、葛飾金町【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】](https://kazushiaruga.com/5931.html) - 聞こえているのは秋の虫の声。草蒸した線路を唐津線が走る。無人の鄙びた駅。瓦屋根の平屋造り。このあたりじゃ、駅を改築する予算もなかなか回してもらえないのだろう。歴史的な小さな建造物が、駅として多く残されている。ホームからはありふれた日本の古里の風景が見渡せる。たいして標高の高くない山が壁となり、集落の姿を隠している。 - [「鉄旅日記」2009年秋 初日(東京-新山口)その1-金町、北千住、東京、岡山、笠岡、尾道、糸崎、入野(常磐線/山手線/東海道・山陽新幹線/山陽本線) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】](https://kazushiaruga.com/5958.html) - 昨日の帰り際、愛していると言えなかったけど、心に曇りはない…早くも計画に齟齬が生じた。乗換時間が2分しかないことを忘れていた。でもまだ東海道新幹線の始発には間に合う。落ち着きを失うことはないじゃないか。彼女が暮らす街、北千住。今朝早く、花束を抱えた美しい女性がこの街に帰ってきたはずだ。そう、昨日は彼女の誕生日だったんだ - [「鉄旅日記」2009年秋 初日(東京-新山口)その2-廿日市、広電廿日市、宮島口、広電宮島口、大竹、岩国、徳山、新山口(山陽本線/岩徳線) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】](https://kazushiaruga.com/5962.html) - 宮島には渡らないし、もちろん厳島神社にお詣りすることもないが、この場にいることを「ハレ」と思う。仕事の電話をかけるのはもうよそう。宮島競艇に用がありそうなオッサンに、広島弁の若者。強烈な西日を受けている。彼女は、尾道に降りたのと同じ旅行で宮島にも渡っている。貨物列車が少女の会話を遮る。こんな旅先の一風景を眺めるために、 - [「鉄旅日記」2009年秋 2日目(新山口-大分)その1-新山口、宇部、居能、雀田、長門本山、小野田、厚狭、新下関、下関、門司、小倉(山陽本線/宇部線/小野田線/長門本山支線/山陽本線/鹿児島本線) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】](https://kazushiaruga.com/5966.html) - この駅に新幹線が止まり、日本海に向けて美祢線が分かれる。厚狭は鉄道の町なのだろう。さらに次の下関行に乗る。途中に湖を見た。平凡な風景の中にも見どころはあるものだ。埴生に着いて、新聞紙を握りしめた男が降りていく。駅前には山陽オートレース場がある。海が見えた。風が強いのは台風の影響か。小月着。広大な原っぱが風に揺れている。 - [「鉄旅日記」2009年秋 2日目(新山口-大分)その2-香春、田川伊田、田川後藤寺、日田、豊後森、豊後中村、野矢、由布院、大分(日田彦山線/久大本線) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】](https://kazushiaruga.com/5970.html) - 地肌を剥き出しにした香春岳一の岳。二の岳、三の岳はこんもりとした姿をそのまま残している。炭坑節に歌われ、万葉集にも詠われ、神がいる山としておとぎ話にも登場する香春岳。古の人々が信仰した聖なる山は、近代文明の発展に身を削って貢献し、そして時代は過ぎた。もう元には戻れない。神もそして人も。哲学するにはいい場所だ。 - [「鉄旅日記」2009年秋 3日目(大分-佐賀)その1-大分、中判田、豊後竹田、宮地、肥後大津、水前寺、辛島町、熊電上熊本、上熊本(豊肥本線/熊本市電) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】](https://kazushiaruga.com/6052.html) - 赤とんぼが迷い込んだ。願成就トンネルを抜けると阿蘇火山帯に入り、北外輪山が右手に見える。車内にため息のようなものが漏れる。阿蘇とは、そして日本とはかくも美しい。どこか女性的な竹田から男っぽい阿蘇へ。豊肥本線の旅は素晴らしい。人懐こい猫が人々を驚かせ、北外輪山がよく見える場所を探して歩いたけど、うまく探せそうにない。 - [「鉄旅日記」2009年秋 3日目(大分-佐賀)その2-大牟田、銀水、西鉄銀水、瀬高、荒木、久留米、鳥栖、佐賀(鹿児島本線/長崎本線) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】](https://kazushiaruga.com/6031.html) - おでんにサバのごま和え。酒が進む。佐賀弁と標準語を織り交ぜて話すおかみさんはいろいろな話を聞かせてくれた。ここに店を出して32年になるという。「いい加減きつかー」と笑いながら話す。「よか?空いとう?」。常連客が入ってくる。思えば、これまで方言丸出しで喋ってくれる街にいたことはなかったと、しばし思いにふけり店を出た。 - [「鉄旅日記」2009年秋 4日目(佐賀-松浦)その1-佐賀、肥前竜王、里信号場、喜々津、浦上、浦上駅前、長崎駅前、長崎、長与、諫早(長崎本線/長崎電気軌道/長崎本線長与支線) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】](https://kazushiaruga.com/6027.html) - 路面電車も街も、人でいっぱい。来年の大河ドラマは坂本龍馬だから、海援隊の根拠地長崎はその舞台になる。稲佐山を見上げる。3か月前も、おそらく23年前の修学旅行の際もあの山の中腹にあるホテルに泊まった。日本三大夜景のひとつ長崎の夜景を見渡せるホテル。その夜景も徐々に質を変えていると聞いた。オレはそれを比較できる要素を持たな - [「鉄旅日記」2009年秋 4日目(佐賀-松浦)その2-大村、竹松、早岐、佐世保、佐世保中央、中佐世保、左石、佐々、たびら平戸口、松浦(大村線/佐世保線/松浦鉄道) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】](https://kazushiaruga.com/6127.html) - 古くから海賊の根拠地として恐れられ、遠く中国沿岸にまで略奪の矛先を向けた海洋民族の末裔は、雨に降りこめられたのか、通りを行く者はなく、車で走る者もない。おかみさんの言葉がいい。「久し振りでいい雨でしたね」。人に会うと教えられることがある。海賊松浦党の末裔は、まるで神のように憂鬱を恵に変えた。雨の神もきっといるのだろう。 - [「鉄旅日記」2009年秋 5日目(松浦-若松)その1-松浦、有田、伊万里、唐津、筑前前原、姪浜、天神、西鉄福岡、博多(松浦鉄道/筑肥線/福岡市地下鉄空港線) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】](https://kazushiaruga.com/6155.html) - 昨日の雨は上がらない。迷いこんだ犬がうろうろしていて、オレの姿を確認すると道を譲った。たった一人の同乗者、関西弁のオバチャンが松浦駅での10分近くの停車を呪い、オレに声を掛けてきた。沖合には元寇の際に、元軍によって島民ことごとくの命が絶たれた鷹島が浮かび、梶谷城址はそんな海洋民族が暴れた海域に睨みを利かせている。 - [「鉄旅日記」2009年秋 5日目(松浦-若松)その2-宇美、西戸崎、香椎、福間、赤間、折尾、若松(鹿児島本線/香椎線/筑豊本線) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】](https://kazushiaruga.com/6174.html) - そんな若松で入った店で流れていた演歌は、「きっとくるくる、男の夜明け・・・」。店の脇に、猫の名がつけられたスナックがあった。行きに通り過ぎる際に美しいママと目が合った。気にはなった。そして帰る際、EGO-WRAPPIN’の「満ち汐のロマンス」の美しく透き通ったメロディがその店から聞こえてきて、思わず立ち止まった。 - [「鉄旅日記」2009年秋 最終日(若松-東京)若松、折尾、黒崎、黒崎駅前、戸畑、小串、長門市、益田、津和野、山口、新山口(筑豊本線/鹿児島本線/山陰本線/山口線) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】](https://kazushiaruga.com/6189.html) - 長州藩が山口政事堂を置いた当時の藩庁門が残されている。この町に連れてきてくれたあの女性の顔を思い出せない。彼女もとうに忘れているだろう。門司、小野田、萩、そして山口。3日を共に過ごして山口宇部空港で別れてそれきり。不思議な出会いだった。それから年賀状の往復がいくつかあり、最後の返事には「変わっていません」と書かれていた - [「鉄旅日記」2009年秋 初日(東京-新庄)松戸、取手、友部、上菅谷、常陸太田、高萩、いわき、郡山、福島、米沢、山形、新庄(常磐線/水郡線/水郡線常陸太田支線/磐越東線/東北本線/奥羽本線) 【女川を目指した旅。ここには震災前の女川の姿が残されております。】](https://kazushiaruga.com/6213.html) - 街中の様子をたいして覚えていないことを知った。歓楽街に、もはや懐メロになった森高千里さんの「雨」が流れている。歩道橋から見下ろした街を歩く者はまばらで、うら寂しい。でも違うな。大都会が煩わしすぎる。夕暮れを過ごして心地いいのは、きっとこの規模の街だろう。通りの灯だけは見渡す限り続いていた。彼女への土産はこの街で選んだよ - [「鉄旅日記」2009年秋 最終日(新庄-東京)その1-新庄、最上、鳴子温泉、岩出山、北浦、小牛田、鹿又、石巻(陸羽東線/石巻線) 【女川を目指した旅。ここには震災前の女川の姿が残されております。】](https://kazushiaruga.com/6228.html) - あの旅を終えてから何の気なしに彼女の店に行ったことから、現在のオレの事情がある。そんなことを思いながら駅のカフェにいて、何の催しで流れているのか知らないが、映画「インディージョーンズ」のテーマ曲を聴いている。女川行にはそこそこの人数が乗った。朝からカメラをぶら下げた男たちをよく見てきたが、彼等は石巻を出て次の陸前稲井駅 - [「鉄旅日記」2009年秋 最終日(新庄-東京)その2-女川、渡波、松島海岸、本塩釜、仙台、駒ヶ嶺、原ノ町、桃内、いわき、石岡(石巻線/仙石線/常磐線) 【女川を目指した旅。ここには震災前の女川の姿が残されております。】](https://kazushiaruga.com/6248.html) - 女川港でしばしたたずむ。海辺の町では、これがしたいのだといつも思う。愛する人でもいれば、そこでその女性を想いたいと思う。女川はそんな町だった。家の前に出ていた毬栗頭の小さな男の子が、とびっきりの笑顔で挨拶してくれた。3年前に女川駅に寄った時には理由もなくうれしくて、ホームへと上がるあの階段を何度も上り下りしたものだ。 - [「車旅日記」2004年秋 初日(東京-宇野)走行距離275㎞-金町駅、東京駅、京都駅、二条駅、馬堀駅、古市駅、竜野駅、播州赤穂駅、宇野港 【瀬戸内から山陰へ。そんな旅がしたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/6553.html) - 播磨の海岸線は険しい。上下に蛇行する道を往くと御津、相生。海に通じる道にはきれいな灯が点き、恋人たちにはいい空間だった。坂の上から赤穂の町が見る。千種川沿いに連なる車列の光もまた美しい。京都、大阪、神戸を走る列車の終着駅としてたびたび見かけた播州赤穂駅。この名の響きにたまらない旅情を感じて、重厚な町の姿を想像した。 - [「車旅日記」2004年秋 2日目(宇野-城崎)走行距離377㎞ その1-宇野駅、児島駅、下津井港、倉敷駅、総社駅、備中高梁駅、新見駅 【瀬戸内から山陰へ。そんな旅がしたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/6561.html) - 峡谷道をさらに北へ。高梁川と伯備線と180号国道は戯れあうように日本海へと向かう。落葉の舞いに晩秋を想い、山水画のような峡谷美に見惚れ、一本の絹のような滝の横を掠め、北へ北へ。山々は色づく気配を見せ始め、少し寒くなった。駅前のパン屋で購入した品はどれも安くて美味かった。優しい女性がそのパンを包んでくれた。そして見上げれ - [「車旅日記」2004年秋 2日目(宇野-城崎)走行距離377㎞ その2-月田駅、津山駅、智頭駅、餘部駅、鎧駅、レイセニット城崎 【瀬戸内から山陰へ。そんな旅がしたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/6570.html) - そっちに行っても何もないよ。駅への表示はそんなことを教えてくれた。闇に包まれた心許ない道を、波の音だけを頼りに進んでいく。駅前には僅かながら民家が見られる。その民家の生活光に安堵し、このあたりじゃとても支配的な波音を相変わらず聞いている。風が、ここが凄絶な場所であることを暗示しているが、闇からの教えはない。駅頭は明るい - [「車旅日記」2004年秋 最終日(城崎-京都)走行距離256㎞-レイセニット城崎、城崎駅、豊岡駅、久美浜駅、宮津駅、西舞鶴駅、東舞鶴駅、福知山駅、京都駅 【瀬戸内から山陰へ。そんな旅がしたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/6580.html) - 灰色の厳めしい軍艦が停泊する舞鶴を離れ、西日差す道を京へと向かう。由良川に沿った田舎国道。あの時の気分は旅人として忘れたくない。そんな瞬間のためにオレは生きている。途中、鬼の故郷、大江へ。KTRの高架線がなぜか古びて見えて、今も鬼が住んでいそうな姿のいい山が並んでいる。福知山は遠かった。かつて一度9号国道から町を眺めた - [「車旅日記」2004年秋 番外編(京都で過ごす日)-四条大宮駅、嵯峨駅前駅、嵯峨嵐山駅、京福嵐山駅、阪急嵐山駅、京都駅 【瀬戸内から山陰へ。そんな旅がしたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/6591.html) - 駅では「いい日旅立ち」を流している。好きな女性に会いに、京都にはもう何度も来ているが、嵐山は初めてになる。恋から解き放たれて、これからオレと京都の新たな関係が始まる。この駅は少しばかり雑踏を離れた民家の中にある。人声が絶えた。嵐山は、オレみたいな男にも優しい場所で、紅葉はことのほか美しい。ひとまず桂へ。そして河原町へ。 - [「車旅日記」2005年冬 初日(熊本空港-都城)走行距離270㎞-羽田空港、熊本空港、立野駅、高森駅、湯前駅、小林駅、都城グリーンホテル 【どこへ行こうか。まっさきに浮かんだのが、昨夏に旅した南九州でございました。】](https://kazushiaruga.com/6608.html) - 高森峠で最後の阿蘇の雄姿を見て南へ。そよ風の町、蘇陽。九州のへそ馬見原。そして日向の国へ。「ひむか神話街道」で五ケ瀬を過ぎる。残雪の残る飯干峠、湯山峠。難儀を極め、市房ダムを掠め、ようやく湯前へ。どこかで古戦場を見かけたけど、軍隊同士が出会う必然性のあるような地形じゃなかった。一方は逃げる途中だったのだろう。おそらく、 - [「車旅日記」2005年冬 2日目(都城-人吉)走行距離284㎞ その1-都城駅、西都城駅、財部駅、霧島神宮駅、国分駅、錦江駅、鹿児島駅 【どこへ行こうか。まっさきに浮かんだのが、昨夏に旅した南九州でございました。】](https://kazushiaruga.com/6617.html) - 霧島峠で山頂を雲に覆われた桜島と再会。そして国分の町を見下ろす。錦江湾に面して整った町が見えた。峠を下りて町の一部になると、ごく一般的な地方都市にいることが分かった。坂の上から見たら、夢の国もきっと同じように見えるのだろう。そして夢の国に下りたら、やっぱり国分の町と同じような印象を持つのだろう。駅前通りは60号県道を過 - [「車旅日記」2005年冬 2日目(都城-人吉)走行距離284㎞ その2-伊集院駅、串木野駅、川内駅、薩摩高城駅、大隅横川駅、吉松駅、人吉駅前ホテル 【どこへ行こうか。まっさきに浮かんだのが、昨夏に旅した南九州でございました。】](https://kazushiaruga.com/6631.html) - 駅舎もなく駅員もいないこの駅の跨線橋から東シナ海を眺めた。これ以上は近寄れないが、こうするためだけにここまで足を延ばしたんだ。3号国道を外れたこの人気のない場所で。オレより高い位置から共同墓地が東シナ海を見下ろし、視界を遮っている岩場にはカラスが群がり盛んに鳴いている。しばらく海に体を向けていた。潮の香りが身に染みつい - [「車旅日記」2005年冬 最終日(人吉-熊本空港)走行距離240㎞ その1-人吉駅、一勝地駅、球泉洞駅、佐敷駅、上田浦駅、千丁駅、有佐駅、道の駅不知火 【どこへ行こうか。まっさきに浮かんだのが、昨夏に旅した南九州でございました。】](https://kazushiaruga.com/6636.html) - 激流の球磨川は緑に澱んでいる。川べりには集落があり、激しい気象条件に耐えながら暮らしを守り続けている。レンガ造りのトンネルは現在も使用に耐えている。幾度の強烈な台風に見舞われた鉄橋にも同じことが言える。大正時代の日本人は、未来を鑑みた栄光の仕事をしたのだろう。崖にへばりつくように駅がある。見上げると険しい断崖が聳えてい - [「車旅日記」2005年冬 最終日(人吉-熊本空港)走行距離240㎞ その2-上天草、三角駅、肥後長浜駅、宇土駅、上熊本駅、肥後大津駅、熊本空港駅、東京葛飾金町 【どこへ行こうか。まっさきに浮かんだのが、昨夏に旅した南九州でございました。】](https://kazushiaruga.com/6640.html) - 小さな湾に小島が浮かんでいる。八代海は上島に視界を遮られ十分には見えないが、海は穏やかに凪ぎ、輝いている。天草は次の前島橋を渡ると上島、下島、長島と続く。下島、長島間に橋は架かっていない。天草四郎はどこの港から島原へと渡ったのだろうか。400年前を生きて、少年のまま人生を終えた彼は、島原湾を歩いて渡ったという伝説を持つ - [「車旅日記」2005年春 初日(松本-富山)走行距離317㎞ その1-新宿駅、松本駅、明科駅、聖高原駅、冠着駅、姨捨駅、篠ノ井駅、川中島駅、飯山駅 【松本から富山へ。今にして思えば、なぜこの旅を思い立ったのか思い出せないのでございます。】](https://kazushiaruga.com/6656.html) - 国道を離れると、右手に日赤病院。もう14年前になるが、オレは10日ばかりをこの町で暮らしたことがある。あの病院の大部屋でだ。かつての恋人は、新幹線開通前で交通事情のよくない鉄道を乗り継いで、ひとりでこの町にやってきて、この駅で降りた。思えば彼女は北国からやってきたのに、寒い場所にしか連れていってあげられなかった。 - [「車旅日記」2005年春 初日(松本-富山)走行距離317㎞ その2-妙高高原駅、親不知駅、アパホテル富山駅前 【松本から富山へ。今にして思えば、なぜこの旅を思い立ったのか思い出せないのでございます。】](https://kazushiaruga.com/6660.html) - 斑尾高原は深い霧の中だった。去年の日勝峠ほどじゃないにしても、視界は完全に閉ざされ、かつて3日間滞在した場所は現世から消えていた。霧の中の走行は続き、国道を無視した走行も続く。突き当りは野尻湖。湖畔に辿り着いたのは初めてだ。気温7度の世界は山の上から始まっていた。久々に感じる寒さ。日本海へはもう30数キロの距離。 - [「車旅日記」2005年春 最終日(富山-松本)走行距離218㎞ その1-アパホテル富山駅前、城川原駅、岩瀬浜駅、東富山駅、中滑川駅、滑川駅、魚津駅、石田駅、電鉄黒部駅、入善駅【松本から富山へ。今にして思えば、なぜこの旅を思い立ったのか思い出せないのでございます。】](https://kazushiaruga.com/6668.html) - 神が降りてきて、町を造ったあたり。黒部のあたりはそんな気がしたよ。立山連山が8号国道からぼんやりと霞みかかったように浮かんでいる。かろうじて輪郭が判別できて、そこには雪がある。今日はたまたま見えるんだよ。滅多に見られるものじゃないんだ。しかもある条件を満たした者にしか見えない。そんな伝説的な存在を思わせる神々しさだ。 - [「車旅日記」2005年春 最終日(富山-松本)走行距離218㎞ その2-泊駅、越中宮崎駅、市振駅、糸魚川駅、頸城大野駅、小滝駅、平岩駅、白馬大池駅、安曇追分駅 【松本から富山へ。今にして思えば、なぜこの旅を思い立ったのか思い出せないのでございます。】](https://kazushiaruga.com/6672.html) - 長い洞門をくぐり、次の村へ。この駅は白馬岳の登山口にあたるらしい。線路は一度トンネルをくぐり、いくつかの錆びついた鉄橋を渡ってこの駅に到着する。川の姿は見えないが、流れの音は凄まじい。ホームからは観音様が見える。親不知じゃ見えなかったけど、神はどこにでもいる。峡谷の村に懐かしい日本の香りがする。この旅情はどこらあたり - [「車旅日記」2005年初夏 初日(長岡-山形)走行距離388㎞ その1-長岡駅、小出駅、田子倉駅、只見駅、会津水沼駅、会津坂下駅、猪苗代駅 【長岡、会津、庄内。戊辰戦争ゆかりの地を巡りたかったのだと記憶しております。】](https://kazushiaruga.com/6695.html) - 蜩はささやかに奏で、油蝉はどこでも元気だ。草が香る。只見線は会津に入ってもなお好みの風景を保ち、名所になりそうな鉄橋や石橋を架けて線路を渡している。蝶が舞い、気づくと日が差している。太陽が気にかけてくれているみたいで、気分がいい。あたりに集落はなく、会津の中心若松は遠いけど、古くから敷かれている線路にオレは未来を感じて - [「車旅日記」2005年初夏 初日(長岡-山形)走行距離388㎞ その2-福島駅、峠駅、今泉駅、荒砥駅、アパホテル山形駅前大通 【長岡、会津、庄内。戊辰戦争ゆかりの地を巡りたかったのだと記憶しております。】](https://kazushiaruga.com/6697.html) - 峠で赤い真ん円の夕日を見た。今泉駅はJR米坂線と山形鉄道が乗り入れる風情のある駅だった。駅前で迎えの車を待つオッサンと少女。空はまだ明るさを残している。東北の空がこんなにも暮れないことを知らずにいた。今はもう夏か。蝉の声が小さくなり、蛙をはじめとした地下や地上の虫たちがさわさわと動き出す音が聞こえる。田舎の夏の音だ。 - [「車旅日記」2005年初夏 2日目(山形-新潟)走行距離313㎞ その1-アパホテル山形駅前大通、羽前山辺駅、寒河江駅、左沢駅、柴橋駅、天童駅、村山駅、新庄駅、羽前前波駅 【長岡、会津、庄内。戊辰戦争ゆかりの地を巡りたかったのだと記憶しております。】](https://kazushiaruga.com/6703.html) - ホームからは日本の田舎風景が見渡せる。旧家に田んぼ。美しい緑色だ。線路の先に目をやると駅を挟んで両側にトンネルがある。そのトンネルの先が見える。その先が明るくてね。トンネルに入ったら入りっぱなしなんてことはないんだよ。短い風景が人生を語るように教えてくれる。風が葉を揺らしている。鳥が囀り、蜩が鳴きだした。ビールでもあれ - [「車旅日記」2005年初夏 2日目(山形-新潟)走行距離313㎞ その2-高屋駅、鶴岡駅、鼠ヶ関駅、村上駅、坂町駅、新潟駅、新潟東急イン 【長岡、会津、庄内。戊辰戦争ゆかりの地を巡りたかったのだと記憶しております。】](https://kazushiaruga.com/6705.html) - 今ここにいることを知らせたくて。この風景を見せてあげたくて。そう思う女性がオレにはいるようだ。東京じゃいろいろあって、なかなか気持ちも落ち着かないが、こんな場所にいることで導かれるものがあるようだ。帰ることを考えるとしようじゃないか。そうしたら自然に母親の顔が浮かんでくる。例えばそのように彼女の顔が浮かんでくる。 - [「車旅日記」2005年初夏 最終日(新潟-長岡)走行距離246㎞ その1-新津駅、五泉駅、巻駅、弥彦駅、柏崎駅、笠島駅 【長岡、会津、庄内。戊辰戦争ゆかりの地を巡りたかったのだと記憶しております。】](https://kazushiaruga.com/6709.html) - 柏崎駅は黒っぽく、信越本線と越後線が交わるターミナル駅としての威厳を持つ。周辺にはオレが勝手に描いていたリゾートの香りはなく、駅前の雑居ビルのペンキは剥がれている。その下で大勢の人々がバスを待っている。オレの視線の先には、柏崎駅の屋上に立つ「清酒越の誉」の看板。そして駅を出た二人の少女が楽しそうに通りを歩いていく。 - [「車旅日記」2005年初夏 最終日(新潟-長岡)走行距離246㎞ その2-青海川駅、安田駅、北条駅、長鳥駅、来迎寺駅、長岡駅、東京葛飾金町 【長岡、会津、庄内。戊辰戦争ゆかりの地を巡りたかったのだと記憶しております。】](https://kazushiaruga.com/6711.html) - 昨日オレを楽しませてくれた斉藤由貴が、今夜この部屋でも「無理じゃないよ」と歌っている。でも、そんなことを信じていくことはもうできない。今も好きだけど。でもその気持ちは上野駅に降りたという事実から生まれたもので、東京駅で降りていたら違っていただろう。それが人生というものかもしれない。気づかぬうちにボタンを掛け違えている。 - [「鉄旅日記」2005年秋 初日(東京-名古屋)-根府川、島田、豊橋、岡崎、名古屋(東海道本線) 【軽井沢で挙式する身内を祝うために、初めて鉄道で旅をいたしました。】](https://kazushiaruga.com/6738.html) - 桜通を東へ。国際センター、大手町、そして栄。高名なテレビ塔がとうとう姿を現し、子供の頃に兄からその存在を聞いて驚いた100メートル道路に立つ。残るは名古屋城。朝になればどこにあるのか分かるだろう。土曜の夜の桜通は疎らで路地に人影が見られない。栄までその光景が続いた。角の観覧車だけは乗客を絶やしていなかった。 - [「鉄旅日記」2005年秋 2日目(名古屋-中軽井沢)-名古屋、高蔵寺、多治見、中津川、木曽平沢、塩尻、小淵沢、中込、小諸、中軽井沢(中央本線/小海線/しなの鉄道)【軽井沢で挙式する身内を祝うために、初めて鉄道で旅をいたしました。】](https://kazushiaruga.com/6740.html) - 小諸の街並の白く見える部分に雪を感じる。ほどなくして寒くなる街だ。地元の放送局が流すラジオ番組は退屈じゃない。もうビールを飲むのはよそう。明日は小諸を歩く。遠い日の記憶に残っている夏祭り。あれはきっと、小諸での出来事だったのだろうと思いながら歩くだろう。信濃人の末裔であることに誇りを感じている自身に気づいている。 - [「鉄旅日記」2005年秋 最終日(小諸-東京)その1-小諸、軽井沢、横川(しなの鉄道) 【軽井沢で挙式する身内を祝うために、初めて鉄道で旅をいたしました。】](https://kazushiaruga.com/6742.html) - 小諸は懐かしい。でも懐古園に寄るのは初めてだ。もちろん町を歩いたこともなかった。島崎藤村の古井戸があり、粋な食べ物屋がある。出来立ての町にはありっこないものが歩いていると見つかる。従兄弟が言うには、昔の駅前とは違うらしい。もちろんそうだろう。世は無常。でもオレは覚えているよ。改札を出て最初に見えるあの駅前風景を。 - [「鉄旅日記」2005年秋 最終日(小諸-東京)その2-高崎、新前橋、前橋、中央前橋、小山、水戸、東京葛飾金町(信越本線/両毛線/水戸線/常磐線) 【軽井沢で挙式する身内を祝うために、初めて鉄道で旅をいたしました。】](https://kazushiaruga.com/6744.html) - 水戸駅は光に溢れている。縦横に張り巡らされた歩道橋で恋人は寄り添い、楽器を奏でる者もいる。賑やかな街だと思いながら歩道橋を下りると、そこに歓楽街はなかった。歴史と海を持つ街だが、水戸街道はメインストリートから外れている。駅ビルの中に蕎麦を食わせる飲み屋があって、ビールと酒。どこかで三日月を見て、土浦、柏、松戸。そして - [「鉄旅日記」2005年初冬 その1-松戸、我孫子、成田、銚子(常磐線/成田線/銚子電鉄) 【鉄旅に目覚め、銚子へと向かったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/6747.html) - 旅心はすぐにやってきた。初めて気づいた。江戸川を越えさえすればよかったのだと。次の停車駅は柏。読み物は松本清張の短編集「張込」。最初の事件は我孫子に着いても解決しなかった。成田線は単線で、車窓風景の主役は家並か冬枯れた田野。風景の端に青い広がりがある。おそらく手賀沼だったのだろう。鄙びた駅をいくつか過ぎていく。成田まで - [「鉄旅日記」2005年初冬 その2-外川、犬吠、本銚子、観音、仲ノ町、銚子、千葉(銚子電鉄/総武本線) 【鉄旅に目覚め、銚子へと向かったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/6749.html) - 3人の女性が駅舎内で鯛焼きや煎餅を焼いている。暖かな灯に誘われて中に入り、適当なことを切符売りの女性に尋ねた。場末の線路道をしばらく往くと仲ノ町駅。古ぼけた木造の小さな駅舎。台風がやってくると銚子は関東で一番強烈な風雨に見舞われる。そうした空の勢力と対峙してきた歴戦の古強者が、近づいてくる町に埋もれるように立っていた。 - [「鉄旅日記」2005年聖夜-鹿島神宮、新鉾田、鉾田、石岡(鹿島線/鹿島臨海鉄道/鹿島鉄道/常磐線) 【廃線となった鹿島鉄道に乗った記録が残されておりました。】](https://kazushiaruga.com/6753.html) - 鹿島鉄道は閑散とした一帯を過ぎていく。やがて霞ヶ浦を前面に眺める絶景に出くわす。そして筑波山が同じ額に収まる。昼間にメールを寄越した親友には、「嫁さんにメリー・クリスマスと言ってやれよ」と返信して、同じように不意とも思えるメールを送ってくれた新橋のママにも今日のオレを伝えた。彼女からのメールは、こんなひとりのクリスマス - [「鉄旅日記」2003年冬 初日(宇部-博多)その2-博多の夜 【ご縁と別れがあり、34歳の誕生日を北九州で迎えた日の記憶でございます。】](https://kazushiaruga.com/6757.html) - ここは地下鉄呉服町駅から徒歩約5分。明日の博多の降水確率は80%。コンビニで受け取ったレシートにそう記してある。進歩的な街だ。博多は元寇の頃からすでにアジアの先進的な街だった。その熱気は雨降りのこんな冴えない土曜日にも伝わってくる。日本でも有数の都市に来たというよりも、アジアの大都市にやってきたという印象が強い。 - [「鉄旅日記」2003年冬 最終日(博多-宇部)その1-博多そして小倉 【ご縁と別れがあり、34歳の誕生日を北九州で迎えた日の記憶でございます。】](https://kazushiaruga.com/6759.html) - 魚街銀天街を出て通りを渡るとその一角へとつながる。気の利いた食堂でもないかと奥に踏み入ると、かつてそこに店があったという造りが並ぶが、商売人の姿はなく、客の姿もない。ヤバい臭いがする。まるで人買いでも行われていそうで、これまでに嗅いだことのない生臭さに戦慄を感じる。どこからかラジオの音が聞こえてくる。夜にはよからぬ連中 - [「鉄旅日記」2003年冬 最終日(博多-宇部)その2-門司港にて 【ご縁と別れがあり、34歳の誕生日を北九州で迎えた日の記憶でございます。】](https://kazushiaruga.com/6761.html) - 途中にさらに奥まった路地を発見した。夜になると女たちがやってきて、うらぶれた男たちに酒を出す店が並んでいる。場末とはあんな場所を指すのだろう。かつては遊郭もあって賑わったという。門司は歴史の中だけに生きているわけじゃない。そこで暮らす男たちは今もいる。人通りの絶えた夜の横町へやってくる男たちの人生劇場に思いを馳せた。 - [「鉄旅日記」2003年冬 初日(宇部-博多)その1-山口宇部空港、宇部新川、宇部、下関、小倉、折尾、飯塚、博多(宇部線/山陽本線/鹿児島本線/筑豊本線/篠栗線) 【ご縁と別れがあり、34歳の誕生日を北九州で迎えた日の記憶でございます。】](https://kazushiaruga.com/6755.html) - 門司へ。荒涼とした風景が最初に見える。かつても現在も多くの者が降り立ち、旅立ち、多くの者が去っていった街。そして、これまでに訪ねたこともない者がなぜか懐かしさを誘われる街。そして小倉。近づくにつれて巨大な観覧車が目に入り、海辺に面した方に目を向ければ工場群の煙突が屹立し、盛んに白い煙が排出されている。こくら~こくら~と - [「車旅日記」2003年夏 初日(函館-札幌)走行距離471㎞ -知内駅、道の駅上ノ国もんじゅ、瀬棚町、道の駅いわない、小樽駅、札幌東急イン 【北海道初上陸。2,300㎞を移動した5日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/6896.html) - 川の途中まで渡された廃線跡の橋を見かけた。この大地の歴史に登場する一番古い町には広大な海峡だけが広がり、竜飛崎は遠い。やがて国道からは町が消えて、低い山並が濃い緑をまとい延々と延びる。左側には果てしなく日本海。その真ん中を往く車通りの少ない国道は、函館に向かう上空から見下ろした際に見えた川のように、白く蛇行している。 - [「車旅日記」2003年夏 2日目(札幌-北見)走行距離431㎞ -岩見沢駅、砂川駅、旭川駅、白滝PA、遠軽駅、サロマ湖、網走刑務所、網走駅、北見東急イン 【北海道初上陸。2,300㎞を移動した5日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/6900.html) - 小さな明かりを灯したような川辺の穏やかな街に着いた。ここは網走。赤い橋が架かり、そこを渡ると赤い塀が連なる。かつての網走監獄。正門の木扉に触れながら、なぜ男は北の番外地に惹かれるのか考えた。想像以上に厳しい寒さと環境。様々なものに思いを馳せて最果ての街まで辿り着く。刑務所を囲む森の上に広がる空が茜に染まっている。 - [「車旅日記」2003年夏 3日目(北見-帯広)走行距離682㎞ -北見東急イン、美幌駅、摩周湖、知床斜里駅、羅臼、根室駅、納沙布岬、釧路駅 【北海道初上陸。2,300㎞を移動した5日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/6904.html) - 納沙布を示す標識に従って角を曲がると声を上げた。そこにはこの国のどこにもないような果てしない荒野が広がっていた。所々に沼が点在し、放牧された牛の姿も見える。納沙布岬の入口に飾り気はない。遠くにぼんやりと貝殻島か、歯舞群島のロシア監視所と思しき塔が見える。岬の先端には日の丸の旗が翻り、遠くの監視所を威嚇している。 - [「車旅日記」2003年夏 4日目(帯広-札幌)走行距離374㎞ -帯広東急イン、帯広緑ヶ丘公園、忠類、襟裳岬、様似駅、静内駅、恵庭中島公園、札幌東急イン 【北海道初上陸。2,300㎞を移動した5日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/6908.html) - 苫小牧に向かう車の流れに切れ目はなく、思ったように進まず札幌が遠い。様似の親子岩は鳥の群生地。ここはお前たちが作ったわけじゃない。堂々と群れをなして浜辺の人間たちを見つめる鳥たちが、そう言っているような気がしたよ。様似からこの町に向かった列車は今どのあたりだろう。海はまだ青さを残し、道南の小さな町もやがて暮れていく。 - [「車旅日記」2003年夏 最終日(札幌-函館)走行距離366㎞ -札幌東急イン、支笏湖、苫小牧駅、室蘭駅、地球岬、豊浦駅、5号国道パーキング、函館駅、函館山、函館空港 【北海道初上陸。2,300㎞を移動した5日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/6914.html) - 室蘭港を渡す白鳥大橋で海風を右手に受ける。北の風は冷たく、この場所に吹く風もごうごうと凄まじい。北の大地に夏の風が吹く期間は短い。僅かに覗く海を眺め、夏を恋しく思い、切なくも思う。もうじきオレの夏も終わる。道路標示にはとうとう函館の文字が登場し、この小さな町を列車が通過していく。空は青。橋から見えたムコウの空も青かった - [「車旅日記」2003年晩秋 初日(奈良-高野山-南紀白浜)走行距離204㎞ -橿原かっぱ寿司、橋本駅、九度山駅、高野山大伽藍、高野山金剛峰寺、龍神、南紀白浜 【紀伊半島に焦がれる日々。南海道を往くのは2度目でございます。】](https://kazushiaruga.com/6919.html) - 険しい峠道をバスが走る。山頂には宗教都市。気温は低く、全山に鐘の音が響き、じきに日が暮れる。厳粛な空気が漂い、歴史的建造物を前にしてはしゃぐ者の姿はない。だんだん何をしにこの旅を思い立ったのかが分かってきた。山はじきにライトに照らされる。かつてここは流刑地だった。この山に訪れる寒さをオレも想像できる。 - [「車旅日記」2003年晩秋 2日目(南紀白浜-伊勢志摩)走行距離421㎞ -白良浜、白浜駅、見老津駅、潮岬、紀伊大島樫野灯台、湯川駅、瀞峡街道・熊野川、十津川、熊野きのくに、紀伊長島駅、伊勢志摩 【紀伊半島に焦がれる日々。南海道を往くのは2度目でございます。】](https://kazushiaruga.com/6923.html) - 青黒い海の沖合を船が行く。街道に面した待合所に待ち人がひとり。ホームにひとり。そしてまたひとりやってきた。小さな湾を囲むように海辺の道は蛇行している。あの時、闇に包まれようとしているあの場所で、オレが見ていたものが何だったのかを知った。どうということじゃない。あの時も彼女を想い、そうしていた。波の音とは案外大きい。 - [「車旅日記」2003年晩秋 3日目(伊勢志摩-京都)走行距離239㎞ -大王崎、御座港、鵜方駅、飯高駅、天誅組終焉之地、吉野駅、吉野神宮駅、吉野口駅、京都ホーユウコンフォルト二条城 【紀伊半島に焦がれる日々。南海道を往くのは2度目でございます。】](https://kazushiaruga.com/6927.html) - 吉野へ。思いがけず旧跡に出くわす。五条で見かけた天誅組の文字。この3日で彼等の始まりと終わりに接した。ここは小川が流れる静かな場所。川を渡れば吉村寅太郎の墓がある。ここで15名が戦死したという。死に場所として、ここなら悪くないだろう。幕府軍に追われ背後の大山塊を彷徨い、歴史に名を残した彼等に敬意を。雨が上がった。 - [「車旅日記」2003年晩秋・番外編【京都にて】-京都御所、宇治川公園、京都駅](https://kazushiaruga.com/6931.html) - 東洞院通りを左へ。新明神社がそこにある。あの街にいる時のオレの守り神は、あの小さな祠に降りてくる。あと少しすればここも正月の準備で忙しくなるのだろう。そんなことも思いながら約10秒の祈りを。言うまでもないことだが、あの神様は今回会えなかった彼女のことも見守っている。祈りには、彼女が無事で居続けることも確か含まれている - [「鉄旅日記」2006年新春-馬橋、流山、幸谷、新松戸、佐貫、竜ケ崎(常磐線/総武流山電鉄/関東鉄道竜ヶ崎線)【雪の降った翌日。近くのローカル線に乗りに出かけました。】](https://kazushiaruga.com/6996.html) - 竜ケ崎駅はとても寂しい風景の中にあった。テレビじゃ駅伝中継。駅前のリサイクル・ショップからはエリック・クラプトンの「アンプラグド」。商店街にはシャッター色以外の色はなかった。待合所にはゲーム機が置かれ、「駅そば」はメニューを揃えているが、ドアを開ける客はいない。オレも缶コーヒーにしたよ。次の佐貫行を待つ人々は凍えている - [「鉄旅日記」2006年如月 初日-佐倉、成東、大網、上総一ノ宮、上総興津、安房鴨川、館山、安房勝山(常磐線/成田線/総武本線/東金線/外房線/内房線) 【鉄道旅に目覚め、1泊2日で房総半島にまいりました。】](https://kazushiaruga.com/7004.html) - 椰子の木が駅前広場で存在感を放ち、海辺へと続く夕映え通りの灯が優しい。空は茜を残していて、雲も海も荒々しい色をしている。突堤を進む。そして先端で思い切り体を伸ばして、しばらく景色に包まれた。それはとても素敵な時間で、沖を航行する船が見えなくなるまでそうしていてもよかったが、どうして切り上げてしまうのだろう。本当に素敵な - [「鉄旅日記」2006年如月 最終日-安房勝山、君津、木更津、上総亀山、蘇我(内房線/久留里線/京葉線) 【鉄道旅に目覚め、1泊2日で房総半島にまいりました。】](https://kazushiaruga.com/7008.html) - 自身の悪い噂を流した男を斬り、屋敷に立てこもり、上意によって差し向けられた男達を迎え撃つ。そして十数本の白刃の下で果てた。「男の意地」というものを教えられた朝でもあった。保田、浜金谷、竹岡。列車は内房の海に沿って進んでいく。勝山で眺めていた景色が近づいてくる。線路が海を見ているあたりまでは、千葉県というより安房国を感じ - [「鉄旅日記」2006年如月 その2-勿来、いわき(常磐線) 【房総半島から1週間。常磐線に乗って、下っていったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7186.html) - スナック街を通ると、今時分の艶やかさを想像できる。飲み屋から出たら小雨に濡れた。古関に上がっていた月は朧ながら姿を隠してはいなかった。カウンターだけの飲み屋があって、常磐炭鉱華やかなりし頃にシャベルを担いで山に向かっていたような男たちが並んで酒を飲み、可愛らしい婦警さんが挨拶をくれる街。あの時オレは上ばかり見て歩いてい - [「鉄旅日記」2006年如月 その1-取手、土浦、勝田、阿字ヶ浦、那珂湊、日立、大津港(常磐線/茨城交通) 【房総半島から1週間。常磐線に乗って、下っていったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7012.html) - 茜に染まった西の空を正面に見る。先頭を飛ぶカモメの号令に従って、群れがきれいな三角形を保ちながら東へと去っていく。この世界を生きるのは人間だけじゃないと思えるのは、人間が集まるために造られた場所で、たったひとりで、そんな光景を眺める時くらいのものなのかもしれない。忘れがたい思いに包まれ、人生の名場面とも感じられ、 - [「車旅日記」2006年皐月 初日(東京葛飾-黒磯)-天王台駅、水海道駅、下妻駅、真岡駅、益子駅、烏山駅、黒磯駅、道の駅明治の森黒磯 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7048.html) - 無人のホームで、何時間も前に最終列車が出たホームで、虫の声に癒されながらしばらく上を向いていた。煙草に火をつける。いくつもの星の下で、ほんの一瞬だけでも絵になりたいから。駅のホームというのは、そうするのに適した場所だ。これから北へ向かうオレを天上から北斗七星が眺めていた。木造の傘の下で深い味わいを感じて、この町を離れる - [「車旅日記」2006年皐月 2日目(黒磯-仙台)その1-道の駅明治の森黒磯、高久駅、黒田原駅、白河駅、安積永盛駅、三春駅、船引駅、磐城常葉駅、川前駅、小川郷駅、四ツ倉駅 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7052.html) - 桜前線はすでに北へ移動したようだ。花はまだついていたけど、盛は過ぎている。塵のようになった花弁が微かに風に舞っている。町に貼られていたポスターも用無しになって久しい。阿武隈川を渡ったのはひと駅前のこと。天下の名士との再会だった。この後、磐越東線はいわきまで小さな川に沿って進んでいく。オレの移動も国道ではなく、磐城街道に - [「車旅日記」2006年皐月 2日目(黒磯-仙台)その2-末続駅、双葉駅、原ノ町駅、相馬駅、亘理駅、岩沼駅、名取駅、ホテルイーストワン仙台 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7056.html) - 旅情を帯びたというより、いよいよ「みちのく」に入ったのだろう。原ノ町から感じていたのは北の街にきたのだということ。夕暮れがそう感じさせるわけじゃない。違う気候帯に入ったことを感じている。重厚な日本家屋風の立派な駅に、もうじき特急列車が着く。迎えの車が方々から駅を目指してくる。特急列車がいってしまえば、また静寂が戻るの - [「車旅日記」2006年皐月 3日目(仙台-大曲)その1-ホテルイーストワン仙台、陸前落合駅、愛子駅、作並駅、山寺駅、高瀬駅、蔵王駅、北大石田駅、舟形駅 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7064.html) - 広瀬川に沿って。仙山線は電化されたまま作並から山中に姿を消す。線路に沿う道はない。かつて線路を敷いていった男たちが踏み入って以来、そこは1時間に1本通る列車以外、人跡まれな国境地帯のまま21世紀を迎えている。この駅に着く数㎞手前に聳え立っていた鎌倉山の偉容に目を見張り、遥か下を流れる広瀬川に架かる鉄道橋の武骨さに感動す - [「車旅日記」2006年皐月 3日目(仙台-大曲)その2-羽前豊里駅、真室川駅、及位駅、院内駅、湯沢駅、横手駅、後三年駅、大曲グランドホテル 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7068.html) - 梅の里、真室川には真室川音頭があり、昭和の初めには随分と流行ったという。あたしゃ梅の花。蕾のうちから男が奪いにやってくる。駅名は「のぞき」と読む。大昔に山伏が崖の端から宙づりになり、中腹にある穴を覗くという修行をこの地で行ったことにちなむという。その修行を終えて偉くなった者が京の都に上がり、天子様より位を授かったという - [「車旅日記」2006年皐月 4日目(大曲-青森)その1-大曲グランドホテル、角館駅、羽後中里駅、阿仁合駅、鷹ノ巣駅、大館駅、碇ヶ関駅、大鰐温泉駅、黒石駅 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7073.html) - 阿仁合川に沿う。途中に笑内(おかしない)というユーモラスな地名を見る。アイヌの香りが濃厚な町に着いて、角館を出て以来、秋田内陸縦貫線の沿線に初めて駅舎を見る。ロッジ風の古い駅舎。マタギの道は峠を越え、強風に苛まれ、雪原を残す。どうやら今日は雨。売店のオバチャンが、せっかく桜が咲き始めたばかりなのにと笑顔でこぼす。 - [「車旅日記」2006年皐月 4日目(大曲-青森)その2-弘前駅、道の駅つるた、毘沙門駅、津軽中里駅、三厩駅、中小国駅、駅前ホテルニュー青森館 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7077.html) - いつの間にか十三湖を過ぎ、日本海に出た。途中から道往く者の姿は絶えて、ただ一人さらに北を目指した。龍飛への道が黒く蛇行する様は、男が行くべき道に見えた。そして霧の中。5月には毎年こんな目に遭う。命と向き合い、猿の姿だけを覚えている。霧を抜けると、岬へは行かずこの駅への道を選んだ。最果てにしか吹かないような風の中にいる - [「車旅日記」2006年皐5日目(青森-安達)その1-駅前ホテルニュー青森館、野辺地駅、三沢駅、十和田市駅、本八戸駅、陸中八木駅、久慈駅、岩泉駅、茂市駅 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7082.html) - 久慈方面に去ったのは、さっき本八戸に止まっていた列車だろう。重いディーゼル音がしばらく耳に残った。駅前の見事な桜木は満開。水平線がもやっている。2人の青年が焚火をしながら竿を振っている。何度も同じ姿に建て替わってきたのであろう駅から人が消えて、オレは飽かずに海と駅を眺めている。疲れが引いた。車を降りると肌寒かった。 - [「車旅日記」2006年皐月 5日目(青森-安達)その2-宮古駅、吉里吉里駅、盛駅、大船渡駅、気仙沼駅、女川駅、石巻駅、利府駅、道の駅あだち 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7086.html) - 吉里吉里国とは、こんなところにあったのか。角の家の門灯にその国名が記されていた。井上ひさしさんが描いた「吉里吉里人」。ある日、忽然と東北の一地方に独立国が建ち現われるという荒唐無稽な話だ。駅舎からホームへは30段近くの階段を上がる。階段の両脇にも桜が咲き、その夜桜に照らされながら、何度も階段を駆け上がり、駆け下った。 - [「鉄旅日記」2007年皐月 初日(東京-米子)-静岡、豊橋、本竜野、播磨新宮、佐用、東津山、米子(東海道本線/姫新線/因美線/山陰本線)【夜汽車で東京を離れ、山陰山陽へ。鉄旅最初の長旅でございました。】](https://kazushiaruga.com/7392.html) - 東京駅を最後に出る夜汽車に乗る。品川、横浜、大船、小田原、熱海、三島、富士、そして静岡。長い静岡県内ではこの夜行列車は終電車にあたる。熱海や三島で乗ってきて途中で降りていく者たちがいる。ビール1本じゃ眠れない。西へ向かう夜行列車は満杯。今夜は月がきれいだ。東京駅を出た直後に、だから彼女にも伝えたんだ。「月がきれいです」 - [「車旅日記」2006年皐月 最終日(安達-東京葛飾)-あだち、二本松駅、磐城石川駅、はなわ、常陸太田駅、大洗駅、潮来駅、十二橋駅、佐原駅、東京葛飾【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7091.html) - 美しい顔立ちをした女の子がオレの方を向いて微笑んだ駅。白壁に黒い瓦を乗せた重厚な駅舎。佐竹氏が関ヶ原合戦の後に秋田へ移るまでの城下町。長い坂を下りて関東平野に出て、遠くからはテレビ塔が見えて、街が近いことを知った。今いる場所は去年廃線となった日立電鉄の旧駅舎前。ホームには朽ち果てた赤い客車が止まったままで、すべてが荒廃 - [「鉄旅日記」2006年初夏 初日-平塚、国府津、沼津、掛川、三河大塚、尾張一宮、岐阜(東海道本線/御殿場線) 【これが最後の車旅でございます。鈴鹿山脈を回るように、終着駅を探して走ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7179.html) - 雨粒は大きくなっていた。かつて寄った際には存在していた時代遅れの駅前デパートは撤去され、跡地には工事中のロープが張り巡らされている。広大な空地となった空間に、新幹線駅のような姿となった岐阜駅がぽつんと、街から浮いていた。1軒も開いていない薄暗い繊維街を抜けて大通りへ。悲しいくらい人を見かけなかったけど、街は長良川まで続 - [「車旅日記」2006年初夏 2日目(岐阜-近江八幡) その1-東横イン名鉄岐阜、大垣駅、養老駅、阿下喜駅、西藤原駅、湯の山温泉駅、四日市駅、鈴鹿サーキット稲生駅 【これが最後の車旅でございます。鈴鹿山脈を回るように、終着駅を探して走ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7207.html) - 松尾芭蕉最後の地、大垣。最後の夢が、この地で彼の脳裏に浮かぶ枯野を駆け巡った。1600年の西軍最後の夢の地、大垣。やがて壊滅する大軍団は雨の中を関ヶ原に向かった。アーケード街に隠れるように、重厚な門を構えた城の姿が見えた。木曽川、長良川、揖斐川を渡り終えて、関西圏の匂いを嗅いでいる。旅心が蘇ってきた。雨は一旦止んでいる - [「車旅日記」2006年初夏 2日目(岐阜-近江八幡)その2-津駅、伊勢奥津駅、名張駅、伊賀上野駅、信楽駅、紫香楽宮跡駅、ホテルはちまん【これが最後の車旅でございます。鈴鹿山脈を回るように、終着駅を探して走ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7222.html) - 鈴鹿山脈を覆っていた雨雲が寄こした雨は、街はたいして濡らさないが、峠では難渋した。雨が上がり峠に日が差した時、正式に夏を想い、彼女を想った。近鉄線が走るごちゃごちゃとした街区を過ぎると忍者王国。この駅を通る関西本線の本数はとても少なく、訪れる者もなく、近鉄線が乗り入れている表示もない。タクシー運転手は俯いて、時に空を見 - [「車旅日記」2006年初夏 最終日(近江八幡-長浜-揖斐-岐阜)-ホテルはちまん、近江八幡駅、安土駅、彦根駅、長浜駅、垂井駅、美濃赤坂駅、揖斐駅、木知原駅 【これが最後の車旅でございます。鈴鹿山脈を回るように、終着駅を探して走ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7229.html) - 湖岸を走るのはここまで。琵琶湖ともまたしばらくのお別れになる。駅で彼女にメールを送る。心は上天気と結ぶ。湖東の街は優しい。血とともにあった時代は去り、現在の城下町の賑わいはそれなりのものだ。いい思い出ができた。彼女にまつわる素敵な思い出ができた。あの日オレは長浜にいた。そんなことを懐かしく思い出す日がやがて来るだろう。 - [「鉄旅日記」2006年晩夏-伊勢崎、桐生、西桐生、下仁田、上州富岡、高崎(高崎線/両毛線/上信電鉄) 【ふと誘われるように、上州へ向かう列車に乗ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7240.html) - 昨夜店を出たオレへ、笑顔で駈けてきた彼女。オレの苦労もここまでか。そんな予感を迎えた朝だったけど、少し飲みすぎていた。富岡でも酔った。わざわざ途中下車した町は、想像通りの文化都市で、東京からはとても遠い町だった。もう20年も前に出会った旧友とも言える女性が、毎年この町から丁寧な年賀状を寄越してくれている。「富岡製糸場を - [「鉄旅日記」2006年晩秋 2日目・最終日-尾奈、新所原、豊橋、本長篠、鳥居、三河槇原、中部天竜、佐久間、大嵐、伊那小沢、天竜峡、松本(天竜浜名湖鉄道/東海道本線/飯田線/中央本線) 【浜名湖へ。そして飯田線に乗って、友に会いにいったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7261.html) - 美しい安曇娘に給仕されて本を開き、彼女にメールを送る。貴女のためにワインを購入して、ここで友を待っていると伝えた。返信は席を立つまでの間にあった。友と合流したのは昨夜の店。美味い蕎麦を食べに行き、また店に戻り彼はあらためてコーヒーを淹れてくれたんだ。「冷血」は終局を迎え、中場利一さんの物騒だが笑えるエッセーを読みなが - [「鉄旅日記」2006年晩秋 初日-掛川、尾奈(東海道本線/天竜浜名湖鉄道)/リステル浜名湖 【浜名湖へ。そして飯田線に乗って、友に会いにいったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7249.html) - 無人駅を往く。天竜二俣の灯は乏しく、そうした夜を迎える町をひたすら過ぎていく。政令指定都市になる浜松の裏側の風景だった。暗くても浜名湖は湖面を輝かし、そして町は三ヶ日で終わった。尾奈駅前は寂しいものだ。今夜はたいしたものにありつけないだろう。月のきれいな夜だった。無人地帯を歩き、光を放つ場所まで15分。それがここ。 - [「鉄旅日記」2007年新春 初日(東京-高岡)-東京、岐阜、美濃太田、下呂、高山、角川、猪谷、富山、高岡(東海道新幹線/高山本線/北陸本線) 【本格的に鉄旅が始まりまして、まずは冬の北陸を目指したのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7287.html) - 素敵な街に着いたよ。駅ビル地下の居酒屋で、気のいい大将と意気投合した。あんな素晴らしい男がいることも、街の実力として挙げられる。どんどん酒を干していくオレを見て、あん肝と牡蠣を振る舞ってくれて、替わりにオレもビールを振る舞って、店で一番高価だった氷見港で揚がったブリを注文した。ブリといったら氷見。これまで知らずに生き - [「鉄旅日記」2007年新春 2日目(高岡-金沢)-高岡駅前、越ノ潟、高岡、氷見、高岡、城端、金沢(万葉線/氷見線/城端線/北陸本線) 【本格的に鉄旅が始まりまして、まずは冬の北陸を目指したのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7303.html) - 終点の越ノ潟で降りたのはオレひとりだった。そこは閑散とした波止場で、船が待っている。「乗るか?」と聞かれ、この先には何があるのかと聞くと、何もないとはにかむように男は答えた。乗っていた客はいたのだろうか。やるせないといった風情で男は船に戻り、やがて出港した。ほんの少しの後悔があった。盛大に雹が降ってきたのはその時だった - [「鉄旅日記」2007年新春 最終日(金沢-東京)-金沢城址、金沢、倶利伽羅、黒部、直江津、長野、東京(北陸本線/信越本線/長野新幹線) 【本格的に鉄旅が始まりまして、まずは冬の北陸を目指したのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7319.html) - 保線係のおじさんに灰皿はないかと尋ねたら、遠慮なく線路に捨てろと言う。感心できた話じゃないが、彼等に礼を言って美味い煙草を吸った。大荒れの北信越一帯から約1時間半。今日彼女がスペインから戻る。歌い手も曲名も知らないが、この旅ではどこの街でも、この冬のこんな流行歌が流れていた。「この手を離したら、もう会えないよ。」 - [「鉄旅日記」2007年如月 初日(東京-天王寺)-東京、名古屋、大垣、米原、草津、柘植、京都、木津、京橋、天王寺(東海道新幹線/東海道本線/草津線/奈良線/学研都市線/大阪環状線) 【初日天王寺、2日目奈良。宿泊地だけを決めて、心のままに移動した記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7333.html) - 天王寺動物園脇の坂を下り、阪神高速の高架をくぐると新世界。演歌が聞こえる通天閣。新世界に10年前のヤバさはなく、大阪名物ともいえるオッチャン達は駆逐され、通りはきれいになっていた。ジャンジャン横丁だけは変わっていないという。串カツ屋には行列ができて、将棋センターでは自転車で乗りつけたオッチャンが窓越しに対局を眺めている - [「鉄旅日記」2007年如月 2日目(天王寺-奈良)その1-南霞町、浜寺駅前、浜寺公園、羽衣、春木、和泉大宮、岸和田、和歌山市、和歌山港、堺(阪堺電気軌道/南海電鉄南海線) 【初日天王寺、2日目奈良。宿泊地だけを決めて、心のままに移動した記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7345.html) - 「岸和田少年愚連隊」にしばしば登場する春木駅は急行停車駅だった。くわえ煙草の男たちが降りていく。岸和田競輪場がそばにあった。車で迎えにきた男が鋭い視線を送ってくる。これから最凶の街。覚悟を決めて線路伝いに歩いていく。でもまだ10時過ぎ。ごく普通の人々が歩いている。あまりにも小説の登場人物が強烈だからか、そんな感慨がわく - [「鉄旅日記」2007年如月 2日目(天王寺-奈良)その2-なんば、上本町、鶴橋、桃谷、寺田町、天王寺、恵美須町、新今宮、奈良(南海電鉄南海線/関西本線) 【初日天王寺、2日目奈良。宿泊地だけを決めて、心のままに移動した記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7348.html) - 奈良の言葉は汚い。関西じゃ茶をシバくと言うが、さらに汚い河内じゃ茶をどつくという。ちなみ京都じゃ茶をたたくという。奈良の街中の家では鹿を飼っている。これはすべて冗談。奈良にはJR、私鉄とも特急列車が走らないと憤慨する男。オレと同じチョンガーの阪神電鉄勤務の休日は、パチンコをして適当に飲みに行き、最後はキャバクラで歌って - [「鉄旅日記」2007年如月 最終日(奈良-東京)-奈良、亀山、桑名、弥冨、富士、沼津(関西本線/東海道本線) 【初日天王寺、2日目奈良。宿泊地だけを決めて、心のままに移動した記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/7384.html) - 沼津は「駅そば」発祥地とのこと。おでん屋のオバチャンは陽気で、「今日のこの気候はおかしいね」と真面目な顔で言い、「日本人なら一度は富士山に登るべき」で、「富士山はこのあたりから見るのが一番いい」とも。「富士宮に行ってみな。近すぎて怖いよ。」小田原の手前で彼女にメールを送る。そして彼女からは今までで一番長いメールが届いた - [「鉄旅日記」2007年皐月 2日目(米子-福山)-松江、宍道、出雲横田、出雲坂根、備後落合、塩町、府中、福山(山陰本線/木次線/芸備線/福塩線)/福山城 【夜汽車で東京を離れ、山陰山陽へ。鉄旅最初の長旅でございました。】](https://kazushiaruga.com/7405.html) - 高倉健似の大将に、塩町で出会った少年。それだけでも構わないと思えるほど濃厚だった。21:00に灯が消えた福山は、オレを誘いもせず、好きにしていろと広島弁で言った。ヤクザがいたな。花を抱えた者もいた。この福山で、オレがこうしていることにもきちんと意味はあるのだろう。そしてこの福山を故郷に持つ者を、オレは最高の友にしている - [「鉄旅日記」2007年皐月 3日目(福山-岡山)-福山、三原、呉、広島、三次、備後落合、東城、岡山(山陽本線/呉線/芸備線/伯備線) 【夜汽車で東京を離れ、山陰山陽へ。鉄旅最初の長旅でございました。】](https://kazushiaruga.com/7429.html) - 街へ。マリーンロードを港へ。「ゆっさ踊り」に蛸の街。街に散見されるそうした言葉を頭に入れながら歩いていく。港にはゆるやかな音楽が流れている。瀬戸内だよ。オレはあと何年を旅人として生きるだろう。港からは水軍ルートをたどり、来島海峡へと通じる航路がある。そんな旅もいい。ふと足を止めた。古いアーケードの残る帝人通りから駅へ戻 - [「鉄旅日記」2007年皐月 最終日(岡山-東京)-岡山、長船、明石、米原、大垣、沼津、平塚、北千住、東京葛飾(山陽本線/赤穂線/東海道本線)【夜汽車で東京を離れ、山陰山陽へ。鉄旅最初の長旅でございました。】](https://kazushiaruga.com/7449.html) - しかし旅が続いている以上、終わってはいない。東京タワーが見えて、「よかった」と心から思っている。半袖姿の者がいる。オレの他にもいたか。ホームを歩いていくと、ほぼ一定間隔でしゃがみこんでいる者がいる。まるで電柱脇のゴミだ。この街で彼女が暮らす。もう家には帰っているだろう。彼女におやすみを。オレも無事に帰る。 - [「鉄旅日記」2008年皐月 初日(東京-出雲)-静岡、豊橋、京都、亀岡、福知山、上夜久野、豊岡、浜坂、鳥取、青谷、倉吉、米子、出雲市(東海道本線/山陰本線) 【旅は京都から始まり、山陰から下関へ。そして四国へと渡ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7467.html) - この旅の長さを想う。それこそ果てしない気持ちになる。明日の柳井到着は22時前後を見込んでいる。ここから先へ行く人は減っていくのだろう。がらがらの下り列車に対して、上りは混雑していた。鳥取、米子、松江。大舞台とまでは言わないが、かつて舞台に上がった街だ。少し寂しい。出雲駅前の風情は気に入っている。出雲という国の神域の広大 - [「鉄旅日記」2008年皐月 2日目(出雲-柳井)-出雲市、大田市、益田、長門市、仙崎、阿川、小串、幡生、防府、柳井(山陰本線/仙崎支線/山陽本線)【旅は京都から始まり、山陰から下関へ。そして四国へと渡ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7488.html) - そして過去となった宇部を、あれはもう過去のことだと思う気持ちのまま通り過ぎた。今思う。あの街で、友人は元気か。あの女性は元気だろうか。今、柳井にいる。白壁の街として知られる柳井の人口は3万人ほどだという。街の灯は想像以上に暗かった。「柳井に何があるの?」宇部のあの女性は、オレにそう聞いた。朝になったら見つけにいこう。 - [「鉄旅日記」2008年皐月 3日目(柳井-徳島)-柳井、大畠、西条、岡山、高松、高松築港、オレンジタウン、引田、池谷、鳴門、徳島(山陽本線/本四備讃線/高徳本線/鳴門線) 【旅は京都から始まり、山陰から下関へ。そして四国へと渡ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7513.html) - 麗都路通りから柳井川を渡ると白壁の街並。元禄時代を偲ばせると案内にはある。甘露醤油の蔵があり、食い物屋は見かけない。街並を守るとは、つまりそういうことなのだろう。鉄道唱歌にも醤油の街、柳井津の風情が歌われているという。かつての商都の賑わいは去ったのか、あるいはまだ残しているのか。背後で鳩が唸っていた。長州娘が美しい。 - [「鉄旅日記」2008年皐月 4日目(徳島-善通寺)その1-徳島、中田、旧小松島駅、南小松島、阿南、牟岐、海部、甲浦(牟岐線/安佐海岸鉄道) 【旅は京都から始まり、山陰から下関へ。そして四国へと渡ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7546.html) - 壁を剝がされて柱と屋根だけになってしまった旧小松島駅舎が、機関車と客車を従えて保存されていた。栄光と思えた過去に戻れない事情は誰もが均しく持つ。切なくて、その歴史的な場所からしばらく離れられなかった。港駅は跡形もなかった。港でしか聞くことのない音、鳥の声、船の気配。ああした音が好きだ。乗り合わせた阿波娘の訛に耳を澄ます - [「鉄旅日記」2008年皐月 4日目(徳島-善通寺)その2-海部、桑野、阿南、穴吹、佃、琴平、善通寺(牟岐線/徳島本線/土讃本線) 【旅は京都から始まり、山陰から下関へ。そして四国へと渡ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7573.html) - 別世界にきたような気がする。大正12年建設の三代目駅舎、琴電琴平駅、金倉川の灯にソープランド、神域に入り込んだスナック、浴衣姿の湯治客。想像していた繁華さはなかったが、まるでおとぎの国に入ったかのようだ。時間がゆるやかに止まった。出雲でも伊勢でも感じることのなかった神を身近に思う。神聖だが、どこか可笑しみのある町だった - [「鉄旅日記」2008年皐月 最終日(善通寺-東京)-善通寺、多度津、丸亀、坂出、岡山、京都、野洲、東京葛飾(土讃本線/予讃本線/本四備讃線/山陽本線/東海道本線) 【旅は京都から始まり、山陰から下関へ。そして四国へと渡ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7578.html) - 讃岐富士が日を浴びている。市役所前を通り、その奥に見えた歴史的建造物に首をひねり、朝の列車に飛び乗る。待ち時間はなかった。この旅で迎えた一番気持ちのいい朝。素直にお大師様に首を垂れる。四国の鉄道発祥の地、少林寺拳法発祥の地、四国霊場第七十七番札所道隆寺。給水塔にSL。始発の高松行に乗る。「瀬戸の花嫁」が流れる地域へと戻 - [「鉄旅日記」2008年初夏 初日(東京-和歌山)その1-浜松、豊橋、大垣、京都、六地蔵、城陽、京終、帯解、天理、桜井(東海道本線/奈良線/桜井線) 【まほろばの路から紀州へ。紀伊半島で過ごした短い夏の記憶でございます。】](https://kazushiaruga.com/7624.html) - 当時の人口はとても少ない。そんな時代に人々が集まった一帯。現在その地域の商店街は廃れ、ボーリング場はかろうじて営業しているようだが、まるで廃墟のよう。昼食をとるのに苦労はしなかった。喫茶店のご夫婦の気遣いは素晴らしく、正しい盛りつけの三輪ソーメンにビール。ふとる小路で足を止めて、「国の始まりは大和の国」で夏を想う。 - [「鉄旅日記」2008年初夏 2日目(和歌山-松阪)その1-和歌山市、和歌山、海南、西御坊、御坊、紀伊田辺、白浜(紀勢本線/紀州鉄道) 【まほろばの路から紀州へ。紀伊半島で過ごした短い夏の記憶でございます。】](https://kazushiaruga.com/7674.html) - 熊野古道が続く海南から蜜柑畑を見て、巨大な製油工場を過ぎて、また有田蜜柑畑。日高川に面して発展した御坊。この駅は街の玄関で、「駅そば」もあれば駅弁も売っている。オレをここまで運んできた列車は、あれからまた西御坊に向けて発車して、今また戻ってきた。あの健気な姿がオレを御坊で下した。風に稲穂が揺れる様が美しく、見惚れている - [「鉄旅日記」2008年初夏 2日目(和歌山-松阪)その2-串本、新宮、尾鷲、紀伊長島、三瀬谷、多気、松阪(紀勢本線)【まほろばの路から紀州へ。紀伊半島で過ごした短い夏の記憶でございます。】](https://kazushiaruga.com/7693.html) - 一緒だった電車男がひとり去った。車内は似たような者ばかりで、もちろんオレもそのひとり。涼しくなった。風景もまたそう感じさせる。こんな時間に、思いがけなくこんな駅にいられることがうれしい。大きな街を基準にすべてを語るものじゃない。この町も山は削られ、トンネルが掘られ、高速道路が開通した。そんな夕暮れ風景を眺めていた。 - [「鉄旅日記」2008年初秋 初日(東京-羽咋)その1-東京、大垣、米原、長浜、敦賀、鯖江、西鯖江、大聖寺、加賀温泉(東海道本線/北陸本線) 【秋になると北陸に行きたくなるものでございます。能登半島をはじめ、いくつもの終着駅へと行き着いたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7738.html) - 敦賀に着く頃には雨も上がり、薄日も差して蒸し暑くなってきた。この街での記憶はずいぶんと古いものになった。10年以上前の恋人の故郷、港都敦賀。街には銀河鉄道999の登場人物の像が立っている。その後のオレにとっても大事な街になるはずだった。恋人のご両親に二人の結婚を許してもらおうと、敦賀駅に着いたのは16年前。まるで冗談だ - [「鉄旅日記」2008年初秋 初日(東京-羽咋)その2-新西金沢、野町、加賀一の宮、西金沢、羽咋(北陸本線/北陸鉄道石川線/七尾線) 【秋になると北陸に行きたくなるものでございます。能登半島をはじめ、いくつもの終着駅へと行き着いたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7745.html) - 人々が川辺に出て涼んでいて、飲み屋で一杯やって出てきたら、その数は増えていた。祭の輪には誇りと幸せがあった。街の灯はほんのりと美しかった。ここは加賀じゃない。能登という独立国。爆竹が鳴った。祭は大団円を迎えて、街の人々は来年のこの日に思いを馳せ、計画を練り始める。人々の営みの中で最も正しく健気な行為だ。オレも未来に希 - [「鉄旅日記」2008年初秋 2日目(羽咋-福井)その1-羽咋、七尾、穴水、和倉温泉、北鉄金沢、内灘、粟ヶ崎、金沢(七尾線/のと鉄道/北陸鉄道浅野川線) 【秋になると北陸に行きたくなるものでございます。能登半島をはじめ、いくつもの終着駅へと行き着いたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7772.html) - かつてここから先に線路は延びていた。輪島へ。蛸島へ。廃線となり、穴水はターミナル駅としての地位を失い、終着駅となった。海が見えている。小さいながらも商店街を持ち、スナックなどの灯も見られた。穴水大宮で引き返す。ここから金沢までは2時間以上を要する。能登もまた遠い。3人組の少女はこれから金沢まで行くのだろうか。 - [「鉄旅日記」2008年初秋 2日目(羽咋-福井)その2-松任、小松、あわら湯のまち、三国港、福大前西福井、田原町、福井(北陸本線/えちぜん鉄道三国芦原線/福井鉄道福武線) 【秋になると北陸に行きたくなるものでございます。能登半島をはじめ、いくつもの終着駅へと行き着いたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7788.html) - 北の庄と、越前松平家が幕末まで守った福井城は別な場所にあり、後者には県庁をはじめ諸官庁が置かれ、初代結城秀康の銅像が立っていた。大坂夏の陣で真田幸村を討ち取った越前兵は勇猛だった。どの時代の戦場でもそうなのだろう。二代目松平忠直はほとんど狂人に近く、妻の密告によって破滅を迎えるまで、そんな男に対しても越前兵は忠実だった - [「鉄旅日記」2009年秋-東金、大網、大原、上総中野、上総牛久、五井(東金線/外房線/いすみ鐡道/小湊鉄道/内房線) 【関東ぶらぶら旅その1-房総鄙の里へ】](https://kazushiaruga.com/7831.html) - 山間の小さなターミナル駅にいる。周辺の鄙びた様子は想定内だが、さっき着いたバスが運んだ者はなく、古ぼけた構内の線路は剥がされ、乗り継ぎの小湊鉄道は1時間やってこない。駅舎は高校生たちに占拠された。17時の時報が鳴った。カラスの歌。切ないメロディ。暇つぶしに歩いていたら、さっきここで降りていった2人の少女に再会した。 - [「鉄旅日記」2009年秋-川口、浦和、深谷、倉賀野、寄居、東飯能、飯能、寒川、茅ヶ崎、辻堂、新橋(京浜東北線/高崎線/八高線/相模線/東海道本線)【関東ぶらぶら旅その2-武蔵から相模へ】](https://kazushiaruga.com/7846.html) - この街に着けば、大学時代に淡い想いを寄せ女友達を思い出す。かつて彼女が水着姿で自転車に乗って駆け抜けた街。近くを車で何度も通っているはずだが、見覚えはない。別に構わない。当時駅に用があったわけじゃなく、その女友達と海に用があった。湘南に向いた街並は歴史を感じさせる。おそらく彼女と遊んでいた当時から変わっていないのだろう - [「鉄旅日記」2009年秋-越生、坂戸、小川町、寄居、羽生、久喜、新越谷、南越谷(東武越生線/東武東上線/秩父鉄道/東武伊勢崎線/武蔵野線)【関東ぶらぶら旅その3-武蔵国で遊ぶ日。7つの交差点へ。】](https://kazushiaruga.com/7863.html) - 鉢形城址をはじめ、戦国時代の読み物で慣れ親しんだ地名に接した。関東の首都が小田原だった頃、この一帯は一大交差点だった。当時の雰囲気を残しているように感じるが、町を歩けば衰退を思う。商店街があったと思われる一角を通り過ぎた。スーパーのLIFEの進出が何かを奪ったようには見えない。今朝の関東は今年一番の冷え込みで、草津で - [「鉄旅日記」2009年晩秋 初日(東京-倉敷)その1-東京、円町、園部、安栖里、山家、市島、柏原、谷川、西脇市、粟生(東海道新幹線/山陰本線/福知山線/加古川線) 【陰陽を行き来した3日間。この国の秋は美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/7877.html) - 大きく汽笛が鳴った。目の前に丹波高地が立ちはだかってきた。石原を「いさ」。石生は「いそう」。丹波の地名は難解だ。ここは織田信長所縁の地という。八上城の悲劇をはじめ多くの血が流れ、その後丹波人は明智光秀に率いられて信長を本能寺に襲った。柏原は城下町とのこと。山の駅を併設した立派な駅で、歩いてみたい商店街が駅から続いていた - [「鉄旅日記」2009年晩秋 初日(東京-倉敷)その2-北条町、姫路、播州赤穂、日生、備前片上、西片上、倉敷(北条鉄道/加古川線/山陽本線/赤穂線) 【陰陽を行き来した3日間。この国の秋は美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/7896.html) - あのあたりで畳表の懐かしい匂いが香った。素敵なケーキ屋さんに、片上商店街があった。菓子屋に肉、魚、旅館。どれも一代やそこらの代物じゃない。少し離れたところにあった居酒屋は閉まって真っ暗で、国道の時計屋は派手に電飾で彩っていた。片上の中心は西片上で、ここから山陽本線の和気駅を通って山間に至る片上鉄道が平成に入っても営業 - [「鉄旅日記」2009年晩秋 2日目(倉敷-和田山)その1-倉敷、足立、生山、上菅、伯耆溝口、伯耆大山、赤碕、浦安、松崎、浜村、末恒、湖山、鳥取(伯備線/山陰本線) 【陰陽を行き来した3日間。この国の秋は美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/7907.html) - 名峰大山を見に行く。富士山のような姿。雪をかぶった姿が美しい。冬枯れた田畑の先に立つ様。あまりにも美しすぎてここを離れることができない。あの山を見に来たのだと、冷たい風の中で思っていた。ここで山陰本線に乗り換える。車窓から大山の姿を追っていたら、いつの間にか日本海に沿って走っている。駅の案内板には船上山の名がある。 - [「鉄旅日記」2009年晩秋 2日目(倉敷-和田山)その2-郡家、若桜、智頭、京口、福崎、寺前、和田山(因美線/智頭急行/播但線) 【陰陽を行き来した3日間。この国の秋は美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/7929.html) - 安徳の里とは、壇ノ浦で海底の都へと飛び込まれた幼帝、安徳天皇のことなのだろう。実は生き延びられたという伝説は聞いたことがある。ここもそのひとつなのだろう。かつての幼帝と見紛うような幼子が滑り台で遊んでいる。因幡の白兎もこの町が舞台らしい。これから乗る若桜鉄道は古い駅舎を売り物にして健闘していると、最近何かで読んだ。 - [「鉄旅日記」2009年晩秋 最終日(和田山-東京)その1-和田山、福知山、丹波竹田、石生、篠山口、三田、神鉄三田、宝塚、阪急宝塚、川西池田、川西能勢口、伊丹、阪急伊丹(山陰本線/福知山線) 【陰陽を行き来した3日間。この国の秋は美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/7940.html) - 織田信長に叛いた荒木村重が籠り、滅ぼされた街。土産は酒蔵通りで揃えた。酒屋ではトム・ウェイツの「トム・トラバーツ・ブルース」が流れていた。彼女に連絡しよう。最近はちょっと錯綜していて、いろいろなことがうまくいかず、彼女に対する気持ちも説明のつけられない状態に陥っていて、問題が片づく見込みも立たない。 - [「鉄旅日記」2009年晩秋 最終日(和田山-東京)その2-大阪、桜島、西九条、阪神西九条、久宝寺、放出、京橋、京阪京橋、近江舞子、近江今津、近江塩津(大阪環状線/桜島線/関西本線/おおさか東線/学研都市線/湖西線) 【陰陽を行き来した3日間。この国の秋は美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/7958.html) - 大阪の零細工場が密集する下町と聞いていた。みゆき通りというシブいアーケード街に目が向き、そこを歩く。栄町と合わせた通りは、祝日ということもあってか多くがシャッターを下ろし、流行っているようには見えない。お座敷、宴会とドーンと謳っている迫力のあるビル。昔は東京にもあったけど、今は見ない。大阪らしさとは、懐かしさも意味して - [「鉄旅日記」2017年秋 その1-東長崎、本鵠沼、鵠沼海岸、藤沢、石上、柳小路、鵠沼、湘南海岸公園、鎌倉(西武池袋線/小田急電鉄江ノ島線/江ノ島電鉄) 【湘南へ向かう休日。江ノ電に乗りに行ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/7983.html) - 小田急線藤沢駅は終着駅の構造で行き止まりになり、江ノ島方向には来た道を戻るように進行していく。小田急百貨店内の江ノ電乗り場へ。一本やり過ごしてベンチに座ってこうしているが、続々と人がやってくる。生活列車であり観光列車でもある江ノ電の面目は保たれ、大昔に廃線が検討されたことなど冗談としか思えない人波に呑まれかけた。 - [「鉄旅日記」2017年秋 その2-和田塚、由比ヶ浜、長谷、鎌倉大仏殿高徳院、極楽寺、稲村ケ崎、七里ヶ浜、鎌倉高校前(江ノ島電鉄) 【湘南へ向かう休日。江ノ電に乗りに行ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/8001.html) - 太陽は神々しく、湘南海岸は美しい。江ノ島が近くなってきた。134号国道に面した海辺の駅。多くのドラマにこの駅は登場する。オレもここにいたことがあるし、車寅次郎も甥の光男といたことがある。寅次郎は年若い甥に人生においてとても大切なことを伝え、若者は泣いた。二人はここで分かれ、美しい海辺の風景と余韻が残った。 - [「鉄旅日記」2017年秋 その3-腰越、江ノ島、湘南江の島、片瀬江ノ島、新宿(江ノ島電鉄/小田急電鉄江ノ島線)/龍ノ口寺 【湘南へ向かう休日。江ノ電に乗りに行ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/8022.html) - 暗くなるのが早くなった冬に向かう海岸街で、海辺に続く道の灯は暖かく、雑踏が発する音は喧騒にはほど遠く、静かな人の列は江の島へと続いていた。かつてオレもあの列にいたことがある。暮れた一日に訪れる闇もまたやさしく、恋人たちには救いをもたらし、子どもたちには非日常の高揚感を提供し、大人はその場に限り未来よりも過去の栄光にこだ - [「車旅日記」1996年1月【旅を友として生きていくと決めた27歳。年頭の誓いでございます。】-町田、伊勢原駅、山北駅、沼津駅、富士駅、道の駅富士川、吉原駅、田子の浦](https://kazushiaruga.com/8047.html) - たどり着いたこの駅に人はいない。寒風が吹いているだけだ。これは本当のことを言っているんだが、オレがひとりで走る時はいつも月がきれいだ。今夜もそうなんだ。そして今夜のオレの行動に今さらながら戸惑いを覚えている。行き先に友はいない。隣には恋人もいない。誰もいないんだ。ただ車を走らせている。ひとりでいると寂しいよ。 - [「鉄旅日記」2017年冬 初日(東京-会津若松)その1-大泉学園、北千住、東武動物公園、上三依塩原温泉口、中三依温泉、会津高原尾瀬口、七ヶ岳登山口、会津山村道場(西武池袋線/東武伊勢崎線/東武鬼怒川線/野岩鉄道/会津鉄道) 【会津へ。会津へ行きたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/8051.html) - 駅前にある三依霊山宝蔵院の由緒書きによると、三依地区は会津藩領で、戊辰戦争では一村を除いて焼かれたとある。ここから会津若松は遠い。戦争とはそういうものか。東京より冬の訪れが早い村で暫し。風は冷たく、柿は収穫を得ずに腐り、ガソリンスタンドは撤退し、会津西街道を往く車もなく、駅裏のそば打ち道場には人の姿がある。駅前に組まれ - [「鉄旅日記」2017年冬 初日(東京-会津若松)その2-会津荒海、会津田島、会津下郷、塔のへつり、湯野上温泉、西若松(会津鉄道) 【会津へ。会津へ行きたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/8082.html) - 土産物屋で酒をあたためてもらい、南会津の大川にできた険しい断崖を眺めている。冬の寒い一日。川辺の名所を訪ねる人は多くないが、この青空の下、これはおつだ。ご主人の好意でお試しの品をつまませてもらっている。ささやかだが、お礼の意味も込めて、土産に犬の置物と天狗の面を買う。吊り橋を渡れば対岸の散歩も楽しめるが、やめておいた。 - [「鉄旅日記」2017年冬 最終日(喜多方-東京)その1-会津若松、笈川、堂島、喜多方、会津若松(磐越西線) 【会津へ。会津へ行きたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/8132.html) - 見渡せば山に囲まれた会津盆地。写真に収めたい風景の中で、まるでオレまでが一枚の絵に収まったような感覚でいた。貴女に見てほしくて。厳選した3枚を送る。分厚い雲がカーテンのように太陽を隠しているが、防ぎきれず日が射してくる。凍えている指も力を得て、思いが止まらない。刻一刻と景色は移り変わり、磐梯山は靄に隠れる。それでも美し - [「鉄旅日記」2017年冬 初日(東京-会津若松)その3-七日市、塩川、姥堂、会津若松(只見線/磐越西線)/鶴ヶ城 【会津へ。会津へ行きたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/8106.html) - お洒落な駅カフェが街にあたたかな灯をともしている。踏み切り脇の駅は始終通行する車の音や揺れを受けているけど、まるで俗世間とは一線を置いた夢の国のように超然としている。まるで童話に出てくる暖炉の家のように。そこに行けば、あたたかいシチューを出してくれそうな。鶴ヶ城は平和に開放されていた。訪れる誰もが悲惨な戊辰の戦いに思い - [「鉄旅日記」2017年冬 最終日(喜多方-東京)その2-会津若松、芦ノ牧温泉、大川ダム公園、芦ノ牧温泉南(会津鉄道)/大塚山古墳群【会津へ。会津へ行きたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/8167.html) - 入口に碑が立っている。ダム湖建設で旧集落は湖底に沈み、現在地に越したのだと。会津線も旧桑原駅が集落と運命を共にして、現在の線路はオレの目の前にある。復刻した桑原駅の駅名標が鎮守の杜の脇に赤い郵便ポストを従えて立っていた。この湖の底に集落が眠っている。そこでは人々が何代にもわたって平和に暮らしていた。夢のような悲しい話だ - [「鉄旅日記」2017年冬 最終日(喜多方-東京)その3-鬼怒川温泉、東武ワールドスクウェア、上今市、今市、下今市、南栗橋(野岩鉄道/東武鬼怒川線/東武日光線 【会津へ。会津へ行きたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/8186.html) - 今夜こそ満月か。下今市上空に大きな姿を見せていた。日光の山々はじきに夜に溶ける。SLが到着した1時間前。ターミナル駅としての雰囲気を濃厚に持つ。これから4番線に会津田島行が入る。もう一度乗って会津に戻りたいよ。夕暮れから夜へと変わった今市。暖かかった一日の余韻も消え、冷気が下りてきて、入線を待つ人々が体を震わせている。 - [「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】初日(東京-大阪茨木 R246→R1→名神高速)その1-町田、御殿場、道の駅富士川、静岡駅、掛川](https://kazushiaruga.com/8210.html) - ボブの仲間たちとうまいことやっているよ。このまま彼等と朝を迎えよう。今夜はたいして意味のある夜じゃない。行けるところまで行ければ、それでいい。さっき富士川に差しかかった時の月はきれいだったな。秋にも箱根越えのオレを優しく照らしてくれた。あのまま道を行けば天国へたどり着くんじゃないかと思ったよ。走りながら夜明けを待つ。 - [「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】初日(東京-大阪茨木 R246→R1→名神高速)その2-掛川、磐田駅、浜松、音羽町、岡崎、知立、名古屋渋滞、佐屋町、弥冨町](https://kazushiaruga.com/8216.html) - 前回は感傷的な思いを抱いて浜松を通過した。そして3度この街にさしかかると、その思い出はかけがえのないものに違いないけど、完璧に過去のものになっていた。テープはニール・ヤングの「アンプラグド」に変わっている。そこまでの曲順は秋のツアーを踏襲している。理由はあるようでなかった。今回は安っぽいドライブインでそばを食うためだけ - [「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】初日(東京-大阪茨木 R246→R1→名神高速)その3-関駅、その後](https://kazushiaruga.com/8221.html) - 確かにオレはブルースを聞いていた。しかしその時オレは視界に広がる渋滞の列とは違う映像を見ていた。目はしっかりと開いてはいた。でも脳は走り続けることに耐えられなくなっていたんだろう。そして体を動かしているオレに睡眠時の夢を見させた。しばらくしてオレは自分が異常な状態でいることに気づいた。友が待つ街に着けば終わる。 - [「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】2日目-友人夫婦と過ごした一日](https://kazushiaruga.com/8235.html) - 心の中で彼等との別れを済ませて、中央環状線を堺方面に下っていった。やがて1号国道に戻る。淀川沿いのルートだ。音楽はまた前回を踏襲して「ボス」、ブルース・スプリングスティーンの登場。京都との境でガソリンスタンドに寄る。接してくれたのは見習いのような美しい女性で、便所から戻るオレを笑顔で待っていてくれた。恥ずかしかったが - [「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】3日目 いよいよ金沢へ‐その1(R1→湖岸道路)伏見、山科西野、大津駅、瀬田駅、守山、彦根](https://kazushiaruga.com/8240.html) - 湖が荒れている。予想もしなかった場所で車は水を浴びている。ただ去年休息したビーチは、今日は波の中に消えている。確かこのあたりだったよ。恋する女よ、君への土産を見つけたよ。食堂は波しぶきを浴びながら夜の客を待っていた。最初にオレを出迎えたのはとても大きな老犬。オレに一瞥をくれると檻に戻っていった。とても寂びしそうな目を - [「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】3日目 いよいよ金沢へ‐その2(R8→北陸道)敦賀、尼御前SA、金沢駅](https://kazushiaruga.com/8245.html) - 人通りは多くなく、あとは恋人たちの空間。煙草に火をつけて、彼女の到着はいつになるだろうと思い、胸がいっぱいだった。改札前に戻る。彼女はいない。改札口では様々な人々の往来が見られた。関西からの旅行者、日本海沿いに住まう人々。そしてこの街を出ていく者たち。そんな往来を眺めていた。帽子を目深にかぶり、彼女の到着は待った。 - [「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】3日目 金沢を後にして‐その3(R8→北陸道)小矢部、富山駅、有磯海SA](https://kazushiaruga.com/8252.html) - ブラザーに言ったよ。「もう少ししたら惚れた女に電話してこようと思うんだ」。ヤツは尋ねたな。「惚れた女とは?」「誰でもない。お前の知らない女だ」。オレの発言は、ビールを開けてじきに訪れる新年を祝おうとするヤツの気分に水を差してしまったようだった。分かっていたよ。そうだな兄弟。やっぱり二人で終わらせよう。外も寒いしな。 - [「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】最終日 北陸より東京へ‐その1(北陸道→R8)有磯海SA、玉ノ木パーキング、親不知ピアパーク、能生](https://kazushiaruga.com/8258.html) - 風は吹き、海は荒れ、波が襲いかかる。ここは男がひとりで来る場所だ。雄々しさが世界を覆っている。そんな男には惚れた女性が必要だ。その女性がたとえ遠い街で生活していようと、いた方がいい。オレにとってのそんな女性は今から数時間後にこの風景を列車の窓から見るだろう。あるいは友達と喋っているうちに通り過ぎてしまうかもしれない。 - [「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】最終日 北陸より東京へ‐その2(R8→R18→R19)直江津駅、新井、豊野町、長野駅、道の駅信州新町、道の駅大岡村](https://kazushiaruga.com/8266.html) - 日本海路は冬だった。とても長くて寒くてタフな一日を生きた。今18号の長い坂を長野市内へと下りていっている。ブルース・スプリングスティーンの「ネブラスカ」がかかっていた。そしてさっきまで横に居座っていた雪をかぶった山並も消えて長野盆地に日が差している。そして日本海を後にすると、彼女の匂いが少しずつ消えていくのが分かった。 - [「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】最終日 北陸より東京へ‐その3(R20)諏訪湖、韮崎、道の駅甲斐大和](https://kazushiaruga.com/8271.html) - 最近親父はワインを好んでいる。だから彼のために甲州ワインを買って帰りたかった。見つけたのは家族経営の農園。奥さんに相談する。つまり、どれがいいか。彼女の意見は貴重だった。やっぱり今夜も晴れたよ。まだ月は顔を見せていないけど、そのうちオレに会いに来るだろう。さて、整備不良のトラックも行っちまったし、あとはオレも帰るだけだ - [「鉄旅日記」2018年如月 初日(東京-直江津)その1-保谷、代々木、都留市、富士山、河口湖(西武池袋線/山手線/中央本線/富士急行) 【冬の町を見たくて、週末パスを買いました。】](https://kazushiaruga.com/8279.html) - 船津浜に下りて結氷した河口湖を眺める。夏の姿しか知らないオレにとって、その姿は新鮮かつ神聖だった。最後に河口湖を見てから30年の歳月が流れている。たいしてありがたくもない記憶で、大切にしていたわけでもないが、この地に下りてみたら、そんな記憶でもないよりはマシだと思った。人生は縁を求める。4月から別の人生が待つオレもまた - [「鉄旅日記」2018年如月 初日(東京-直江津)その2-三つ峠、塩山、酒折、塩尻、新島々、西松本、松本(富士急行/中央本線/アルピコ交通上高地線) 【冬の町を見たくて、週末パスを買いました。】](https://kazushiaruga.com/8302.html) - 上高地線の終着駅に降りた。谷間に位置していた。駅手前に温泉旅館があり、保存された旧駅舎は観光案内所として活用されているのかと思いきや、閉まっている。バスターミナルでもある駅で、笑顔で迎えてくれた駅長さんは、オレがすぐに戻ってきたことで、その素敵な笑顔はやるせなく歪む。北信に雪は残るが、北アルプスは真冬の顔をしていない。 - [「鉄旅日記」2018年如月 初日(東京-直江津)その3-梓橋、姨捨、北長野、三才、直江津(大糸線/篠ノ井線/しなの鉄道/えちごトキめき鉄道)【冬の町を見たくて、週末パスを買いました。】](https://kazushiaruga.com/8329.html) - チェ・ゲバラの革命日記に身が入らず、長く退屈な時を過ごした。妙高高原は雪深く、天からは雨。ここ直江津もいくぶんあたたかい雨。歩道を通行できなくするほどの雪を降らした寒波は和らぎ、2月の上越にあたたかい雨が降る。庇のついた家並に飲み屋やBARの灯が点っていた。曇りガラスに顔を寄せると、かすかに楽しげな声が聞こえる。 - [「鉄旅日記」2018年如月 最終日(直江津-東京)その1-直江津、土底浜、犀潟、虫川大杉、六日町、塩沢(信越本線/北越急行ほくほく線/上越線) 【冬の町を見たくて、週末パスを買いました。】](https://kazushiaruga.com/8344.html) - 土底浜で降りると、あたりはカラスの声に包まれている。雪の積まれた朝に出歩く者の姿はない。福井豪雪で一昼夜立往生の車列ができた8号国道を、ひと駅歩く。日本海は見えず、弱い雨の中を歩く。その行為に理由があるわけじゃない。途中、美しい景観を渡った。ありふれたものかもしれない。でも別れについて考えていたオレには、そう見えた。 - [「鉄旅日記」2018年如月 最終日(直江津-六日町-大前-東京)その2-八色、浦佐、五日町、水上、後閑、上牧、八木原(上越線) 【冬の町を見たくて、週末パスを買いました。】](https://kazushiaruga.com/8370.html) - 清水トンネルを潜った先の関東にも同じ雪景色が広がっていた。空は晴れたが、国境の山から雪が下りてくる。土産物屋で思わず振り向かされた突風が時折吹く。水上駅もまた塗り変わっていた。以前の記憶は10年前のもの。10年を短くも、また長くも感じる。長かったよ。そうじゃなきゃ泣けてくる。次の10年はおそらく人生で一番濃い時代にな - [「鉄旅日記」2018年如月 最終日(直江津-六日町-大前-東京)その3-金島、中之条、川原湯温泉、大前、羽根尾、高崎問屋町(吾妻線) 【冬の町を見たくて、週末パスを買いました。】](https://kazushiaruga.com/8401.html) - 岩島駅を出てしばらくすると長いトンネルに入る。線路がつけ変わった地点が分かったよ。かつて2度旧線を上下したことがある。トンネルの先に生まれ変わった駅がある。八ッ場ダムはまだ建設中で水は入っていない。駅を出るとまた長いトンネル。次は長野原草津口。到着すると、口々に「寒い寒い」と大勢降りていく。廃線となった鉄橋が赤錆びてい - [「車旅日記」1996年夏【再び北を目指した夏。不慮の事故に遭い、打ち切らざるを得なくなったのでございます。】初日 (東京‐三国峠‐新潟)- 成瀬センター前、東福生駅、籠原駅、北橘村、渋川、ドライブイン利根川、猿ヶ京湖城閣、越後湯沢駅、道の駅ゆのたに、堀之内パーキング](https://kazushiaruga.com/8441.html) - ラーメン屋のオヤジはこう言うんだ。「美味いだろう?」って。そう、ゴマだれのつけめん、とても美味かったよ。オレみたいにひとりで店のドアを開けるヤツはあの手の言葉に弱いんだ。そして人情にも。店のオヤジとオカミは最後にオレにこう言ってくれたよ。「気をつけてなっ」。ありがとう。いい旅になるだろう。上州路、夏の夕暮れの中で。 - [「車旅日記」1996年夏【再び北を目指した夏。不慮の事故に遭い、打ち切らざるを得なくなったのでございます。】最終日 事故から帰京を振り返って。](https://kazushiaruga.com/8452.html) - 国道には9月に戻る計画でいる。それまでにオレが幸せになれたら別な話になるけど。「幸せな男がひとり旅なんかするかよ」。今夜友人のひとりと連絡をとって、どうにか明日の予定を埋めた。ヤツはそんなオレに「気にするな」と言ってくれた。オレにもいい友達がいる。彼女にもそんなオレのことを教えてあげたい。その彼女に今日こんな便りを出し - [「鉄旅日記」2018年弥生 初日(東京-会津若松)その1-保谷、池袋、赤羽、高崎、井野、水上(西武池袋線/埼京線/高崎線/上越線) 【青春18きっぷを握り、目指したのはまたしても会津。練馬から旅立つ最後の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8458.html) - 電車を眺めた高架に上がったら、よかった頃が迫ってきた。町は別にオレを責めちゃいなかったよ。ただ、「残念だったよな」と、オレの肩に手を置いてさ。「あぁそうだな」と応えて、そこで立ち止まることもなく、こうして旅に出ている。どんなことにもいずれ最後の時がある。急に春めいた早朝の町で、BARには二人の女性客の姿があり、始発列車 - [「鉄旅日記」2018年弥生 初日(東京-会津若松)その2-土合、越後湯沢、大沢、上越国際スキー場前、越後堀之内、小出(上越線) 【青春18きっぷを握り、目指したのはまたしても会津。練馬から旅立つ最後の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8478.html) - 有名な秘境駅。一生に一度は訪れたい駅の1位らしい。来てみるといいさ。山岳部隊は三々五々に散り、この待合室にはオレともう一人の鉄道オタクのみとなった。オレのように酒でも飲んでりゃ旅はもっと楽しくなるぜ。そう言いたいが、発するオーラが会話を拒否している。構わない。オレも進んで話がしたいわけじゃない。これからあの蜘蛛の糸を下 - [「鉄旅日記」2018年弥生 初日(東京-会津若松)その3-只見、会津川口、会津本郷、南若松、会津若松(只見線/会津鉄道) 【青春18きっぷを握り、目指したのはまたしても会津。練馬から旅立つ最後の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8510.html) - 集団就職で東京に向かう少年少女を、車寅次郎が涙まじりに見送った駅も今や昔。当時の姿はなく、高い雪の壁に隠れている。目を開ければ果てしない雪原がまぶしく、やがて時刻表への掲載が途絶えた田子倉駅を通過する。風景に変化はない。果てしない雪の世界。嘆息を洩らした男性に一声かける。「ボクもこんな世界に身を置いた経験はありません」 - [「鉄旅日記」2018年弥生 最終日(会津若松-東京)その1-会津若松、広田、野沢、徳沢、津川、五十島(磐越西線) 【青春18きっぷを握り、目指したのはまたしても会津。練馬から旅立つ最後の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8537.html) - 義経と皆鶴姫の悲恋物語が伝わる町。こうしているとさすがに手が凍える。春3月、雪景色の会津盆地。どこを眺めても素敵で、子どもの声に微笑み目を向ける。聞きなれない声が空から聞こえる。カモメか?猪苗代にいたのか?白い編隊飛行が西に向かっていた。青空の下の雪原を眺め、別れ行く者たちを想った。切なくて。それはまた人生を想うことそ - [「鉄旅日記」2018年弥生 最終日(会津若松-新潟-吉田-三条-東京)その2-新潟、白山、内野、巻、吉田、燕(越後線/弥彦線) 【青春18きっぷを握り、目指したのはまたしても会津。練馬から旅立つ最後の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8574.html) - 列車が動けば信濃川が見えた。旅に出て何をするでもない。会いたい人がいるわけでもない。日常と違った場所で日常を思うのが好きで、たぶんオレはこうしている。また大河を渡る。目の前に座る姿勢の美しい新潟美人が時折目を閉じる。まるで菩薩さまだ。彼女は常に笑みを浮かべている。心が満ちている。どうか今を生きるすべての人々に幸福を。 - [「鉄旅日記」2018年弥生 初日 最終日(会津若松-東京)その3-燕三条、北三条、三条、長岡、水上、高崎(弥彦線/信越本線/上越線)【青春18きっぷを握り、目指したのはまたしても会津。練馬から旅立つ最後の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8620.html) - 川上弘美さんの短編を読んでいる。図らずも孤独な男女の話ばかりだ。沼田、渋川、新前橋。街の灯はやさしい。空いた車内に話し声はなく、在来線を選んだ者たちの親密な空気を嗅いでいた。高崎駅は生まれ変わっていた。あるいはこの姿を実は知らずにいたのか。流線形の艶やかなデザインになっている。行田駅で、「遠い昔のことさ」と発車ベルが鳴 - [「車旅日記」1996年秋 初日 (東京‐新潟) 橋本、拝島、東松山、籠原駅、高崎、月夜野情報サービスセンター、猿ヶ京湖城閣、越後湯沢駅、堀之内パーキング、道の駅豊栄 【夏をあきらめきれず、秋。再び夏のルートへと向かったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/8650.html) - ペース配分がつかめない。あれは夏の日だった。群馬のどこらあたりかは忘れたが、美味いつけ麺を食わせてくれる店があった。そこの主人と温かく触れ合った時はまだ微かに明るかった。でも今はこの時点ですでに暗い。ここらは人家もまばらで、炭を焼く家が一軒見える。旅の空の下にある町。しかし、本当に暗くなった。同時にこれから長い夜が始ま - [「車旅日記」1996年秋 2日目(新潟‐鳴子温泉) 道の駅豊栄、道の駅朝日、道の駅温海、象潟駅-茶房くにまつ、蚶満寺、九十九島、矢島、鳴子サンハイツ 【夏をあきらめきれず、秋。再び夏のルートへと向かったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/8657.html) - 田園に降り注ぐ細雨。とても豊かな風景だと思うのはオレだけに限った話ではないだろう。お寺の公衆トイレにはチップボックスなるものがある。そこで集まったお金は清掃代金などにあてられるという。なるほどよく掃き清められているし、花も活けられている。それでオレも手持ちの小銭をすべて投じた。242円か。一茎の花くらいには換えられる - [「車旅日記」1996年秋【夏をあきらめきれず、秋。再び夏のルートへと向かったのでございます。】最終日(鳴子温泉‐米沢‐東京) 鳴子サンハイツ、鳴子温泉駅、芦沢駅、赤湯駅、米沢郊外、磐梯、猪苗代湖、新白河駅、氏家、春日部、三軒茶屋、東京町田](https://kazushiaruga.com/8669.html) - ススキの穂が揺れる。この寂しい駅を通る列車は東北を縦断している。渓谷、鉄橋、ススキの群生、小川のせせらぎ、リヤカーを押す青年、彼に寄り添い歩く恋人。すぐには思いつかないけど、心の底でオレが接したかったものすべてが通り道にあったような気がしたよ。今、特急列車が通り過ぎた。神寂びたこの駅には20分後に同じく山形行の列車が止 - [「鉄旅日記」2018年弥生-小手指、西所沢、西武遊園地、小川、東村山、西武園、西武遊園地、萩山、小平(池袋線/狭山線/山口線/多摩湖線/国分寺線/拝島線/西武園線/新宿線)【西武線を楽しむ日。いくつかのターミナル駅に降りてみたかったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/8681.html) - 「ドリフターズ世代」には懐かしい地名だ。志村けんさんの故郷で、「東村山音頭」はオレが小学生時分に全国的に流行ったものと思われる。少なくともオレがいた小学校で、オレの周りでは流行っていた。「いっちょめいっちょめ、ワ~オ」。ソウルフルな音楽は、志村けんさんが音楽好きなことから生まれたと知ったのはずいぶん後のこと。 - [「車旅日記」1997年1月【空しい日々を振り払い、28年目の人生もまた旅。そんな年頭の姿でございます。】-町田、愛甲石田駅、御殿場駅、岩波駅、熱海駅、西湘パーキング、奈良北](https://kazushiaruga.com/8703.html) - まだ朝は来ない。だから東へ向かう。つまり東京の方角へ。ただ突っ走る。それだけの夜だった。満足はしている。「新年明けましておめでとうございます」という建設省からの挨拶表示が道に架かっていた。思わず、「おめでとう」と声を返した。今年もよろしく。オレは制限速度でいく。そしてその速度でどこへでも行く。今年もどこへでも行くさ。 - [「鉄旅日記」2018年弥生【秩父へ。西武線とのお別れでございます。】-練馬区役所、芦ヶ久保、西武秩父、御花畑、秩父、入間市(西武秩父線/秩父鉄道/西武池袋線)](https://kazushiaruga.com/8710.html) - 便所の鏡に酔いで顔を赤くさせた男が写っていた。飯能を過ぎると里山が広がり、尿意に耐えきれずこの駅に降りた。冬に吹く風の鋭さはないが、春の風は冷たい。ホームで首筋に冷たさを感じながら次の秩父行を待つ。さっきまでいた下界、道の駅からバイクの爆音が聞こえてくる。そこでオレは工芸品のような女物の室内サンダルを手にとり、レジへ - [「空旅日記」1997年弥生【若き日に高知に出張に行った記録が残っておりました。】-羽田空港内カフェテリア、市電グランド通り駅前オリエントホテル](https://kazushiaruga.com/8737.html) - たまには空にも昇ってみるものだ。羽田で残照に魅入られ、雲の上の太陽の輝きに驚嘆し、明るさを少し残した高知の街には海から入った。素晴らしい四国上陸風景だった。それからお得意と飲みに出かけた。仕事の話が中心で、二人で同世代の人間がノシていけるようになったことを喜んだ。高知で関わった女性はみんな素晴らしかった。2軒目で入った - [「鉄旅日記」2018年エイプリルフール その1-金町、上野、鹿沼、日光、東武日光、宇都宮、野崎(常磐線/東北本線/日光線) 【8年振りに金町に帰ってまいりました。青春18きっぷはまだ3日分残っております。呼んでくれたのは会津でございました。】](https://kazushiaruga.com/8742.html) - 町に人はなく、店は閉まり、観光客が発する外国語が聞こえてくる。目の前に座っているのはフランス、イタリアといったラテン系カップルだろう。春霞の日光の山々に清々とした凛気はなく、朧な朝。まるで飲み疲れて眠って目覚めた朝のよう。駅前のベンチに座って、東武駅で買ったビールと買い置きのポテチを楽しむ。「さてっ」と見上げた空が青か - [「鉄旅日記」2018年エイプリルフール その2-猪苗代、磐梯町、安子ヶ島、磐梯熱海、郡山(磐越西線) 【8年振りに金町に帰ってまいりました。青春18きっぷはまだ3日分残っております。呼んでくれたのは会津でございました。】](https://kazushiaruga.com/8765.html) - 今日の旅で一番遠い町に降りた。雪解け水が水路を伝う音が静かな町に響く。姿の見えない駅員室からくしゃみの声が響く。小さな少女が待合室の姉に40分と繰り返す。磐梯山を眺めること以外にやることが見つからない町で1時間。心の支えでもある女性が投稿したSNSの写真に、「時間よ止まれ」と書き込む。猪苗代湖からはだいぶ離れてしまった - [「鉄旅日記」2018年エイプリルフール その3-谷田川、磐城石川、磐城塙、常陸大子、玉川村、常陸大宮、上菅谷、水戸(水郡線) 【8年振りに金町に帰ってまいりました。青春18きっぷはまだ3日分残っております。呼んでくれたのは会津でございました。】](https://kazushiaruga.com/8793.html) - 多くの若者たちが降りていった石川。地域の有力町であることに変わりはなく、駅前の県道は商店街の明かりに照らされている。駅前を件の若者たちの声が埋め、駅員室では5、6人が立ち働いていた。郡山で触れた友人の故郷でもある石川。ずいぶんと時が経った。オレに起こったことを、彼は驚きながらも理解を示してくれるだろう。 - [「車旅日記」1997年梅雨明け【疲れきった若き日々。またしても向かうのは北でございました。】(東京-鳴子温泉)初日-町田、用賀、築地、北松戸、荒川沖駅、美野里パーキング、常陸多賀駅、いわき久ノ浜パーキング](https://kazushiaruga.com/8816.html) - 銀座で涼しい風が吹いたけど、それも束の間のことで、ねっとりとした暑い夜が訪れている。道々建設省の一味が作業車を止めて、交通状況に混乱を招こうとしている。土曜夜の東京。人の数はそれほどでもないが、日常より怪しげな空気が漂っている。六本木では人が放つ異臭が鼻を突き、銀座では人通りの絶えた街路で、鏡を前に踊る少年を見かけた。 - [「車旅日記」1997年梅雨明け【疲れきっていた若き日々。またしても向かうのは北でございました。】(東京-鳴子温泉-東京)2日目~最終日-いわき久ノ浜パーキング、亘理、名取、松山町、鳴子サンハイツ、町田](https://kazushiaruga.com/8821.html) - むしろ出かける前に過ごした日々より冴えが悪い。それでも日常へと戻らなければならない。ただ失ったものは何もない。失いそうになったもの。それはこのオレという生命体だった。あまりの精神薄弱さに身の危険を感じて、不本意な形でこの旅を打ち切った。クリアーになったものは本当に何もない。だから、すべてやり直し。それでいい。 - [「鉄旅日記」2018年春 初日(東京-飯田)その1-国立、高尾、宮田、伊那八幡、三河東郷、新城、三河一宮(中央本線/飯田線)【伊那谷へ。長篠へ。安曇野へ。木曽へ。青春18きっぷを握ったそんな旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8826.html) - こじんまりとした品のいい駅だった。駅員さんは優しい笑みを浮かべ、駅前のパン屋のご主人が丁寧に頭を下げられる。そこではウイスキーハイボールが買えた。町へ続く道は細く、突き当たりの通りは、オレがいた場所からは町を予感させるものはなく、穏やかな駅前風景。しんみりとした物思いが曇り空に合い、またあの優しい笑顔の駅員さんに切符を - [「鉄旅日記」2018年春 初日(東京-飯田)その2-野田城、長篠城、大海、三河大野、浦川、門島、桜町、飯田(飯田線) 【伊那谷へ。長篠へ。安曇野へ。木曽へ。青春18きっぷを握ったそんな旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8856.html) - オレの中で飯田とは、そんな街だった。スマホが示す気温は4度。春なのにな。米国メジャーリーグに行った大谷選手が3試合連続本塁打を放った日。寂しく感じていることを自分自身に隠せなかった。でももう戻れない。もはや叶わない願い。そしてオレがしばらくいる場所はそんなところだと悟り、暗然となる。この飯田で迎える夜明けに期待している - [「鉄旅日記」2018年春 最終日(飯田-東京)その1-飯田、伊那大島、伊那松島、辰野、松本、柏矢町、豊科(飯田線/中央本線辰野支線/篠ノ井線/大糸線)【伊那谷へ。長篠へ。安曇野へ。木曽へ。青春18きっぷを握ったそんな旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8891.html) - 塩尻までの辰野支線の豪快ともいえる迂回ぶりは、ある意味笑えるほどだったが、塩尻峠の急勾配を上下するため線路はループを描き、景観は目を見張るほどだった。車窓から小野で見た雪は今朝のものらしい。そう言えば飯田は雹。冷気に覆われた安曇野は寒く、日差しの下に逃げたが、すぐに翳る。北アルプスの雪はまだらで春に霞んでいる。 - [「鉄旅日記」2018年春 最終日(飯田-東京)その2-安曇沓掛、信濃常盤、細野、海ノ口、信濃大町、信濃松川、安曇追分、南松本(大糸線/篠ノ井線)【伊那谷へ。長篠へ。安曇野へ。木曽へ。青春18きっぷを握ったそんな旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8896.html) - 仁科の地に日差しが戻り、木崎湖の水面は揺れ、湖面は緑色をしている。ボートを浮かべていた温泉口。中綱湖、青木湖とある仁科三湖の中でレジャーに適した湖のようだ。まれに名残雪が舞い、ひとりきりになれる素晴らしい場所でしばし。人生が用意する最高の瞬間はあまりにも短いが、さっきがそうだったのだと、過ぎ去ってから気づくことがたまに - [「鉄旅日記」2018年春 最終日(飯田-東京)その3-日出塩、贄川、村井、上諏訪、日野春、西国分寺、新松戸(中央本線/武蔵野線) 【伊那谷へ。長篠へ。安曇野へ。木曽へ。青春18きっぷを握ったそんな旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8950.html) - 木曽は江戸時代尾張藩領だったことを知った。途中、明治天皇御座所跡の前を通る。気温は3度。冷たい向かい風が吹く中を情念と共に歩いた。愛しいものと別れなければならなかった人生。関連する人々。仕事。この強い風を受けながら歩き、贄川駅に着くのは一体いつになるのかという不安がやがて情念を押しつぶす。こうして歩くことが心の修行であ - [「車旅日記」1997年夏 初日(東京-三国峠-新潟)-町田、東福生駅、山田うどん、前橋市田口町、月夜野道路情報ターミナル、奥平温泉遊神館、越後湯沢駅、堀之内パーキング、道の駅豊栄 【男鹿半島を目指した夏。友と過ごし、旧友と再会したみちのく旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8985.html) - 上州路は前橋を過ぎて旅情を身につけた。川の流れ。夕日を背にして立つ男。雲は男らしい姿の断層を見せながら空に浮かんでいる。さっき夕暮れの日差しを浴びた時、心の中で歓声を上げた。甲子園の熱戦は続き、これから三国越えに入る。いつも思うが、旅の喜びはほんの一瞬のうちにやってくる。残りの時間は、日常とは違う視線でただ車を走らせて - [「車旅日記」1997年夏 2日目(新潟-象潟-田沢湖付近)-道の駅豊栄、道の駅加治川、道の駅朝日、道の駅鳥海、蚶満寺、道の駅西目、八津駅【男鹿半島を目指した夏。友と過ごし、旧友と再会したみちのく旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/8994.html) - 上半身裸で自転車にまたがった2人の外人。さらに2人の青年。行きつけの海岸にでも向かったのだろう。オレもオレだ。なかなか見かけないスタイルでいる。約束の場所に行けば、もう一人似たような男が待っている。日本海が素晴らしい。田園風景も申し分ない。太平洋側よりこっちを気に入っている。この喜びを分かち合える者もまた持たないけれど - [「車旅日記」1997年夏 最終日(鳴子-米沢-東京)-鳴子サンハイツ、瀬見駅、羽前中山駅、萬世大路記念碑公園、栗子トンネル、松川駅、里白石駅、常陸大子駅、我孫子、東京町田【男鹿半島を目指した夏。友と過ごし、旧友と再会したみちのく旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/9005.html) - 気温16度と出ている。ひどく寒い夏の日だ。宿の女性は稲の心配をしていた。印象としては夏でも秋でもない妙に寒い一日。周りの緑がとても濃い。渓谷の中を走っている。脇を友が見たら狂喜しそうな清流が流れ、道を挟んで線路が敷かれている。そこでは今もアンティークなトンネルや鉄橋が使われている。見ていると気分が和む。それが目にしたか - [「車旅日記」1997年夏 3日目(田沢湖近辺-男鹿半島-鳴子)-和田駅、入道崎、八望台、男鹿駅、道川駅、矢島駅、鳴子サンハイツ【男鹿半島を目指した夏。友と過ごし、旧友と再会したみちのく旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/9000.html) - ここは何というところなのか。車の流れが途切れると風の音しか聞こえない場所。太陽はまだまぶしく、道の両側の緑もまたまぶしい。本荘で最後に見た日本海もまぶしかった。海には静かに波が立ち、まばらになった人影はみんな海に向いていた。この涼しい風に感じるのは秋の気配。風の音をもう少し聞いていたくて、エンジンをかけるのをためらった - [2018年卯月【SNSへの投稿より】愛する地元葛飾の風景をご紹介申し上げます。-葛西神社、金蓮院、江戸川堤、市川の渡し、里見公園、野菊の墓文学碑、矢切の渡し](https://kazushiaruga.com/9010.html) - 新葛飾橋を渡り松戸へ。 しばらく下流に走ると「矢切の渡し」があります。矢切とは、昨日も触れましたが、戦国時代の国府台合戦で家を焼かれ、田畑を踏み荒らされた民が、「弓矢の時代はたくさん」との願いを込めたことを由来とする地名とのことでございます。 そしてそこには「野菊の墓」文学碑が立ちます。営業の終わった誰もいない「矢切 - [「鉄旅日記」2018年卯月 その1-取手、竜ケ崎、佐貫、岩間、赤塚、大洗、鹿島神宮(常磐線/関東鉄道竜ヶ崎線/鹿島臨海鉄道)【ときわ路パスでめぐる常陸旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/9069.html) - またしても喪失を思う。別にそうしたくて列車に乗り込んでいるわけじゃないが、ボブ・ディランが歌うように、悲しみは果てしない。窓の外では遥かなる尊い営みが行れている。元気がないわけじゃないが、オレにとっては「元気でいなきゃいけない」と思える光景だった。海岸に出て太平洋を撮って、心の支えともいえる彼女に送ることを考えていた。 - [「鉄旅日記」2018年卯月 その2-阿字ヶ浦、那珂湊、勝田、大津港、日立、常陸多賀(ひたちなか海浜鉄道湊線/常磐線)【ときわ路パスでめぐる常陸旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/9092.html) - 観光客が年間2000万人を数える日本。この路線にまでアジアの波は押し寄せ、肥満度の高い男たちが車内の温度を上げている。駅では食のイベントを開催中。たいして注意が払われることなく、人々は待っていたバスに乗り込んでいく。ひとり歩きだし、ドンツキの神社を左に折れれば、そこは坂の上。このあたりじゃ常に荒々しく見える太平洋が眺め - [「鉄旅日記」2018年卯月 その3-佐和、友部、下館、騰波ノ江、下妻、石下(常磐線/水戸線/関東鉄道常総線) 【ときわ路パスでめぐる常陸旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/9114.html) - 明らかに東京文化圏に組み込まれることに抗っている。ビールを売っている場所を見つけた今、その事実はとても好ましい。おそらく住人はあの映画に感謝し、あの映画で描かれた町をほどよく忘れている。どこに行きたかったわけじゃないが、深田恭子さんが圧倒的なまでに愛らしかったのと、映画の出来栄えに誘われて、映画を観てから3度目の下妻行 - [「鉄旅日記」2018年水無月-松戸、八柱、新八柱、くぬぎ山、新鎌ヶ谷、北習志野、京成津田沼、ユーカリが丘、勝田台、東葉勝田台(新京成線/京成本線/山万ユーカリが丘線)【地元からひと駅先の松戸からは、新京成線が出ております。】](https://kazushiaruga.com/9138.html) - 穏やかな日曜日の午後。初めて下りる町をめぐっているオレには寂しさが付きまとう。昨日届いた心の支えといえる女性からのメッセージが影響している。どことなく晴天を恨むようなお気持ちで過ごしておられたのだろう。風が吹きわたるこの気持ちのいい場所で、長椅子に腰かけてウイスキーハイボールを手にしたオレはきっと、贅沢をしているのだろ - [2018年水無月~文月【SNSへの投稿より】神宮劇場へお誘い申し上げます。](https://kazushiaruga.com/9214.html) - 龍軍相手の夏休み初日。サヨナラ本塁打による超ドラマチックな幕切れでございました。セ・パ交流戦王者でありながら、その後8連敗などしておりました東京燕組はやはり強うございます!ワハハっ。この夏、さまざまな夏。そしてまだまだ続いていく暑い夏。東京燕組、今日は強かったな。40年も応援してるんだ。また、いい目を見させてくれよっ。 - [2018年文月【SNSへの投稿より】地元葛飾江戸川堤、初夏の夕景をご紹介申し上げます。](https://kazushiaruga.com/9228.html) - 大相撲名古屋場所初日を見終えてから、走りに出たのでございます。風はなく、蒸し暑い宵でございました。夕焼け空に巨大な龍が現れたかと目を見張った帯状の雲。穏やかな川辺で迎える夏の夕暮れは美しゅうございます。そんな普段は穏やかな多くの河川が牙をむいたこの週末。西日本にお住まいで被災された方に心よりお見舞い申し上げます。 - [2018年七夕【SNSへの投稿より】宇都宮との縁ができた夏でございました。-大谷石採石場、大谷平和観音、うつのみやタワー、宇都宮城址、合戦場駅、新栃木駅、東武宇都宮駅](https://kazushiaruga.com/9166.html) - 現代語訳「般若心経」 超スゲェ楽になれる方法を知りたいか?誰でも幸せに生きる方法のヒントだ。もっと力を抜いて楽になるんだ。苦しみも辛さもすべてはいい加減な幻さ、安心しろよ。この世は空しいモンだ。痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。この世は変わり行くモンだ。苦を楽に変える事だって出来る。汚れることもありゃ背負い込む事だっ - [2018年文月【SNSへの投稿より】地元葛飾、夏の夕景と葛飾納涼花火大会をご紹介申し上げます。](https://kazushiaruga.com/9270.html) - 今夜は葛飾区の納涼花火大会でございました。普段より早めに帰宅して、上着を脱いで短パンにはきかえ、Yシャツはめくって、葛西神社脇から江戸川堤に駆け上がったのでございます。江戸川橋梁をひっきりなしに行き交う常磐線がまるで銀河鉄道のようで、火薬の匂いが遠い日を呼び起こしてまいります。花火をきれいに写すのはムズカシイのですね。 - [2018年夏-吾野駅、横瀬駅、秩父駅、皆野駅、西武秩父駅(西武秩父線/秩父鉄道)【SNSへの投稿より】秩父旅のご紹介でございます。](https://kazushiaruga.com/9286.html) - 近現代では庶民が組織的に国に逆らった最後の事例となった土地でもあります。明治維新後、西郷さんの西南の役も終わり、士族の反乱が終息した中で、圧政に耐えかねた秩父困民党の蜂起が蜂起いたします。彼等が掲げた「自由自治元年」の旗は、武田信玄の孫氏の旗や、石田三成の「大一大万大吉」などに比しても、崇高なものだと思うのでございます - [「鉄旅日記」2018年初秋 初日(東京-桑名)その2-吉原、岳南江尾、本吉原、吉原本町、吉原、富士川、新蒲原、西焼津、新豊橋、三河田原(岳南電車岳南線/東海道本線/豊橋鉄道渥美線)【「JR東海&16私鉄乗り鉄☆たびきっぷ」でめぐる東海旅】](https://kazushiaruga.com/9356.html) - 工場脇の本吉原には唯一駅舎がなく、煙突から吐き出される煙を間近に見て傘を広げ、徒歩約5分。吉原本町駅はそんな距離にある。駅前通りは吉原本町通りと呼ばれ、アーケードが設置されている。ビールは売っていないかと歩けば1分で7ELEVEN。店員が進めてくれたバームクーヘンも購入して開けっ広げの駅で雨の音を聞く。 - [2018年初秋 最終日(桑名-東京)その1-桑名、養老、大垣、揖斐、垂井、美江寺、本巣、樽見(養老鉄道/東海道本線/樽見鉄道) 【JR東海&16私鉄乗り鉄☆たびきっぷ」でめぐる東海旅】](https://kazushiaruga.com/9435.html) - 自動改札などは一生無縁であろう養老駅の涼しげで立派な造りは一見に価する。由緒ある額が飾られた壁に、電飾看板が不自然でなく共存する様に温泉旅館を思い浮かべた。こうして座っている静かな時間が愛しい。心の恋人を思い浮かべている。養老の滝は実際に存在する。養老時代の天皇行幸も実際にあったようだ。滝を示す坂道の両側には豪邸が並ん - [「鉄旅日記」2018年秋 初日(松戸-流山-潮来-銚子-東金-松戸)その1-松戸、北松戸、馬橋、流山、小金城趾、幸谷、新松戸、北小金、南柏、北柏、我孫子(常磐線/流鉄流山線) /萬満寺/近藤勇陣屋跡【サンキューちばフリーパスでめぐる上総下総安房旅】](https://kazushiaruga.com/9498.html) - 案内に従って角を入ると土産物屋や倉が並ぶ趣のある通りで、狭い一郭に近藤勇陣屋跡がある。彼の闘争はここで終わり、尚も闘いを止めない土方歳三は東に去り、彼等の二人三脚の人生の旅路もここで終わった。京都を震撼させてきた時代の鬼たちの終幕の地。多摩で生まれた彼等は何かに導かれるようにこの地まで敗亡を道をたどり、そして永遠に別れ - [「鉄旅日記」2018年秋 初日(松戸-流山-潮来-銚子-東金-松戸)その2-湖北、下総松崎、成田、香取、延方、北浦、佐原、大戸(我孫子支線/成田線/鹿島線) 【サンキューちばフリーパスでめぐる上総下総安房旅】](https://kazushiaruga.com/9536.html) - 広大な千葉という土地を思う。オレが暮らす東京都葛飾区は、調べたことはないが、映画「男はつらいよ」によると下総国に属していたようだ。気温が上がるにつれてつくつくぼうしの声が聞こえるようになってきた。あれは夏の終わりの声。江戸の民は、夏の終わりは「つくづく惜しい」と聞いていたと、仕事で車を走らせる最中にラジオから知った。 - [「鉄旅日記」2018年秋 初日(松戸-流山-潮来-銚子-東金-松戸)その3-笹川、外川、犬吠、犬吠埼、銚子、椎柴、松岸(成田線/銚子電鉄)【サンキューちばフリーパスでめぐる上総下総安房旅】](https://kazushiaruga.com/9572.html) - たぶんこの駅前にいるのは5度目になる。銚子は遠い街で、思う気持ちは望郷に近い。もう来ることはないだろうなどといつも思いながら、こうしてまたやってきて銚子電鉄にも乗っている。オレは伊勢志摩に縁が深いと複数の鑑定師が告げている。思い当たるものがなくはないが、オレと銚子の縁も、こうとなれば並大抵のものじゃない。 - [「鉄旅日記」2018年秋 最終日(松戸-五井-大原-安房鴨川-松戸)その1-市川塩浜、五井、上総牛久、馬立、上総鶴舞、里見(京葉線/外房線/小湊鉄道)【サンキューちばフリーパスでめぐる上総下総安房旅】](https://kazushiaruga.com/9633.html) - 街道に出ても何もなく、大宮神社では土地の会合が持たれていた。発電所跡から蝉の声が響き、コーヒースタンドの置かれた広場からは子供の声が聞こえ、柿の実はこれから赤くなる。苔むして使われなくなったホームを眺めながら、この鉄道が多くの人々を目的地まで運んでいた時代があったことを想う。じきに幸せになるオレが、よく晴れた空の下で笑 - [「鉄旅日記」2018年秋 初日(松戸-流山-潮来-銚子-東金-松戸)その4-飯岡、東金、大網、蘇我、海浜幕張、船橋法典、市川大野、東松戸(総武本線/東金線/内房線/京葉線/武蔵野線) 【サンキューちばフリーパスでめぐる上総下総安房旅】](https://kazushiaruga.com/9612.html) - 跨線橋を下りると改札口まで駈ける。町があり、駅員さんのいる駅だった。飛び込んだ先には小さな女の子がかわいらしい声を上げていて、思わず笑いかける。今も彼女の歌い声が聞こえてくる。東日本大震災で被害を受けた旭。総武本線から海辺は見えないけど、オレは忘れていないよ。ここ一週間でイエメンに駐留する米軍の軍医と友達になった。 - [2018年文月~葉月【SNSへの投稿より】ブラザーとの再会、平安高校甲子園通算100勝についての記事でございます。](https://kazushiaruga.com/9730.html) - この町に縁を持てたのは、彼がこの町に暮らしていたからでございます。散々ビールを飲んで夜風にあたり、金八先生の家を教えてもらい、3日前にひとり花火を眺めた場所でも語らい、名残惜しく手を振って別れたのでございます。ブラザー、オレはまた青春時代に戻るけど、きっと今もかわいいであろう君の奥さんにもよろしく伝えてくれよ。笑 - [2018年葉月【SNSへの投稿より】新たなビジネスへとあがいていた夏と、江戸川堤の夏の記憶でございます。](https://kazushiaruga.com/9738.html) - 「これでいいのだ」と葛飾に帰りテレビをつければ、甲子園準々決勝第4試合は8回表。やがて金足農業の劇的なサヨナラ勝ちを目にするのでございます。優勝経験校が揃う4強に飛び込んだ同校が、白河の関を越えて優勝旗を東北に運ぶ夢を見たいと思った夕暮れに、あらためて涼みに出た江戸川土手は、すっかり秋の気配に満ちておりました。 - [2018年葉月~長月【SNSへの投稿より】柴又の夕景、車寅次郎、櫻さん、、、そして神宮劇場の記事でございます。](https://kazushiaruga.com/9755.html) - 17時にはほとんどの店が営業を終える帝釈天参道では、「男はつらいよ」にも登場する川千家さんだけが明かりを灯しております。明るいうちにはおそらく賑わっていたであろう柴又駅前も、祭りのあとでございました。浅草もそうですが、下町情緒とは、日暮れとともに職場の明かりを消す風景を指すのではないかと思ったりもするのでございます。 - [2018年秋 最終日(松戸-五井-大原-安房鴨川-松戸)その2-養老渓谷、上総中野、大多喜、国吉、大原(小湊鉄道/いすみ鉄道) 【サンキューちばフリーパスでめぐる上総下総安房旅】](https://kazushiaruga.com/9637.html) - これまでの人生の集大成が見える旅だ。本当の集大成はまだ少なくとも30年後の話。49年の集大成がこれならいい。未来を生きる子供たちを愛せているんだ。これならいいよ。それに見渡すところの老若男女。みんな抱き締めてあげられるよ。人間愛に満ちた一両編成のいすみ鉄道を降りて日常のようなJR線に乗ると、観光色は消えて、まさに日常に - [2018年秋 最終日(松戸-五井-大原-安房鴨川-松戸)その3-安房鴨川、江見、君津、千葉、西船橋(内房線/総武本線) 【サンキューちばフリーパスでめぐる上総下総安房旅】](https://kazushiaruga.com/9680.html) - 実行に移され、現在は過疎化に悩む鉄路がございます。遠大な計画とも、採算度外視の計画ともとれるでしょう。正否は問いません。その鉄路は、素朴な里山風景をつなぐことが未来への貢献なのだと、強い意志を持っておりました。賛成でございます。江戸の民は「つくつくぼうし」の声を、夏の終わりが「つくづく惜しい」と聞いたそうでございます。 - [「鉄旅日記」2018年神無月 初日(東京-米原-福井-越前大野)その1-金町、大垣、米原、近江塩津、王子保、湯尾(常磐線/東海道本線/北陸本線) 【北陸へ。信州へ。友を訪ねての巡礼旅でございます】](https://kazushiaruga.com/9803.html) - 台風25号が連れてきた温かい空気は気紛れに雨を降らせ、間近に鮮やかな虹の橋を架けてくれた。まるで奇跡。空は晴れ、半円を描いた夢の橋の両端がはっきりと見えた。「お前分かっただろ?」天神様が教えてくれた気がした。この春に松戸上空に龍が現れた時にも実は感じたんだ。だけど忘れていた。オレはもうこの身に訪れる幸せを疑わない。 - [「鉄旅日記」2018年神無月 初日(東京-米原-福井-越前大野)その2-越前花堂、花堂、越前大野(越美北線)/越前大野城【北陸へ。信州へ。友を訪ねての巡礼旅でございます】](https://kazushiaruga.com/9806.html) - 大切な友人に会いに行ったのでございます。30代だった頃の互いの姿を最後の印象として、おそらく15年振りくらいに会った友人は、高校時代にサッカーの福井選抜に数えられた男らしく、タフな風貌を保っておりました。ねえ、Sさん。さっきも言ったけどさ。貴方の下で参謀らしいことをやってた時代のオレが、オレは一番自分らしかったと思って - [「鉄旅日記」2018年神無月 2日目(越前大野-福井-米原-名古屋-松本)その1-越前大野、南今庄、敦賀、武並(越美北線/北陸本線/東海道本線/中央本線) 【北陸へ。信州へ。友を訪ねての巡礼旅でございます】](https://kazushiaruga.com/9852.html) - 友人は少しこけて歯を悪くしていたが、精悍な面構えに変わりなく、「格好いいじゃん」と伝える。オレはアンタの下で仕事をしていた時が一番楽しくて、一番オレらしかった。今生で会えるのは、もしかしたらこれきりかもしれない。そんな思いがあるにはあったが、忘れていたよ。そしてそんなことを思う必要もなかった。本当の友達なら、またきっと - [「鉄旅日記」2018年神無月 2日目(越前大野-福井-米原-名古屋-松本)その2-平田、松本、食蔵BASARA(篠ノ井線) 【北陸へ。信州へ。友を訪ねての巡礼旅でございます】](https://kazushiaruga.com/9854.html) - ・まぐろとアボカドと茎わさびのタルタル仕立て・さわらと豆腐のすり身かつ・長野県産牛肉のグリル赤ワインソース・地元でとれた松茸のパスタ。信州松本、伊勢町通りを女鳥羽川に折れてすぐのところに洒落た蔵がございます。そこに行くと、穏やかなご夫婦が自慢の美味しい料理でもてなしてくれます。小生の大切な友人でございます。松本にお越 - [「鉄旅日記」2018年神無月 最終日(松本-辰野-天竜峡-岡谷-東京)その1-松本、辰野、北殿、伊那市、伊那福岡、伊那本郷、上片桐、飯田、天竜峡(篠ノ井線/中央本線辰野支線/飯田線) 【北陸へ。信州へ。友を訪ねての巡礼旅でございます】](https://kazushiaruga.com/9887.html) - そばイベントで賑わう街中にちょっとした蔵がある。そこが友人が経営する食べ物屋さんなんだ。彼はオレの話に怒り、嘆き、子供の幸福を祈り、そして自身の身の上を訥々と語った。ここにも真実の友達がいたよ。バスターミナルに人気はなく、早朝の駅は明るく、とても静かだった。ゲンジ蛍の里、松尾峡入口の看板が日に褪せている。 - [「鉄旅日記」2018年神無月 最終日(松本-辰野-天竜峡-岡谷-東京)その2-伊那大島、駒ヶ根、伊那北、岡谷、下諏訪、茅野、山梨市(飯田線/中央本線) 【北陸へ。信州へ。友を訪ねての巡礼旅でございます】](https://kazushiaruga.com/9918.html) - 若者で埋まる車内。彼等に休日はない。オレもそうだった。伊那節と勘太郎の町、伊那。勘太郎とは北風小僧のことではなく、江戸時代末期に存在した侠客とのこと。東宝映画の主人公で、彼の人生には国定忠治や水戸天狗党が登場する。だが、まったく架空の人物らしい。駅前道路を車は流れ、賑やかそうに見える商店街が日差しに照らされている。 - [「鉄旅日記」2018年神無月 最終日(松本-辰野-天竜峡-岡谷-東京)その3-勝沼ぶどう郷、大月(中央本線) 【北陸へ。信州へ。友を訪ねての巡礼旅でございます】](https://kazushiaruga.com/9921.html) - 天竜峡で荒々しい龍(流)に祈り、真夏のような伊那谷でハイボールを傾け、甲州笛吹川で夕暮れを迎えました。純血信濃人の小生は、信州に来ると深い安らぎを覚えるのでございます。昨夜を過ごした松本では、本日まで「そば祭り」を開催しております。でも、車寅次郎の口上ではありませんが、信州信濃の新そばよりも、あたしゃあなたのそばが好き - [2018年神無月~霜月【SNSへの投稿より】東京サニーデイ、50歳記念日大櫻丘同窓会、晩秋の江戸川堤。そのような記事でございます。](https://kazushiaruga.com/9762.html) - 秋日和。今日明日分の味噌おでんを仕込んでから走りに出ました。江戸川堤は色づくには早く、ましてや冬枯れは遠く、半袖短パンで走る身は、この季節に汗をかく喜びに浸り、いつしか速度を上げていたのでございます。龍が浮かぶ空は美しく、しかし日暮れは早くなったものでございます。現在は日本シリーズ第6戦観戦中。ホークスは強うございます - [2018年神無月-三峰口、親鼻、上長瀞、長瀞、波久礼、樋口、熊谷、行田市、羽生、加須(秩父鉄道/東武伊勢崎線)【SNSへの投稿より】三度、秩父へとまいりました。](https://kazushiaruga.com/9962.html) - たまたま視聴した「ブラタモリ」長瀞編では、戦前まで遡ると長瀞観光の一団は熊谷駅を埋め尽くし、秩父へ向かう列車は現在の通勤ラッシュをはるかに凌駕するほどの乗車率を誇ったそうでございます。そんな今昔を過ぎて、秩父鉄道沿線は、秋晴れの何気ない日曜日に見合うだけの人々を集めて、駅員さんはほんの少しだけ忙しそうに見えました。 - [2018年霜月【SNSへの投稿より】草野球台東区区民大火、目に入れても痛くないもの。そのような記事でございます。](https://kazushiaruga.com/10011.html) - こんな小生を、成人を過ぎてもなお「おじちゃま」と呼んでくれるかわいい者がおります。逞しい「Rくん」と今月籍を入れることになりました姪でございます。祝いの言葉を述べておりますと、自ずと泣いておりました。笑「ワルい、オレは泣く!」そのように場をさえぎるのもどうかと、うれし泣きをしながら若い二人を祝福いたしました。 - [「車旅日記」1998年春 初日(東京-岩手山SA)-町田、蓮田SA、都賀西方PA、黒磯PA、阿武隈PA、吾妻PA、菅生PA、前沢PA、岩手山SA 【下北半島を目指した春。男の旅は北を目指すものと思っていた20代後半。高倉健さんの影響でございましょうか。】](https://kazushiaruga.com/10084.html) - 300㎞という距離はそれなりにこたえるものだ。外は少し風が出て寒くなってきている。でも東京から来た連中はことごとくが半袖姿。連中も違う土地にきていることを文字通り肌で感じていることだろう。最近はオレが走る日に、月が姿を見せてくれない。寂しいが、本当に寂しいのは月のせいじゃない。今までにオレが何を得て、何を得なかったのか - [「車旅日記」1998年春 2日目(岩手山SA-大間崎-青森駅)-岩手山SA、折爪PA、三沢市ドライブイン三陸、東通村レストラン潮騒、田名部駅、大間崎公営パーキング、大湊駅、陸奥横浜駅、青森駅 【下北半島を目指した春。男の旅は北を目指すものと思っていた20代後半。高倉健さんの影響でございましょうか。】](https://kazushiaruga.com/10090.html) - 本州最北端の地は特に飾り立てられることもなく、土産物屋も2、3軒しか見当たらず、品のない音楽を流すでもなく、ただひっそりとまばらな観光客を迎えている。もっともその場所には「本州最北端の地」と刻まれた石碑が立つのみで、特に目を引くものがあるわけじゃない。そこから海を見ても、海が見えるだけだ。あとは何も見えない。ただ海が見 - [「車旅日記」1998年春 3日目(津軽SA-十和田湖-酒田駅-鳴子温泉)-津軽SA、温川、十和田湖休屋、長木渓谷、道の駅鷹巣、道の駅琴丘、道の駅西目、象潟駅、酒田駅、道の駅戸沢、鳴子サンハイツ 【下北半島を目指した春。男の旅は北を目指すものと思っていた20代後半。高倉健さんの影響でございましょうか。】](https://kazushiaruga.com/10097.html) - あの日も雨だった。そしてよくは思い出せないが、心の中も同じような状態だっただろう。当時想っていた女性を今も想っている。そしてあの時と同じように、渡せるかどうかも分からない土産を手にしている。時間とは心のある部分においては進みもせずに、ただ思いを濃密にするだけの役割を担うものらしい。いつもはもどかしく思う時の流れも、 - [「車旅日記」1998年春 最終日(鳴子温泉-郡山-東京)-鳴子サンハイツ、川渡温泉駅、槻木駅、道の駅安達、郡山文化センター前、那須公営パーキング、黒磯PA、佐野SA、大井PA、東京町田 【下北半島を目指した春。男の旅は北を目指すものと思っていた20代後半。高倉健さんの影響でございましょうか。】](https://kazushiaruga.com/10100.html) - この旅もあと少し。東京はどこを走っても思い出だらけだけど、この湾岸にもオレの絡んだいろんな話が落ちている。一番最近のロマンスはこの場所から始まった。それにしても4年前の話だが。恋しい彼女を思い出そう。そういう旅だった。自分探しなんて、オレが使うべき言葉じゃない。そう、恋しい彼女を思い出そう。やがて家にも着くだろう。 - [2018年霜月~師走【SNSへの投稿より】まぶしい草野球、東京晩秋昼下がり、大衆ステーキ、角打ち。そのような記事でございます。](https://kazushiaruga.com/10023.html) - 東京晩秋昼下り。あたたかな一日でございます。並木道は未だに色づきには遠く、師走間近を思わせる自然風景は見られません。待ち合わせをして、久々にひとりきりのランチから身を解放いたしました。人と共に食事をするのは、やはりいいものでございます。銀座の宝くじ売場には長蛇の列。やはり師走はすぐそこまで来ております。 - [2018年師走【SNSへの投稿より】今年も暮れゆく東京~様々ございました2018年の終わりでございます。](https://kazushiaruga.com/10062.html) - 一年の締めには、江戸川堤に駆け上がり、新葛飾橋から市川橋そして柴又へと、今年何度も走った路上へと戻りとうございました。深い悲しみを経験した本年ですが、ご覧のような夕日を最後に目にしたこの2018年が、悪い年であったとは思えないのでございます。皆さまからあたたかいお言葉をいただけたからこそ、持ちこたえることができたのだと - [2018年師走【SNSへの投稿より】今年も暮れゆく東京。そんな3篇でございます。](https://kazushiaruga.com/10039.html) - 昨夜、高校卒業以来実に30年振りという旧友を交えた、ささやかな会が開かれたのでございます。友のひとりは、シワや白髪の増えたわれわれの顔をつくづくと眺めながら、10代の頃の夢を思い出したと言ったものでございます。人の温もりが染み渡る季節に、懐かしい顔がボクの人生に帰ってきてくれました。それが何よりうれしいのでございます。 - [「鉄旅日記」2018年師走 2日目(津-松阪-伊勢奥津-鳥羽-神島)その1-津、阿漕、松阪、家城、伊勢奥津(紀勢本線/名松線) 【伊勢のいくつもの終着駅に降りまして、神島で2018年最後の満月を眺めたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10210.html) - 黒ずみを浮かべ、朽ちるに委せていた。それでもこの山間の地域に人々の暮らしが続いていることをいじましく感じ、そんな風景を目にしているオレは、今年あった別れを思っていた。雲出川左岸に位置する伊勢本街道奥津宿。今じゃ参道の両脇を廃屋が固める一帯となったが、神気を感じ、かつての宿場の屋号をつけた旧家が並ぶ古街道を下っていった。 - [「鉄旅日記」2018年師走 2日目(津-松阪-伊勢奥津-鳥羽-神島)その2-多気、伊勢神宮外宮、伊勢市、鳥羽、鳥羽マリンターミナル(参宮線/鳥羽市営定期船) 【伊勢のいくつもの終着駅に降りまして、神島で2018年最後の満月を眺めたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10244.html) - にぎやかな団体客がいる。その脇に幼子を連れた島の若い奥さん。島のことを尋ねた一団が奥さんに冗談を言う。「奥さんも火を飛び越していったのですか?」三島由紀夫「潮騒」に描かれた最も有名な一場面。神島は歌島として登場する。オレの席からは見えないが、奥さんは「はい」と口調に笑みをにじませて答えた。一団からは歓声。約30分の船旅 - [「鉄旅日記」2018年師走 2日目(津-松阪-伊勢奥津-鳥羽-神島)その3-神島にて・・・八代神社、神島灯台、監的哨、ニワの浜、神島山海荘あじさい 【伊勢のいくつもの終着駅に降りまして、神島で2018年最後の満月を眺めたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10242.html) - 今夜は今年最後の満月。雲が多く出ていた空に望みはかけなかったが、「月が出てますよ」と声をかけられ階段脇の窓辺に行けば、確かに雲間から覗いている。しばらく眺めていたら、奇跡を見るかのように満月は縦横に動き、雲間を脱してからはまるで歌舞伎役者が大見得を切るように一層の輝きを放った。月が動く、、、少なくともオレの目にはそう見 - [「鉄旅日記」2018年師走 最終日(神島-鳥羽港-伊良湖岬-三河田原-豊橋-東京)その1-神島山海荘あじさい、神島漁港、菅島漁港、鳥羽城址(城山公園)、旧鳥羽小学校(鳥羽市営定期船) 【伊勢のいくつもの終着駅に降りまして、神島で2018年最後の満月を眺めたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10253.html) - 神島でクリスマスイブの朝を迎えました。本日天気晴朗にして浪高く、わずか15分の距離にある伊良湖への小型定期船は動かず、菅島を経由して一旦鳥羽に戻り、あらためて伊勢湾フェリーで伊良湖岬に向かっております。真珠で有名な鳥羽は美しい街で、戦国時代の大海賊、九鬼嘉隆が築いた鳥羽城址に上り鳥羽湾を一望いたしました。九鬼嘉隆は関ヶ - [「鉄旅日記」2018年師走 最終日(神島-鳥羽港-伊良湖岬-三河田原-豊橋-東京)その2-中之郷駅、伊勢湾フェリー乗場、道の駅伊良湖クリスタルボルト(伊勢湾フェリー) 【伊勢のいくつもの終着駅に降りまして、神島で2018年最後の満月を眺めたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10258.html) - 祈りは深く、古くから伊良湖水道を行き来する海人たちの祈りの深さを思う。伊良湖を出て豊橋に向かうバスに揺られている。まるで禿げ山のような岬の景観は風によって造られたのであろう。観光地には今昔があり、伊良湖で商売を考えた夢の跡が廃墟としていくつか残されている。すべてあの風のせい。神は古くからこの地域に何を訴えかけてきたのか - [「鉄旅日記」2018年師走 最終日(神島-鳥羽港-伊良湖岬-三河田原-豊橋-東京)その3-三河田原、新豊橋、豊橋、東静岡、沼津(豊橋鉄道渥美線/東海道本線) 【伊勢のいくつもの終着駅に降りまして、神島で2018年最後の満月を眺めたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10409.html) - グランシップ静岡がある出口に下りて駅前の夕景を写した。雨上がりの駅前だった。快晴の東海路をたどっていた身に、それは驚きをもたらした。降った雨はどうやら冷たくはなく、寒さを感じることはなかった。クリスマスのデコレーションが施された駅前を、家路をたどる人々が過ぎていく光景が好きだ。皆にあたたかな家が待つことを願う。今日は - [「車旅日記」1998年夏 初日(東京-伊那-木曽)-東京町田、相模湖駅、鳥沢駅、道の駅甲斐大和、勝沼、長坂、伊那市駅、道の駅日義 木曽駒高原 【伊那、木曽から志賀高原へ。気乗りのしない旅で選んだ行き先は、初夏の信濃路でございました。】](https://kazushiaruga.com/10424.html) - 今回のツアーに特に理由は見当たらないと書いた。でもこうしていると理由などどうでもよくなる。こうしているのが好きなんだよ。過剰な付加価値など必要ない。だから今回は考えたことを記すのではなく、単に思ったことを記していこうと思う。考えなければ、彼女のことも仕事も浮かんでこない。うまく表現できないけど、空を見て、通り過ぎる町並 - [「車旅日記」1998年夏 2日目(木曽-野麦峠-信州新町-志賀高原湯田中)-道の駅日義 木曾駒高原、木曽福島駅、木曽福島タイムリー、開田村、野麦峠扇屋、奈川渡ダム、道の駅信州新町 【伊那、木曽から志賀高原へ。気乗りのしない旅で選んだ行き先は、初夏の信濃路でございました。】](https://kazushiaruga.com/10430.html) - 親のため。国のため。今は誰もそんなことを口にしない。そういう時代だったで済ませておくべきじゃないこともあるだろう。この街道も昔はひどい道だったのだろう。「白い道」を走り抜けてみて、当時の女工の苦しみを理解した。彼女たちは雪の中をこの困難な峠を越えたのだろう。オレはこの陽気の中を車で越えた。苦労なんて言葉は、現代を生きる - [「車旅日記」1998年夏 最終日(志賀高原湯田中-中込-東京)-湯田中、菅平湖、中込ローソン、竜王駅、道の駅甲斐大和、藤野駅、東京町田【伊那、木曽から志賀高原へ。気乗りのしない旅で選んだ行き先は、初夏の信濃路でございました。】](https://kazushiaruga.com/10432.html) - おそらく学生の頃以来だろう。とてもノスタルジックな気分に浸った。どれもひとりでは聞いていなかった音楽たち。あれからずいぶんと月日が流れた。高原の冷気は一時的にオレの体を冷やし、下界はけだるさを思い出させた。佐久に至った時、もしかしたら彼女が遊びに来ていないかとあたりに注意を払ったが、オレが選んだルートはかなり道外れだっ - [「鉄旅日記」2019年年始 初日(東京-一ノ関)その1-金町、上野、高崎、六日町、長岡、見附(常磐線/高崎線/上越線/信越本線) 【雪が見たくて北へ向かいました。そして初めて仙台空港線に乗ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10453.html) - 星が見えた始発頃。わが身に既に正月気分はなく、旅の空に向かうべく駅のホームで北千住行を待っている。年賀状や新年を祝い合うSNSのやりとりに気分の高まりはあれど、最も大切に想う人が大晦日を前に静かに去り、その穴を埋められずにいる。埋まるはずがない。彼女と知り合ってから約500日。恋は愛となり、二人は互いにだけ通じる秘密を - [「鉄旅日記」2019年年始 初日(東京-一ノ関)その2-新津、新発田、坂町、小国、今泉、西米沢~上杉家御廟~上杉神社~南米沢(信越本線/羽越本線/米坂線) 【雪が見たくて北へ向かいました。そして初めて仙台空港線に乗ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10459.html) - ホームに降りり立てば、さらに積雪を増さんばかりにしんしんと降っている。木々は凍てつき、視界は吹雪いたように白く、米沢に向かう車内は静まり、人々は俯くか茫然と外の降りを眺めている。雪原と化した鉄路は哲学的で、一旦すべてを覆い尽くすことでしか意味は持ち得ないとばかりに、さらに雪の降りは激しくなる。薄暮の中で黒い鳥の群れが、 - [「鉄旅日記」2019年年始 初日(東京-一ノ関)その3-米沢、福島、仙台、一ノ関(奥羽本線/東北本線) 【雪が見たくて北へ向かいました。そして初めて仙台空港線に乗ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10457.html) - こうして心身ともに必然を迎えて今年は成就。そんな流れの中にいるが、一ノ関は遠かった。懐かしげな顔をしたレジの女性を素敵だと感じて店を出る。街の明かりはすぐに尽きて、駅に戻るようにこのホテルに入った。オレと一関の縁は深い。遡れば20年以上前に行き着く。人と街を同列に考えるのはアリだろう。オレは友人のその後を見つめるように - [「鉄旅日記」2019年年始 最終日(一ノ関-東京)その1-一ノ関、陸中門崎、千厩、猊鼻渓、気仙沼(大船渡線) 【雪が見たくて北へ向かいました。そして初めて仙台空港線に乗ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10529.html) - 畑に積もった雪が白く浮き上がる様が泉のように見える。一週間前はまだ2018年。風景も違ったものに見えていただろうかと思いもしたが、実際は変わらないだろう。変わるのは人々の心持ち。正月3日、故郷からの帰りの道で旧友の母親に会った。約40年振りだ。その地点に到達する前に走り去った車があったが、そこに旧友は乗っていたという。 - [「鉄旅日記」2019年年始 最終日(一ノ関-東京)その2-本吉、柳津、前谷地、石巻、宮城野原、仙台空港(気仙沼線/石巻線/仙石線/仙台空港鉄道仙台空港線) 【雪が見たくて北へ向かいました。そして初めて仙台空港線に乗ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10555.html) - 接続3分で女川行に乗り継いでいる。祭の派手な法被を着こんだ男が二人、車窓の風景に混じった。正月明け。まだハレの日が続いているのだろうか。涙を堪えた3年前の三陸巡りから、もしかするとこの地域は、目には見えなくとも発展と呼べるような変化を経験し続けているのかもしれない。そう言うオレも、この3年の間に人生観が変わるほどの - [「鉄旅日記」2019年年始 最終日(一ノ関-東京)その3-名取、岩沼、福島、郡山、新白河、上野(東北本線) 【雪が見たくて北へ向かいました。そして初めて仙台空港線に乗ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10594.html) - 西日が傾いて雑草を照らす。そして遠く宮城の地でも龍は姿を見せてくれる。子供の笑う声を聞き、子供を想い優しく切ない気持ちでいたオレを慰めに来てくれたのか。再生したような気持ちで振り返れば、そこには記憶の中で想像していた駅とは違う駅があり、駅前もまた寂れていた。発車して、分かれていく線路を見ていると望郷に似た気持ちを抱いた - [2019年睦月【SNSへの投稿より】年明けの心象風景を載せた4篇でございます。](https://kazushiaruga.com/10611.html) - 10km強を走り終えました。フルマラソンを走った10年前が懐かしゅうございます。江戸川堤は日差しに満ちて暖かく、野球場には少年達の逞しい声が響き、矢切の渡しを舟がのんびりと渡り、段ボールを敷いた子供達が土手を滑り降りておりました。近くの葛西神社では、伝統文化の保存を掲げる方々のお囃子が暫く聞こえていた穏やかな日曜日。 - [「車旅日記」1998年夏 初日(東京-青森フェリー埠頭)-東京町田、加平PA、千代田PA、東海PA、差塩PA、福島松川PA、泉PA、金成PA、北上金ヶ崎PA、岩手山SA、湯瀬PA、津軽SA、青森フェリー埠頭 【20代最後の旅でございます。青森港から北海道上陸を目指して北へ向かったのでございますが・・・。】](https://kazushiaruga.com/10626.html) - そして不意に4日前に町田の風俗店で肌を合わせた女性のことを想った。潤いのない日々に生じたあの記憶は、オレにとってどれだけ貴重だったかを同時に考えた。わずか30分ばかりとはいえ、あの女性には計り知れない好意を持った。「10$の恋」。そんな切ない楽曲が浮かぶ。オレの背には「海へ」と刻まれた記念碑がしゃがむように立っている。 - [「車旅日記」1998年夏 2日目(青森-竜飛崎-秋田)-あおもり健康ランド、青森駅、青い海公園、蟹田、高野崎、竜飛崎、十三湖、五所川原駅、深浦、不老不死温泉、能代駅、秋田駅、道の駅西目 【20代最後の旅でございます。青森港から北海道上陸を目指して北へ向かったのでございますが・・・。】](https://kazushiaruga.com/10632.html) - 道々、海に育てられたような顔をしたジイさんが、路傍に腰かけて渋い表情で煙草を吸っていた。人間がいる風景とは本来あのようなものだと思った。「拝啓、岬には今日も元気な風が吹いています。」通りで見つけた気に入ったフレーズ。今その風の岬にいる。ぼんやりと北海道が見えた。そう、ぼんやりと。まるで今回の旅の目的のように。 - [「車旅日記」1998年夏 3日目(秋田-北上ー遠野)-道の駅西目、道の駅東由利、ほっとゆだ駅、北上駅、遠野徳田屋旅館 【20代最後の旅でございます。青森港から北海道上陸を目指して北へ向かったのでございますが・・・。】](https://kazushiaruga.com/10640.html) - 夢に彼女が登場した。にんまりするような内容ではなかったけど、ちょうど彼女の顔を見たいと思っていたところだ。会えなくても、会いたいと思えば何とかなるものだ。そう、夢の中では。空には入道雲が浮かび、ここにきてようやく夏がその存在感を露わにしてきた。さっきまで車の中を蝶が飛んでいた。何だか分からないけど、いいなぁ。 - [「車旅日記」1998年夏 4日目(遠野-釜石-気仙沼-鳴子温泉)-遠野徳田屋旅館、遠野駅、釜石駅、釜石大観音、道の駅高田松原、気仙沼港、南気仙沼駅、小梨駅、一ノ関駅、鳴子サンハイツ 【20代最後の旅でございます。青森港から北海道上陸を目指して北へ向かったのでございますが・・・。】](https://kazushiaruga.com/10655.html) - 大観音へと上がるエスカレーターで、「この世は自分の努力だけではどうにもならないことがあり、、、」という朗々としたアナウンスが流れていて、妙にオレは納得していた。でも車に戻ってからこうも思った。人の優しい顔もありがたいと。縁結びの神様に祈る時に彼女の顔が浮かんだ。そしてその彼女の残像と一緒に下界へと続く階段を下った。 - [「車旅日記」1998年夏 最終日(鳴子温泉-高畠ー郡山-東京)-鳴子サンハイツ、潟沼、瀬見駅、道の駅むらやま、羽前中山駅、高畠、道の駅七ヶ宿、道の駅安達、郡山文化センター前、須賀川駅、西那須野三島セブンイレブン、与板ラーメンとん太、築地電通前、東京町田 【20代最後の旅でございます。青森港から北海道上陸を目指して北へ向かったのでございますが・・・。】](https://kazushiaruga.com/10653.html) - 奇妙な沼の周辺にクレー射撃の銃声がこだましている。沼は何事もないように、ひっそりと酸性の匂いを漂わせて沈黙している。近寄りがたい雰囲気を持つ沼。以前晴れた日にここで仲間と写真を撮った。確か2年前のことだ。残りはずっとひとりで眺め続けている。オレが店を出る時、彼は土産物を見ていた。大切な人がいるのだろう。そう願った。 - [「鉄旅日記」2019年如月 初日(東京-安中)その1-金町、熱海、城ヶ崎海岸、伊豆熱川、伊豆稲取、今井浜海岸、河津(常磐線/東海道本線/伊東線/伊豆急行線) 【週末パスで東京から伊豆。そして上州、信州へ。友人は言ったものでございます。何気に大層な移動距離だと。】](https://kazushiaruga.com/10672.html) - ひと山越えれば河津の町に着くだろう。その予測は当たり、トンネルを脇道にそれると町が見えた。そしてまた山が立ちはだかる。伊豆とはそんな土地だった。予報じゃ、この後に雪雲は伊豆半島にかかる。心優しい女友達から便りが届いている。縁とは奥深いものだと思いながら、心の恋人が去った日常を埋めてくれる彼女との会話を心から楽しんでいる - [「鉄旅日記」2019年如月 初日(東京-安中)その2-伊豆急下田、伊豆高原、橋本、八王子、東福生、福生、拝島(伊豆急行線/横浜線/八高線/青梅線) 【週末パスで東京から伊豆。そして上州、信州へ。友人は言ったものでございます。何気に大層な移動距離だと。】](https://kazushiaruga.com/10670.html) - 東京下町を出る一番列車に乗って、伊豆へとまいりました。青春時代と言える頃、大勢の仲間たちと散々訪ねた観光地へ、ひとりで往く気恥ずかしさを感じて熱海を過ぎましたが、南蛮レトロ的かつ温泉街の情緒をまとう東伊豆の区々にたまらぬ懐かしさを感じて、先ほど下田を後にいたしました。何の脈絡もございませんが、これより上州碓氷峠の麓安中 - [「鉄旅日記」2019年如月 初日(東京-安中)その3-高麗川、丹荘、児玉、高崎、安中(八高線/信越本線) 【週末パスで東京から伊豆。そして上州、信州へ。友人は言ったものでございます。何気に大層な移動距離だと。】](https://kazushiaruga.com/10668.html) - 猫にはあまり好かれたことはないが、この駅に居着いた猫に鳴かれて切なくなっている。許してほしい。リュックには何も入っていないんだ。顔に斑点が浮いていたのが気になるけど毛艶はよく、痩せていないどころか丸々と太っている。逞しく生きているのだろう。粉雪がちらつく街は冷気に満ちている。ビールは体を冷やすな。当たり前だが。 - [「鉄旅日記」2019年如月 最終日(安中-東京)その1-安中、松井田、西松井田、横川、軽井沢、大屋(信越本線/しなの鉄道) 【週末パスで東京から伊豆。そして上州、信州へ。友人は言ったものでございます。何気に大層な移動距離だと。】](https://kazushiaruga.com/10772.html) - オレのルーツの側を千曲川が流れていることに驚きつつも、誇らしい気持ちも湧く。川からは虫が上がってきて大変だとおかみさんは嘆いていた。待合室にはストーブが炊かれている。「人の群れは誰も無口で」と歌われた「津軽海峡冬景色」を彷彿とさせる光景から脱け出してホームへ出ると、若い女性が続き、その後巣穴から出るように人々が続いた。 - [「鉄旅日記」2019年如月 最終日(安中-東京)その2-屋代、坂城、小諸、三岡、中込、羽黒下、松原湖(しなの鉄道/小海線) 【週末パスで東京から伊豆。そして上州、信州へ。友人は言ったものでございます。何気に大層な移動距離だと。】](https://kazushiaruga.com/10770.html) - 変わらない駅前風景は心を癒し、2階レストランへと上がる階段は閉鎖されていた。車窓から見えている浅間山を写せる場所がなく、乗り換え10分でこの愛すべき街を離れる。ひとつ手前の滋野からの車窓で、整然と並んだ家並を眺めては感嘆した。車寅次郎が恋をした街、小諸。毎年暮れ近くに柴又帝釈天で行れる「寅さんサミット」のポスターがまだ - [「鉄旅日記」2019年如月 最終日(安中-東京)その3-海尻、八千穂、信濃川上、佐久海ノ口、甲斐小泉、小淵沢(小海線)/海尻城址 【週末パスで東京から伊豆。そして上州、信州へ。友人は言ったものでございます。何気に大層な移動距離だと。】](https://kazushiaruga.com/10768.html) - 武田軍に討ち取られた豪傑平賀入道は実在の人物で、佐久は甲州軍における信州侵略の起点になったことは確かだ。この信濃という山国に、たくさんの力自慢が播挙していた事情は、今に思えば涙ぐましい。現代に生きるオレたちも、実は変わらず命のやりとりをしている。源流の川辺に下りて、最近唱えるようになった言霊を口にして、天に両の掌を - [2019年如月【SNSへの投稿より】ごく個人的な内容で恐縮でございます。。](https://kazushiaruga.com/10869.html) - 出会いから35年。親友と美味しいお酒をいただきました。ばか、オマエはそこがダメなんだ。お互い言いたいことが言える仲でございます。それじゃまたな。そう言ったかどうか記憶も定かではない、西船橋の夜でございました。おかげさまをもちまして、確かな希望を抱いて、昨日より五十路に踏み出してございます。あらためまして感謝申し上げます - [「車旅日記」2000年春 初日(東京‐足利‐鬼怒川‐会津若松‐新潟豊栄)その1‐葛飾金町、幸手駅、古河駅、渡良瀬遊水地北エントランス、藤岡駅、佐野厄除け大師、足利駅 【一年のブランクを経て、旅再開。出発場所は東京町田から、下町葛飾へと変わっております。】](https://kazushiaruga.com/10885.html) - ここに向かう50号国道で、とても美しい白い鳥が目の前を横切り、これから向かう街の方へと飛んでいった。ある女性を思い出しながらこの街に着いた。その彼女が鳥に姿を変えて会いにきてくれたのかと思ったよ。足利は歴史上の英雄を生み、かつてオレが想いを寄せた女性を生んだ。色が白くて、脚線美を持つ上品な女性だった。横浜から彼女を送る - [「車旅日記」2000年春 初日(東京‐足利‐鬼怒川‐会津若松‐新潟豊栄)その2‐足利郊外ポテチーノ、下今市駅、鬼怒川ホテルニュー岡部、上三依塩原駅、会津若松駅、津川町、道の駅豊栄 【一年のブランクを経て、旅再開。出発場所は東京町田から、下町葛飾へと変わっております。】](https://kazushiaruga.com/10892.html) - 他の地域と比較して圧倒的に親しみを感じる。駅は優しい明かりを放ち、みているだけで安心する。集まっている人々に悪意は感じられず、電話ボックスで泣き崩れていた女性は大丈夫だろうか。かわいそうに。よほど悲しいことを告げられたのだろう。悪い男がいたものだ。山間に来ると雨は激しくなり、一瞬霧が襲い、雹に見える雨が降った。 - [「車旅日記」2000年春 2日目(新潟豊栄‐象潟)道の駅豊栄、道の駅神林、瀬波温泉龍泉、道の駅温海、立岩海底温泉、酒田南郊、象潟駅、象潟松籟館 【一年のブランクを経て、旅再開。出発場所は東京町田から、下町葛飾へと変わっております。】](https://kazushiaruga.com/10900.html) - 理由あってオレはこの身を車で運んでいる。いつかのんびりと列車に揺られて旅をするのもいいだろう。関東ではぎすぎすして居心地がよくなかった。まるで逃げているみたいだったよ。ゆとりも何もなくてさ。ブルース・スプリングスティーンがこんなことを歌っていた。逃げるには一人がいい。でも旅は二人の方がいい。この雨とはいつまで付き合うこ - [「車旅日記」2000年春 3日目(象潟‐秋田‐盛岡‐鳴子温泉)象潟海岸、秋田駅、角館花葉館、田沢湖駅、紫波SA、前沢SA、古川駅 【一年のブランクを経て、旅再開。出発場所は東京町田から、下町葛飾へと変わっております。】](https://kazushiaruga.com/10906.html) - 遠くに島が見える。そして遠くの空は青かった。幸せだったよ。とても。こんな時、想う女性がいれば切なくて、美しくて、とても貴重な時と言えるだろうけど、まるっきりの独りもいい。ブルース・スプリングスティーンの言葉に戻ろう。旅はひとりがいい。ただし二人もいい。渚にて。また来たいよ。でもその時にはやっぱりひとりより二人の方がい - [「車旅日記」2000年春 4日目(鳴子温泉‐米沢‐猪苗代‐郡山)鳴子サンハイツ、道の駅むらやま、金渓ワイン、日布峠、こたかもりドライブイン、郡山スターホテル 【一年のブランクを経て、旅再開。出発場所は東京町田から、下町葛飾へと変わっております。】](https://kazushiaruga.com/10912.html) - これほど名残惜しい夜が最近あっただろうか。オレはずっとひとりだったんだ。それがこの街に着いて、迎えてくれる友に再会して、ひとりの女性と出会った。なぜ彼等と別れなければならないのか。その必然を知りながら、でもその別れに対して懐疑的でいた。だけど別れは訪れ、多分もう2度と来ないここ510号室で、オレはまたひとりになった。 - [「車旅日記」2000年春 最終日(郡山‐茂木‐下館‐東京)郡山スターホテル、新白河駅、黒羽くらしの館、茂木駅、下館駅、みつかいどうロードパーク、葛飾金町 【一年のブランクを経て、旅再開。出発場所は東京町田から、下町葛飾へと変わっております。】](https://kazushiaruga.com/10918.html) - オレには心配する人がいる。その人たちを守れる場所にいないことで自身を責める時は、どうしていいか分からなくて、悲しくて。映画「グリーンマイル」に登場する大男のコーフィーの言葉をよく思い出す。「もう悲しいことを見聞きしたくないんだ。つらくて。」そして彼はグリーンマイルを歩き、電気椅子に座る。ひとつ確信したことがある。 - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.1 初日(東京-紀伊田辺)その1-金町、名古屋、多気、川添、三瀬谷(常磐線/東海道本線/関西本線/伊勢鉄道/紀勢本線) 【和歌山電鐵に乗るために、青春18きっぷで紀伊半島一周を思い立ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10923.html) - この町を一番に出る旅の列車に乗り込んでいる。あれからもう何もかもが変わってしまった。住む家も町も、職場での立場も、恋をしている相手も、この先の未来への考え方も、大切に思う人々も、何もかもが変わってしまった。寒さが和らぎ、一番列車に乗ることから始めた人々と乗り合わす旅の朝に思う。やはりあの人はもう戻らないのだろうかと。 - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.1 初日(東京-紀伊田辺)その2-滝原、三野瀬、尾鷲、宇久井、田並(紀勢本線) 【和歌山電鐵に乗るために、青春18きっぷで紀伊半島一周を思い立ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10952.html) - ひとつ手前の紀伊長島に差し掛かる頃から黒潮流れる海が見えてきた。かつて眺めた長島港の造船所。浮かぶ巨大タンカーは錆を浮かせ、まるで置き去りにされたかのようにそこにあった。その脇ではコンビニが営業している。普段の仕事を思えば人様のことをとやかく言えた義理じゃないが、その光景を健気に感じて、視線は次なる入江へ向かった。 - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.1 初日(東京-紀伊田辺)その3-周参見、椿、白浜、紀伊田辺(紀勢本線) 【和歌山電鐵に乗るために、青春18きっぷで紀伊半島一周を思い立ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/10949.html) - 海辺の国道を行き交う車もなく、ビーチはシャベルカーに掘られ、波打ち際への接近が許されない。ビーチでさざ波の音を聞きながら、天からの授かり物はないかと両の掌を向けた。何かを授かったような心地がして、ビーチを離れた。国道は変わらず静まり返り、駅へ向かう人影もない。人の一生を街のそれと比較はできないが、それぞれ流転を重ねてい - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.1 最終日(紀伊田辺-東京)その1-紀伊田辺、箕島、和歌山、伊太祈曽、貴志(紀勢本線/和歌山電鐵貴志川線) 【和歌山電鐵に乗るために、青春18きっぷで紀伊半島一周を思い立ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/11010.html) - 昨夜歩いた歓楽街は「味光路」と名付けられているようだ。スナックのネオンが目を引き、建物の1階は迷路のようなカーブを描き酔客を誘う。「ええ加減にしいや」と女の怒声が響く土曜の夜だった。紀州人は人懐こく、礼儀正しい。和歌山出身の唯一の友人もそうだった。オレと出会う前は不良で、相当なワルだったらしいが、底抜けにいいヤツだった - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.1 最終日(紀伊田辺-東京)その2-吉野口、高田、畝傍、桜井、柳本(和歌山線/桜井線) 【和歌山電鐵に乗るために、青春18きっぷで紀伊半島一周を思い立ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/11047.html) - あれが「百人一首」に詠まれた天香久山か。たいして雅やかには見えないが、古代人には聖地だ。敬意を持ちたい。また一方には畝傍山。麓には橿原神宮がある。神武天皇を祀る「日本のはじまりの地」。いつか参らなければならない。後ろに目を転じれば耳成山。大和三山は三角形を描いている。古く格調高い駅舎は健在だった。ここからしばらく歩けば - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.1 最終日(紀伊田辺-東京)その3-奈良、加茂、伊賀上野、亀山、静岡、沼津(関西本線/東海道本線) 【和歌山電鐵に乗るために、青春18きっぷで紀伊半島一周を思い立ったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/11065.html) - 静かなる古都。おそらく京都では、今日もいたるところに雑踏が生じていることと思うが、奈良には外国人の姿も少なく、閑散としている。京都は世界の「Kyoto」になったが、「そうなれるよ」と奈良に持ち掛けても、おそらく手を上げなかったのだろう。崇高なる田舎への道を選んだ奈良に、今日をはじまりとして引かれ始めている。 - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.2 その1-天王台、植田、泉、いわき、富岡(常磐線) 【青春18きっぷ常磐旅。この当時、常磐線は富岡止まりでございます。そしてこの季節、臨時駅の偕楽園駅に列車が止まります。】](https://kazushiaruga.com/11082.html) - 護岸工事の槌音が響く駅前。降りていった人々はどこへ向かったのだろう。みちのくの景色も冬枯れから緑を取り戻しつつある。ただ、岸辺の風景は何もかもがすっかり変わってしまった。もう戻らないものがあることを知る。十分に知っているつもりでいたけれど、思い知らされる。「富岡は負けない」の文字に触発されて、ウイスキーハイボールをもう - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.2 その2-湯本、内郷、水戸、偕楽園、下菅谷、中菅谷(常磐線/水郡線) 【青春18きっぷ常磐旅。この当時、常磐線は富岡止まりでございます。そしてこの季節、臨時駅の偕楽園駅に列車が止まります。】](https://kazushiaruga.com/11085.html) - 幸せな生活を送りながらもひとりで旅をしていた頃。何が言いたいわけでもない。因果はあるにしろ、あの時代があって現在がある。たぶん現在のオレの顔を見て心配事を思いつくヤツはいないだろう。それがこれまでのオレの人生。いわきから水戸に向かうにつれて雲を増やしつつあった空は、完全にグレーに染まった。そんなグレーの道を歩いてきた。 - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.2 その3-常陸太田、東海、大甕、南中郷、石岡(水郡線常陸太田支線/常磐線) 【青春18きっぷ常磐旅。この当時、常磐線は富岡止まりでございます。そしてこの季節、臨時駅の偕楽園駅に列車が止まります。】](https://kazushiaruga.com/11087.html) - そして事あらば相応の責任をとらなきゃならないことも知っている。職種によって責任のスケールは違う。それもみんな分かっているんだよ。駅前を写してビールを買う。常夜灯が置かれたホームに何事かを感じて通り過ぎた朝からは、9時間ほどが経過している。酒ばかり飲んでいて、まさに「Drinkin' Fool」な状態だが、頭は冴えている - [2019年水無月【SNSへの投稿より】江戸川堤Run、酒場の話、バージンロードを歩く兄。](https://kazushiaruga.com/11863.html) - 仕事でお世話になっている同じ高校出身の同級生と10日振りの再会でございます。仕事の話が終われば酒場へ繰り出すのでございます。そうこなければいけません。自分の仕事が、何らかの形で社会貢献へとつながればいいね。そんな話をするようになりました。あるべき大人の姿をイメージする、そんな機会に恵まれた月曜日の夜でございます。 - [「車旅日記」2000年夏Part.1 初日(東京‐諏訪)葛飾金町、調布駅、高尾駅、桂川ドライブイン、甲府芸術の森公園、道の駅信州蔦木宿、上諏訪 【信濃、飛騨、そして能登島。帰りは北陸路。この国の美しさをあらためて感じました夏旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/11160.html) - これから気温はぐんぐん上がっていくだろう。時折吹く涼しい風がうれしい。こんな日は空を見ているだけで気持ちが休まる。この場所で空を見上げている理由は、どうでもいい。夏らしい姿でこれから出かける少女。車で花を届けに行く女性。さっき書いた滅多に考えないこととは、そんな風景から着想を得たもの。でも何を考えていたかはもう忘れた。 - [「車旅日記」2000年夏Part.1 2日目(諏訪-飯田-飛騨古川-能登島)上諏訪、辰野駅、駒ヶ根駅、飯田駅、道の駅賤母、ドライブイン飛騨花工場、道の駅飛騨古川、能登島 【信濃、飛騨、そして能登島。帰りは北陸路。この国の美しさをあらためて感じました夏旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/11166.html) - 木曽川を越えると岐阜県。しばらくひどい道を走らされたが、このルートに出ると気分も変わった。飛騨川は郷愁を連れて、飛騨山脈は濃厚に夏をまとう。暑くて涼しげなルートで、四方の眺めはとても素晴らしい。ツクツクホーシは休みなく鳴き、青い空と山々。懐かしい日本の夏。子供の時分。悩みの少なかった時代を思い出す。長かった夏休みを思い - [「車旅日記」2000年夏Part.1 3日目(能登島-氷見-小千谷)能登島、道の駅いおり、氷見港、道の駅ウェーブパークなめりかわ、朝日町栄食堂、親不知ピア・パーク、道の駅能生、長岡市宮本、道の駅おぢや 【信濃、飛騨、そして能登島。帰りは北陸路。この国の美しさをあらためて感じました夏旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/11174.html) - ここじゃなかったかもしれない。よくは覚えていない。おそらくここで彼女の帰りの無事を祈った。あの旅の中での最高の瞬間だった。想いは消えても記憶は残る。特急「白鳥」が金沢方面に向かった。誰かの旅は今日も続いている。国道から線路と海が見える場所。あの日の想いはそのまま長いこと生き続け、そして今年の3月に終わった。 - [「車旅日記」2000年夏Part.1 最終日(小千谷-桐生-下妻-東京)道の駅おぢや、塩沢らーめんショップ、月夜野情報サービスセンター、旅の駅桐生、道の駅しもつま、柏市あけぼの2丁目、葛飾金町 【信濃、飛騨、そして能登島。帰りは北陸路。この国の美しさをあらためて感じました夏旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/11181.html) - 横でスケボーをやっている連中がいて、何台かの大型トラックがエンジンをかけたまま眠りに落ちている。情報センターでは3人の若者がだべり、その横で中年の男が横になり、少し離れたところではまたひとりの男が立ち上がろうとしている。湯沢あたりで空が紅くなりはじめ、峠を下るともう今のような感じ。ヒグラシの声、鳥のさえずり。外の音す - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 初日(東京-多治見)その1-金町、三島、修善寺、蒲原、島田(常磐線/東海道本線/伊豆箱根鉄道駿豆線) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/11187.html) - 満開には遠いとはいえ、桜は開花を迎えている。去年は3月の終わりに、それまで暮らしていた練馬の家を離れた。最愛の存在と離れて暮らして一年になる。彼を想うと胸が疼く。そして一週間前にできた恋人と新しい愛を交わす。無常の3月。春の切符はまだ2回分残っている。改札口で判を押してもらい、東へ向かう一番列車に乗っている。 - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 初日(東京-多治見)その2-西小坂井、三河三谷、愛知御津、三河安城、共和(東海道本線) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/11213.html) - 冷たい風もおそらく東へ去った。ホームにできた日溜まりの下に待ち客が集まっている。三河地域は徳川御三家のひとつ尾張藩の版図ではなく、同じ愛知県でありながらまったく別の国柄と言われる。厳密には、方言も違うらしい。織田信長と徳川家康の関係性、あるいはその前の織田家と駿河遠江の今川家に挟まれた地域性から、三河人は我慢を強いら - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 初日(東京-多治見)その3-笠寺、熱田、熱田神宮、神宮前、大江、名古屋東港、金山(東海道本線/名鉄常滑線/名鉄築港線/名鉄名古屋本線) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/11228.html) - 三菱重工へと向かう引き込み線が延び、空地には裁断された車両が放置されている。関係者以外立入禁止と書かれた埠頭に出る。名古屋港は都会の海で、左手には港を横断する大橋が架かっている。去年の9月に降りた金城ふ頭のあたり。あれから最愛の存在とは会えなくなり、心の支えにしていた女性も年の暮れに静かに去り、そして彼女が劇的なまでに - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 初日(東京-多治見)その4-古虎渓、釜戸、美乃坂本、多治見(中央本線) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/11720.html) - 古街道の趣はどこにも負けないほどの風格を闇の中に現出し、川辺へと通じる階段を下りて腰かけてみれば、春にも風流はあるのだとしばしたたずむ。薄暗がりの川辺は彼岸を感じさせた。ちょうどそんな時季でもある。彼女から便りが届いている。まだ開けていない。こんなにも蜜に愛の言葉を交わし合う関係を、オレはこれまで知らずに生きてきた。 - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 最終日(多治見-東京)その1-多治見、瑞浪、明智、岩村、極楽、恵那(中央本線/明知鉄道) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/11739.html) - 日本三大山城。その歴史は町並には見受けられず、江戸時代は平和なままに暮れた。朝のドラマ「半分青い」の舞台になった町で、五幣餅が随分評判になったらしい。立ち寄った酒屋には女将と中村雅俊さんが並んで写った写真が飾られていて、店先でビールとともに五平餅を味わっていたら一台の車が乗り付けて、べらべらと喋る一団が降りてきた。 - [「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 最終日(多治見-東京)その2-中津川、坂下、落合川、南木曽、十二兼、洗馬、塩尻(中央本線) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】](https://kazushiaruga.com/11723.html) - 川辺に目をやると巨岩がゴロゴロしている。自然の摂理とはいえ、どうしたらあんな構造物が出来上がるのか興味を持つ。豊臣秀吉が見たら、しめ縄を張って大坂まで持っていくだろう。わずかな集落が現れるたびに駅が近いのではと思い、やがてこの駅の跨線橋が現れる。木曽路は険しかった。だけどこの谷間で鍛え抜かれた兵団は天下をとれるのだと歴 - [2019年卯月【SNSへの投稿より】ザ・ローリング・ストーンズ「HONK」発売。平成最後の柴又、江戸川堤。](https://kazushiaruga.com/11812.html) - 大切な人が地元葛飾を訪ねてくれました。京成電車で柴又へ。わが町、金町よりひと駅でございます。日本庭園が美しい山本亭から寅さん記念館。帝釈天参道へと戻りぶらぶらと。昨日は久々に江戸川堤に走りに出まして、猫柳に目を止めました。新緑の美しい我が地元でございます。今、雨が上がりました。平成最後の日を静かに過ごしております。 - [2019年皐月【SNSへの投稿より】田子の浦、原駅、熱海、浜松餃子、葛飾金町、葛西神社、泣き相撲、ありふれた日曜日。](https://kazushiaruga.com/11825.html) - 柴又へと向かう鉄路は単線で、遮断機が下りることはまれでございます。そんな町の週末に、大切に思う人が訪ねてくれました。あらゆるご縁に感謝して、そして今さらながらではございますが、我が身が住まう町を愛したのでございます。若干の涼しさを残していた午前中、気の向くままに江戸川堤へと歩いていきますと、葛西神社からお囃子と歓声が聞 - [2019年皐月 新大阪、JR野江、野江、徳庵、東京(東海道新幹線/おおさか東線/学研都市線)【SNSへの投稿より】日帰り大阪出張。ほんの小さな旅でございます。](https://kazushiaruga.com/11848.html) - 東京発9:13のぞみ号で新大阪へ。ひとり旅をすることが多い身でございますが、新幹線に乗るのは久方ぶりのことでございます。新大阪発14:53のぞみ号で帰京中でございます。大阪まで行きながら、わずかな滞在でのとんぼ返り。映画「男はつらいよ」の車寅次郎が常々口にしておりました「渡世人のつらさ」ならぬ「勤め人のつらさ」でござい - [2019年文月・葉月【SNSへの投稿より】星の月、2度の新月、まぶしい草野球、猛暑続きの東京。](https://kazushiaruga.com/11880.html) - 台東区2部リーグは早くも秋季大会を迎えております。夏草の匂いにむせぶ、日に焼けた野球場。この暑さヤバい、ヤバい。口々にしながら守備に散らばり、守り終えてベンチに戻った顔は誰もが真っ赤で、さながら赤鬼の群れでございました。その赤鬼軍団。4回終了時点で1対8。我が身は唯一の得点を挙げて、走り回りましたが、コールド負けでご - [「車旅日記」2000年夏Part.2 初日(東京-琵琶湖志賀)デニーズ青砥店、方南町、日野駅、道の駅信州蔦木宿、峠の茶屋 【友を訪ねて備後福山へ。長門宇部へ。2000㎞に及ぶ長大な旅路でございました。】](https://kazushiaruga.com/12044.html) - 今オレがここにいる理由だが、今回は初めて連れがいる。彼を待っている。職場の後輩だ。今連絡が入り、到着にはまだ1時間ほどかかりそうだ。彼とはそれぞれの車で、明後日の朝まで一緒に過ごし、それからオレは福山、宇部の友人を訪ね、彼は琵琶湖で釣り糸を垂らしたりして気楽に過ごした後、親戚が暮らす徳島に渡るつもりでいる。台風9号がど - [「車旅日記」2000年夏Part.2 2日目(琵琶湖志賀-福山)桂川PA、三木SA、白鳥PA、篠坂PA、芦田川畔 【友を訪ねて備後福山へ。長門宇部へ。2000㎞に及ぶ長大な旅路でございました。】](https://kazushiaruga.com/12050.html) - 福山東インターを下りると、キース・リチャーズが歌う「How Can I Stop」が流れる。夕暮れ時の福山市内を走った時の気分を忘れたくない。友のケータイは通話中。ここが友との約束の場所。待ち合わせ場所として相応しいとは言えない場所だが、友は福山情緒あふれる素晴らしい景色が見えるここを、約束の地として指定した。 - [「車旅日記」2000年夏Part.2 3日目(福山-宇部)尾道西PA、奥屋PA、温品PA、玖珂PA 【友を訪ねて備後福山へ。長門宇部へ。2000㎞に及ぶ長大な旅路でございました。】](https://kazushiaruga.com/12054.html) - 路面電車が走り、街の歴史を感じさせる。県民の交通マナーはよく、市内を流れる静かな川の流れのように心を和ませてくれる。テレビで何度か見たことがあるが、あの川が55年の昔に多数の死者で埋まった川なのだろう。心なしか市内は喪に服したかのような静けさをまとっているように感じた。明日が終戦の日。これから何度も訪れる夏に、広島を通 - [「車旅日記」2000年夏Part.2 4日目(宇部-東京町田)佐波川SA、宮島SA、久地PA、帝釈峡PA、美作追分PA、社PA、桂川PA、多賀SA、東郷PA、三方原PA、牧之原SA、駒門PA 【友を訪ねて備後福山へ。長門宇部へ。2000㎞に及ぶ長大な旅路でございました。】](https://kazushiaruga.com/12110.html) - 京都までの明るいハイウェイは走っていて気分がいい。琶湖沿いにかかると並行する8号国道のように暗くなる。でも右手には月。左には琵琶湖岸の夜景。あれは和む。月に照らされたあたりは神々しく、見上げた月では今夜も兎が餅をついている。どこかの祭囃子が聞こえてくる。ここにきて、この夏休み中に遭遇することのなかった雨が降りてきている - [「車旅日記」2000年夏Part.2【友を訪ねて備後福山へ。長門宇部へ。2000㎞に及ぶ長大な旅路でございました。】最終日(東京町田-東京葛飾)](https://kazushiaruga.com/12116.html) - 渋滞中に福山で待つ友人が電話をくれて、天王山トンネルにいることを伝えた時は誇らしかった。父から、広島に原爆が落とされた後に、次は上田に落とされるというデマが流れたと聞いた。走行距離2,250㎞に及ぶ壮大な旅は今日17:00あたりで終わり、この町にはそれから土砂降りの雨が降った。その音を聞きながら夏が終わったことを知った - [2019年葉月 初日-金町駅、瀬戸大橋、高松駅、高松築港駅、高松港、宇多津ゴールドタワー 【讃州高松への旅をSNSへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/11890.html) - 炎熱に焼かれた東京を出る。前日に生じた仕事上のトラブルは思いの外、大きな影響を残しそうで心に影を落とす。仕方がないさ。これで大丈夫だと判断して昨日を迎えたんだ。出会いも別れも。人生に起こることに意味のないものなどない。それを肯定的に捉えて日々を更新していく。腹が座らない身に苛立つが、迷惑をかけてしまった人々がいる。 - [2019年葉月 2日目その1-栗林公園、琴電屋島駅、屋島ケーブルカー跡、屋島寺、源平合戦屋島古戦場跡、総門跡、佐藤継信墓、長刀泉 【讃州高松への旅をSNSへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/11921.html) - その方に初めてお会いするべく四国高松へと上陸したのでございます。穏やかな笑みを浮かべた人生の大先輩は、偶然にも同じ大学の同じ学科で同じ師に学んでおり、そのようなご縁もありまして、Facebookで友情を育んでまいりました。栗林公園から屋島、「世界の中心で愛を叫ぶ」のロケ地、源平合戦史跡巡り。二人の旅は続いてまいります。 - [2019年葉月 2日目その2-八栗駅、道の駅源平の里むれ(房前公園)、四方見展望台、大鳴門橋、小松島ステーションパーク(小松島駅跡)、史跡旗山、屋島駅。 【讃州高松への旅をSNSへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/11974.html) - 初めてお会いした大先輩との旅は阿波の国へと続いてまいります。鳴門の渦潮は人を呼び、夕暮れを迎えた小松島では、廃線の憂き目を味わって久しい旧小松島駅跡、ひっそりとした義経上陸地で何事かを想い、やがて大先輩が運転する車は高松へと戻っていったのでございます。途中、どこかの町に上がった花火に車を降り、帰り着いた高松の屋島駅で - [2019年葉月 最終日-高松築港、茶屋町、迫川、宇野、宇野港、八浜、岡山、大多羅、由比(本四備讃線/宇野線/赤穂線/東海道本線) 【讃州高松への旅をSNSへの投稿より振り返ります。】](https://kazushiaruga.com/12003.html) - 納めた品物にクレームがつき、どうにか対処いたしましたものの、それでは収まらず、一昨日四国へと向かう車内でお得意先よりショートメールが入り、数度のやりとりの後、明日東京で善後策を打ち合わせることとなりまして、四国旅は3日で打ち切ることと相成ったのでございます。切ないまでに晴れ渡った瀬戸内。忘れ得ぬ夏の思い出でございます。 - [「鉄旅日記」2019年長月 初日(東京-盛岡)その1-金町、水戸、上菅谷、常陸大子(常磐線/水郡線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】](https://kazushiaruga.com/12194.html) - むしろその自然を楽しみつつ鱗雲が浮かぶ青空を眺めていた。車寅次郎は晩年を幼稚園の用務員として過ごし、園児たちに慕われ、ある晴れた過ごしやすい日にかくれんぼをする。子供たちの可愛らしい声が聞こえる中、見つからないようにこっそりと隠れて同じように空を見る。恋をした女性や柴又の情景も浮かぶだろう。うっすらと笑みを浮かべながら - [「鉄旅日記」2019年長月 初日(東京-盛岡)その2-郡山、福島、曽根田、仙台、一ノ関(東北本線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】](https://kazushiaruga.com/12315.html) - 「みちのく一人旅」を連想させるどこか物悲しいメロディ。そうか。義経はこの地で死んだのだと、駅弁に記されたその名を見てあらためて感じるところがあった。北国みちのくにつきまとう悲哀はもう過去のものにしてもよさそうなものだが、独特の旅情もまた土地柄だ。男は北に向かうものだと心惹かれ、またそこには安心できる人種が暮らしていると - [「鉄旅日記」2019年長月 初日(東京-盛岡)その3-盛岡、上米内、区界(東北本線/山田線)/大正館 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】](https://kazushiaruga.com/12327.html) - かつて使われていたホームは朽ちて、その間にいくつもの線路が敷かれていたことが窺える空間がある。酔いも手伝ったのだろうが、慎重に線路に下りてみた。オレは闇の中に現在と過去を見た。未来は見えなかった。もう少し星が見えてもよさそうだが、仕方がない。両の掌を天にかざしてみた。神々が宝物のようなものをいくつも乗せてくれたような感 - [「鉄旅日記」2019年長月 2日目(盛岡-宮古)その1-盛岡、仙北町、花巻、遠野、足ヶ瀬(東北本線/釜石線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】](https://kazushiaruga.com/12407.html) - 北上川は清く、果てに岩手山が見える。駅は売店も含めて開店前の雰囲気。酒が欲しかったが、まぁいいんだ。盛岡からひと駅。旧い駅舎に惹かれて降りてみる。タクシーが一台待ち、味のある蕎麦屋がある。あるいは北上川を求めて。あるいは酒を求めて通りまで歩いていったが、探し物は見つからない。でも駅の風情に惹かれた。実は探し物はそっちだ - [「鉄旅日記」2019年長月 2日目(盛岡-宮古)その2-釜石、津軽石、宮古、田野畑、堀内(三陸鉄道リアス線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】](https://kazushiaruga.com/12428.html) - ラグビーワールドカップの開催で、世界が鉄の街にやってくる。鵜住居駅前に復興スタジアムが建ち、脇には巨大な防波堤が海への視界を妨げる。あのスタジアムの姿を見ることができて、釜石にもラグビーワールドカップにも無関心ではいられなくなった。三陸鉄道リアス線として3月に復旧した旧JR山田線。オレにもそれなりの思いがあるが、満員の - [「鉄旅日記」2019年長月 2日目(盛岡-宮古)その3-陸中野田、久慈、陸中八木、八戸(三陸鉄道リアス線/八戸線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】](https://kazushiaruga.com/12513.html) - 懐かしい久慈駅前。あの日、なぜオレは地下通路をくぐって寂しい一帯を歩いたのか。あるいは駐車場事情だったのかもしれない。祭囃子が聞こえていた。でも駅に酒が売っていたらそっちにはいかなかっただろう。必然はオレを山車が通る街中へ連れていった。「ヨースヨイサ、ヨースーヨイサ」の掛け声とともに子供たちに引かれた山車が進んでいく。 - [「鉄旅日記」2019年長月 2日目(盛岡-宮古)その4-陸奥湊、白銀、鮫、久慈、宮古(八戸線/三陸鉄道リアス線) /蛇の目寿司【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】](https://kazushiaruga.com/12532.html) - 宮古駅前蛇の目寿司にて。三陸宮古は雨。かつての5月にこの街に着いて、もし宮古に泊まるような未来があるなら、あの寿司屋で飯を食おう。そう思った店にいる。どのネタも弾力があり、びっくりするほど美味い。これが三陸の実力。溶けていくような感覚を味わっている。得体の知れないネタは「ほや」とのこと。日本酒を待つ。熱いのを注文したよ - [「鉄旅日記」2019年長月 最終日(宮古-東京)その1‐宮古、岩手船越、浪板海岸、吉里吉里(三陸鉄道リアス線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】](https://kazushiaruga.com/12556.html) - あの道、そしてホームへ上がる階段。みんな覚えているよ。2006年の5月だった。あの階段を何度も登り降りしたものだ。同じ夜、女川駅でもそうした。当時あった駅舎はあの日の津波で流され、階段は時代を生きた分だけ汚れていた。海辺で遊んでいた雀や鳥、そしてこの階段。列車がくるまで、階段の上からかつてオレがいた場所を眺めていた。 - [「鉄旅日記」2019年長月 最終日(宮古-東京)その2‐陸前赤崎、大船渡、気仙沼、一ノ関(三陸鉄道リアス線/大船渡線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】](https://kazushiaruga.com/12192.html) - 東日本大震災による痛ましい傷痕はいくつも残され、茫漠たる眺めに何を思うべきか考える。街を飲み込んだ津波の映像は今も記憶に鮮明で、たまたま手洗い所を借りに入った公共施設では当時の生々しい写真を展示していた。なんだか妙な臭いがしたよ。あるいはたんにそれは港の臭いだったのかもしれない。ただ何度か突き上げる思いにかられて、いく - [「鉄旅日記」2019年長月 最終日(宮古-東京)その3‐白石、郡山、黒磯、宇都宮(東北本線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】](https://kazushiaruga.com/12649.html) - 智者、賢者にして勇将の片倉小十郎の城下町。古く由緒ある建築物が目につく町並をしばらく歩いた。通りを歩く市民の姿はなく、駅前ではタクシー運転手が大声で話している。福島行の列車は現在福島盆地へと下っている。絶景と言える風景にやがて霧がかかり車窓が曇る。それも晴れて桑折駅に着いた。福島盆地にもう下りきったのだ。恋人からは、東 - [「鉄旅日記」2000年晩秋【京都の女性に恋をしていた頃がございました。その京都時代のはじまりでございます。】-京都タワーホテル](https://kazushiaruga.com/12119.html) - 祇園にあるその店で、オレは運命的な出会いをした。すべてが偶然とは思えない中で、何が必然だったのかを考えた。そして彼女を正確に思い出そうとしていた。髪を短くまとめて、きれいな顔立ちで、きれいな京都弁を話す23歳の女性。声を聞くことができたらすべてを思い出せるだろう。仕事はこのままいけばいい。でも愛はやり直し。 - [「鉄旅日記」2019年霜月 初日(東京-五所川原)その1‐金町、北千住、上野、宇都宮、黒磯、新白河(常磐線/東北本線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12661.html) - 上野駅の大きさを今さら驚くこともないが、15両もの列車がいくつも止められる閑散とした早朝のホームに広大無辺さを感じている。ここからいくつもの列車を乗り継ぎ青森に向かう。北に向かう玄関口に漂う哀愁を感じている。この駅はオレが子供の頃から感じていた存在感を失うことなく巨きい。発車ベルが鳴り、にわかにざわめきがやってきた。 - [「鉄旅日記」2019年霜月 初日(東京-五所川原)その2‐郡山、福島、仙台、品井沼、松島(東北本線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12663.html) - 松島の地名の由来には諸説あるらしい。その説には聖徳太子や鳥羽天皇、北条政子が登場する。松島駅開業は昭和31年。案外新しい。そしてこの駅は二代目松島駅とのこと。初代は愛宕駅近くにあったらしい。東北本線開業当時、岩切~品井沼間は山寄りを走っていた。その途中に利府駅があり、利府支線はその山岳ルートの名残りと言える。利府から先 - [「鉄旅日記」2019年霜月 初日(東京-五所川原)その3‐小牛田、一ノ関、盛岡、八戸、野辺地(東北本線/IGRいわて銀河鉄道/青い森鉄道) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12768.html) - 寒さは増していた。常夜灯の町に降りると焼鳥屋が一軒。ロータリーの先に酒屋が見えた。下田、三沢、上北町、乙供で乗客は降りていき、ここ野辺地で入れ替わった。屈強な会津武士をかつて哭かせた大湊へ行く列車が入線してくる。あれは3年前。下北半島の入口の野辺地にいてさえ、最果ての下北大湊を遠く感じる。 - [「鉄旅日記」2019年霜月 初日(東京-五所川原)その4‐青森、新青森、津軽新城、鶴ヶ坂、浪岡(奥羽本線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12787.html) - ここが北の終着駅だと感じる。列車は青森港に突き当たるようにして止まった。駅の先にベイブリッジが見える。福島~仙台間は新幹線を使ったものの、上野からずっと列車に乗ってきた。東北本線を旅してきたのだという充実感がある。壁面に貼られた駅の歴史をじっくりと見たかったが、叶わずに跨線橋の窓を開けて月を眺めた。青森駅構内は広い。 - [「鉄旅日記」2019年霜月 初日(東京-五所川原)その5‐撫牛子、川部、五所川原、津軽五所川原(五能線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12801.html) - さらに通りの先にスナックのネオンが見えた。出歩く人の数は多くないが、充実した繁華街があり、スナックの数がやけに多く、たいていの店は古く、どこか退廃的で、荒くれた男たちが住まう街を想像した。五所川原名物の立佞武多は喧嘩佞武多とも呼ばれ、掛け声は「ヤッテマレ」。寿司屋の大将の話では歴史は新しく、ここ20年ほどだという。 - [「鉄旅日記」2019年霜月 2日目(五所川原-北上)その1‐五所川原、津軽五所川原、津軽中里、鯵ヶ沢、東能代(津軽鉄道/五能線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12817.html) - 聞き馴染みのない声を放つ鳥の群れが飛んでいく。薄暗い平屋で人の動く気配があり、2階のスナックからは不健康そうな咳が聞こえてくる。東奥日報の販売所では女性がうつ伏せて眠り、バスの待合所の女性が働く姿、昭和的な駅前通り、雨上がりの空に美を感じた。厳しい冬がもうじきやってくる。古いものだけが残された津軽鉄道で津軽平野を往く。 - [「鉄旅日記」2019年霜月 2日目(五所川原-北上)その2‐大館、大鰐温泉、大鰐、中央弘前、弘前(奥羽本線/弘南鉄道大鰐線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12855.html) - 弘南鉄道はゆっくりと走り出した。ガタゴトと。石川駅を過ぎてJRを跨ぐ橋から岩木山がよく見えた。揺れる度に吊革が合奏を聞かせてくれる車内は牧歌的で、学生服姿の壮漢たちは弘前工大前で降りていった。中央弘前駅は窪地の川端にある。歴史遺産ともいえる駅舎を出れば、右手にこれまた歴史遺産的な教会がある。木枯らしの中を少女たちが広場 - [「鉄旅日記」2019年霜月 2日目(五所川原-北上)その3‐黒石、弘前、津軽新城、青森(弘南鉄道弘南線/奥羽本線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12885.html) - さすがにオレも寒さを覚える。津軽ともこれでおわかれ。青森行は15:30発。やがて津軽三味線の音が聞こえてくる。その音色が送り出してくれる。その後にいつも寂しさが訪れる。岩木山はその巨大な姿を浪岡まで見せていた。あるいはあの雲の塊の下もそうかもしれない。8年振りに改札を抜けた駅はかつての旧い姿のままで、夕焼けに染まり始め - [「鉄旅日記」2019年霜月 2日目(五所川原-北上)その4‐小柳、筒井、八戸、盛岡、北上(青い森鉄道/東北・北海道新幹線/東北本線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12901.html) - 列車を降りると隣の女子高生が「わっ、きれい」と声に出す。夕焼けがとてもきれいだったんだ。彼女がスマホを構える邪魔になっていたことに気づき、「ごめんね」とささやくと、はにかむようなまぶしい笑顔を見せてくれた。線路に沿って歩く。夕焼けを眺めた時に月にも気づき、何度も振り返る。貨物列車が通過する。振り返る。道が行き止まりにな - [「鉄旅日記」2019年霜月 最終日(北上-東京)その1‐北上、横手、醍醐、十文字、下湯沢(北上線/奥羽本線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12927.html) - こんな早い時間にこの街に降り立つ人々がいる。それに野球少年。街の高校が県のラグビーチーム代表として、花園への出場を決めたことを喜ぶ垂れ幕をどこかで見かけた。街ではホテルが目立つが、駅前タワーは閑散としていた。駅前ロータリーに差し掛かると、地元ラジオ局が放送で6:00を告げた。横手行北上線は0番線ではなく1番線に停車して - [「鉄旅日記」2019年霜月 最終日(北上-東京)その2‐新庄、鳴子温泉、小牛田(陸羽東線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12963.html) - 瀬見温泉を過ぎると眠りに落ち、目覚めたのは中山平温泉。鳴子峡の手前だった。トンネルが続く一帯で、車窓から紅葉の鳴子峡を拝めるのはほんの数秒。鮮やかに色づいた紅葉の中、トンネルから頭を出した陸羽東線の図柄はポスターに印刷され、毎年のように都内の駅を飾る。その刹那に列車は速度を落とし、見上げた大深沢橋の上では人々が鈴なりに - [「鉄旅日記」2019年霜月 最終日(北上-東京)その3‐仙台、国見、愛子、山形(仙山線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12980.html) - 面白山高原から長いトンネルを抜けると山寺。ホームにはたくさんの人々。向かいに座っていた中国人一行もその中に加わった。大きな声で喋っていたかと思えば、いつの間にか眠っている。視覚的にも賑やかな一団だった。青天に雨雲が浮かび、湿りがあった。霞城公園が見えれば山形。懐かしい気持ちが不意に込み上げてくる。意外だった。乗換時間6 - [「鉄旅日記」2019年霜月 最終日(北上-東京)その4‐米沢、福島、上野(奥羽本線/東北新幹線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】](https://kazushiaruga.com/12994.html) - 蔵王を過ぎて、月に気づいた。上弦の月か。山形盆地は暮れなずみ、空は群青に変わりつつある。山に囲まれた日常をほんの少し想像してみた。かみのやま温泉を過ぎると両側から山が迫り、景観が一変して鄙びていく。谷間となり人家は途切れ、夜の訪れを急かすように明かりは絶え絶えとなる。月はまだある。汽笛がいくつも聞こえていた。懐かしくて - [「鉄旅日記」2019年師走 初日(東京-酒田)その1‐金町、北千住、上野、高崎(常磐線/高崎線) 【由利高原鉄道鳥海山ろく線に乗りにいきました。初冬の日本海は荒々しく、美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/13012.html) - 今じゃそれぞれに家族を持ち、帰る場所や人生のキャリアを重ねてきた人々。やがてオレを忘れ、オレもたいした感慨もなく忘れていく。年を重ねるとより無常を思う。暮れになると懐かしい人がひょっこり顔を出したりしますよ。かつて恋い焦がれていた新橋のママに、オレはそんなことを言っていた。あの店から常連だったオレの姿が消えて10年にな - [「鉄旅日記」2019年師走 初日(東京-酒田)その2‐新前橋、水上、長岡(上越線) 【由利高原鉄道鳥海山ろく線に乗りにいきました。初冬の日本海は荒々しく、美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/13023.html) - 渋川を過ぎて利根川を渡ると、いつの間にか赤城山から注意が逸れ、左手に見えていた山々に列車は近づいていく。やがて山裾を掠めトンネルをくぐる。そしてまた次の山の勢力圏に入ってはトンネルを抜けていく。時折目を見張るような利根川渓谷の絶景が現れる。沼田が近づくと、山の連なりの先に雪を乗せた連山が姿を見せはじめた。ドアが開くと車 - [「鉄旅日記」2019年師走 初日(東京-酒田)その3‐新潟、村上、羽後本荘(信越本線/白新線/羽越本線) 【由利高原鉄道鳥海山ろく線に乗りにいきました。初冬の日本海は荒々しく、美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/13034.html) - 特急いなほ5号に乗っている。新幹線より特急料金は格段に安く、オレの旅を十分に満たしてくれる。あれは粟島なのだろう。日本海の先に大きな島が見えている。椎名誠さんが「怪しい探検隊」を組んで数度訪ねた島。新幹線などなくてもオレにはこれでいい。通りすぎていく町を無視したことなどない人生には、これくらいの速度がちょうどいい。 - [「鉄旅日記」2019年師走 初日(東京-酒田)その4‐矢島、前郷、金浦、酒田(由利高原鉄道鳥海山ろく線/羽越本線) 【由利高原鉄道鳥海山ろく線に乗りにいきました。初冬の日本海は荒々しく、美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/13056.html) - 幼い男の子の元気な声を聞き、まるで記憶のない駅前風景の中に身を置きながら、ここがこの旅の終着駅なのだと漠然と思っていた。確か木材の集積所だったはずだが、当時の記憶を呼び起こすものはひとつとして目につかなかった。4日に上弦を迎えた月はおぼろにオレを照らし、応えるように手をかざす。幸福の予感はいつでも持ち合わせているが、こ - [「鉄旅日記」2019年師走 最終日(酒田-東京)その1‐酒田、象潟、砂越(羽越本線) 【由利高原鉄道鳥海山ろく線に乗りにいきました。初冬の日本海は荒々しく、美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/13076.html) - 神の庭は続いている。冷たい北風に吹かれている。日本海に吹く風を浴びている。海は荒れていた。そんな風。ここ平田は彫刻の町らしい。柿の木や米の貯蔵倉を写す静かなひととき。覚悟はしていたが、やはり寒い。酒田でも雪が舞っていた。強くありたい。ふと浮かんだそのひとこと。列車は北余目に着き、相変わらず冬枯れた景色を見ている。 - [「鉄旅日記」2019年師走 最終日(酒田-東京)その2‐小波渡、五十川、府屋、あつみ温泉(羽越本線) 【由利高原鉄道鳥海山ろく線に乗りにいきました。初冬の日本海は荒々しく、美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/13110.html) - 温海川に下りて日本海と交わる様を見ていた。海原を支配する神「スサノオ」に祈ったよ。たいそうなことじゃない。祈るというよりも、むしろ感謝に近い。海辺の岩場には神が祀られていて、是非ともお詣りをしたかったが、通行が禁止されていた。7号国道から頭を下げる。古人のようにオレもあの場所に神を感じている。「海里」という酒田行の豪華 - [「鉄旅日記」2019年師走 最終日(酒田-東京)その3‐押切、帯織、長岡(信越本線) 【由利高原鉄道鳥海山ろく線に乗りにいきました。初冬の日本海は荒々しく、美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/13144.html) - 押切駅で降りて、ホームに残った雪を踏みしめる。子供の頃から好きな行為だ。雪をかぶった山々を写す。ここら辺りじゃ何気ない山間から雲が湧く景色も、東京からきたオレには旅の大切な記憶。東京にいたんじゃ、この冬は雪を見ることすらないかもしれない。戊辰北越戦争の記念館が近くにあるという。激戦が展開された朝日山はあの雪をかぶった内 - [「鉄旅日記」2019年師走 最終日(酒田-東京)その4‐水上、高崎、籠原(上越線/高崎線) 【由利高原鉄道鳥海山ろく線に乗りにいきました。初冬の日本海は荒々しく、美しゅうございました。】](https://kazushiaruga.com/13158.html) - 鉄道事情に無知だった頃、上野駅に停車している籠原行を見て、籠原とはどこなのだろうと憧れに似た気持ちを持ったことが伏線としてある。あれからオレは猿ヶ京から三国越えをして、この旅に沿うように北へ向かった。何も知らなかったあの頃から50歳になって戻ってきた。当時の記憶はもちろんない。籠原駅前はおそらく当時と変わりはないが、少 - [2019年師走~2020年弥生【SNSへの投稿より】大晦日、正月、誕生日、菜の花の頃。](https://kazushiaruga.com/13169.html) - 名残雪にしては、激しく降った東京でございます。しかし下町に残る雪はなく、夕暮れ近くに走りに出ました。毎朝車窓から眺めております、千葉側の江戸川堤に広がる菜の花の群生でございます。小生が住まう借家から、新葛飾橋を渡ってすぐの場所でございます。見事なものでございます。コロナ騒動などどこ吹く風とばかりに、ここ10数日咲き誇っ - [「鉄旅日記」2020年睦月 初日(東京-湯沢)その1‐金町、北千住、上野、宇都宮、黒磯(常磐線/東北本線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】](https://kazushiaruga.com/13189.html) - あの山は黒滝山。冷え冷えとした那須を過ぎて、大地はまだ平坦。黒磯を出てすぐに那珂川を渡るが、あの眺めが好きだ。列車は高所を往き、時代に錆びた鉄橋の下には深い谷が見える。鉄路はみちのくに向けて徐々に上がり始めている。黒田原駅を過ぎると寒木の林を通る。白き木々たちは縮こまることもなく、真っ直ぐに天を向く。生きている者たちだ - [「鉄旅日記」2020年睦月 初日(東京-湯沢)その2‐新白河、郡山、福島、仙台、あおば通(東北本線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】](https://kazushiaruga.com/13204.html) - 列車は左に蔵王を眺め、迂回するように福島盆地を上がり、藤田を過ぎると遠ざかった福島盆地を一望する。福島中通りはこんなにも暖かいのか。去年の1月はまた違ったはずだけれど。蔵王は雪をかぶっているが、山頂付近のみで、降雪量は圧倒的に少ない。噴火を繰り返してきたであろう蔵王の面相は凄まじく、富士山を思わせる噴火口がいぼのように - [「鉄旅日記」2020年睦月 初日(東京-湯沢)その3‐小牛田、一ノ関、北上、柳原、江釣子(東北本線/北上線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】](https://kazushiaruga.com/13220.html) - 岩手県と思われる地域に生まれ、善徳にあふれる人生を終えて星神になった存在があることを鑑定師から聞いた。星象天神どんどろ。彼等の話では、彼の言葉は今も南部弁で、去年からオレにいくつもの寳を授けてくれているそうだ。オレはそれをいちいち信じているよ。そんな星神様のことをこの地で思いたかった。列車はこれから峠越えにかかる。 - [「鉄旅日記」2020年睦月 初日(東京-湯沢)その4‐ゆだ錦秋湖、ほっとゆだ、横手、湯沢(北上線/奥羽本線)/慶 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】](https://kazushiaruga.com/13231.html) - 今ゃもう、行きのも帰りのもオレの足跡は消えているだろう。定刻通り56分発の北上行がやってきた。この村に降りる者はいない。外に出たら雪は止んでいた。雪を見たかったオレに、奇跡はあるのだと天が示してくれたのだと受けとる。星象天神「どんどろ」は、人として生きた前世では社会に馴染めず、つまはじきのような扱いを受けながらも、村を - [「鉄旅日記」2020年睦月 2日目(湯沢-鷹ノ巣)その1‐湯沢、四ツ小屋、秋田、森岳(奥羽本線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】](https://kazushiaruga.com/13251.html) - 真新しいしめ縄が張られた静謐な神域。年の瀬、正月。この神社も参拝で賑わったのだろう。そして、そうした人々も去った鎮守の森。よそからやってきた何者とも知れないオレがひとり手を合わせる。背後の屋根から雪が落ちる。鼻から息を吸うと奥がしびれたような感覚になる。これを味わいにきたのだと、この村での凍てついた道を歩いていく。 - [「鉄旅日記」2020年睦月 2日目(湯沢-鷹ノ巣)その2‐鯉川、東能代、岩館、深浦(奥羽本線/五能線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】](https://kazushiaruga.com/13274.html) - 海を眺め、疲れて眠り、恋人に便りを送り、また何を思うでもなく海を眺める。列車旅の素晴らしさを堪能している。思えば、こうまで海岸線近くを往く鉄路はないのかもしれない。11月には団体客でごった返し、降りるを得なかった。狭い駅前ロータリーから狭い日本海を眺める。これはこれでこの場限りの特別な眺めだ。彼女の息子さんは見事に中学 - [「鉄旅日記」2020年睦月 2日目(湯沢-鷹ノ巣)その3‐驫木、風合瀬、大戸瀬、千畳敷、北金ヶ沢(五能線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】](https://kazushiaruga.com/13303.html) - その構図を気に入ったのは、遥かな昔。やがて朝がきて、愛する女性を乗せた列車が通る線路を眺めた日の出前。オレが見ていたのは線路と防風林とその先の日本海だった。大切にしていたつもりはないが、そんなことを記憶しながら生きてきて、これ以上ない構図でその風景が目の前にあり続けた。細かい雨が降り始め、線路は徐々に海から遠ざかる。 - [「鉄旅日記」2020年睦月 2日目(湯沢-鷹ノ巣)その4‐五所川原、川部、弘前、大館、鷹ノ巣(五能線/奥羽本線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】2日目(湯沢-鷹ノ巣)](https://kazushiaruga.com/13357.html) - アーケードが尽きる頃、酒場の灯を見かけた。人の気配のない店で陽気なおかみさんが顔を出した。たいした意味もなくジンギスカンを始めて、今じゃ看板料理になったと朗らかに笑う。秋田弁丸出しの言葉がうれしく、また馴染み客も秋田弁で、会話の意味がまるで分からない。北海道から沖縄まであらゆる地域の酒場にいたことがあるが、実はそんなこ - [「鉄旅日記」2020年睦月 最終日(鷹ノ巣-東京)その1‐鷹ノ巣、二ツ井、鷹巣、阿仁合(奥羽本線/秋田内陸縦貫鉄道) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】最終日(鷹ノ巣-東京)](https://kazushiaruga.com/13375.html) - 直径3.7メートルの日本一の大太鼓がある町。太鼓好きだと聞く「最愛の存在」の顔が浮かぶ。駅を写し、内陸線駅を写す。運転士が駅頭で57分発車を告げていた。町中では見なかった雪景色。河川敷の広い米代川に人が立ち入る気配はなく、従って遊歩道も見られず、靄を湛えて悠久を感じさせる。列車は人気のない密林地帯を走っている。やがて真 - [「鉄旅日記」2020年睦月 最終日(鷹ノ巣-東京)その2‐角館、大曲、峰吉川、新庄(田沢湖線/奥羽本線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】](https://kazushiaruga.com/13394.html) - 湯沢を過ぎると広く見えていた大地が徐々に狭まっていく。それにつれて積雪量は増えて、車内の気温も下がり、視界には常に雪を散らした山塊がある。乗客の数は一定していて、横堀を過ぎるとさらに大地は狭まり谷合になり、かつて秋田藩の関所が置かれた院内に着く。急速に狭まった平地を見て、袋の鼠という言葉が浮かぶ。羽州国境を過ぎて、積雪 - [「鉄旅日記」2020年睦月 最終日(鷹ノ巣-東京)その3‐余目、三瀬、羽前水沢、間島(陸羽西線/羽越本線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】](https://kazushiaruga.com/13416.html) - 飽かずに日本海を眺めていたよ。寂しい車内。並行する国道を行き交う車も少なく、気紛れのような日差しを寄越す空は鈍色。駅を出て海岸線に出る。12月にその存在を知った粟島が見える。スサノオが司る海は神聖なるもの。口の中が少ししょっぱい。間島を出てしばらく、羽越本線は内陸に進路を変えて、日本海が去っていく。行く手に夕焼けが見え - [「鉄旅日記」2020年睦月 最終日(鷹ノ巣-東京)その4‐中条、新発田、新津、長岡(羽越本線/信越本線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】](https://kazushiaruga.com/13435.html) - 新発田の街明かりを遠くから見ていたよ。新発田駅前の夜景はこじんまりとしているが、悪くない。かつてお城まで歩いた夏の日を思い出す。当時からすれば、駅舎は外壁を塗り替えるなど若干リニューアルしたかもしれない。記憶との誤差にそう思う。思えばあの日以来になるのか。あれから何度か通ってきたが、人との関係と同じで、街ともまた縁の深 - [2020年如月【水上温泉につかりにいったある週末の記憶をSNSへの投稿より振り返ります。】-土合、水上、後閑、沼田(上越線)](https://kazushiaruga.com/13458.html) - 2月9日は湯檜曽駅に寄ってから帰京するつもりでおりましたが、下り列車が止まり、後閑駅に降りた後に沼田駅へ。駅前でそばを食した後に、天空の城下町を謳う街へと坂道を上がっていったのでございます。興味深い街でございます。また上越線が深い谷間を往く鉄路だったことに今さらながらに気づかされたのでございます。坂を上がりきりますと - [「鉄旅日記」2020年如月 初日(東京-大船渡)その1‐金町、北千住、上野、宇都宮、黒磯(常磐線/東北本線) 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13487.html) - 関東平野はなかなか尽きない。矢板を過ぎると不意に風景が狭まり、ここが平野の果てかと思い、やがて短いトンネルをくぐる。すぐに風景は元の通りに開けて、関東平野。視界をたまに新幹線高架がよぎる。スキー青年たちは那須塩原で降りていった。黒磯を過ぎると、幽玄という言葉が思い浮かぶ那珂川を渡る。いよいよ関東平野も尽きようとしている - [「鉄旅日記」2020年如月 初日(東京-大船渡)その2‐新白河、郡山、福島、仙台(東北本線) 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13499.html) - 東北諸藩の思惑が一致して、新政府軍に対して白河の関から徐々に出血を強いながら寒冷な奥地へと引きずり込み、冬の到来を待って決戦を挑めていたらと不意に思う。ナポレオンやヒトラーを没落へと導いたロシアの戦術はそうだった。それほどに白河から先、みちのくは深い。駅で見かけた美人の車掌さんのアナウンスが時折入る。低い声音が耳や脳に - [「鉄旅日記」2020年如月 初日(東京-大船渡)その3‐多賀城、高城町、石巻、鹿又(仙石線/石巻線) 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13511.html) - 水辺では水鳥が並んで羽を休めている。その姿をスマホに撮したとたん、5羽を除いて飛び立ち、旋回の末に元にいた場所に戻ってきた。習性と本能について考えさせられもしたが、何か崇高なものを見たような気持ちにさせられた。あの群鳥の中にオレがいたとしたら、飛び立たなかった5羽の中にいただろう。なぜか何らかの情報がオレにはいつも遅れ - [「鉄旅日記」2020年如月 初日(東京-大船渡)その4‐前谷地、志津川、南気仙沼、気仙沼(気仙沼線)/南三陸さんさん商店街 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13539.html) - 安倍首相をはじめ元横綱稀勢の里の荒磯親方など著名人が訪れ、写真でその消失を目の当たりにしている。津波による被害はすさまじかった。あのかつての町並は戻ることのない中で、また商売を始めていく人々には敬意しかなく、港の近くでスナックを一軒見つけた時には目頭が熱くなり、その港ではポンポン舟に乗った漁師たちの笑い声が聞こえていた - [「鉄旅日記」2020年如月 初日(東京-大船渡)その5‐奇跡の一本松、陸前高田、大船渡(大船渡線)/居酒屋膳/やきとり香善 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13568.html) - 濡れた街路にわずかな明かりが映り、初春のような風が吹いていた。居酒屋から歩いて5分。スーパーの付属施設のカフェや本屋は閉まり、行き交う車も最早少なく、BRTは無人の広野を行くがごとく盛へ向かう。かつての町明かりを知る人々は今も悪い夢から覚めていないのかもしれない。オレも悲しいよ。だけど、あの居酒屋や並びの寿司屋があるん - [「鉄旅日記」2020年如月 2日目(大船渡-釜石)その1‐大船渡、盛、綾里、唐丹(大船渡線/三陸鉄道リアス線) 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13586.html) - 小さな湾にはそれを囲むように必ず集落があり、列車は生真面目にその集落毎に停車していく。そんな印象は持っていた。紀勢本線の三重県側とよく似ている。トンネルを抜けると海と巨大な防波堤が現れる。また思いを新たに釜石に向かっている。岬が折り重なるように続く海岸線。山は深く、鉄道がなければ隣の集落まで車で1時間かかることもあると - [「鉄旅日記」2020年如月 2日目(大船渡-釜石)その2‐平田、釜石、陸中山田(三陸鉄道リアス線) 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13616.html) - かつての電話口の先で釜石はもうダメだろうと告げたホテルマン。彼の当時の絶望が理解できる。だが飲み屋横丁は復活して、街に当時の痕跡を探すのは難しい。街の高台にある観音薬師で知ったが、釜石は9年前の震災前にも2度の津波被害を受け、第二次大戦では艦砲射撃を受け、いずれも壊滅的な打撃を被ったという。観音薬師公園ではお稲荷様にお - [「鉄旅日記」2020年如月 2日目(大船渡-釜石)その3‐宮古、蟇目、茂市(山田線)/蛇の目寿司 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13664.html) - この駅の格を奪ったのは、人の営みなのだ。無理もない。相当のご苦労があり、断腸の思いがあったのだろう。あの日、終着駅の岩泉から線路に沿ってここまで車を運転してきた。かつてを知る者には、ただ寂しい。悠久の岩泉線の写真が飾られていた駅舎から、そうした写真たちは外され、鉄道員の姿もなく、強風によるダイヤ乱れによるアナウンスもな - [「鉄旅日記」2020年如月 2日目(大船渡-釜石)その4‐宮古、陸中山田、釜石(三陸鉄道リアス線) 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13691.html) - そしてあの日と同じ気持ちで製鉄所の煙を眺めている。初めて夜の釜石を見た。旅を始めた当初から意識していた街だ。ようやくその街に太い縁を得た。駅を出て甲子川を渡った先に街がある。そんな風情が好きだ。この街に暮らす人々は、あの橋と、新日鉄から上がる煙に、それぞれのドラマを持っているのだろう。そうであってほしいと思うよ。 - [「鉄旅日記」2020年如月 最終日(釜石-東京)その1‐釜石、遠野、宮守(釜石線) 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13706.html) - 彼等が今も生息していそうな淵を車窓から見る。あれだけ正確な姿が残っているんだ。かつて狼がいたように、きっと存在したのだろう。真面目にそう思っているんだよ。練馬でお世話になっていた美容室のマスターが、子供の頃に河童を目撃したと言っていた。確か九州の方だった。あの人をよく知る当時の同居人は、ホラに決まっていると言うのだけれ - [「鉄旅日記」2020年如月 最終日(釜石-東京)その2‐小山田、土沢、花巻、石鳥谷(釜石線/東北本線) 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13733.html) - 線路をはさんで白鳥の飛来地、三郎潟が見える。だけどそこにいく道がない。しばらく歩くと犬に吠えられる。4頭もの犬を飼ってるお宅だった。駅から三郎潟写そうと戻ると、ご婦人が所在なげに立っている。挨拶をすると、列車が運休になったと伝えられた。いえいえ、そんなことはありません。先ほどこの駅を出ましたと伝えたら勘違いを残念がっ - [「鉄旅日記」2020年如月 最終日(釜石-東京)その3‐一ノ関、小牛田、仙台、福島、郡山(東北本線) 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13764.html) - 新田、瀬峰、田尻。ひたすら平らな仙北平野。眺めていると眠くなるが、何事かを持つような駅舎や沼、または石碑が気になる。やがて降りる日がくるだろう。一ノ関~小牛田間は約50分。約10分で乗り継ぎの仙台行が出る。ホームに仙台行、一ノ関行、石巻行が並んでいた。アナウンスで気仙沼線への乗り換え駅と聞いて、郷愁を感じた。 - [「鉄旅日記」2020年如月 最終日(釜石-東京)その4‐安積永盛、鏡石、須賀川、新白河、黒磯、宇都宮(東北本線) 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】](https://kazushiaruga.com/13786.html) - 須賀川は円谷英二さん所縁の地で、繁華街にはウルトラマンや怪獣の像が至るところにあると聞いた。駅には須賀川と、ウルトラマンが住まうM78星雲が姉妹都市として提携したとある。大人の真面目な冗談だ。たいして関心はないが、スマホは向けた。昨年の台風で釈迦堂川が溢れて被害が出たと聞いて、心を痛めた。去年はそんな報せが多かった。 - [「鉄旅日記」2020年弥生 初日(東京-高山)その1‐金町、東京、高尾、藤野(常磐線/中央本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/13803.html) - 彼岸を過ぎて春。ホームに立ち、あたたかくなってきた風に当たっていると、不意に20年前の京都で見た夜桜を思い出した。あの頃からたいして変わっていない。そう思う。ただ31歳だったオレは51歳になり、世界は新型コロナウイルス騒動で未曾有の混乱の中にある。東京五輪の開催は危ぶまれ、憶測やデマが行き交う。どれもたいした問題じゃな - [「鉄旅日記」2020年弥生 初日(東京-高山)その2‐甲府、日野春、長坂、青柳(中央本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/13822.html) - 駅に降りた時から気に留めていたが、黒猫が視界にいた。警戒しつつも、目の前に現れたオレが信頼するに足る生命体であることを願いながら後をついてくる姿はいじましく、また勇気にあふれ、その小さな姿がたまらなく愛しく感じられた。ウイスキーハイボールとともに買い求めていたアメリカンドッグは黒猫の口に合わず、唐揚げは食べたようだ。お - [「鉄旅日記」2020年弥生 初日(東京-高山)その3‐上諏訪、塩尻、洗馬、中津川(中央本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/13839.html) - 修行を思わせる長く美しく静かな道程に、900年昔の木曽義仲軍の馬蹄を聞いたような気がした。京を制圧した後に琵琶湖畔の粟津で討たれ、木曽に戻ることはなかった大将軍。遥かな昔に京都から諏訪へ下ったオレのご先祖。信濃武士の末裔としての誇りが時にこうして顔を覗かせる。今思う。かつて京都で恋をして、京都に恋したのは必然だったのだ - [「鉄旅日記」2020年弥生 初日(東京-高山)その4‐多治見、坂祝、美濃太田(太多線/高山本線)【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/13863.html) - 何やらめでたそうな駅名で、ずいぶん前から降りることを待望していた。改札を抜けると正面に木曽川堤が見える。歩くさ。14分しかないけど。鵜沼から「日本ライン」の名称を持つ木曽川の流れは心許なく、対岸の厳つい岩壁だけが目についた。駅舎は古く、旅情を醸す。どうか続いてほしい。数代後の世代まで、日本の建築物とはこうなのだと理解し - [「鉄旅日記」2020年弥生 初日(東京-高山)その5‐飛騨金山、下呂、禅昌寺、飛騨萩原、上呂(高山本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/13884.html) - 車窓に目を移すとオレの日常にはないものばかりが見えている。ホントはこっちがいい。だけど今はこの美しい世界を日常にはできない。せめてと毎朝の車窓から見える江戸川堤に広がる菜の花の群生と、日常を紛らせている。わずかな乗客を乗せて、高山行は生真面目にひと駅ひと駅停車していく。いつか書いたことかもしれない。その営みの崇高さにオ - [「鉄旅日記」2020年弥生 初日(東京-高山)その6‐渚、高山(高山本線)/うま宮 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/13904.html) - 飛騨牛の串焼き、イカと海老の串焼き、漬け物盛り、牛スジ煮込み。よもやま話に花が咲き、互いの人生に共感し、どぶろくやつまみをサービスしてくれる。悪いから「一杯奢らせてください」と言うと、ご主人は恭しく自らに生ビールをついだ。高山料理とは野菜料理と知り、ご主人自慢の漬け物には舌鼓を打った。漬け物ステーキなるものもメニューに - [「鉄旅日記」2020年弥生 2日目(高山-速星)その1‐高山、打保、猪谷、富山、電鉄富山(高山本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/13933.html) - 使われなくなった集合住宅もそのままに、猪谷駅周辺は9年前と寸分たがわぬ姿を見せている。強い風に吹かれた。待合室は暖かかった。かつてあの場所で列車を待ったのかと感慨が湧く。飛越国境の関所の村。神通川沿いの草蒸した遊歩道を歩いたりもした過去。関所館にかつての猪谷駅の写真があった。煤けて黒々とした在りし日の栄光。高山本線は日 - [「鉄旅日記」2020年弥生 2日目(高山-速星)その2‐中滑川、滑川、猪谷、宇奈月温泉、宇奈月、寺田(富山地方鉄道本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/13959.html) - 宇奈月温泉から日本海は近いわけじゃないが、高台の車窓から真っ青な水平線が見えた。町に下りてきてしばらくすると新幹線駅が現れる。黒部宇奈月温泉駅。地鉄は新黒部駅で北陸新幹線と接続している。電鉄黒部、魚津と馴染みの街が続く。そして古い駅舎が現れると特別な感情が湧く。電鉄魚津駅周辺にも街があり、魚津の街を再発見したような気持 - [「鉄旅日記」2020年弥生 2日目(高山-速星)その3‐岩峅寺、立山、電鉄富山、富山(富山地方鉄道立山線/富山地方鉄道不二越・上滝線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/13987.html) - 立山黒部アルペンルートはまだ開いておらず、美女平まで上がるケーブルも閉店。駅周辺の飲食店もまだ本格的な営業前でメニューも品薄だった。駅周辺全体が昼寝をしてるような印象を受けて、電鉄富山行に乗る。常願寺川の荒涼とした河原に地獄を連想する。ゴロゴロと無造作に散らばる石や枯れ枝はまるで骨のようだ。なぜこうまで荒涼としているの - [「鉄旅日記」2020年弥生 2日目(高山-速星)その4‐富山大学前、丸ノ内、南富山駅前、南富山、電鉄富山駅前、富山(富山地方鉄道市内線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14014.html) - 岩瀬浜行は大変な混雑。今後のストレスを考慮して富山で下車。富山ライトレールが市内線と一緒になったため、富山ライトレール車両が市内を走る。どうもその車両が混んでいるようだ。南富山駅前行だけが、その騒ぎから切り離されているため空いている。中町、西町が繁華街にあたるようだ。長いアーケード街が見えた。南富山まで街は続いていた。 - [「鉄旅日記」2020年弥生 2日目(高山-速星)その5‐府中鵜坂、西富山、速星(高山本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14027.html) - 雪をかぶった連なりは薄くなった空の青に溶け込んでしまいそうだ。数分前に遠望した富山に街明かりがつき始めた。再び婦中鵜坂に着くと、立山連山はより一層空に溶け込んでいる。マジックアワーと表される黄昏時。それを遠く富山で感じている。富山に戻る友人を見送りにきた女子が3人。まるで踊っているかのように軽やかに見送る姿が愛らしい。 - [「鉄旅日記」2020年弥生 最終日(速星-東京)その1‐速星、越中八尾、楡原(高山本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14037.html) - 神通川を渡る。橋のこっちとムコウに何らかの隔たりを感じる。川とは古来そういうものだ。駅横にも小さな公園があり、池には鯉の姿がある。そこで列車を待とうとも思ったが、高台のホームで待っている。強い風に吹かれながら、自然が奏でる音を聞いている。風には音がある。葉を揺らすでもなく、鳥が飛び立つでもなく、風には音がある。8:57 - [「鉄旅日記」2020年弥生 最終日(速星-東京)その2‐猪谷、高山、久々野、古井、美濃川合(高山本線/太多線)/今渡ダム【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14071.html) - 渚駅へと列車は坂を下りていく。飛騨川に沿う道程に人家は消え、やがて思い出したかのように集落が現れる。下麻生でダイヤは元に戻った。眠り、SNSをやり、車窓に目を向ける。飛騨川は白川口までは常に寄り添っていた。白川口を出てすぐに銀色の橋を見たのを覚えている。手元に目を落としていて、ふと目を上げるともうその姿はなかった。自 - [「鉄旅日記」2020年弥生 最終日(速星-東京)その3‐多治見、金山、豊橋、御厨(太多線/中央本線/東海道本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14097.html) - 越中から飛騨へ。一昨日通った道を戻りました。水辺が好きなのでございます。泳ぎは得意な方ではございませんが。JR太多線の木曽川橋梁から眺める今渡ダム、そして神通川。また来たいものでございます。3月14日のダイヤ改正で、山手線の新駅高輪ゲートウェイが開業いたしましたが、東海道本線にも同じ日に開業した駅がございます。静岡県の - [「鉄旅日記」2020年弥生 最終日(速星-東京)その4‐藤枝、静岡、熱海、上野、北千住(東海道本線/常磐線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14111.html) - あいみょんが歌った北千住。日常通過する駅だが、今日は接続に使う。愛していた人が暮らす街。かつては飲み歩いた街。姪と彼氏の結婚を祝って涙した街でもある。ここや今暮らす金町。もう戻ることはないだろうと思いながら沿線を離れた10年前。この連休で旅した中にもそんな町があった。もともと何も持っていない。そんな誰もが紡いでいく人生 - [「鉄旅日記」2020年卯月 初日(東京-新津)その1‐松戸、土浦、友部(常磐線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14128.html) - コロナ騒ぎで、すっかり桜の存在が霞んでしまった春。でも人間界の事情など我関せずとばかりに咲き誇り、牛久沼に霧がたつ。群れからはぐれた鳩が一羽丸まり、しゃがみこんだ若い女性が話しかけ、連れの若いのが先を急ぎたがっていた。西浦の端にお日様がかぶさっていた。桜木が堤に沿ってさらに目を楽しませる。関東じゃ、この週末で桜も終わ - [「鉄旅日記」2020年卯月 初日(東京-新津)その2‐水戸、いわき、原ノ町、鹿島(常磐線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14141.html) - 水戸の春は美しかった。車窓から見る偕楽園は雅で、右手に千波湖が現れるに及び列車は庭園に踏み入れる。桜咲く春。この国の美しさをあらためて想う。そしてコロナ報道に毒されて昨日、今朝を案じていた身を恥じる。自然に接する度に、あるいは草木にも及ばない身上ではないかと思う。もっとも天の下で暮らす身に上も下もない。常磐線が全通した - [「鉄旅日記」2020年卯月 初日(東京-新津)その3‐仙台、北山、葛岡、山形(仙山線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14153.html) - 北山霊園の脇。単線ホームで日差しを浴びている。天照大神の眷属を自認する身だが、この温かみは他では得がたい。風も優しく、殺伐とした東京では持ち得なかった春を楽しむ気持ちにひたっている。風の音、カラスの羽音。自然と一体となってみると小さな丘に咲く花にも気づく。初めてこの駅で降りる。根白石踏切を上下して、上から仙台を眺めよう - [「鉄旅日記」2020年卯月 初日(東京-新津)その4‐置賜、高畠、米沢(奥羽本線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14170.html) - 駅前を眺めて酒を買い込んで、ついでに玉こんにゃくと彼女への土産にベーコンまで買って、夕方の風に吹かれていた。車寅次郎を気どるには東北はちょうどいい。かつて車で旅をしていた頃に、この町に寄って親父にワインを買って帰ったことがある。肝臓の数値を気にしつつ働き盛りだった当時の父。オレは20歳代だった。そんなオレも、あの頃の父 - [「鉄旅日記」2020年卯月 初日(東京-新津)その5‐小国、坂町、新津(米坂線/羽越本線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14190.html) - 坂町で暖簾を守る若者にほだされて、夜は坂町にあてた。恋人が自身の素敵な写真を送ってきた。道々献身的な彼女を想っていた。今夜オレがどうしていたか。町の名前を挙げてもきっと分からないだろう。とりあえず久々にコロナとは無縁の夜を過ごしている。新津は雨だった。ここのおかみさんが「キャンセル続きで・・・」とこぼす。大変だろう。オ - [「鉄旅日記」2020年卯月 最終日(新津-東京)その1‐新津、馬下、津川、喜多方(磐越西線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14205.html) - 日出谷駅に着く前に阿賀野川を渡る。橋脚が遺された先に旧線跡を見る。鉄路にも歴史がある。高度経済成長期からバブル時代を過ごした身として、時代が進むにつれて衰退していくものがあることを知った時は不思議に思ったりもした。川は流れ、時に目をつむり、磐越西線の風景に寄り添っていた。山都を過ぎてしばらくすると視界が開ける。そして美 - [「鉄旅日記」2020年卯月 最終日(新津-東京)その2‐会津若松、郡山富田、喜久田、郡山(磐越西線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14227.html) - 郡山にはもう何度降りたことだろう。古馴染みの街だが懐かしくもある。いつかまたこの街のどこかで暮らす友と穏やかな時間を過ごすこともあるだろう。ここ郡山で、彼の幸せの瞬間に立ち会っている。それからもう20年以上の歳月が流れている。彼とは山口宇部で過ごす共通の友人を訪ねる約束もしている。その約束を交わしてからも相当な歳月を間 - [「鉄旅日記」2020年卯月 最終日(新津-東京)その3‐小野新町、要田、いわき(磐越東線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14240.html) - ゆうゆうあぶくまラインとの別名を持つ磐越東線は平、三春と新政府軍が進んだ道でもある。仙台藩、磐城平藩、相馬中村藩が迎え撃ち、磐城平城は焼失。会津へと向かった部隊は寝返った三春藩を加え、二本松での激戦へと至る。道には様々な歴史があり、かつてオレも車を走らせながら平行する線路を眺めるのが好きだった。それで今は線路の住人でい - [「鉄旅日記」2020年卯月 最終日(新津-東京)その4‐浪江、いわき、常陸多賀、石岡(常磐線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】](https://kazushiaruga.com/14255.html) - 海はいいな。やっぱり海はいい。沖を往く白い船。それを遠くの車窓から眺める男がある。偶々だが、奇跡とも言えそうだ。17:55発、水戸行。夕焼けを眺めている。月には早くから気づいていた。コロナ騒動の最中、そう言えば月に気づかなかった。旅を楽しみ、孤独を感じ、オレを愛してくれる人を想い、そしてまた月を見上げた。山の稜線が群青 - [2020年水無月【緊急事態宣言から解放された週末。石和温泉につかりにいった記憶をSNS風に綴ります。】-甲府、善光寺、酒折、石和温泉、大月(中央本線/身延)](https://kazushiaruga.com/14278.html) - 夕食を済ませて浴衣姿で涼みに出た温泉街。町中の温泉街はささやかな明かりを灯しておりました。1981年に全日本プロレスはこの温泉街で世界最強タッグ決定リーグ戦の興行を打ったことを覚えておりまして、某かの感慨がございました。ザ・ファンクス、ハーリー・レイス、ブルーザー・ブロディ、ジミー・スヌーカ、ザ・シーク、タイガー・ジェ - [「鉄旅日記」2020年文月 初日(東京-香住)その1‐東京、国府津、小田原、三島(東海道本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/14481.html) - 根府川を過ぎて相模湾を背にしていることに気づき、窮屈に体を180度反らす。まるで冷夏の到来を予感させるような空からは、またも小雨が使者としてもたらされている。天は彼等に何を託したのか。そういえば、メールに頻繁に届いていた鑑定士からの吉兆連絡が途絶えてじきに1週間になる。彼等とのやりとりが始まった2年前、最愛との存在との - [「鉄旅日記」2020年文月 初日(東京-香住)その2‐静岡、浜松、豊橋、名古屋、大垣(東海道本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/14494.html) - 新たな日常を始めていこうとしていたけれど、安心はしたよ。もっともオレが欲しい真の安心はこんなものじゃない。金があれば足りるというものでもない。昨夜は彼女にそんな問いを投げかけて眠りに就いた。用宗を過ぎると、車窓に駿河湾がちらちらと覗く。この事実を知らずに10年以上もの間を列車に揺られていたことになる。焼津に着くと東京で - [「鉄旅日記」2020年文月 初日(東京-香住)その3‐米原、京都、梅小路京都西、丹波口、花園(東海道本線/山陰本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/14509.html) - 中央卸売市場脇を線路に沿って歩く。薄暗く人気のない通りだった。約10分。五条通に面して目立たない駅があった。山陰本線の高架化に伴い、44年前に丹波口駅は北へ500メートル動き、この地に移設されたとのこと。都会といえる京都の、地方都市としての顔がそこにあった。京の七口のひとつ、ここ丹波口を起点として延びていた近世の山陰街 - [「鉄旅日記」2020年文月 初日(東京-香住)その4‐太秦、撮影所前、帷子ノ辻、保津峡、千代川(山陰本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/14592.html) - 映画色の町に降りたのは14:44。松田聖子さんの流行り歌にそんな出だしの楽曲があった。帷子ノ辻は、平安初期の嵯峨天皇の皇后であった檀林皇后の亡骸が遺棄された辻を由来とする。その際に皇后は経帷子を身に着けていた。これは仏教に深く帰依していた檀林皇后の遺言で、諸行無常を体現すべくそのようにして、亡骸は日に日に腐敗し、犬やカ - [「鉄旅日記」2020年文月 初日(東京-香住)その5‐並河、園部、胡麻、下山、福知山(山陰本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/14680.html) - かつて車寅次郎も訪ねた丹後。「そのうちまた丹後に向けて風が吹くこともあるだろう」との言葉を残して涙したヤクザ者。オレにもまた丹後へと誘う風がそのうち吹くだろう。名残もある。山陰地域は歴史の裏側に多く記されているのだろう。鬼もいれば蛇もいた平安京。京都盆地のように福知山も山に囲まれ、大江山の鬼が市中を制圧するかのように、 - [「鉄旅日記」2020年文月 初日(東京-香住)その6‐上川口、養父、豊岡、香住(山陰本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/14776.html) - 耳を澄ますわけでもなく、ヒグラシの声が聞こえてくる。はっと我にかえってあたりを見渡せば、緑濃い古里。東京で暮らしちゃいるが、オレも元来こっち側の人間だよとささやけば、駅前はもう馴染みの村だ。古里が暮れゆく光景に接して、それを美しいと感じる自身と、所詮ははかない2020年の夏の記憶と感じる自身がいる。今分かったが、それを - [「鉄旅日記」2020年文月 2日目(香住-東萩)その1‐香住、柴山、餘部(山陰本線)/余部鉄橋 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/14802.html) - 断崖を伝うような道があり歩いたが、ほどなくして行き止まり。橋を見上げる他にやるべきことを思いつけない。いつまでもそうしていた。かつての姿を覚えている。丹後を過ぎて、たまたま通りかかったんだ。威容に驚き、すぐそばにあった喫茶店に車を止めた。その店はもうなかった。そしてその旅の途中で、余部橋梁が印刷されている絵葉書を探した - [「鉄旅日記」2020年文月 2日目(香住-東萩)その2‐浜坂、東浜、福部、鳥取(山陰本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/14924.html) - やがて中国山地から延びてきた因美線と、まるで空中で交わるように高架上で合流する。懐かしいとも思わず、ここにいることに何らの違和感も持たず、特に感慨も持たずにホームでビールを飲んでいた。あるいはもう2度と訪れることもないかもしれない遠くの街。だけど再会の時も別れ際も、とてつもなくさりげない。思えば、それは人との付き合いに - [「鉄旅日記」2020年文月 2日目(香住-東萩)その3‐末恒、浦安、米子、揖屋(山陰本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/14942.html) - 山口県内の大雨と落石の影響でダイヤが大幅に乱れているとの放送が入る。新型コロナウイルスの発生で世界中にパンデミックが拡がった2020年。何者あるいは何物かが人の人生を狂わす邪悪な遊びを続けている。プロレスリング・ノアは無観客でも試合を続けているが、夏の甲子園は中止になった。報道は滅入るものばかり。もう家にはいたくなくて - [「鉄旅日記」2020年文月 2日目(香住-東萩)その5‐都野津、江津、西浜田、東萩(山陰本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15197.html) - ヒグラシの声が聞こえる駅。空は美しく、列車の遅れなどという事情さえなければ、心穏やかに夕映えを愛でたであろうに、なんてことだと憤りをうまく処理できずにいる。江津はかつて訪ねた頃と変わらず、駅前に立ち寄れる場所はなく、コンビニもない。遅れ時間は延長され、蚊に悩まされる。夕映えだけが見事だ。コロナから続く2020年の仕打ち - [「鉄旅日記」2020年文月 2日目(香住-東萩)その4‐出雲市、直江、五十猛、馬路(山陰本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/14959.html) - 眠りから覚めてしばらく経つ。ヒグラシの声が聞こえている。穏やかな夕暮れ。だが列車はここで停止して動かない。上り列車を2本やり過ごすために微動だにしない。2020年に対して恨みが募る。俳優の三浦春馬さんはこの状況に耐えきれずに酒に溺れ、オレを含めて日本中を悲しませることになった。コロナに負けるなとFacebookの友達 - [「鉄旅日記」2020年文月 3日目(萩-三次)その1‐萩、玉江、東萩(山陰本線)/萩散策 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15219.html) - 濁流の中をつがいの鴨が浮かび、白鷺が飛び立った。格調高い駅舎が保たれている。あの時のあの女性の口からも長州人の誇りが伝わった。そうだった。友に導かれて、かつてオレはわざわざ山口まで恋をしに行ったんだ。あの女性も結婚したと、確か聞いた。そいつはよかった。そう答えたはずだ。萩を出る列車がやってくる方を眺めていた。萩橋を渡っ - [「鉄旅日記」2020年文月 3日目(萩-三次)その2‐益田、三保三隅、浜田、波子(山陰本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15262.html) - 気づけばもう昼前。そして気づけばもう帰り道をたどっている。恋人と過ごす楽園もまた束の間だが、時間になれば無常を感じながら二人は駅への道を往く。行き違い3分の停車。高台から岸辺に打ち寄せる波を見る。5年前にも降りた駅。あれからいろいろあって、目指す地域も偏りはしたが、5年もあればオレは戻ってくる。それが実証されたのだ。 - [「鉄旅日記」2020年文月 3日目(萩-三次)その3‐黒松、仁万、出雲市、荘原(山陰本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15356.html) - 凄絶ともいえる沿岸の景観を眺めている。海面に対してほぼ直角に切り立つ緑に覆われた山塊。人類が死に絶えたとしても草木は生き残る。それが誇りある生き方であるならば、それでも構わない。見上げた空に入道雲が浮かんでいる。気紛れなお天道は出雲地方に今は晴れを送っている。江南駅あたりで水辺を見た。神域に入っていく。出雲は前世に関わ - [「鉄旅日記」2020年文月 3日目(萩-三次)その4‐宍道、加茂中、出雲横田、出雲坂根(木次線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15373.html) - やがて視界は開け、田野で人々がたち働く。耕作が放棄された棚田は自然な緑に染まる。収穫の秋に向けて稲穂に向き合う人々を見た。平地は収穫にあてて、山裾に寄り添うように暮らしてきた人々。理不尽にも大雨は土砂をも降らし、九州をはじめ各地で被害が出た。オレは何度でも祈る。長いトンネルをくぐった。列車の速度は上がらない。着いた先の - [「鉄旅日記」2020年文月 3日目(萩-三次)その5‐備後落合、備後庄原、三次(芸備線)【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15392.html) - とうとう朱色の橋を見下ろす場所まできた。これほどまでに上がらなければならない事情があったのか。中国山地の険しさを思う。標高718米の表示を見て、やがて駅に着く。天空にも村はある。冬はスキー場になるらしい。乗客がひとり増えた。備後落合へと下っていく。2つ目の駅には集落があった。下っていく。速度を上げて下っていく。なぜだか - [「鉄旅日記」2020年文月 最終日(三次-東京)その1‐三次、上下、府中(福塩線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15409.html) - 江の川をはじめとする3つの川が巴状に交差する三次。霧の町はそうして生まれ、鵜飼は観光資源のひとつになっている。発車まで駅長さんと話す機会を持った。地元の三次で国鉄に就職後、転勤で厚狭へ。運転士として広島に戻り、可部線で今は鉄路が途絶えた三段峡まで行っておられたという。中国山地の鉄道事情は厳しく、毎年のように雨で止まり、 - [「鉄旅日記」2020年文月 最終日(三次-東京)その2‐万能倉、神辺、井原、吉備真備(福塩線/井原鉄道)【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15440.html) - 国鉄が断念した井原線が、第三セクター方式で開業したのは1999年。歴史は新しい。かつての車旅で寄ったことがある。高架の線路を眺めながら、だけどそんなにも新しいものだとは思いもよらなかった。そして数年後のオレが乗り鉄に乗り換えていることなど、あの夏の日には予感すらない。列車は2年前の西日本豪雨に苛まれた一帯に近づいていく - [「鉄旅日記」2020年文月 最終日(三次-東京)その3‐清音、倉敷、岡山、熊山、姫路(伯備線/山陽本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15458.html) - 気づくと万富だった。慌てて降りるのは見苦しい。なに、次の熊山でいい。どっちも降りたことはないのだから。斎藤工さん主演の「種まく旅人」のロケ地として使用された記録が駅の待合室に貼られている。表へ出て振り返れば味のある駅舎がある。駅前通りは吉井川堤に通じている。大河だ。橋の中央部まで歩き、川を撮る。素晴らしい眺めだ。ここで - [2020年盛夏【二人でどこへ行こう。決めたのは甲府でございました。帰りは高尾の名店街で過ごした日帰り旅をSNS風に綴ります。】-高尾、四方津、塩山、甲府、甲斐大和(中央本線)](https://kazushiaruga.com/15548.html) - 長い梅雨でございました。明けますと今年も猛暑でございます。新型コロナウイルスの猛威は相変わらずでございます。ウイルスは暑さに弱く、夏を生きれない。確かそう聞いておりました。しかし、、、現在もマスクをしたままでございます。そうした事実に対する学者研究者の見解は聞かれず、そして外出自粛要請は続いております。やはりでももうた - [「鉄旅日記」2020年盛夏 初日(東京-防府)その1‐金町、東京、広島(常磐線/京浜東北線/東海道・山陽新幹線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15580.html) - そろそろ恋人に伝えようか。博多行の新幹線に乗ったよと。そして広島で降りる。かつて旅に出たオレに、オレのいない東京はつまらないと書いて寄越した恋人がいた。そんな女性とも一緒に暮らすことができなかった人生だが、それから10年が経ち、こうしてまたオレを心から愛してくれる女性に出会えた。そんな現在の恋人には昨夜こう伝えたよ。貴 - [「鉄旅日記」2020年盛夏 初日(東京-防府)その2‐新白鳥、古市橋、梅林、可部、あき亀山(可部線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15600.html) - 可部線3代目の終着駅。2003年に可部~三段峡間が廃線となったが、同じ線区を利用して新たに開業したのは3年前。廃線前に存在した安芸亀山駅とは約3.4kmほど離れているとのこと。オレとあと一人の男を除いてここに到着する者はなかった。折り返しの列車で可部に差し掛かる。なんと可部にはさっき降りた反対口にも駅舎があり、そっちに - [「鉄旅日記」2020年盛夏 初日(東京-防府)その4‐大野浦、大竹、岩国、北河内、錦町(山陽本線/錦川鉄道) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15670.html) - 西国の日に焼かれ、錦川の畔にいながらも息苦しさを味わう。この夏空は求めていたものに違いはないが、それにしても暑すぎる。川辺に下りようとするオレを、通りがかりのライダーは熱に浮かされた男かと迷い、速度を落とす。錦川の畔にはいくらもいられず、駅に戻りビールと地の日本酒「獺祭」を購入。「獺祭」は次に恋人が金町を訪ねてくれた午 - [「鉄旅日記」2020年盛夏 初日(東京-防府)その5‐北河内、川西、西岩国、櫛ケ浜、防府(錦川鉄道/岩徳線/山陽本線)/錦帯橋 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15694.html) - 生憎気になった店は他県人の入店を許さず一帯を後にした。12年振りの防府だが、あの頃よりも町歩きは洗練されて、神仏への崇拝が加わった。いろいろあって、この街に帰ってきた。布団をかぶって寝る以外に解決策を見いだし得ない孤独も味わった。今のオレは孤独じゃない。心から好きなことをしているだけだ。そして今、この旅の道連れにしても - [「鉄旅日記」2020年盛夏 2日目(防府-肥前鹿島)その1‐防府、新山口、宇部、小野田(山陽本線)/防府天満宮 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15748.html) - 明けきらぬ空に新月へと向かう三日月と飛行機雲が浮かぶ。ホテルを出て防府天満宮の杜まで約10分。すれ違う周防人は挨拶を欠かさない。菅原道真が亡くなった翌年の904年に創建された日本最初の天神様。狛犬を労い、石段を上がり、楼から町を一望する。杜は清く、祈りは深く、祈りの先には月があった。オレは信じているよ。いつかすべてがい - [「鉄旅日記」2020年盛夏 2日目(防府-肥前鹿島)その2‐厚狭、美祢、長門湯本、長門市(美祢線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15791.html) - かつて厚狭から次の湯ノ峠駅へと歩いたものだ。その道を目で追っていた。当時オレの帰る家は下町じゃなかった。そこでは家族もできたし、愛した人もいた。確かに縁はあったが、続かなかった。最愛の存在を得たのに続かなかった。仮に続いていたとすれば、今オレはここにはいない。朝に金蓮院で祈る度に最近は菩薩様が現れる。必然と受け止めると - [「鉄旅日記」2020年盛夏 2日目(防府-肥前鹿島)その3‐阿川、小串、下関、小倉(山陰本線/鹿児島本線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15821.html) - 炎天下。2009年に歩いた道を歩いて海辺に出ようかと思ったが、足は止まった。半端な暑さではなく、昼寝の夢を見そうな暑さ。まさに雲ひとつない快晴。嬉しいが、少し休ませてほしい。早々に表を引き払い、涼しい列車へ。あらためて振り返る。駅を出ると真っ青な海が覗く。その事実は記憶していなかった。小串からはいつの間にか眠っていた。 - [「鉄旅日記」2020年盛夏 2日目(防府-肥前鹿島)その5‐筑豊直方、直方、筑前大分、城戸南蔵院前、柚須(筑豊電気鉄道/筑豊本線/篠栗線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15875.html) - 先頭で「ちくてつ」が行く線路を眺めていたら、電車に乗りたいとせがんだ最愛の存在を思い出した。オレがいなくても元気でいることと思う。それでいいんだ。あえて悲しい想像をすることもない。ただこうして九州でひとり楽しむオレが罪深く思えることがある。筑豊の何気ない景色がそんなことを思わせる。終着駅が近い。筑豊炭田群が閉山して相当 - [「鉄旅日記」2020年盛夏 2日目(防府-肥前鹿島)その6‐博多南、博多、鳥栖、佐賀、肥前鹿島(博多南線/鹿児島本線/長崎本線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15896.html) - ひと駅のみの博多南線。終着駅には何があるわけでもない。小倉でも感じたが、上から眺める博多はやはり都会で、山が近い。博多まで乗ってきたこの列車はそのまま岡山行こだま号になるとのこと。新幹線乗降口を利用するこの線区は、気軽に特急に乗れるという意味においては某かの役には立つ。まだ幼い最愛の存在との再会に西武線特急に乗せてあげ - [「鉄旅日記」2020年盛夏 3日目(肥前鹿島-門司港)その1‐肥前鹿島、肥前大浦、長里、湯江(長崎本線)/鹿島城跡 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15917.html) - かつて鹿島藩士が行き交った現在の石畳の両側は家並となり、穏やかに城へと導く。行き着くと城址公園で、突き当たりに赤門が立つ。池からは牛蛙の声。赤門先の鹿島高校で何か動物でも飼っているのかと思ったよ。昨夜駅に着くと角のバスセンターのあたりから女性の歌声が漏れていた。もちろんメロディーなど覚えていないが、ここまで過ごした鹿島 - [「鉄旅日記」2020年盛夏 3日目(肥前鹿島-門司港)その2‐諫早、古部、島原港、島原船津、島原(島原鉄道) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15953.html) - 普賢岳が目の前に迫り、海辺には漁船がつながれている。太陽とともに生きる夏。日差しは容赦なく、オレは水を含む。島原を楽しむ終戦記念日。駅前には島原の子守唄の銅像が立つ。唐へと渡った少女を唄った悲しいメロディー。貧しい頃を生きた人々の伝承の伝わり形は様々だ。恋人への土産は島原手延べそうめん。長崎カステラにするか迷ったけど、 - [「鉄旅日記」2020年盛夏 3日目(肥前鹿島-門司港)その3‐諫早、松原、千綿(大村線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/15993.html) - 16年の歳月はどうやら千綿駅を観光駅に変えたらしい。もっと静かにここでの時間を過ごせると思っていたが、食堂からはふわふわした音楽が漏れ聞こえ、盛況の店内で注文料理の出来上がりを待つ女子の話し声が並びにある。博多からいらっしゃった年金暮らしの耳の不自由な紳士とスマホで会話。彼のような方の目に、オレが安心できそうな男だと映 - [「鉄旅日記」2020年盛夏 3日目(肥前鹿島-門司港)その4‐南風崎、ハウステンボス、早岐(大村線)/小佐々弾正・甚五郎塚 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16023.html) - 千綿から4駅目。南風崎で降りる。戦後、ご苦労されて外地から引き上げられた方々に、故郷へと近づく列車が出たのが南風崎、そして早岐。酒の買い置きはあったが商店があり、寄る。できれば冷たい酒がいい。だからビールは向かいの酒屋から調達。おかみさんの声にひかれて95歳の先代婦人が顔を出してくれた。お元気な姿を称え、さらなる長寿を - [「鉄旅日記」2020年盛夏 最終日(門司港-東京)その1‐門司港、小森江、折尾、若松(鹿児島本線/筑豊本線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16077.html) - 恋をするために宇部を訪ねて、そこで出会った女性に初めて連れてこられて以来、この駅の存在はオレの中で大きい。あの日の駅員さんは確か開業当時のレトロな制服をまとっていた。昨夜は港で花火が上がった。関門海峡を挟んで打ち上がる壮大な規模の海峡花火大会は、残念ながら今年は中止とのこと。その花火大会の日にたまたま居合わせたことがあ - [「鉄旅日記」2020年盛夏 最終日(門司港-東京)その2‐若松渡場、戸畑渡場、戸畑、下関(若戸渡船/鹿児島本線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16129.html) - 巨大な赤橋にオレは龍の姿を見ていた。戸畑の駅は真っ正面に見えている。駅に向かって歩いていく。何度か振り返る。振り返ればそこに若戸大橋があるから。11年前に約束の橋と表現した。あの頃の約束はおそらく果たされて、こうしている。人として生きれば出会いも別れもある。大切なことから、そうでもないことまで様々ある。そしてまた新たな - [「鉄旅日記」2020年盛夏 最終日(門司港-東京)その3‐宇部、富海、福川、戸田(山陽本線)/富海海岸 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16171.html) - 海の家はどこも閉鎖していて、人の姿はないのかと思いきや、波と戯れる慎ましやかとも言える歓声が上がっている。山陽本線に沿った防潮堤は白く、青と緑の自然美。生を終えた蝉の姿もよく見かけるが、今が盛りと鳴く声も賑やか。海に手をかざしてスサノオとアマテラスに恵みを求めると沖から涼しい風が吹いてくる。そんなことを何度か繰り返しな - [「鉄旅日記」2020年盛夏 最終日(門司港-東京)その4‐周防高森、徳山、下松、光(岩徳線/山陽本線)/虹ヶ浜 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16191.html) - 駅を出るとすでに防風林が見えている。虹ヶ浜へ。若者も外国人集団も向かう。そう、虹ヶ浜へと。防風林の手前角に品のいいホテルがある。防風林では、女子高生の仲良し組をはじめ木陰に座り込む集団がそこかしこにある。風が心地いい。素敵な夏の過ごし方を周防人に教わる。浜辺は焼かれ、繰り出した人々が波と戯れる。随分と遠浅のようだ。口に - [「鉄旅日記」2020年盛夏 最終日(門司港-東京)その5‐岩国、五日市、広電五日市、広島(山陽本線/東海道・山陽新幹線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16226.html) - LINEにたまったメッセージに目を通したら、姪に長男が誕生していた。この夏に起きた「ハレ」の出来事。恋人と甲府から高尾と旅をしたのはちょうど一週間前。真夏の装いの彼女はとても素敵だった。きっとまだまだいいことがあるだろう。なかなか暮れない西国の夏を生きて、それでもこの旅の中で日が短くなっていくのを感じていた。まだ暑い日 - [「鉄旅日記」2020年初秋 初日(東京-高松)その1 ‐金町、東京、米原、坂田(常磐線/東海道新幹線/北陸本線) 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16251.html) - 姪に長男が生まれ、その愛らしい新生児を抱っこしたのが一週間前。最愛の存在の4年半前の姿が浮かんだ。世界はこうしてまた新しくなる。時空を超えた友。オレをそう呼んでくれる同じ大学の同じ学科を卒業した20年先輩に会いに讃州高松へと向かっている。オレを幸せにしたいと思ってると伝えてくれた恋人。そんなことを言われたのは51年の人 - [「鉄旅日記」2020年初秋 初日(東京-高松)その2 ‐石山、京阪石山、石場、膳所、京阪膳所(京阪石山坂本線)/今井兼平之墓/義仲寺 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16264.html) - 義仲寺に迷う。挙句にたどり着いた天下の大将軍の墓所は涼しげに、そしてこれもひっそりと、世俗とは縁を持たぬかのように歴史を伝えていた。源範頼、義経の軍勢と戦い、この地で討死した木曽義仲。数年後に見目麗しい尼僧が墓所の近くに庵を築き、彼の供養にあたったという。その尼僧こそ義仲の想い人であった巴御前で、彼女の塚もここに遺る。 - [「鉄旅日記」2020年初秋 初日(東京-高松)その3 ‐坂本比叡山口、びわ湖浜大津、大津(京阪石山坂本線/東海道本線)/大津港 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16291.html) - 大津の街並は古寂を残し、惜しむように歩く。こうした街並を心から愛している。歩いてみたい通りを無情にもいくつも通りすぎて坂を上がっていく。いつしか大津駅へ。列車は山科、京都へと。逢坂山をくぐる時、かつて車でくぐった時に感じた誇りを思い出していた。たんに渋滞にはまっているわけじゃなく、京都祇園で待つ愛する女性を迎えにいくた - [「鉄旅日記」2020年初秋 初日(東京-高松)その4 ‐姫路、相生、有年、三石(山陽本線) 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16324.html) - 駅の案内板には驚くべき事実が記されていた。昭和初期までは有年と播州赤穂をつなぐ赤穂鉄道が走っていて、昭和20年当時を再現した駅前の町内図によれば旅館が何軒もあり、さらには映画館、ダンスホールまである。その名残とも言える旅館の看板が駅近くにあったが廃墟となっていた。その繁栄が去ったのはもう70年もの昔。唐突に古代遺跡に出 - [「鉄旅日記」2020年初秋 初日(東京-高松)その5 ‐岡山、児島、高松(本四備讃線/予讃本線)/児島の民話 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16341.html) - サイクリングロードとして整備されている旧下津井電鉄跡地へは行き着けない。海峡の街に残る伝説のように、わずかな滞在では近づけないものもある。かつての旅でも下津井では迷った。瀬戸の花嫁のメロディとともに入線したマリンライナーは児島を出てほどなくすると瀬戸大橋に差し掛かる。暮れゆく瀬戸内を眺めたかった。思いは達した。高松では - [「鉄旅日記」2020年初秋 2日目(高松)その2 ‐祖谷口駅、小歩危駅、大歩危駅、剣山リフト乗場、恋人峠、穴吹駅、黒田屋高松西インター店 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16417.html) - 難所が続き、悪路が続き、タフで鳴らす友もさすがに休息を欲したようでございます。車を止めた場所は恋人峠。男二人でこの地に立つのも一興。悲しい平家伝説からその名がついた峠。屋島で源義経率いる奇襲部隊に破れた平家軍。全軍海上に去って最終決戦地の壇ノ浦へと向かったものと思っておりましたが、やむなく敗亡の道をたどった者がおり、や - [「鉄旅日記」2020年初秋 3日目(高松)その1 ‐片原町駅、瓦町駅、高松築港駅、玉藻公園(高松城跡)、一宮寺、滝宮天満宮、滝宮駅、満濃池 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16481.html) - 友をどこで待つことになるのか。まぁ成り行き任せでございます。繁華街は尽きることなく、丸亀町ドームへと続いていきます。丸亀町ドームが友と初めて顔を合わせた場所でございます。あの日、そこで約束の時間ぎりぎりまで警備の仕事をしていらっしゃって、通りを歩いてくる私にすぐに気づいたとおっしゃいました。「東京もんは歩くスピードが速 - [「鉄旅日記」2020年初秋 3日目(高松)その2 ‐金刀比羅宮、善通寺駅、高松港公園、八十場駅、白峰宮、天皇寺、磯禅師墓 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/16541.html) - 友を待ちながらビールを飲んでますと話すと、「あら、それは最高」と答えられて、ご自身がここにいらっしゃる理由を話しだされたのでございます。ご婦人を迎えに来られるのは息子夫婦とお孫さん。「それはお幸せな」。「そうでもないのよ」。やがてお迎えが。爽やかな息子さんが車を降りて「母がお世話になりました」とご丁寧に。人それぞれ事情 - [「鉄旅日記」2020年晩秋 初日(東京-砺波)その1 ‐金町、東京、黒部宇奈月温泉、新黒部(常磐線/北陸新幹線/富山地方鉄道本線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/16770.html) - 富士山や秩父連山を見渡せた新幹線の旅。時に天空を往くが如く、晴天の関東平野を愛でる。東京駅から軽井沢まで1時間。これを日常とするのも悪くはないと思う。信州信濃もうららかで、千曲川は青く、雪はない。長野盆地では暗雲に覆われ、上越妙高は雨に濡れていた。長いトンネルを抜けて糸魚川に着くと日本海の荒波を見渡せる。雨雲はすでに過 - [「鉄旅日記」2020年晩秋 初日(東京-砺波)その2 ‐電鉄魚津、西魚津、新魚津、魚津、高岡(富山地方鉄道本線/あいの風とやま鉄道)/魚津城跡 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/16782.html) - たまたま数日前に3月の旅をたどっていたら西魚津駅の古寂な様が記されていた。記憶は伴っていない。昭和11年開業の西魚津駅はまさに老翁の如く侘びて、黄色く散った葉を乗せた様は、他のどんな秋の景色も及ばないほどの味わいを見せる。魚津城落城の史実に接したのはあるいは初めてだったかもしれない。本能寺の変の翌日後のことで、事変が先 - [「鉄旅日記」2020年晩秋 初日(東京-砺波)その3 ‐氷見、雨晴、越中国分、伏木、中伏木(氷見線/万葉線)/義経岩/伏木神社 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/16816.html) - 錆びた鉄道基地にはSLが止まり、その脇に架かる伏木万葉大橋を渡る。小矢部川が海に到達する姿と川辺の工場群。立山を前にした絶景は雨晴の鄙から街へと姿を変え、渡り終わる頃には万葉線の雄姿が見えた。そこは路面区間。誰ともすれ違わない道を歩き、中伏木駅へ。橋にも駅にも歌人で越中国主だった大伴家持の歌がある。ここは万葉の里。ガタ - [「鉄旅日記」2020年晩秋 初日(東京-砺波)その4 ‐越ノ潟、末広町、高岡、城端(万葉線/城端線)/高岡大仏 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/16861.html) - 高岡を出ると線路はすぐに左にそれた。冬枯れの田野を見下ろす空が朱色を増して、水溜まりは神聖な鏡を思わす。日暮れは早く、車窓からはわずかな明かりがぽつぽつと。今夜の宿泊先の砺波で8割方の乗客が降りた。沿線は砺波で成り立っている。城端駅も懐かしい。駅舎はおそらく変わっていないのだろう。五箇山観光の入口と自負している。五箇山 - [「鉄旅日記」2020年晩秋 2日目(砺波-武生)その1 ‐砺波、戸出、新高岡、金沢(城端線/北陸新幹線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/16886.html) - ホテル前の小路を抜けてアーケード街まで。街の商圏はどうやらそこで尽きる。整った街明かりを写して駅に戻る。居酒屋のカウンターでひとり飲んでいた。美人の店員さんが最初のビールのお酌をしてくれる。彼女の発声に遠い昔を想った。若かった頃、きっと彼女のような女性に恋をしたのだろう。徐々に客足が伸びた頃に店を出た。東京標準で考える - [「鉄旅日記」2020年晩秋 2日目(砺波-武生)その2‐倶利伽羅、森本、宇野気、高松(IRいしかわ鉄道/七尾線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/16910.html) - 山中に7万人もの大軍で待ち構えた平家軍。中には雅な恋を置いてきた公達の姿もある。奇計を編み出した義仲公は名将だったのだろう。猛り狂った牛に追いたてられて地獄谷に落ちた者多数。京都へ逃げ延びた平家軍の中に、先の公達の姿はなかった。義仲公の最期までつき従ったのも信濃兵だったのだろう。その中にご先祖もしくは前世のオレがいたと - [「鉄旅日記」2020年晩秋 2日目(砺波-武生)その3‐羽咋、能登部、徳田、七尾、和倉温泉(七尾線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/16931.html) - 横綱輪島の出身地で、彼の国内でのプロレス・デビュー戦の街、七尾。インドの狂虎タイガー・ジェット・シンが相手だった。幕内通算優勝14度の大横綱輪島も一昨年に今生を終えている。一番好きな横綱であり、日大の先輩にもあたるが、プロレス転向には正直なところ賛成はしていなかった。でも応援したよ。上杉謙信九月十三夜陣中作 霜満軍営秋 - [「鉄旅日記」2020年晩秋 2日目(砺波-武生)その4‐七尾、金丸、宝達、宇野気、本津幡(七尾線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/16952.html) - 一様に髪を短くした津幡高校の女子生徒。ソフトボール部員だろうか。津幡駅に着いてホームで待っていた少女が、先に乗っていた友達を車内に確認すると笑顔で駆け出す。車内で彼女を待つ少女たちもきっとはじけるように笑っている。無垢な笑顔は乳幼児だけのものじゃないのだと知った。忘れているが、あの頃はきっとこのオレも、時にはそんなふう - [「鉄旅日記」2020年晩秋 2日目(砺波-武生)その5‐福井、新福井、勝山、福井口(えちぜん鉄道勝山永平寺線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/16974.html) - 当時、現在も付き合いを保つ友人が市内で入院していて、その事実を琵琶湖の畔で聞き、見舞いがてら訪ねた。若かった。駅は変わり、オレも変わった。その変化を楽しんでいる。九頭竜川に架かる勝山橋を渡る。たもとに酒屋がある。そこで引き返した。駅は、駅の歴史を伝え、広場に恐竜の置物を配置して、駅舎内ではカフェが営業している。最愛の存 - [「鉄旅日記」2020年晩秋 2日目(砺波-武生)その6‐三国港、田原町、福井駅(えちぜん鉄道三国芦原線/福井鉄道) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/16996.html) - 冬枯れた田野を眺めていたら不意に温泉旅館が見えてきた。芦原温泉、あわら湯のまち。到着するまで降りたいなどと思っていなかったが、駅に着くと慕情が募った。どうやら雨。日暮れが早くなった。田原町駅も12年前とはだいぶ変わっていた。福大前西福井駅から月を眺めて歩いた道は場末の感があったが、シックな灯が周辺にいくつか点り、大人の - [「鉄旅日記」2020年晩秋 最終日(武生-東京)その1‐越前武生、武生、三方、美浜(北陸本線/小浜線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/17013.html) - 飲食店はなぜか休みが多く、仕方がないさとチェーン居酒屋のドアを開けると予約でいっぱいとのこと。雨は冷たくはなかったが、街に冷たくされたような気になって、おまけに駅のコンビ二店員の声がよく聞きとれない。なんだか雨とともに調子が狂う。蔵の辻やアーケード街の写真を恋人に送るとモノクロ映画のようで素敵とのこと。確かに今夜は少し - [「鉄旅日記」2020年晩秋 最終日(武生-東京)その2‐敦賀、北鉄金沢、内灘、金沢、野々市(北陸本線/北陸鉄道浅野川線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/17040.html) - 空は気紛れにまた雨を降らす。次の粟ヶ崎に架かる橋梁にも内灘駅にも変わりはなかった。九州では台風によって橋脚を流された映像を見るが、日本海側は比較的台風被害を免れやすいのだろう。沿線風景にこれといった特徴を見いだせない中で、見せ場と言える渡河の情景。列車は急激に速度を落とす。浅野川線は1974年までひとつ先の粟ヶ崎海岸駅 - [「鉄旅日記」2020年晩秋 最終日(武生-東京)その3‐西金沢、新西金沢、野町、鶴来、金沢、上野(北陸鉄道石川線/北陸新幹線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】](https://kazushiaruga.com/17056.html) - 向かいに世の中のすべてが気に入らないとばかりに舌打ちや独り言を繰り返す男がいる。どうしてそうなったのか。大人になって、この社会で暮らしていれば、誰もがその原因は見いだせるだろう。踏みとどまる何事かを持ち得た者と、持ち得なかった者の違いだ。何事かとは、大層なものではないが、生きてきた中で培った美学は含まれるだろう。12年 - [2020年神無月~2021年弥生【SNSへの投稿より】写真をお楽しみいただけますと幸いでございます。ーハロウィン、柴又帝釈天、金町夕景、今年も暮れゆく東京、金町睦月如月、菜の花の頃](https://kazushiaruga.com/17078.html) - 【今年も暮れゆく東京】皆様、本年も仲良くしていただきまして、まことにありがとうございました。来年も変わらぬお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。皆様のご幸福とご多幸を心よりご祈念申し上げます。有賀和志拝※後ろ姿でのご挨拶となりましたこと、甚だ恐縮でございます。【2021年1月30日】冷たい北風の吹き荒れる、よく - [「鉄旅日記」2021年春 初日(東京-米内沢)その1‐金町、上野、古川、陸前谷地(常磐線/東北新幹線/陸羽東線) 【大人の休日倶楽部パスで東北へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。続くコロナ禍ではございますが、約半年の辛抱の時を過ぎて、天候にも苛まれながら秋田内陸縦貫鉄道に乗りに行きました。】](https://kazushiaruga.com/17144.html) - そんなふうにしてこの厳しい時代を耐えている。「いつだって潰されないように、心の中の太陽がそっと輝きだすのを待ってる。」佐野元春さんの楽曲を繰り返しかけながら、目についた場所の埃を払い、仕事に出かける時を待っていた今週。旅立ちの朝、部屋に音楽が流れることはなく、たんたんと日常を済ませて、起床から約90分後に部屋を出た。北 - [「鉄旅日記」2021年春 初日(東京-米内沢)その2‐小牛田、瀬峰、田尻、新田(東北本線)/伊豆沼 【大人の休日倶楽部パスで東北へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。続くコロナ禍ではございますが、約半年の辛抱の時を過ぎて、天候にも苛まれながら秋田内陸縦貫鉄道に乗りに行きました。】](https://kazushiaruga.com/17162.html) - この村の神は村の一番高い場所におわす。お参りを済ますと社の背後から人が出てきて驚いた。村の古老で、最初は怪訝そうにしていたが、すぐに打ち解けて様々な話を聞かせてくれる。正直なところ言ってることの半分以上は理解できなかったが、ハナタレ小僧の時分には石段などはなく、麓の一の鳥居までよくソリ遊びをされたそうだ。伊豆沼では鴨を - [「鉄旅日記」2021年春 初日(東京-米内沢)その3‐梅ヶ沢、一ノ関、盛岡、小岩井(東北本線/東北新幹線/田沢湖線) 【大人の休日倶楽部パスで東北へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。続くコロナ禍ではございますが、約半年の辛抱の時を過ぎて、天候にも苛まれながら秋田内陸縦貫鉄道に乗りに行きました。】](https://kazushiaruga.com/17184.html) - 昼食のアテは外れた。でもなぜか駅に着いた時、もうすでにそれはないのではないかとの予感があった。下りホームで美味いラーメンを出してくれる「駅そば」のことだ。お年を重ねられた美人のおかみさんが茹でておられた。何度食したことだろう。沼津駅ホームのおでん屋さん、郡山駅ホームの喜多方ラーメン屋さん、、、またひとつゆかりの場所をな - [「鉄旅日記」2021年春 初日(東京-米内沢)その4‐雫石、田沢湖、神代、角館(田沢湖線) 【大人の休日倶楽部パスで東北へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。続くコロナ禍ではございますが、約半年の辛抱の時を過ぎて、天候にも苛まれながら秋田内陸縦貫鉄道に乗りに行きました。】](https://kazushiaruga.com/17202.html) - ホームには大きな龍頭が鎮座していた。辰子姫が住まう田沢湖。1月に八郎潟の畔近くに下りた時に八郎太郎とのなれそめを知った。2龍は田沢湖深くで愛の日々を送り続け、今じゃ八郎潟に行くこともめったにない。刺巻を過ぎて国道に添う。かつて角館から盛岡を目指したのはあの道なのだろう。杉の集積地が雨に濡れる様は風土、地域性にあふれ、濃 - [「鉄旅日記」2021年春 初日(東京-米内沢)その5‐比立内、阿仁合、阿仁前田温泉、合川、米内沢(秋田内陸縦貫鉄道) 【大人の休日倶楽部パスで東北へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。続くコロナ禍ではございますが、約半年の辛抱の時を過ぎて、天候にも苛まれながら秋田内陸縦貫鉄道に乗りに行きました。】](https://kazushiaruga.com/17228.html) - コロナ疲れをしていた昨日までのオレを思い返そうとしてもうまくいかない。精一杯生きたのなら、過ぎた時は静かに振り返って、肯定できるものは肯定すればいい。振り返らなくてもいいのかもしれない。でも振り返りたくなるのは、そこに2度と起こり得ないものがあるからなのだろう。この閑散とした豪華列車の客になって、思うことはいくらもある - [「鉄旅日記」2021年春 最終日(米内沢-東京)その1 ‐米内沢、鷹巣、鷹ノ巣、早口、秋田(秋田内陸縦貫鉄道/奥羽本線) 【大人の休日倶楽部パスで東北へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。続くコロナ禍ではございますが、約半年の辛抱の時を過ぎて、天候にも苛まれながら秋田内陸縦貫鉄道に乗りに行きました。】](https://kazushiaruga.com/17257.html) - 人気のない駅前と合わせて眺め、ようやく冬の気配が消えた秋田という国柄を想う。昨夜も写した駅舎内にはピアノ、電子ピアノが置かれ、作曲家の成田為三の出身地ということから町は音楽館を持つ。そして不意に誰もいない駅に「浜辺の歌」の美しいピアノ演奏が流れ、感動が身を震わせた。何という美しいメロディー。何か大切なものを教えられたよ - [「鉄旅日記」2021年春 最終日(米内沢-東京)その2 ‐小砂川、女鹿、象潟、秋田(羽越本線/秋田新幹線)/三崎峠 【大人の休日倶楽部パスで東北へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。続くコロナ禍ではございますが、約半年の辛抱の時を過ぎて、天候にも苛まれながら秋田内陸縦貫鉄道に乗りに行きました。】](https://kazushiaruga.com/17282.html) - 奥羽本線の線路を新幹線「こまち」が往く。その事実はさしたる感慨を呼ばず、大曲へ。ここから進行方向を変えて、線路は田沢湖線になる。冷えていた体はようやく喜色を浮かべ、東京は晴れていると恋人より。角館で昨日乗った秋田内陸線の線路を追った。銀色の道だった。次に乗ることを思った時、恋人の顔が浮かんだ。だって、彼女は最愛の女性だ - [「鉄旅日記」2021年春 初日(東京-松本)その1 ‐金町、神田、吉祥寺、国立(常磐線/中央本線) 【週末パスで信濃へ。妙高高原駅で引き返し、松本の友人を訪ね、大糸線を旅して思い出の白馬へ。先の旅から一週間後のことでございました。】](https://kazushiaruga.com/17312.html) - 互いの投稿に共感しあう内に、とても大切な内面を共有してきたのは彼女だった。現在オレの生活に彼女はいない。それでもどうにかやってる。恋人もできた。でもあのツラい日々に、すぐそこにいてくれるかのように励ましてくれた彼女を忘れることはないだろう。そして3年前の同じく4月に彼女に焦がれて降りたこの駅に、こんなふうにして降りるこ - [「鉄旅日記」2021年春 初日(東京-松本)その2 ‐高尾、大月、塩山、甲府、日野春(中央本線) 【週末パスで信濃へ。妙高高原駅で引き返し、松本の友人を訪ね、大糸線を旅して思い出の白馬へ。先の旅から一週間後のことでございました。】](https://kazushiaruga.com/17337.html) - 9:21 日野春駅。今日はちょうどいい気候なのだろう。眠いし、よく眠れる。まさに春の眠りの心地よさ。「春眠暁を覚えず」か。昔の人は味のあることを言う。「好事門を出でず悪事千里を走る」とか。特急通過待ち13分の停車。お馴染みといえる南アルプスを前にした風光明媚な駅。古い駅舎も健在で、多くの旅でこの場所を楽しんできた。そし - [「鉄旅日記」2021年春 初日(東京-松本)その3 ‐小淵沢、甲斐大泉、中込、三岡、小諸(小海線) 【週末パスで信濃へ。妙高高原駅で引き返し、松本の友人を訪ね、大糸線を旅して思い出の白馬へ。先の旅から一週間後のことでございました。】](https://kazushiaruga.com/17351.html) - 街並に惹かれ、土産物屋のおかみさんのご親切に打たれ、酒屋のご夫婦の素朴さにもまた打たれ、今はあたたかな列車で心まであたたまって酒を飲んでいる。過去を思えば尽きねど、小諸とは未来も共にいく。近々親戚筋になにか祝いでもあればいいけれど。もとより36分の滞在など人生を思えばないに等しいが、記憶の回路は時空の流れに比例しない。 - [「鉄旅日記」2021年春 初日(東京-松本)その4 ‐妙高高原、黒姫、篠ノ井、姨捨(しなの鉄道北しなの線/篠ノ井線) 【週末パスで信濃へ。妙高高原駅で引き返し、松本の友人を訪ね、大糸線を旅して思い出の白馬へ。先の旅から一週間後のことでございました。】](https://kazushiaruga.com/17385.html) - 春の夢はあたたかく、目を覚まして車窓を眺めれば、意識は遠い記憶をたどる。飼い犬のアンディ、そして3年前に妙高高原駅に降りた夜。失ってきた大切なものを想う。スキーシーズンを終えた駅はガランとして、かつて並んでいた旅館の看板も今はなく、覚めなければよかった夢の先を生きているようなシーズンオフの町。直江津と伸びる鉄路は新潟県 - [「鉄旅日記」2021年春 最終日(松本-東京)その1 ‐松本、一日市場、信濃大町、信濃木崎(大糸線) 【週末パスで信濃へ。妙高高原駅で引き返し、松本の友人を訪ね、大糸線を旅して思い出の白馬へ。先の旅から一週間後のことでございました。】](https://kazushiaruga.com/17411.html) - オレより3歳上の友人だが、彼の意思とは別に考え方にいまだに青臭さを維持していることに敬意を表し、彼が醸し出すどこか浮世離れした爽やかさに浮かれ、会話も酒も進んだ。そのことを伝えると、彼は「何だそれ?」と笑う。そして当時のオレが彼に語った夢の話しを持ち出す。覚えていてくれてうれしいよ。形は違うが、こうして書きたいことをネ - [「鉄旅日記」2021年春【週末パスで信濃へ。妙高高原駅で引き返し、松本の友人を訪ね、大糸線を旅して思い出の白馬へ。先の旅から一週間後のことでございました。】最終日(松本-東京)その3 ‐南小谷、白馬大池、信濃森上、白馬(大糸線)](https://kazushiaruga.com/17456.html) - カーブの先には信濃森上駅。駅前にはすべての花を散らし終えた一本桜の迫力ある姿。駅という空間がまとう魔法に幻惑されてしばらくとどまった。30年前を思い出している。甘くて手をつけたくない記憶がある。そして、その記憶の中でまだ遊ぶことができる。白馬の空はすっかり晴れて、これがオレの白馬。あの日も晴れていた。そこでは30年前の - [「鉄旅日記」2021年春 最終日(松本-東京)その2 ‐神城、千国、南小谷、小滝(大糸線)【週末パスで信濃へ。妙高高原駅で引き返し、松本の友人を訪ね、大糸線を旅して思い出の白馬へ。先の旅から一週間後のことでございました。】](https://kazushiaruga.com/17428.html) - 簗場駅前には仁科三湖2つ目の中綱湖。さらに3つ目の青木湖と続く。やがて谷は狭まりグレーの雲の下に入る。また谷が開けるとロッジ風の駅舎が遠望できる。白馬五竜の文字が見える駅舎内に、過ぎ去った時や、過ぎ去ったまま戻ることのない時代や世相が見えた。「私をスキーに連れてって」が流行ったバブル期に大学生だったかつて。冬になれば誰 - [「鉄旅日記」2021年皐月 初日-浜金谷駅、金谷港、勝浦駅(内房線/外房線)/遠見岬神社/旅館松の家 【ツレと房総に出かけました。宿泊地は勝浦でございます。房総横断鉄道に乗り、養老渓谷でも思い出深い時を過ごしたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/17509.html) - もちろん幸せでございます。玄関先には山口百恵さんのサイン色紙が飾られております。お尋ねしますと、小生の記憶にもおぼろげに残る「赤いシリーズ」の撮影が勝浦海岸で行われた際に、百恵さんはじめ宇津井健さんといった役者陣、スタッフ陣が宿泊されたとのこと。お弁当をこさえて、お宿の皆さんともども撮影の見学に行かれたそうでございます - [「鉄旅日記」2021年皐月 最終日-勝浦駅、大原駅、大多喜駅、上総中野駅、養老渓谷駅、五井駅(外房線/いすみ鉄道/小湊鉄道)/養老渓谷2階建てトンネル 【ツレと房総に出かけました。宿泊地は勝浦でございます。房総横断鉄道に乗り、養老渓谷でも思い出深い時を過ごしたのでございます。】](https://kazushiaruga.com/17534.html) - 養老渓谷駅前で食事を済ませ路線バスに乗り、弘文洞入口バス停で下ります。運転手さんはとても親切な方でございました。観光マップで一際目を引いたのがこのトンネルでございます。バス停からは5分ほどでございましょうか。向山ならびに共栄と2つの名を持つこのトンネルは、先に掘られた出口の下に掘り直しが行われ、出口だけが残った奇観はま - [「鉄旅日記」2021年夏 初日(東京-上田)その1 ‐金町、上野、高崎、水上(常磐線/高崎線/上越線) 【4度目の緊急事態宣言前。飯山線に乗りたくて旅を思い立ちました。湯檜曽駅で夏の第一声を聞き、信越路を歩いた記録でございます。】](https://kazushiaruga.com/17576.html) - 長雨の7月。しばらく月を見ていない。心の中に雑草が蔓延っているのを感じて引き抜いた金曜日。カラオケ屋の前で若者たちが大声でいがみあっていた。コンビニで朝食と酒と水を購入して店を出ると、いがみあっていた輪は解かれ、小さな輪が3つ。彼等の理性はひとまず酒を抑え込んだようだ。ガールズバーからも声が聞こえる初夏早朝。明後日12 ## 固定ページ - [Log In](https://kazushiaruga.com/log-in) - [Sign Up](https://kazushiaruga.com/sign-up) - [Reset Password](https://kazushiaruga.com/reset-password) - [My Account](https://kazushiaruga.com/account) - [My Profile](https://kazushiaruga.com/my-profile) - [Member Directory](https://kazushiaruga.com/member-directory) - [購入手続き](https://kazushiaruga.com/page-0) - [注文確認](https://kazushiaruga.com/page-0) - 注文いただきありがとうございます! - [注文に失敗しました](https://kazushiaruga.com/page-0) - トランザクションは失敗しました。再試行するか、サポートにお問い合わせください。 - [作成者プロフィール](https://kazushiaruga.com/page-33) - 有賀和志(あるがかずし)と申します。 1969年2月の生まれ、葛飾区在住でございます。 印刷会社で営業をしてお - [お問い合わせ](https://kazushiaruga.com/page-13) - [駅旅を重ねる男のブログ](https://kazushiaruga.com/page-6) - [サンプルページ](https://kazushiaruga.com/sample-page) - これはサンプルページです。同じ位置に固定され、(多くのテーマでは) サイトナビゲーションメニューに含まれるため ## カテゴリー - [旅話](https://kazushiaruga.com/category/旅話) - 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